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当て馬にも心がある  作者: 千東風子
本編:当て馬にも心がある

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3/10

さん

 

 その後、伯爵は本当に後継ぎをアリーチェからヴィオラの伴侶に変更し、アリーチェとミケーレの婚約を解消し、ヴィオラとミケーレの婚約を王宮へ報告した。

 そして、そこで初めて、この先婚姻せずにミケーレを当主として領地に尽くすか、その身一つで家を出るか、アリーチェに直接聞いたのである。


 何を言っても駄目なことをアリーチェは理解していた。

 何故ならば、父親として娘に「学んだことを活かす道を示してやった」と本気で思っているからだ。

 婚姻させないのも、妹に婚約者を取られ、後継ぎからも外され平民となる適齢期後半に入った十八歳の女性に、まともな縁談などないことを正しく理解しているから。

 ()して繋いでも利が少なければ、独身で領地経営はアリーチェにさせて、ヴィオラと自分たちはのんびり過ごしたいという本音を隠しもしなかった。


 伯爵は、アリーチェに伯爵家から出されたくないなら、その身を伯爵家に捧げるようにと、良かれと思って話をしているのである。


 母は母で「どうして妹の恋路を応援できないの?」と心の底から言う。


 アリーチェは「私の恋路も将来もぶち壊されましたが?」と(なじ)ってやりたかったが、教育(せんのう)された淑女の顔で微笑み返すだけにした。


 本当に、どうして、両親は私のことを蔑ろにするのか、分からなくて分からなくて辛い子ども時代を過ごしたアリーチェは、もう諦念していた。

 なまじ、愛され大切にされた記憶があるから余計に。


 八歳から本格的に始まった教育は、(まさ)しく虐待の域で。

 父は堂々と自分たちを「三人家族」と言う。

 もう十年以上共に食事は元より一緒に出かけることもなく。

 必要分として仕立てたドレスや装飾品は妹に強請(ねだ)られ奪われて。

 お茶会に出なければならない時は妹のお下がりを直して出る程、アリーチェは何も持っていなかった。


 あったのは当主になるという希望。その横で共に歩む伴侶。


 それすらも奪われたアリーチェは、この先この家に飼い殺される未来だけは絶対に嫌だった。貴族令嬢が一人町に出てまともに生きていくことなど出来ないと知っていても、家に残ることは考えられなかった。


 微笑んで、その足で家を出たアリーチェは、真冬の町を粗末なワンピースでさまよっている時に、伯爵家の後継ぎを変更したと聞いて、慌ててやって来た父方の叔母に拾われたのである。





 気が付けば、半年経っていた。

 ただ、食べて、呆けて、食べて、風呂に入って、寝るだけの日々。寝ているといっても、目を開けて(くう)を見つめて横になっているだけ。

 何も心の動かない日々。なのに涙だけは溢れていた。


 アリーチェはこの半年、ただ泣いて過ごした。

 何か、心の張りつめていたモノが切れてしまったかのようである。


 勉強漬けの幼い頃、熱を出しても机に座らされ、母を呼んでもその姿も温もりもなく、ある日妹が服を全部持って行き、着ていた一着しかなくなって、洗っている時は肌着で机に座らされ勉強した日々。


 少しの優しさもあった。

 さすがに着替える服がない異常事態に執事が新しい服を妹から隠してくれたり、勉強机で一人でとる食事に料理長が小さな可愛い菓子をつけてくれたり、机で突っ伏して寝てしまうと、侍女が寝台に運んでくれたり、教科を修めた時には、いつもは厳しい家庭教師が誉めてくれたり。


 色んな思いがグチャグチャになって頭の中をグルグル回って、また形となって思い出す。

 そんなことを繰り返していたのである。


 でも、ふと、ある時。


 晴れた空と渡る鳥と風に揺れる木々と草と蝶々を追いかける猫と咲き誇るリシアンサスと。


 冬だった季節が夏を迎えていたことにアリーチェは気が付いた。


 少しずつ外に出るようになり、好奇心が疼き出す。

 アリーチェは生来(せいらい)、活発で、考えるよりも動く方が好きであった。

 弱った足腰を叱咤し、散歩の領域を広げていった。


 そして、目を奪われる程の綺麗な泉を見つけたのである。





 半年もの間、根気強くアリーチェを見守り続けた叔母のフラヴィアは、この辺境の地の領主夫人である。

 生家の伯爵家から遠く離れたこの領地からは、兄一家の内情を知る術もなく、後継ぎのアリーチェがそろそろ婚姻する時期であることから、お祝いを用意し伯爵領に行く準備をしていた。

 自分の出産と重なったことと、生まれたその子の身体が強くなかったこともあって、伯爵領へ行くのはアリーチェが五歳の時以来である。


 そこに飛び込んで来た分家からの一報。

 アリーチェと婚約していたミケーレと次女ヴィオラを婚姻させ、ミケーレを後継ぎに指名すると伯爵が言い出したと。


 長子(アリーチェ)に瑕疵があればあり得ないことではないが、アリーチェの評判は方々で上々である。


 何かが起こっている。


 場合によっては、ミケーレが当主となりその次の後継ぎにミケーレの生家の者を指名すれば、伯爵家が乗っ取られる。


 兄に魔術で手紙を出しても、返事がない。年の離れた兄との仲は、悪いとは言わないが、親しいとまでは言えず、返事がないことが通常なのか異常なのか判断出来なかった。


 フラヴィアが準備もそこそこ伯爵領へ向かうと、伯爵邸に着く前に、町で自分によく似た魔力を持つ娘を見つけた。


 フラヴィアは火の魔術と相性が良い魔力を持っている。

 同じ性質の魔力を待つ者同士は、感覚で「似ている」ことが分かるが、ここまで似ている魔力は、姪のアリーチェぐらいしか知らない。


 まさか。この真冬に洗い晒しのワンピースだけで幽鬼のように歩く娘がアリーチェであるわけがない。


 しかし、そのまさかで。

 フラヴィアはアリーチェを保護し、伯爵に会わずに領地へと帰った。


 アリーチェから暗く根深い魔術の残滓(ざんし)を感じ取ったからである。


 

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