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Letter Later -伝聞師見習いと魔法使いの卒業試験-

作者: 鳥路

アリエス族のエリシアは愚直な少年である


生来、ヒツジの獣人であるアリエス族は温厚で、のんびりとした・・・・まあ率直にいえば毎日睡眠だけで大半の時間を浪費しているような種族なのだ

そんなアリエス族の生まれだが、エリシアだけは異なる

まるで、遺伝子変異を起こしたかのように


常にキビキビ走り回り、夜遅くまで勉強し・・・アリエス族で辿り着く奴はいないだろうと言われた、統治機関が運営する伝聞師養成学校への最年少入学を果たした


しかし、それまでである

最年少だから適正年齢で入学を果たした者と比べ、体力の基礎が身についていない

学力だって、周囲に比べればかなり劣っている

しかし入試では合格基準の二百人の中に滑り込んでいた。しかし、二百人中二百位。本当にギリギリな合格

成績不良も仕方のない話かもしれない。むしろ健闘しているだけ十分だ


誰もがいつ自主退学するのかと彼に注目した

けれど、彼は他の生徒より気力があった

折れない不屈の心があった。諦めない精神があった

「落ちこぼれ」だと「間抜け」だと揶揄されようとも、年相応の瞳に涙を浮かばせるが、涙をグッと堪えて努力を重ね続けた


だからだろうか

入学しても、志半端に消える生徒が多いこの伝聞師養成学校

彼が、エリシアが卒業試験まで辿り着くことができたのは・・・


掲示板の前で、今年度の卒業試験に挑める者が掲示されてる

それを嬉しそうに見つめるのは、白銀の髪を持つ少年

その頭には羊を連想させる小さな巻角。彼こそが噂のエリシアだ


「伝聞師たるもの、常に依頼人に寄り添え・・・依頼を、選ぶな。投げ出すな。絶対の教訓である。今日もこの訓を心に刻み、依頼人の声と心を許した相棒と共に永久の旅路を歩き続けよ・・・」


一日一回、登校したら彼はかつて存在した伝説的存在である伝聞師が残した言葉を読み上げる

それは、今の伝聞師たちの教訓でもあり、破ってはいけないルールとなっている

しかし、毎朝ご丁寧に読み上げる生徒は・・・エリシアしか存在しないが


そんな彼に、一人の男性が声をかける

魔族のデリ。既に引退した身だが、彼はエリシアが目標としている伝聞師の一人であり、今はこの養成学校の講師をしている

もちろん、担当は「魔族言語」の指導となる


「エリシア。卒業試験資格ゲットですね。おめでとうございます」

「・・・デリ先生。ありがとうございます」

「最年少入学に、最年少卒業資格!まだ十二歳の子供とは思えません」

「でも、三年頑張っても・・・一回も一番になれない落ちこぼれですし、間抜けですから」

「むしろ九歳の子供に負けた十六歳が何人もいたことの方が驚きですよ。ほら、試験要項の説明がありますから、講堂へ行きましょう」

「はい、先生。荷物、持ちましょうか?」

「では、半分お願いしても?」

「はい!」


デリと他愛ない話をしつつ、二人は講堂へと向かっていく

そこで話される卒業試験の要項を聞く為に


・・


講堂にたどり着き、エリシアは指定された自分の席に座る

隣には、学年一位のレオ族の「キーファ」

彼はエリシアを視界に入れた瞬間、お気に入りのおもちゃを見つけた子供のように笑う


「よお落ちこぼれ。成績がギリギリ足りて卒業試験を受けられるなんてよかったでちゅね〜」

「・・・・・」

「キーファ、私語は慎みなさい」

「・・・はい」


エリシアを主に落ちこぼれと揶揄するのはキーファだけだ

先生は何度も注意してくれるが、一向に好機に向かう傾向はない。むしろ第三者の介入で悪化している気さえ覚える


他の生徒は、そんなキーファとエリシアと関わらない。否、関わろうとしない

面倒ごとになるのが、分かっているから

講堂が静かになったことを確認したデリは、壇上に上がり、持っていた原稿を読み上げる


「えー。では、卒業試験要項を説明します。まず、みなさん、この伝聞師養成学校。その卒業試験の資格獲得、おめでとうございます」


ただ原稿を読み上げるだけ。その言葉には、先ほどのエリシアの資格獲得を喜ぶような思いは一切込められていない

ただ、無感情に淡々と必要なことだけを述べていく


「今回の卒業試験。君たちは伝聞師見習いとして本当の配達に出向いてもらいます。本職と同じように、護衛をつけて、伝聞を行う。それが卒業試験です」


「依頼は、受験者が自ら探さなければいけないのですか?」

「いい質問です。流石に、依頼を探してこいとか、本職が扱う伝聞を使うわけにはいかないので、試験に自分の伝聞内容が使われることを許可してくれた方に絞っています。君たちは依頼人が提示する依頼から一つ選び、護衛役を探し、共に依頼を完遂させるのが試験となります」


「護衛役は自らですか?」

「ええ。今回の護衛役が一生の相棒になるパターンもあります。なんせ、背中を預ける友でもあるのですから」


デリは試験要項の説明の中で、その話をする時だけ表情を若干崩す

彼が伝聞師を引退した理由は、護衛役の戦死

そしてその護衛役と出会ったのも、この試験の時だったのだ


だからこそ、教え子たちにここだけはきちんと伝えたいのだ

護衛役という名の、相棒の存在を

そして家族より長い時を共にした今は亡き友のことを思いながら


「護衛依頼料と二人分の路銀は学校側から支給します。あともう一つ」

「もう一つ・・・」

「この試験、毎年死者が出ています。死んでも学校側は責任を負いませんので、あしからず。試験要項は以上です。では、一位のキーファから別室に移り、依頼を受けてください」

「は、はい・・・」


一位から順番に依頼を選んでいく

それはつまり、十位のエリシアは自然と余り物の依頼となる


「・・・どんな依頼が来ても、しっかりやり遂げよう」


自分の順番が来るまで、エリシアはどんどん出ていく上位の面々の背中を見ながら依頼のことを思い描いた

どんな依頼が来るのだろうか。初めての依頼はどんなものだろうかと

死ぬ可能性があるのに、こんなに楽しみなのはなぜだろうかと


「最後に、エリシア」

「はい」

「・・・まだ君は他の子と比べて子供だ。十二歳なのだから、これから成長という段階での挑戦。他の子よりも苦難が待っているだろう」

「はい。それは重々わかっています」

「これはね、私の一個人の意見だ。大多数の意見ではないことを承知の上で聞いて欲しい」


元伝聞師の彼は、他の子と比べて幼い少年に向かった微笑みかける

試験開始前だからまだ大丈夫

始まってしまえば、声をかけることも、助言することもできないのだから

そうしてしまえば、期待を寄せるエリシアの不合格はすぐに決まってしまう

けれど・・・まだ。今はまだ、彼に伝えられる


「私はね、君だけに合格して欲しい。驕らず、多人数の中に紛れる性質も持たない、まっすぐな君に。そして何よりも、誰かの事を思いやれる君に!」

「・・・っ」

「頑張りなさい、エリシア。君の合格を、ここで待っている」

「はい、先生・・・行ってきます!」


この学校に来て、何度も涙を堪えて流すことのなかったエリシアはこの試験に挑む日に初めて涙を零した

それほどまでに自分に期待してくれている人がいる

そんな思いと期待を受け止めて、彼は依頼人が待つ部屋へと向かって行った


・・


講堂から出て、第十相談室

そこが、エリシアの依頼人が待つ部屋だ


最初が肝心なのはどこに行っても一緒

ノックをして、中にいる人物の返答を確認してからエリシアは元気な声で部屋に入る


「お初にお目にかかります!伝聞師養成学校卒業試験受験番号十番、エリシアと申します!」

「おや、まだ小さな子羊君だ。じゃあ、君が噂の最年少合格の子なんだね」


ふとみた男の姿は、いい生地で仕立てた服に、綺麗な容姿

背中に生えている水色の羽から察するに「鳥人ツカナ」だろう。それも、貴族の


「はい。けれど私も受験者の一人です。お名前と依頼内容をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「うん。僕の名前はユーリ・テスラヴェート。見ての通り鳥人だね」

「テスラヴェート様ですね。覚えました」

「ユーリでいいよ。子羊君にはこっちで呼んで欲しいなぁ」

「では、ユーリ様」

「素直でいいね。でね、そんな素直な子羊君に頼みたい伝聞はね、恋人への伝聞なんだ」

「恋人さんの・・・」


鳥人の最たる特徴は、番に対する愛着と言えるだろう

一度番になった鳥人は片時も離れることなく、生涯を共にするらしい

いかなる時も、側に必ず寄り添い続けるそうだ

片割れが先に死んだ時も、その愛は消えることなく永遠に残された番に残り、残された方は死ぬまで次の番を得ることはないという


「ロマンティックですね!」

「そう言ってくれると嬉しいね!」


エリシアの言葉に嘘や装飾は一切ない。彼の素直な言葉である

多種族の生き方を学ぶ「種族学」に関してはエリシアだって万年最下位から抜け出すことができていたのだ

それほどまでに、面白くて、とても楽しい学問

初めて鳥人のその文化を勉強した時も、エリシアは同様の感想を抱いた

なんて、美しくて素敵なのだろうと


初めての依頼が鳥人の恋文にテンションが上がるエリシアと、素直な言葉を投げかけられたユーリは互いに気分をよくして、会話が先ほどより弾んで行われる


「でね、彼女「ティルマ」は今、浮遊島の病院で静養しているんだ」

「ティルマ様は、何か病気で?」

「事故で羽が折れちゃったんだよ。光で透き通る綺麗な羽だったのに、竜人に衝突されてそのままね・・・換羽まで血のこびりついた羽で過ごさないといけないんだ。可哀想に・・・」


会話は依頼人と伝聞相手を詳しく知るための情報源でもある

その中にあるとても見過ごせない情報をエリシアは見逃さなかった


「それは・・・とても残念ですね。しかし光に透ける羽ということは!失礼ですがティルマ様は天使か、もしくは天使と鳥人のハーフでいらっしゃいますか?」

「子羊君、たくさん勉強しているんだね!光に透ける羽と言っても君の同期は誰も反応を返さなかったよ?むしろそれを聞いて依頼は引き受けられないというほど」

「・・・全員、露骨に依頼人を選んだな」


「・・・子羊君?どうしたんだい?」

「失礼ですが、ティルマ様が静養されている場所はウィルネスですよね?」

「・・・よくわかったね」


苦い顔をしてユーリは答えを述べる

同様に、エリシアの表情もかなり渋いことになっていただろう

天使か、天使と鳥人のハーフか・・・その詳細はわからない

そして極め付けは静養先がウィルネスである可能性。天界人の所有する土地だ

それに気が付かないほど、他の九人も馬鹿ではない


「・・・伝聞師とて、天界人の静養所として指定されている土地に立ち入ることは許されていないんです。それは、ユーリ様もご存知ですよね」

「ああ。知っているとも」

「天界人以外の立ち入りを禁じている静養所「ウィルネス」・・・鳥人である貴方も立ち入ることはできません」

「ああ。知っている」

「それでも、貴方には伝聞して欲しいことがある!その意思は間違いありませんか!」

「それは確かなことだと断言しよう。もう二週間も音沙汰なく帰ってくる気配のない恋人を待ち続けているんだ。せめて、彼女が生きているかどうかだけでも・・・知りたいんだよ」


確たる意思をユーリは告げる

エリシアも、彼の思いは痛いほどわかる

鳥人であるなら尚更。番であるティルマと離れているだけでも、ユーリにはかなりのストレスがかかっているはずだとも


しかし、ウィルネスには天界人以外誰も立ち入ることはできない

どうしよう、どうしようと思考が泳ぎ始める

しかし、心の中ではもう答えは決まっている


「ふぬっ!」

「え、ちょ、子羊君!?急に自分の頬を叩いて・・・」

「伝聞師たるもの、依頼人に寄り添う!依頼を選ぶな!それに、僕自身が、ユーリ様の依頼を成し遂げたい!」

「・・・子羊君」

「ユーリ様。僕に、その依頼を引き受けさせてください!」


勢いよく、ハキハキと確かな意思を胸にエリシアはユーリに告げる

その言葉を待っていたかのように、ユーリは嬉しそうに微笑んだ


「ありがとう、子羊君。では、この手紙をティルマに渡してくれるかな」

「はい!確かにお預かりしました!」


ユーリは彼の背中にある薄水色の羽と同色の便箋を受け取る

彼の思いを落とさないように、消えないように丁寧に頑丈なケースの中に入れて、鞄の中に固定した


「それと、ユーリ様」

「なんだい?」

「ティルマ様に、いち早くお伝えしたいこととかありますか?」

「そうだな・・・早く君に逢いたいとだけ。後は、再会した時に自分で告げるよ」

「その言葉も、確かに預かりました。必ずティルマ様にお伝えします!」


誰かの言葉も、様子も・・・伝聞内容に含まれる場合がある

今回の依頼に関しては、ユーリが用意した手紙を配達するだけでいいのだが・・・これは、エリシアが独自に行うと決めていたサービスだ


きっと、ティルマも無事かと心配しているユーリの様子と、早く逢いたいという彼の言葉を聞いたら喜ぶだろうから


「ありがとう。いいサービスだね。気をつけてね。君の無事を祈るよ」

「こちらこそ、ありがとうございます。必ず届けて戻ってきますので!」

「うん。いい報告を期待しているよ」


笑顔で手を振るユーリを背に、エリシアは相談室を出て廊下をかける

こうして、彼の初めての依頼であり、卒業試験が幕を開けたのだった


・・


誰もいなくなった第十相談室

ユーリはため息を吐いて、自分の背後に視線をむけた


「デリ。盗み聞きとは悪趣味だね」

「いいだろう?試験官としての仕事もあるし、それに君は今回の依頼人じゃないか」

「たった一人のね」


デリの合図で宙に現れた二つのティーカップ

さらに現れるポットが一人でに動いてカップの中に暖かな紅茶を注ぐ

満たされたカップは二人の目の前に降り、それから勝手に動くことはなかった


「魔族の魔術、久しぶりにお目にかかったよ」

「だいぶ鈍ったけれどね」

「しかしデリ。旧知の間柄なんだ。せっかくだし、今年の合格枠はどれほどなのかだけでも教えておくれよ」

「ふふっ。一人かゼロ。それ以外はもうありえないとだけ」

「もうそこまで絞ったのかい?」


ユーリの疑問に、デリは怪しく笑う

悪魔の笑みと表現されるような、禍々しさを隠しながら


「君のおかげで絞れたんだ」

「・・・教訓を守れないものを、認めることはないか」

「左様。君だって、ティルマへの手紙を受け取った人物以外難癖をつけて落とすつもりだっただろう?」

「ああ。貴族院代表としてね。しかし、今年は「残りの一通」を使わずに済むとは」


ユーリは机の下に隠していた「もう一つの手紙」を出す

これはもしもエリシアがティルマへの依頼を渋った時に、冗談だといって別口依頼として差し出す予定だった「不合格確定通知」が入った手紙だ


宛先は、試験に関わっている他の貴族宛のもの

宛先にいる住所の貴族から、不合格を伝えてもらう・・・というのが、不合格者の辿る道

試験の記憶を消し、もう一度学生になるか・・・道を諦めるかその後選択することになる


「・・・まさか、エリシアだけが残るとはね」

「一番最初に来た子は不服だろうね。常に一番!みたいな感じだったから。子羊君に負けるなんてームッキーとかやりそう」

「やるだろうなぁ・・・」

「君から聞いていた通り、子羊君はいい子だね。まるであのお方を連想させる」


ユーリは立ち上がり、壁にかけられている肖像画の方へ足を進める

その肖像画に描かれている人物こそ、伝説の伝聞師「アリシア・アステラ・ヴァーミリオン」

エリシアが読み上げる教訓を作った人物であり、全ての伝聞師にとって憧れの存在

依頼人に常に寄り添い続け、正しく伝え、聞いていた伝聞師として語り継がれている


そして、その隣に控えるのは彼女の生涯の相棒を務めた魔法使い「カペラ・アステラ・ヴァーミリオン」

誰もが憧れ、志す伝聞師と相棒の二人

そんな伝聞師の彼女と、彼はよく似ていた


「・・・彼女の再来を、子羊君には期待したいね」

「ああ。そうだな・・・ん、そろそろ待機場に着く頃か?」


デリは偵察用の使い魔を飛ばし、受験者の様子を伺い続ける

その中の一つ、特段大きなスクリーンで表示されたエリシアの様子を二人はじっと眺めた


・・


護衛役を探すには、まず待機場が最適です

討伐を生業にした冒険者が昼夜問わず多数仕事を求めて待つ場所・・・それが待機場だ


「・・・どうしたらいいんだろう」

「なんだ、こいつ。ちびっこがくる場所じゃねえぞ」

「アリエスのガキか。迷子なんだろうなぁ・・・おい、ミルク飲むか?」

「え、あ、あの・・・」


入口近くにいた大男たちに声をかけられる

おそらく彼らは巨人族ギガント。普通の人の二倍ぐらいの体格をもつのが特徴だ

僕は彼ら二人に背中を押されながらカウンターの方に連れて行かれそうになる


「ぼ、僕は・・・!」

「ちょい、ちょい巨人族のお二人さん。子羊君ビビってんじゃん。ここは人間の俺が受け持つから、二人はお酒を飲んでてよ」


ふと、エリシアの後ろに一人の青年が立つ

少し煤汚れた麻の服を覆い隠すように魔力がしっかり通った上質生地のローブ

そして何よりも特徴的なのは、小さな精霊楼がついた魔法使いであることを証明するとんがり帽子

移動用の箒と魔法の杖を背中に背負った青年の耳は「普通」

何もない。普通の容姿。彼は自称する通り人、インダスの青年のようだ


「カルルか。まあ、お前の方が見た目は優しそうだしな、後は頼むぜ」

「マスター。この子にミルク与えてやってくれよ。俺の奢りで」


巨人族の二人はカルルと呼ばれた青年にエリシアを預けた後、元の席に戻って行った

それを見送った後、カルルはマスターの方に向き合い、指を二本立てる


「マスター、あの二人にいい酒を。俺のツケね」

「お前どれだけツケる気だ。ちゃんと返せるんだろうな」

「それはまあ、子羊君の提示内容次第かな」

「・・・貴方」

「自己紹介が遅れたね。俺はカルル。インダスの魔法使いさ。君は?」

「・・・アリエスのエリシア。今は、伝聞師の卒業試験中」


エリシアは学校でつけるように命じられた腕章を見せながらカルルに自己紹介を行う

この腕章は伝聞師養成学校の卒業試験中であることを示すものだそうだ

風呂以外で外すなと命じられたのは、記憶に新しい


「腕章・・・やっぱりね。なあ、エリちゃん。俺と組まない?」

「いきなり愛称。まあいいけど・・・しかし申し出は嬉しいのですが、カルルさんに僕と組んだところでほとんどメリットはないんじゃないですか?」

「呼び捨てでいい。まあ、まずは護衛依頼料を貰えたら俺は酒代を一気に返上できる」

「メリットだらけですね」


エリシアの内心は表情に出てしまったのか、カルルの表情が引きつる

しかし気を取り直するように何度か咳払いをした後、話の続きを初めてくれた


「ああ。もちろん金額に応じた働きはするよ。約束する。このとんがり帽子に誓って」

「とんがり帽子の誓いは、魔法使いにとって最上級の約束・・・」

「よく知ってるね。そう。この帽子は魔法使いにとって命だから。だから、命をかけた約束だと思ってくれていい。それに、腕には自身あるよ。どうかな?」

「むしろ好条件ではないですか。ぜひともお願いしたいのですが・・・なぜ、試験に関わろうと?お金の他にも理由がありそうですが」


疑問は最も。話の続きをカルルがしようとした瞬間、邪魔が入る


「よお、落ちこぼれ!お前もここに来たんだな」

「そうだよ。キーファも今から?」

「ああ。しかしお前の相棒も貧乏くさいやつだなー・・・・同じ魔法使いとは思えないぜ、な!」


キーファがいつものノリでエリシアをいじるのだが、今回は場所が場所だから一瞬にして空気が凍りついた


「・・・アリエスのガキいじめて楽しんでるネコがいるぞ」

「滑稽だな。ヒツジに捕食されたことでもあんのかね、あのネコは」

「それに、喧嘩売っちゃいけねえ奴に喧嘩売るとは、ついてねえな、兄ちゃん!」


待機場にいた男たちからブーイングとからかいを一点に受けていく

もちろん、彼の後ろで控えていた護衛である魔法使いの青年も、キーファを嗜めた


「あ・・・あの、キーファ。そいつは、そいつにだけは喧嘩を売るのは・・・」

「あ!?金で雇われた奴が何口答え・・・」

「お掃除の時間だよ。ファシット・スノーグラス!」


指先に魔力を集中させて、カルルは小さな魔法を起動させた

小さな光は形を成し、小さな葉を作り上げる

大気に含まれた水を冷やし、葉に纏わせ舞わせる

それはキーファと彼の護衛の方だけに向かっていく

なんせ、彼の狙いはその二人だけなのだから


「抵抗ぐらいしろよ。単一魔法使い」

「ひ、は、ファシット!ファイアリープ!」


動揺したキーファの護衛は得意魔法である火魔法の円を作り上げ、それをカルルの方へ向かわせる

エリシアから見たそれは、轟々と燃える車輪だった・・・が、それは彼の氷の葉の前であっという間に鎮火された

まるで、消えかけだったというようにあっという間に


「・・・お前、全属魔法使いだな!?」

「うん。でもさ、努力したら全部使えるようになるのに、努力を怠って一つしか使えないままでいたのはお前だろ?まあ、こんな小火でもさ、民家にある暖炉を絶やさず燃やすことぐらいはできると思うから、早急に田舎に戻って暖炉に火を灯し続ける仕事を探すことをお勧めするよ」

「グゥ・・・!」


「それにそっちの猫も。落ちこぼれって、まだ子供でしょ?十分伸びしろあると思うのにな。節穴?眼球ついてる?」

「き、貴様・・・言わせておけば!」

「あーあ。こんなのでも卒業試験受けられるとか、世も末だね。よっ」


キーファの怒りが乗せられた拳が振り下ろされる

カルルはそれを軽くかわすが、勢いよく叩き落とされた拳は床に穴を開けていた


「こうはなりたくないだろう」

「わあ。凄い力だね!相棒は暖炉を燃やす係だし、君はその力で暖炉にくべる薪を作る仕事をした方がいいよ!伝聞師より、よっぽどお似合いだと思う」

「きさっ・・・・」


キーファの怒りをかわして、更に煽る煽る

それに見ていられなくなったエリシアも、ある考えを持って行動に移す


「カルル!お店の人にごめんなさいして仕事に行こう!」

「なぬー!俺の怒りは沈まら」

「うるさい。お酒のツケ代わりに払わないよ。修理費も一人で背負いたいかな?」

「すみませんでした。あ、動くとウザそうだから。「ノネクテット・パライズプリストチューン」・・・これで拘束しとくね。あ、五時間後に解除されるから、君の相棒が頑張れば一分ぐらいは短縮できるかも?」


カルルはスキップしながらエリシアの元に戻る

先ほどまで同年代の青年を煽って遊んできた帰りとは思えないほどの、無邪気さで

そもそも、ノネクテットと最初に詠唱する魔術はハイレベルの魔法だと聞いた覚えがある

それを行使しても平気な顔をしているあたり、カルルの腕は確かなものだろう

奇妙な縁だが、いい縁を結ぶことができたとエリシアは心の中で密かに感じた


「じゃあ、カルルのツケ分支払いま・・・うわ、依頼料超えてるし。仕方ない。贅沢しません受かるまでは・・・」


エリシアは鞄の中から自分のお財布を取り出す

学校から預かった護衛の依頼料と自分のお財布から出した差額をマスターに支払う


「これでよし。すまんな子羊。今度来た時は美味しいもの作ってやろう。カルルのツケで」

「堂々巡り!?」

「ありがとうございます。マスター。あ、床は・・・」

「あいつらに請求するよ。野郎ども!補修費用払うまで逃すんじゃねえぞ!金むしりとれた奴は飯一品サービスしてやるよ!」


マスターの掛け声で待機場にいた仕事待ちの男たちは歓喜の声を上げる

その隙に、エリシアとカルルは待機場を後にした

それから、夕暮れ時の街を歩いていく


「・・・ツケのお金、もしかして越えた?エリちゃん自腹してたよね?」

「越えた。でも依頼料でやれるだけの働きでいいよ。それ以上は求めてない」

「なんで」


「お礼だよ。キーファのこと」

「あの猫のこと?」

「うん。僕さ、学校で常に落ちこぼれって言われ続けているんだ」

「まだ子供なのに、伝聞師養成学校に在籍してる時点で落ちこぼれもクソもないと思うけどね。あいつわかってんのかな」


養成学校の適正入学年齢は十五歳。一般的な高等学校の入学年齢だ

しかし、それ以外の年齢でも入学を果たすことはできる。エリシアのように、試験に合格する規定や、身体の条件を満たすことができたのなら


「さあね。でも、言われることに対して反論を返せば何をされるかわからなかったから我慢してたけど、学校ならともかく、外に出ても言われたらどうしてか耐えられそうになくて、やり場のない怒りが遂にあふれそうになったんだ」

「・・・うん」


「そんな時、カルルもムカつくことはあったんだろうけどさ、キーファに色々言ってくれたし、待機場の人たちも色々言ってくれたでしょう?学校では誰も庇ってくれないから、耐えることしかできなかった」

「うん」


「暴言はどうかと思うけど、代わりに声を上げてくれたことが、嬉しかったんだ。あれは、そのお礼。待機場の人たちにはまたどこかでお礼をするよ」

「子供を悪い大人から守ることぐらい大人のお仕事ですよ。気にしなくていいよ」


そう言いながら、カルルはエリシアの隣から先導するように前に出る

彼のとんがり帽子の先についている精霊楼が夕暮れの陽と同じ色に瞬き揺れた


魔法使いは、大気の中に生きる精霊族の子供の力を借りて魔法を行使するらしい

互いに生きるための戦略とも言われている

魔法使いは、元々体内に魔力を有しているものと、有していないものが存在する

魔族とかの魔法使いは前者にあたるが、カルルの種であるインダスは後者が多い

後者の場合、精霊楼に住まわせている精霊に、大気に存在する魔力を集めてもらうことで魔法を使えるようになるらしい

精霊の子供がその行為に対して持つメリットは、大人になるまで確実な住処を得られること・・・大人になれることだ

大人になるまで魔法使いは精霊を守り続ける

エリシアを助けたのも、大人になる前の子供を助けた行為。カルルからしたら当たり前の行動かもしれないが・・・それでも、嬉しかったことには変わりない


「ありがとうね、カルル」

「どういたしまして。それ、待機場の連中にも今度言ってあげてね。ところでエリちゃん、宿はどうするの?出発は明日・・・」

「ここの相場だと一番安い宿の一つの部屋しか借りられないけど・・・」


残された路銀を確認してみる

一応フルに入っているはずだが、少々心許ない

養成学校の周辺ということは、機関の保有する中央区だ


多種族が共存している世界「テレジアノーツ」

そんなテレジアノーツの平和の為に日々奔走する統治機関が「星刻天秤エクリプスリブラ」伝聞師もこの機関の所属となる


もちろん、養成学校も星刻天秤が運営しているこの中央区に存在している

正直言おう。都市だから非常に物価が高い

無駄遣いをしたら、与えられた路銀が一気にパーになるレベルだ


「・・・アリエスと一緒に寝泊まり」

「な、なんだよその目」

「・・・あの噂、確かめたいからいいよ。一緒に寝よっか、エリちゃん?」

「まあ、その方が助かる。でも、布団にケチつけないでよ」

「そんなケチつけてる場合じゃないでしょ・・・絶対に」


先に言っておくと、エリシアは良くも悪くも「アリエスからかけ離れた存在」だ

アリエスの文化には、非常に疎い

それを自覚するのは、もう少し後のこと


・・


オンボロ宿屋に宿泊を決め、二人は小さなベッドで横になる

二人部屋は高すぎた。仕方ないから今日は一つのベッドの取り合いとなる

ベッドはあるし、壁は薄いが、鍵がついているだけありがたい

とんがり帽子の精霊楼と窓から差し込む月明かりだけが、この部屋の光源として部屋を照らす


「へえ、まだ柔らかいし小さいツノだね。ぶつかっても誰かに怪我させないように先端を丸くしているんだ。いいね、エリちゃんらしい」

「触らないで欲しいな。結構むず痒いんだよ。それに、小さくたっていいことは・・・」


エリシアは元より、ツノが非常に小さい部類に位置している

自身の父親のように、雄々しく立派なツノは持ち合わせていない

・・・もう少し大きくなったらどうかわからないが


「アリエスのとある集落はね、外敵から子供の身を守る為にまだ柔らかいツノに先が鋭利な鉄のカバーをつけているそうだよ。エリちゃんのところはどんな感じ?」

「うちはね、逆に子供が誰も怪我させないように、ツノは丸く整えて、保護用の柔らかいカバーをつけるのが慣し。僕のところはのどかな土地だったし、外敵も少なかったから・・」

「なるほどね」


カルルは自前の手帳の中に話の内容を書き込んでいく

どうやら彼も他種族に興味があるタイプの人間のようで、魔法使いとしても優秀だが種族学もかなり好んで学んでいるらしい

まさか護衛役を務める彼が同じ嗜好だとは思っていなかったエリシアは、この星刻天秤が保有する中央区に来て、初めて子供らしい一面を覗かせた


学内で話のあう同年代の者はおらず、語り合える者は誰一人いなかった

デリをはじめとする教師は付き合ってくれたが、彼らだけだ

こうして自発的に、同年代の存在とエリシアが語らうのはこれが初のことなのだ


「でね、僕の集落には子供の時にツノをしっかり整えていたら大人になった時に、立派なツノを持てるって言い伝えがあるんだ」

「へえ、エリちゃんのお父さんとお母さんも?」


「うん。あ、でもお母さんはさ、あえて大きかったツノを削って子供のように丸くしている。うち、十人兄妹でまだ小さい子も多いから子供がうっかり怪我しないようにって」

「十人も!?エリちゃんは何番目?」

「僕は一番上。一人っ子なんだ。他は双子だったり三つ子だったりするんだけど」

「こういうこと言っていいのかわからないけどさ、分類が獣人になっている種族の初産はまず一人って聞くね。出産に慣れてから二人とか三人を同時に産むって。人数コントロールの真偽はどうだと思う?」

「別にいいよ。僕は気にしないし。で、人数だけど、うちのお母さんは欲しい人数を事前に僕とお父さんに教えてくれていたんだけどね、三回とも当てたから・・・もしや」

「噂は本当なのかね?」

「聞きたいけど、聞けないよね。こればっかりは」


馬鹿みたいに騒ぐのも、家族以外の人物と笑い合うのも全部、エリシアの初めて


「お父さんはアリエスの文化に則って、ツノを凄く綺麗な形に整えているよ。アリエスにとってツノはインダスでいう身なりを整える感覚に似てるかな。凄く格好いいんだ」

「へえ、エリちゃんはお父さんとお母さんのこと大好きなんだね」

「うん。カルルは?」

「俺?」

「カルルの両親の話は?」


エリシアが両親の話をしたのだ。流れ的にこう来るのは自然な話

しかしカルルの反応は先ほどまでの飄々と語らず、決まりが悪そうな声で語る


「んー、俺の母さんは俺を産んだ時に死んじゃったんだよね。父さんの話だと、インダスにしてはかなり丈夫な人だったらしいんだけど、妊娠してた時に重い病気にかかって、俺か自分かを選んで、俺を選んだんだとさ」

「・・・ごめん、そんな」

「いいって。まあ、そんな感じだから母さんの話は周囲が言うような高尚な人物の感覚かな。それと父さんは魔族。まあ、珍しくもないかな。この組み合わせは」


「インダスは混血が多いよね?なんで?」

「他種族との相性がいいらしい。生まれる子供は両親の「いいとこどり」みたいな?だから俺が住んでいた区域ではむしろ純血じゃなくて混血が推奨されて、言語も色々なものを叩き込まれたんだ」

「だからカルルも色々と話せるんだ」

「うん。でもエリちゃんさっきっから意地悪だよね。試すように多言語交えて話してさ」

「まあ、ノリで。他種族に興味あるならいけるかなって」

「まあね。話す言語ならわりとなんでも。蝙蝠族バリーの音波会話とか、魔族の中に口縫族サイレンスって言う種族がいるんだけど、彼らが使う手話はできないね」


カルルは指先で精霊楼の中にいる精霊に合図を送る

すると、明かりが消えて月明かりだけが部屋を照らすようになった


「そろそろ眠る?」

「ん。明日も早いし頑張らないとだからねー。ところでエリちゃん」


布団を被り、寝る準備を整える

しかし、カルルの話は明かりが消えても終わらない


「何?」

「歳いくつ?」

「今更・・・十二だよ。カルルは?」

「そっか。凄いね、十二で養成学校の卒業試験とか。ちなみに俺は十七歳。五歳しか変わらないんだね。俺よりしっかりしてる」


ふと、抱き枕のように抱きしめられて頭を撫でられる

両親からはお兄ちゃんなんだからと一度もされたことのない行動に、戸惑いを隠せなかったが、エリシア自身、安心感を覚えてしまったのも事実

たった数時間な関係なのに、なぜここまで心を許してしまうのか

それはエリシアにもカルルにもわからずにいた


「何するのさ」

「いやぁ、アリエスの噂でさ。子羊を抱きしめて寝るといい夢見られるって聞いて」

「・・・そんな馬鹿な」

「だから試してみたくって」

「ふーん。いいよ、別に。でも明日は依頼料以上に頑張るんだよ」

「もちろんさ。おやすみエリちゃん。いい夢を」

「おやすみカルル。いい夢見れるといいね」


おやすみの挨拶を交わし、二人は目を閉じる

そして、意識は夢の中へ


・・


陽刻六時

エリシアの朝は日が登り始めた頃に始まる


「起きて、カルル。起きてってば・・・」

「むう・・・俺が、んだのは、うん・・・?」

「訳のわからない寝言はいいからさ。早く起きて!」


昨日からしっかり抱き枕にされていたエリシアにとって、カルルはある意味拘束具だ

早くしないと手遅れになる


「あ、エリちゃ・・・」


カルルの覚醒と共に、腕の力が少しだけ緩められる

その瞬間を狙ったようにエリシアは腕の中から抜け出して、部屋の外にあるトイレへと駆けて行った


「ふう・・・」


用を足して戻ってきたエリシアの表情は安堵と満足感で占められている

なんとなくその表情にカルルは申し訳なさを覚えた


「・・・おはよう。我慢させてごめんね?」

「こればっかりはね・・・おはよう。カルル。いい夢は見れたかな」

「うん。もしもの夢だけどさ、母さんが生きてたんだよね」

「それはいい夢、悪い夢?」

「さあね。でも、忘れてた事とか思い出せたし、気分はいいかな」

「そ。じゃあ、出かける準備をしよう。近場で朝ご飯を食べてから仕事へ」

「了解」


それぞれ行動に移して、身なりを整える

エリシアは養成学校の制服に、カルルは私服の上からローブを纏う


「準備はいいかな、エリちゃん」

「もちろんだよ。さあ、行こう」


宿屋を出て、店先で掃除をしていた店主にお礼と挨拶をする

かなり年配の店主は二人の姿を見送り、その後再び掃除に取り掛かろうとするが・・・その力は弱々しい

そんな店主を二人が放っておけるはずもなく

エリシアは店主から箒を借りて店先を、カルルはまだ手をつけていなかった庭先の掃除を魔法でこなして行った


一仕事終えた後に店主からお礼として彼が通っている喫茶店のドリンク券を受け取った二人はそこで朝食を摂ることにした


「しかしまあ、エリちゃんもお人好しってやつだね」

「そう言うカルルもさ、放っておけなかっただろ。おじいちゃんだしさ」


温かいコンソメスープとトーストサンド。野菜にハムに卵ペースト

オーソドックスなサンドだ

飲み物はそれぞれミルク多めのカフェオレとコーヒー

これから試験に挑むことになる二人は力を蓄えながらのんびり朝の時間を過ごす


「まあね。従業員も一人だけだったみたいだし、料金かなりまけてくれたし何かしたかったんだよね。次もあそこを利用しようかな」

「次?」

「うん。エリちゃんは今寮暮らしだよね?」

「そうだけど・・・」

「卒業試験なんだから、受かれば卒業。学校の寮からは追い出されるよ。伝聞師に合格したら配属先が決まるまでしばらく宿無しになるらしいから、宿を数日借りれるようにしないと」

「それは大丈夫。バイトで貯めたから。でも詳しいね。なんだか見てきたみたい。知り合いでもいたの?」

「んや。父さんがそうぼやいてたのを思い出したんだよね。母さんは考えなしだから無一文で、配属先が決まるまでしばらく路上で寝泊まりしてたってさ」


「凄いね。でもさ、カルルの両親って、伝聞師とその護衛だったの?」

「みたいだね。実感はないけどさ・・・夢で、そう言ってたんだよ」


具材を掬うスプーンを皿の上に置きながら、カルルは何かを思い出すように声を振り絞る


「カルルの両親も、誰か覚えているかも」

「俺、二人の息子だって変な期待されるのは嫌だな。母さんとんでもない人だったみたいだし」

「そういえば、僕らちゃんとした名前で名乗ってなかったよね?もしかしたらカルルの両親の苗字がわかれば僕にも記憶があるかもだし・・・」

「別にいいけど、これは試験が終わった後の楽しみにしようよ。俺の苗字、気になるでしょ?俺もエリちゃんの苗字気になるし」


「じゃあ、受かったらちゃんと自己紹介しようよ。それとさ」

「ん?」

「魔法もたくさん使えるし、護衛としては信頼できる。でも何よりさ僕はこれからもカルルと一緒に仕事でたくさんの場所を巡りたい」

「・・・それって?」

「試験に受かったら、僕はカルルに護衛契約を正式に申し込むよ。これからも君と仕事を、冒険をしてみたいから」


少しだけ早い未来の話。いつか叶えられる約束の話だ

エリシアの言葉に偽りはない。素直に思ったまま、心の内を伝えただけ

二人出会い過ごした時間はまだ短いけれど、これからもやっていけると謎の確信が二人の中にはあった

だからこそ、カルルの返答も・・・

彼は小さく笑うが、そこには少しだけ悪戯心が含まれていた


「報酬は?」

「三食酒代つき。添い寝はまあ、気が向いた時に。あとは、話し相手ぐらいにはなるよ」

「いいね。乗った!エリちゃんがしくじらなければ俺は正式にエリちゃんの護衛になるよ。で、落ちたらさ」

「落ちたら?」


不穏なワード。受験中には聞きたくないワードを復唱したエリシアは無表情で何を考えているか読み取らせることのないカルルの目を見て息を飲む

しばらく沈黙が続いた後、カルルはやっと硬く噤んだ口を開いた


「・・・受かるまで護衛を引き受けてあげるよ。今度はお友達価格でね」

「それは、ありがたい・・・って!?落ちないから!」

「その意気で頑張ろうね、エリちゃん」

「もちろんだとも。絶対に合格して見せるから。よろしくね、カルル」

「うん。俺が合格まで運んであげるから絶対に受かりなよ、エリちゃん」


二人はそう告げた後に、急いで食事を口の中に入れ込んでいく

このやる気が落ちる前に行動に移すべきだと思ったからだ

しかし、礼儀作法を欠くことは養成学校の在校生としても、成人している大人としてもみっともない真似はできない

しっかり作法を守りつつ、素早く丁寧に食事を摂り、鋭気をさらに養っていく


・・


食事を摂った後、カルルの案内でエリシアは中央区の高台に登っていた

カルルにとってそこは門であるが、エリシアにとってはただのいい景色が見渡せる高台だ


「今日も青い空ですな。エリちゃん」

「そりゃあわかるよ。で、なんでカルルはここに・・・」

「ちっち、エリちゃん。俺がなんだか忘れちゃったの?これでも魔法使いですよ?魔法使いの移動方法といえば?」

「魔法陣によるテレポート?」

「のんのんのん!普通これじゃない!?これ!」


必死な形相のカルルは背中に背負っていた大きな箒をエリシアの前に突き出す

立派な箒だ。かなりいい素材で作られているのを感じる。魔力の伝道が良くなるように工夫されている様子も伺えた


「魔法使いの箒は、その魔法使いの手作りなんだよ」

「じゃあ、その箒もカルルが作ったの?」

「ご名答!俺の魔力しか通さない、俺専用の箒!まあいいからさ、とりあえず座りなよ。大丈夫。跨り続けても痛くはないように魔法はかけてるから」

「・・・そんな魔法あるの?」

「一日中箒の上で過ごさないといけない時もあるから、もちろんあるとだけ」


「魔法って凄いね」

「魔法は万象を操る術だからね。死者蘇生だって、神殺しだってその気になればできちゃうわけ。禁術扱いだけど。ほらエリちゃん、後ろじゃなくて前に座りな」

「はーい」


カルルに誘導され、エリシアは箒に跨る。そしてカルルは箒に腰かけるように横座り


「じゃあ、しっかり掴まってなよ。落ちそうになったら俺が拾うから」

「え」

「ファシット・フライト!」


カルルが呪文を唱えると箒がカルルの魔力を通し、同時に光を帯びて宙に浮き始める


「え、ちょ・・・これ」

「足をばたつかせて暴れないでエリちゃん。びっくりするかもだけど、落ち着いて」

「う、うん」

「やっぱり魔法使いの移動といえば、箒じゃない?」

「まあ、本とかではそうだけど・・・こんなに便利なんだ。うわ、揺れもほとんどない」

「最適化してるからね。でもこれは序の口だよ?まだ高い場所に行くからね。鳥人や竜人、そして天界人の領域である空の先・・・未知との境界付近まで」


エリシアに気を遣ってゆっくり飛行する箒

今はまだ、高台と同じぐらいの高さだが、飛行能力を有していないエリシアにとってはこんな風に何もない宙を移動すると言うのは未知の体験だった

高いところは苦手ではないけれど、地面に足がつかないと逆に怖い


「エリちゃん、大丈夫?」

「だだだだだだだ・・・」

「大丈夫じゃなさそうだね・・・少し高度落として、少しずつ慣れようか」

「お願いぃ・・・」


震えるエリシアの肩を叩き、カルルは箒の高度を地面すれすれにまで落としていく


「とりあえず、地面を水平移動している感覚にまで」

「ゆっくりだね」

「平均的なアリエスの移動速度に合わせてるけど、エリちゃんはインダス並に動ける子だからこれぐらいの方が慣れてるかな」


箒の速度を少しだけ上げていく

人間が駆け足した時の速さで箒は宙を進んで行く


「速さも高さも自由自在なんだね」

「これでも、魔法使いですからね。立って箒を操れたりするんだよ。ほら」


エリシアの後ろで、カルルが箒の上で立ち上がる


「バランス!どう取ってるの?」

「箒に細工はしてない。細工をしているのはこっち」

「靴?」

「そう。靴にかけた魔法で足場を固定しているんだ。色々なところで役に立つから、今度エリちゃんにもかけてあげようか。式と声登録さえしておけば、魔力なしでも魔法を使えるようにできるからさ」

「そんなのまで」

「そうなんだよ。魔法は万象を操れるので、こんなことはお茶のこさいさいですよ!ほらエリちゃん、少し遊ぶよ!しっかりつかまってな!」

「う、うん!」


箒の速度を上げながら、カルルは付近にあった湖の方まで箒を操る


「何するの?」

「遊ぶんだよ。少しぐらいはいいだろう?ほらっ!」


十分な加速をつけた箒が水面を駆ける

その勢いで箒が通った後の水面は水飛沫と共に激しく浮き上がる

そしてその一瞬。一番高い位置へ水が浮かび上がった瞬間に、カルルは湖に向かって魔法を唱える


「サクテリア・スノークリスタル!」

「ほわぁ・・・これ、凄いね。氷の彫刻?」


目の前に広がる、氷の柱

全体的に光を反射して輝いているが、薄くなった部分は光を通し、また別の美しさが


「まあね。これぐらい、俺ぐらいになるとチョチョイのちょい。水面だけ凍らせてるから、しばらくしたら溶けて元どおりだよ」

「でも、広大な湖を一瞬で・・・かなり魔力を使ったんじゃないの?大丈夫?」

「昨日も言った通り、俺は魔族の混血だし、体内にある魔力は莫大なんだよね。それに精霊楼の補助もあるから・・・一応、これぐらいはね」


箒を上に動かして、今度はどんどん上昇していく

エリシアの興味が氷の湖に向いている隙に高度を上げて、上から氷の湖を眺めつつ高いところに慣れさせる作戦だ


「カルルって凄い魔法使いなんだね」

「まあね。これでも俺は魔法学校の出身でね。でも、俺の学生時代はエリちゃんの今とよく似ている感じかな」

「似てるの・・・?」

「うん。似てる。エリちゃんは逆に落ちこぼれって言われてたけど、俺は逆に天災児って言われてたんだ」

「天才児?」

「少し違う。少しのことで大きな問題を呼び寄せるから天災児。言うなれば、はぐれって奴だね」

「凄いようで、やばいような?」

「そうだね。やばいやつなんだよ。今も魔力に制限かけられてやっとまともに魔法使えるって感じだから・・・」

「制限付きで、この魔法・・・」


怖がらせてしまっただろうか。そんな不安がカルルの中に芽生えくる

それでも、話しておきたかった

このできたばかりの小さな初めての友人に、これからも一緒にいて欲しいと、仕事を、旅をしてほしいと言ってくれた彼に伝えたかったのだ

自分の中にある最大の問題を。父親でさえ学校に押し付けて投げ出した、暴走の危険を孕む問題を


小さい頃からこの問題で、カルルには友人らしい友人がいなかった

学校でも全く友達ができないところか、憂き目にあって誰も近寄ろうとしなかった

きっと、怖がらせてしまった

護衛の話も、きっと・・・


「凄いね、カルル」

「・・・え?」


意外な言葉が飛んできて、つい足元に座るエリシアに視線を移す

彼は正面を向いていたはずなのに、移動中に姿勢を動かし、カルルを見上げる体勢をとっていた


「僕は魔法のこと全然わかんないからさ、うまいことはいえないけど、制限されてもこんなに凄い魔法が使えるならさ、カルルはかなり凄い魔法使いってことじゃないの?」

「あ、あのねエリちゃん。魔力の制限は魔法使いにとって失敗作の烙印みたいなもので、とても、不名誉な・・・」

「じゃあ、制限なしで使えるように特訓とか?カルルだってまだ若いんだからさ、これから操作が上手くなれば制限も解けるかも!」

「ちょ、エリちゃん!?」


エリシアはそう告げた後、ゆっくりと箒の上に立ち上がろうとする

カルルみたいに靴に魔法がかかっているわけではない

それでも彼は立ち上がる。座ったままで伝えるべきではないと判断した、彼の心の内を


「カルル。え、あ・・・ちょ」

「・・・エリちゃん。俺の手を」

「うん。ありがとう。カルル」


差し出した手は、子供ながらに小さな手が握り返してくれる


「カルル。君のその魔力制限をなくすために、僕に協力できることがあれば、協力させてほしい」

「なんで、そこまで」

「僕もさ、学校で落ちこぼれって言われ続けて、先生たちとしか話すことがなくてさ・・・で、その・・・ね?」

「つまり?」

「つまり、僕には友達が全くいなくてね!初めてまともに趣味とか他種属の文化の話とか、家族の話をしたのはカルルが初めてなんだよ!」

「・・・マジで?」


カルルは驚くが、エリシアの性格上その可能性はあると心のどこかでは思った

それに彼はまだ十二歳。養成学校に入学したのはもっと幼い時期になるだろう

そんな彼を十六歳やそこらで入学してきた普通の生徒は面白く思わないだろうから


「意外かもしれないけど、アリエスの集落でも、僕には友達がいなかった。アリエスらしくないから、浮いてたんだ。弟や妹からも、お兄ちゃんって変だよねって言われて」


らしくないから

その理由で浮いている存在はカルルにも記憶がある

彼自身も、そうであったから

インダスでも混血推奨者の多い土地で生まれ育ったカルルにとっても、それは関係ない話ではなかった

その土地は確かに混血推奨だった

しかし、メインは獣人との混血。魔族はその中でもかなり稀な存在だった。その先はもう言わずとも


「・・・エリちゃん」

「僕は、僕自身は・・・カルルを友達だと思ってる。ううん。思いたい。君は、そうとは思ってないかもだけど・・・」

「いや。俺もさ、結構周囲から浮いていて、エリちゃんと同様、集落でも学校でも浮いていたんだ」


小さな手を握りしめる

互いに親以外の手を握るのは初めてのことだから、力加減が上手くいっているかわからなかった

けれど、そんなことを気にしている場合ではないことは二人も理解している


「俺はさ、昨日とても楽しかったんだ。あんな風に話したの、初めてなんだ」

「僕も。全部初めてばかりで。昨日は凄く楽しかった。照れくさくて、言えなかったけど」


互いに心の中に閉じ込めていた言葉を口に出す

やっぱり、照れくさい


「それに酷いよエリちゃん。俺、もうエリちゃんのこと、友達だって思ってたんだけど」

「・・・友達でいいの?」

「うん。こんな俺で良ければ友達になってほしい」

「うん!」


やっと、子供らしく笑ったような気がする

年相応に笑うエリシアにつられてカルルの頬も緩んでいく


「そ、そろそろ仕事行こうか!」

「そうだね。話の続きは、また後で。お祝いもしないとだから」

「もうお祝いとか考えてるの?」

「受かったら合格祝い、落ちても初めての友達お祝いしようよ」

「わかった。楽しそうだし、やろうか」

「そうこなくっちゃね」


終わった後の約束を交わし合う

しかし、そろそろ試験の方に移らなければならない。時間は決められていないが、一週間以内に帰ってこなければ死亡判定だ

まだ余裕があるが、ユーリの依頼も早めにこなしたい一件

地上ではユーリが、目的地であるウィルネスでは療養を続けているであろうティルマが待っている


「ティルマ様。ユーリ様の言葉を聞いて喜んでくれるといいな」

「依頼人のこと?そういえば、詳しく聞いてないね」

「ごめん。今回は竜人と空で衝突してしまった天界人・・・天使と鳥人のハーフのティルマ様に、伝聞をね。手紙と言葉を預かってる」


依頼内容を改めて知らせるが、カルルの表情は重い

それと同時に頭を押さえ初め、彼の藤色の瞳は「何か」を見たように見開かれた


「・・・マジか」

「どうしたの?」

「そのティルマ様?竜人にぶつかったの?いつぐらい?」

「うん。それと、二週間も連絡が取れていないって言ってたから。衝突したのは三週間前ぐらいじゃない?竜人の特徴は聞いてないけど・・・」

「・・・竜人の特徴とか聞いているわけないよね」

「うん。竜人とだけしか」

「エリちゃん・・・竜人の中にはね、鱗に毒を持っている種族がいるんだ。もしも、その種族とぶつかっていたりしたら・・・」


療養中と思い込んでいたエリシアにとって、その可能性は・・・頭になかった


「・・・カルル」

「急ごう。俺の「血」が、嫌な予感で蠢いてる」

「よくわかんないけど、お願い!急いで!」

「飛ばすよ、エリちゃん。座って!」

「ん!」


指示通りに素早く動き始めて、彼らは空へと駆け上がる

一刻も早く、伝聞を果たすために


・・


天界人と呼ばれる種族は、天使と神、そして伝説として語り継がれる神獣の総称である

浮遊島「アストラリード」を領土としている

空を移動する翼を持つ「鳥人ツカナ」と同盟を結び、共存しているが・・・互いに不可侵の領土を持っていることが特徴と言えるだろう

その、天界人が所有する不可侵領土が「ウィルネス」である


「ここに、ティルマ様が」

「どうする気?どうやってもあの島の中には入れないよ?」

「入ることができないのはわかってるよ。でも、門番に話しかけたらダメなルールはない」

「・・・それもそうか。観光目的じゃないし、手紙と言葉を伝えてほしいと頼むだけでも、返答さえもらえれば問題ないのかな」

「ティルマ様の表情を直接見ることができないのが難点だけどね。いこう、カルル」

「うん。任せて」


カルルはゆっくり箒を操って、ウィルネスの門番がいる場所まで飛んでいく


「止まってください!君たち、ここから先は天界人しか立ち入りができないのです。どうかお引き取りを」

「僕は伝聞師養成学校のエリシアと申します。今回、ここに療養されているティルマ様に鳥人のユーリ様から伝聞依頼を受けました」

「伝聞師であろうとも・・・」

「ウィルネスに立ち入ろうとは考えていません。ただ、預かった手紙と、ティルマ様に、ユーリ様が早く逢いたいとおっしゃられていたことを伝えていただきたいのです」

「なるほど。わかりました。療養所にティルマという女性、ですかね?入所されているか確認をとってみます。ここでしばらくお待ちください」


話がわかる門番で、すぐさま確認に動いてくれた

まずは第一段階。無事に終えたことを二人はゆっくり息を吐いて安堵する

それからすぐに、先ほどの門番が戻ってくる


「エリシア様」

「はい」

「確かに、ティルマ様はいらっしゃいましたよ。天界人と鳥人の混血の女性ですね?」

「はい。そう伺っています」


ウィルネスに確かにティルマがいる

その事実に安堵しながら、門番の話を聞く

しかし、門番が次に紡いだ言葉は・・・


「大変申し訳ありませんが・・・ティルマ・ノーザンリング様は、昨日の昼にお亡くなりになっているそうです」

「・・・え」


一瞬、周囲の音が消えた感覚をエリシアは覚えた

門番の声だけが鮮明に聞こえる。変えられない事実だと変わらない事実だというように


「し、いんは・・・」

「衰弱死だそうです。元々出血がかなり酷く、そこから竜人の毒にやられてしまったようで・・・そのまま」

「そんな・・・」


すぐに渡せるように用意していたユーリの手紙をエリシアは握りしめる

もう、この手紙を読むべき人はこの世のどこにもいない


「おい。テージア!」

「なんだ?」

「療養所から通信。さっきの、ティルマの件!」


門番の名前はテージアというのだろう。光に透ける羽を持っているし、天界人の領土の門番をしているのだから種族は間違いなく「天使エルダー

そんな彼に、彼の同僚である天使の青年が声をかける


「何か情報が他にもあるかもしれません。話を聞いてみます!」

「お願いします!」


テージアはそうエリシアとカルルに声をかけた後、通信機器がある場所まで飛んでいく

それからしばらくエリシアは無言で空の下を眺める

カルルはどう声をかけたらいいか分からなくて、帽子を深く被り、黙祷を静かに捧げる

届かない手紙、番を失ったユーリ。そして最期までユーリと会えなかったティルマを想い、エリシアは無言で涙を流し続けた


「・・・どう伝えよう」

「率直にしか選択肢はないと思う」

「でも、でも・・・・!」

「伝えにくいのはわかるよ・・・こんなこと!でも、君の仕事は伝えることだ!」

「っ・・・!」

「伝聞師たるもの、常に依頼人に寄り添え。依頼を選ぶな。投げ出すな。それは絶対遵守の教訓である。伝聞師を目指す君なら、聞いたことはあるよね?」

「・・・うん、毎日復唱してる!」

「そんな君がこの教訓を無視する伝聞師にはならないと俺は信じている。最後まで一緒にいるからさ、やり遂げようよ!」

「ん・・・!」


涙を拭い、前を見る

伝聞師として仕事をすることになったらきっといつかは遭遇する出来事だ

それが、一番最初にきただけだ

感受性の強い、素直な子供だったエリシアは手紙の想いと二人の存在に涙した

きっとこれからも同じことがあれば泣いてしまうだろう

けれど、いつかは

カルルが言い聞かせてくれたことを自分でできるようになりたいと、心の中で密かに思った


「カルルがいなければ、ここで折れてたかも。ありがとう、カルル」

「これぐらいいいんだよ。だって友達でしょ?」

「そうだね。君が友達で本当によかったよ。でも、いつかはカルルの手を煩わせないように強くなって見せるから」

「なって見せてよ。俺だって、強くなるから」

「じゃあ、勝負だ」

「いいね。一生終わらない成長勝負やり続けようか。対抗意識ほど、成長に繋がるものはないよ。あ、妨害禁止ね。勝負って言っても仲良くしてよ?」

「わかってるよ。カルルと仲良くして、公正に戦いながら負けないように頑張らなきゃね」


側から見たらおかしい勝負が始まっただろうけれど、後にこの一生終わらない成長勝負は、二人を大きく成長させることを、今の二人はまだ知らない


「エリシア様!」

「どうされましたか?」

「療養所から、ティルマ様の死亡証明書と、療養所にきていた彼女の母から預かった遺品と、書き溜めていた手紙の箱をお預かりしました。これを、ユーリ様へお渡しして欲しいと。すべてこの箱の中に積めています」


テージアから大きな箱を受け取る

鞄の中に入らないから、手で持つしかない・・・けれどこれは


「で、では・・・!」

「伝聞師見習い。エリシア様に。天界門番であるテージア・ルドレフカが依頼します。この手紙を、貴方の前で依頼人であったユーリ様の元へ!」

「その依頼。確かに受けました!必ず果たして見せます!」


「ええ。お願いします。それと、終わったら私に報告をお願いできないでしょうか」

「それは、どうして・・・」

「ティルマ様の手紙、亡くなる日まで書かれているんですよ」

「・・・もし、その手紙をその日のうちに配達することが、そしてユーリ様?の手紙を毎日配達することができていたら、鳥人であった彼女の運命も少しは変えられたのかもね」


「はい。そちらの魔法使い殿の言う通りです。半分だけ鳥人ではあるが、天界人である存在は少なくはありません。もし、何も動かずにいたら・・・きっとまた、我々は悲劇を生んでしまうでしょうから、今回の一例を議会に出して、ウィルネスへの伝聞師立ち入りか、混血専用の立ち入りができる療養所の建設を申し立ててみたいと思いまして」


テージアは今回のことを彼なりに色々と考えているようだった

偶然話しかけた門番だからと言う理由だけではなさそうだった

まるで彼自身も、伝聞師が立ち入れないことに疑問を持っていたかのような素振りで話をつづけていく


「エリシア様には伝聞記録証明を提出して欲しいなと思っています。療養所から私が受けて依頼、ユーリ様へ、ティルマ様の遺品と手紙を送ったことを、証明していただけますか?」

「もちろんです。テージア様。いつもこの時間に?」

「いえ。しかし、五日後のこの時間になら、ウィルネスの門番で勤務していますのでまたその時に」

「はい。確かに引き受けました」


「健闘を祈ります、エリシア様」

「テージア様も、お仕事のは頑張ってください。それと、邪魔をしてしまい申し訳ありません」

「いえ。こういうのも門番の仕事ですしね。お気になさらず」

「エリちゃん、そろそろ行こうか」

「うん。それではテージア様!また五日後に!」

「ええ。お二人とも、また会える日をお待ちしています」


箱を抱えていると、杖の上でバランスが取れないから、カルルがエリシアを固定して落ちないようにしてくれる

その様子を微笑ましく見守りながらテージアは二人を見送ってくれた

二人は下降し、目的地へと向かっていく

今度の目的地は伝聞師養成学校の第十相談室

ユーリが待つあの部屋へと、二人は向かっていく


・・


養成学校に到着してから、二人は学校内をかけて第十相談室へ向かっていく

しかしその途中で二人は足を止める


「・・・うげ、何あれ」

「・・・分からない。でも、いい空気ではないことは流石にわかる」


箱を抱きしめて、エリシアとカルルは影からその様子を伺ってみる

自分以外の九人の受験者が第十相談室を囲むように立っているのだ

まるで、あの中にいる人物と会わせないように


「妨害だと思う。少し遊んでいいかな」

「カルルに頼みっぱなしなのも・・・どうなんだろうね」

「バカ。伝聞に集中しなよ。エリちゃんの仕事は伝聞、俺の仕事はエリちゃんの護衛、その領域だけはしっかり確立してるんだから、むしろこう言うのは俺の領分なんだから、頼まないとおかしいでしょ」

「わかった。でも、怪我しない程度でお願いね、カルル」

「優しいねぇ・・・まあ、それぐらいお安い御用さ!」


二人同時に駆け出す

インダスの成人が持つ脚力と、普通のアリエスの子供が持つ脚力はほぼ同等

そう、普通のだ


伝聞師見習いであるエリシアの脚力は、普通のそれとは大きく異なる

むしろ、普通のアリエスの成人であってもきっとエリシアには追いつけない

それほどまでに彼の脚力はしっかりとこの三年間で確かに成長を遂げたものとして挙げられるほどに強靭なものへと変化していた


落ちこぼれと言われた彼だって、努力は怠らなかった

年齢の差に追いつけるように、日夜を過ごしていた

これは、その成果を試される試験だ

そして、たくさんの人の想いを繋いだ大事な伝聞でもある

全力を今出さずにして、いつ出すのか


「捕まるもんか!僕は必ず届けるんだからな!」

「壁まで走れるんだねエリちゃん!さあ、そのまま上に!誰も追いつけさせやしないから!」

「頼むよ!それと、大きいのかましちゃいなよ、カルル!」

「さあて、エリちゃんから許可ももらったことだし、お仕事しますよ!」


杖を構えて魔法陣を展開させる

飛行能力を有している護衛役も何人かいたが、カルルの前ではもちろんその能力だって意味はない

魔法の蔦で足を拘束された凄腕の護衛たちは、たった一人の子羊さえ捕らえることすら不可能になった

だからと言って、護衛を務める魔法使いの足止めができるほどではない


天災児。その名に恥じぬ事件の数々を引き起こした魔力の制御が効かない魔法使い

しかし彼だって魔法学校を出た魔法使いであることはわかりない

全属性を扱えるまで、制限付きでここに至るまで、彼もまた日夜血反吐を吐きながら努力を重ね続けていた


「セルコルド・ウィルネシア!」

「え、ちょっ・・・!」


風の魔法でエリシアの背中を押す

巨人族にも対応した建造物のため、養成学校の天井はかなり高く作られている

それを把握して、これから起動させる魔法にエリシアを巻き込まない為に


「刮目しなよ。これがお前らが落ちこぼれと罵り、魔法使いの中で天災児と揶揄された男の初仕事をね」


杖に魔力を貯めていく

今日の全力はこの一発のため。魔力が回復するまで何も使えなくても構わない

今ここで本気を出さずに、いつ出すのか


「トルリジェータ・シュピットネスト!」


詠唱と共に魔法陣から出でたのは巨大な蚕

魔法使いには使い魔が必要不可欠


そんな彼の使い魔は、巨大モンスター「カイコカイコ」の「カイちゃん」

姿は蚕のそれだが、通常の蚕と比較するのもおこがましいレベルで外見はゲテモノだ

絹の元になる繭を作り上げるので、万年貧乏学生だったカルルの学費を助けていた

そんな二人の関係は意外と長く、カイちゃんもカルルを犬のように慕うし、しかも甘えたがりな一面を持つとっても可愛いもう一人の相棒だ


「カイちゃん、やぁっておしまい!」

『あらほらさっさい』

「なんだか凄く悪役っぽいよ!?」


魔法陣から現れたカイちゃんは廊下を覆うほどの糸を吐き出し、それで繭を形成する

瞬く間に九人とその護衛たちは繭の中に包まれてしまう


「カイちゃんありがとね。エリちゃん、もう降りてきて大丈夫!」

「今降りてくるね」


カイちゃんはお礼を言われたことで、役目の終了を悟りその姿を消し、元いた場所へ戻っていく

壁を走り、形成されたばかりの繭の上に降り立ったエリシアは自分のことよりもまずは箱を確認した

特に異常はない。何事もなく済んだようだった


「これ、大丈夫なの?」

「まあ、糸さえ紡げば絹になってむしろ大儲けできる代物だよ。学校も喜ぶんじゃない?」

「いや中の人・・・」

「平気だよ。でもまあ、中からはどんなことしても脱出できないから救助されるのを待つしかないね。エリちゃんのご注文通り、怪我はさせてないはずだよ」

「・・・そうなんだ。よかった」


エリシアが胸を撫で下ろす

しかし、その光景はカルルにとってとても不自然なものだった


「いいの?今までエリちゃんを落ちこぼれって言ってった連中だけど」

「それだけだからいいの。でもなんで妨害なんて・・・」


エリシアが繭の上で考えていると、騒ぎを聞きつけた存在が第十相談室から顔を見せる


「おや、まさかこんなことになっているとは・・・」

「デリ、大丈夫なのかい?わぁ、子羊君だ!昨日ぶりだね!」

「デリ先生、ユーリ様。昨日ぶりですね。エリシア、ただいま戻りました!」

「うん。おかえりエリシア。それと、その・・・・嘘だろ」


昨日ぶりのデリとユーリはエリシアの帰還を喜ぶ

そしてデリはなぜか妨害されて見えなかったエリシアの護衛の男がどんな人物か見ようと顔を上げる

そこには、デリにとって「まさか」ともいえる存在が立っていた


「デリ先生?」

「ううん。なんでもない。あれは処理しておくように依頼しておくから、エリシアとカルルは部屋に入りなさい」

「はい・・・ん?」

「気にしないで、エリちゃん。あいつは俺のこと知ってるから」

「そうなの?」


デリに先導されて、二人はやっと第十相談室に立ち入る

そして最初に依頼を聞いた時に座ったテーブルにデリとユーリ、エリシアとカルルの二人が向かい合う


「あの、デリ先生」

「質問を許可しよう。どうしたのかな、エリシア」

「なぜ、あの九人は・・・妨害を行なったのか分からないのです」

「それはね。全員落ちたからだよ、エリシア」

「全員落ちたと言うのは・・・僕も、ですか?」


その発言にユーリもカルルもギョッとしたが、デリが慌てて軌道修正する


「ごめんごめん。君以外の九人はすでに不合格が確定しているんだよ。君はまだ判定が出てない。で、君だけが合格だというのは、あの九人のプライドが許すわけがないから妨害に勤しんだんじゃないかな」

「そんな・・・」

「大丈夫だよ、エリシア。そんなことする人間はね、今後も伝聞師として、うちの学生としても不必要だから後で退学通告を出しに行くよ」

「・・・暇だねえ、彼ら」

「呑気な話じゃないと思うけどね・・・」


これから彼らがどうなるのか知った話ではないが、同じ学び舎で学んだ学徒ということには変わりない

二百人もいた中で十人だけ残り、仲は良くないがまあ、同期として認識はしていた

彼らも伝聞師として道を志した。そこはエリシアも彼らも変わらない

けれど、学校が決めた判断は絶対だ。エリシアの力でどうもすることはできない


「・・・みんな、ちゃんと進めればいいんだけど」

「さあ、それは彼ら次第さ。さて、エリシア。そろそろ伝聞の結果を報告してくれるかな」


デリの言葉に、エリシアとカルルは息を飲む

あの事実を、告げる時がきたのだから

ユーリは今か今かと伝聞結果を楽しみにしている


「・・・・」

「エリちゃん、頑張ろう」

「うん」


何度も呼吸を繰り返し、意を決したタイミングで、エリシアは鞄からそれを取り出す

ユーリから最初に預かった手紙だ


「・・・子羊君。どういうことだい?」

「・・・配達先、存在、なし・・・で、持って帰って・・・きました」

「配達先なし・・・どういうことだい!?ティルマは・・・!」

「ティルマ・ノーザンリング様は昨日の、お昼に・・・・!」


その言葉で、ティルマがどうなったかユーリにも察しが付いたのだろう

彼は椅子の上で項垂れて、嘘だ、嘘だと小さく呟き始める

その姿から、デリは目を逸らすしかなかった


伝えるのが辛い。けれど伝えなければならない

まだ、伝えるべきことがあるのから

涙が目元に溢れてくる。止めたはずなのにまだ溢れてくる

ユーリの反応は予想できていた。覚悟は決めていたけれど、実際に立ち会うことでさらに心が痛む


「・・・療養所が発行した死亡証明書を預かってきています。それと、もう一つ」

「もう一つ?」

「ティルマ様が書かれた手紙と、遺品を彼女のお母様から、療養所に引き渡されて・・・そこから門番のテージア様が持ってきてくださって、僕がここまで運んできました。亡くなる日までユーリ様宛の手紙を書かれていたと伺っています」

「・・・見せてもらうよ」


やっと、箱がユーリの元へ届けられる

彼はその中から、箱に入ったネックレスを取り出した

綺麗な水色の石がついたネックレスと対照的に夕焼け色の石がついたネックレス


「・・・あの日、ティルマは僕の誕生日を祝う為に飛んできてくれていた途中だった。プレゼントにネックレスを贈るから・・・そう言っていた」


そして箱から夕焼け色のネックレスを取り出して、笑顔を浮かべる

無理して作った笑顔と、三人を安心させるように・・・あえて明るい声で話を続けていく


「・・・この夕焼けの方が僕のだろうね。なんせ大きく作られているから。彼女の瞳と同じ色だ」

「・・・水色はきっと、ティルマ様の」

「うん。お揃いだったんだろうね。僕の目は水色・・・空色だから。これ、ちゃんとした形でもらいたかったなぁ・・・」

「ユーリ様、無理をなさらずに。悲しいことが、あったんですから・・・」

「子羊君・・・」

「ユーリ様、申し訳ございません。手紙、伝えられなくて・・・本当に・・・」

「君が悪いわけじゃない。すべては運命の気まぐれだよ、子羊君。それにね、君が代わりに泣いてくれているから、僕は泣かずに済んでいるんだ。短い間なのに、僕とティルマのことを想って泣いてくれてありがとうね。本当に、ありがとうね」


気がつけば我慢できずに泣き続けていたエリシアを抱きしめて、ユーリは自分の涙を隠す


「君はいい伝聞師になれるね。依頼人とその配達相手にきちんと寄り添える伝聞師。アリシアの再来を予感させられたよ。手紙は帰って一人で読むよ。ありがとう」

「・・・ユーリ様」

「これからも精進しなさい、エリシア」

「っ・・・!」


子羊とはもう思えない。ユーリにとって子供だったエリシアはティルマの声を繋いでくれた恩人となった

この恩は忘れることはないだろう。ティルマへの愛情を思い出すたびに、彼は同時にエリシアが持ってきてくれた手紙のことを思い出すのだから

もしもエリシアの身に困難が降りかかることがあるのなら迷わず手をかそうと、ユーリは密かに決める

そして願わくは、彼の未来が明るいものになってほしいと願いながら、今は亡き最愛の乙女が残した手紙を抱きしめた


しかしまだ余韻に浸ることはできない

仕事はまだ残されている。とても大事な、エリシアの今後の関わる大仕事が


「さて。貴族院代表であるユーリ・テスラヴェートはエリシア・ノ・・・・どうしたんだい、エリシア」

「苗字、言わないでください。まだ内緒です」

「・・・何か事情がありそうだしいいよ。えふん、エリシアの院側からの合格を渡します。あとは学院側の合否を聞きなさい。二つ揃ったら合格だよ」

「・・・後出しルールでしょうか?」


「うん。そのルールは最後まで秘匿されているものでね。さあ、デリ、君の判断を聞こうか」

「うーん・・・僕としては申し分ないかな。でも、依頼人に感受されすぎて、逆に君が泣いてどうするんだとは言いたかったけど、そこも長所なのかな、依頼人に寄り添える素直な優しさ。それは同時に短所でもあるけれど・・・」

「・・・何?」


デリはエリシアの後ろに控えるカルルを一瞥する

エリシアが伝聞師アリシアの再来なら、きっと彼はカペラの再来となるのだろう

・・・まあ、収まるべきところに収まったというべきかもしれないが


「そこはまあ、彼がきちんと導いてくれるだろうね。学院側からも合格を出しましょう。エリシア、卒業おめでとう!」

「・・・卒業」


デリの言葉をうまく受け入れられずに復唱して首を傾げる

そんなエリシアを見て、カルルがさりげなく彼に耳打ちして現実を受け入れさせた


「卒業だよ、エリちゃん。伝聞師になれたんだよ!」

「卒業!?伝聞師!?」

「そうだよ。現実だよ!嘘じゃないよ!」

「やややややったねカルル!カルルのおかげだよ!」

「エリちゃんが頑張ったから貰えた合格だよ!?こんなところで謙虚になってどうするの!?」


二人して子供のようにはしゃぎながら合格を喜ぶ

受け入れた現実は夢への第一歩

そしてこれからは、伝聞師として再来を予感させたユーリの予感を本物にするために

アリシアのような依頼人に寄り添える伝聞師を目指す日々が始まるのだ


「・・・さて、エリシア。君はこれからも護衛をカルルに頼むのかい?」

「はい。そう頼みましたから!」

「俺もその気でいます。登録、お願いできますか?」

「やはり、アリシアとカペラの再来かもね。さあ、こっちだよ」


第十相談室を出て、別の場所に移動する

その道中で繭に閉じ込められていた九人とその護衛が救助されていた

その中に、やはり彼の姿もある

獅子族のキーファ。彼は恨めしそうにエリシアを見上げていた


「・・・おい、エリシア。お前、合格なのかよ」

「うん。そうだよ」

「なんでお前が・・・」

「そりゃあ、僕の依頼を完遂したからだよ。あ、全員僕の依頼を完遂した上で落ちたか」

「ユーリ様!?」


九人はユーリの姿を確認してそれぞれ彼の名前を呼んだ

そこでエリシアはなんとなく状況を察してしまった

届けた上で、落とされた


彼が最初に提示した依頼はウィルネスへの伝聞だ

もし、その依頼をエリシアの前に相談室でユーリと対面した九人が避けていて、ユーリが不合格を通達するためにダミーの手紙を渡していたら・・・?


「君たちの依頼人はね、全部共通して僕だった。でもね、本命のウィルネスにいる人物の手紙を届けてくれたのはエリシアだけさ」

「・・・教訓破りで落とされたということですか」

「正解だよ、エリシア。そう、基本の教訓を守れなかった君たちに合格は元より存在しない。さらに言えば、妨害工作を実施したのも今期が初でね。手厳しい処分が下されるから、九人とも、覚悟していなさい」


最後に九人を冷めた目で見つめるデリが処分の予告をし、彼らを背後に廊下を歩いていく

その後を、エリシアとカルルはついていく

その後、彼らがどうなったか二人が知る話ではない


・・


デリに案内されたのは、伝聞局。その事務室だった


「デリさん。今期の合格者そのチビ助だけかい?私はあの獅子族の男が来ると思ってたんだけど」

「そんなわけないじゃない。今期の合格者はこの子だけ。なかなか認めないユーリを認めさせた逸材だから、よろしく頼むよ」

「あの鳥を・・・凄いんだね、あんた。あの男が試験官の代で合格したのはユリアスとあんただけさ」

「・・・ユリアスって。ユリアス・マリアイースですか」

「ああ。あんたたちには戦争代理人って言えばわかるかい?」

「・・・何それ物騒」


カルルの一言も納得だろう。戦争代理人ってだけでもかなり物騒なあだ名なのだから

その理由は、この世界における戦争のルールが影響している


「国同士で戦争するとき、提出書類が必要なのはカルルも知っているよね。戦争代理人はね、戦争許可証を初めとする公的文書の郵送に長けたユリアスのあだ名みたいなものなんだ。ちなみに彼は幽霊族ゴーストの伝聞師」

「へえ・・・伝聞師はそんな文書のやり取りも」

「そういう文書の伝聞には、さらに資格がいるんだよ。護衛役も受けないといけないから、その時は一緒に頑張ろうね」

「もちろん。一緒にね、エリちゃん」


二人して後の誓いを交わし、事務の説明を聞いていく


「とりあえず、あんたたち二人を職員として登録するからフルネームで記載しておくれ」

「・・・フルネーム」

「じゃあ、エリちゃんから」

「了解。目を瞑って書ける?」

「魔法使って遠くから書くから、公平さはあると思う」

「何やってんの二人とも・・・」


デリの呆れを無視して、エリシアは普通に名前を書いて、カルルは遠くから魔法を使って名前を書いていく


「・・・読み上げちゃまずいやつかい?」

「「後でのお楽しみ!」」

「二人揃ってバカじゃないのかな・・・ま、そこも面白いんだけどね」


デリは事務に耳打ちして、彼が把握している二人のフルネームを告げる


「合ってるね。じゃあ、これで処理を進めるよ。名札は作るし、制服の採寸してから今日は帰りな。それと合格証。一ヶ月後に入局式やるから、その前日に制服と名札をここまで取りに来な」

「は、はい!」


慣れたせいか、若干雑な案内を必死にメモを取りつつ、エリシアは必要事項を聞いていく

その日は制服の採寸を終えてから、合格証片手に伝聞局を後にした


「さて、帰ろうかな」

「寮はダメですよ」

「やっぱり?」

「卒業しましたからねえ・・・申し訳ないですが、明日頃に荷物を取りに来てください。少ないしすぐに出せると思いますよ」

「・・・カルル」

「俺も手伝うからね・・・可哀想に」

「一ヶ月の宿代はあるけど・・・微妙かな」

「あの宿のおじいさんに住み込み働きを頼み込もうぜ・・・」

「そうだね・・・」


二人してやっぱり追い出されるのか・・・と思いながら、夕暮れの道を歩いていった


・・


昨日も泊まった宿屋のおじいさんに事情を説明して、住み込みでしばらく手伝いを条件に格安で宿を提供してもらえることが決まった


「合格おめでとうって言ってもらえた・・・」

「嬉しいよね。さりげなく言って貰えると」


そんな二人は、合格祝いのため待機場まで足を運んでいた


「子羊君、伝聞師合格したんだ!」

「すげえな、まだ小さいのに!」

「カルル。このシャンパン?ジュースかなタワーできるらしいよ。お祝いに最適って書かれてるし、どんなものか見てみたくない?」

「高いし子供はシャンパン飲めないでしょ!?」

「・・・牛乳で代用してもいいぞ。おい、お前ら。一人一杯分合格祝いに貢げ」

「マスター、なんだかんだでカルルのツケ消した子羊のこと気に入ってんだろ」

「ノーコメントだ」


他の客から茶々を入れられつつ、マスターは大きな籠を用意してそこに「目標:銅ルドア硬貨百枚(銀:一枚)」と書かれた紙をつける


「子羊の合格祝いなら出す。カルルは自分で出せよ」

「よくやったな」

「ありがとうございます」

「面白そうだし、一杯なら」

「二杯分出してやんよ!」


店にいた人たちが、見ず知らずのエリシアの合格を祝い、籠の中にお金を入れ込んでいく


「じゃあ、俺とエリちゃんも一杯分」


二人分の銅貨を入れると、頃合いだと思ったマスターが金を数える


「九十九か。残り一枚は俺から出そう」

「マスターが自腹切ったぞ!」

「明日は槍が降るな!」

「うるせえお前ら!しばらくツケさせねえぞ!?」


金にがめつく、自分で金を出している姿を見たことがないと周囲では噂らしいマスター

そんな彼がお金を出したと知ると、別の方向で待機場は賑やかになる


「これでいいぞ。じゃあやるか、エリシア」

「お願いしますマスター。マスターも、皆さんもありがとうございます!」

「いいって、伝聞師ってなるの難しいんだろう?お祝いぐらいちゃんとしようぜ」

「マスター!俺が支払いするからケーキをこの子羊に!」

「やれ、お前ら。お祝い事ならなんでも喜べるんだな・・・」


マスターが呆れながら料理の準備をしていく

その様子を席で二人は静かに眺めていた


「人気者だねぇ、エリちゃん」

「なんか変な気分。こんなにお祝いされると思ってなかったからさ」

「そっか。まあ、これから頑張れってことでもあるから、期待に答えて頑張らないとだね」

「うん。これかもよろしくね、カルル。それとさ」

「ん?」

「そろそろ、自己紹介しようよ。フルネームまで」

「そうだね。じゃあ、エリちゃんから」


今朝、約束したばかりの自己紹介の約束を果たす

なんだか少しだけ緊張するけれど、それもまた心地がいい


「僕の名前は「エリシア・ノエリヴェール」。羊人アリエス族の伝聞師さ」

「なんか本格的に女の子っぽい名前が・・・」

「アリエスは逆に男に女の、女に男の名前をつけるんだよ。そういう文化があるんだ」

「なるほど。だから女性の名前っぽいエリシアが名前なのか」


「次はカルルの番」

「わかってる。でも驚かないでよ?」


カルルは何回か息を吸い込んだ後、自己紹介を始めてくれる


「俺の名前は、カルル。「カルル・アステラ・ヴァーミリオン」偉大すぎる両親を持ったインダスと予知能力が使える「パンドラ」の混血魔法使いさ」

「・・・カルルが、あの」


ヴァーミリオンといえば、あの伝説で憧れを抱く伝聞師と護衛の名前


「うん。アリシアとカペラは俺の両親。その後輩がデリだったんだよ。だからデリは俺のことを知っていたって感じ。両親が消えてから、色々と頼ったからさ」

「そうだったんだ・・・」


意外な事実に、驚きはしたがどこか納得さえ覚えた気がした

なぜかというと・・・エリシアが伝聞師を志した理由は、彼の父親にあるのだから

その話はいつか、どこかでするとして・・・

なんとなく彼といて安心したのはきっと、カペラとカルルが似ていたからかもしれない

そうだと、思った


「ねえ、エリちゃん」

「何、カルル」

「エリちゃんは、アリシアの再来かもって言われて、そんな護衛はアリシアとカペラの息子。そんな俺たちは、どこまでいけると思う?」

「さあ。でも、目標は超えたいよね?再来じゃなくて、新しい伝説を作るとかさ」

「・・・そこまで?」

「夢は大きくていいんだよ。まずはカルルの両親の背中を追いかけて、いつかは追い抜く!それが僕らの目標でどうかな?」

「いいね。楽しそう!」

「二人とも、牛乳タワーできたぞ!主役なんだからこっちこい!」


マスターの声がした方を見ると、他の客とマスターがシャンパンタワーの牛乳版を作り上げて待っていた


「行こう。カルル」

「行こうか、エリシア」

「え、ちょ、今名前言った!?」

「なんのことかなぁー・・・」

「はぐらかさないでくれよ、カルル!」


そんな賑やかな空気の中を、それに負けないぐらいの賑やかな会話を弾ませながら伝聞師と護衛になったばかりの二人は歩いていく

こうして、二人の初めての出会いと初めての依頼である卒業試験は幕を閉じる


そう、これはまだ始まりの物語

二人の冒険は、まだ始まったばかりなのだ


・・


四年後

目的地付近の荒野で野営キットを片付けながら、一人の魔法使いはため息を吐く


「野宿に慣れたとはいえ、流石に長旅は疲れるね」

「今回は少し遠いからね・・・ここから東。もう少しで着くはずなんだけど」

「全然見えないね。上空から見てこようか?」

「頼むよ」


四年も経てば、昔のままとはいえない

新調した箒に乗り、魔法使いは上空へと登っていく

それを確認した伝聞師の青年は、鞄の中に持っていた地図を直してから片付けを交代する

片付けを終える頃、確認を終えた魔法使いは地面に降り立った


「見えたよ。東にもう少し歩いたら見えると思う」

「ありがとう。じゃあ、片付けも終えたし行こうか」


荷物を背負い、青年は再び道無き道を歩いていく

その横を箒に座った魔法使いが進んでいく


「今度の国はどんな国だっけ」

「多種族国家。でも、少し厄介かな」

「どんな方向で?」

「言語の統一を図るために、文字の書き取りと会話は禁止されているんだ。だから基本的に絵でしか伝聞できない」


「絵心はある方だっけ?俺の魔法でゴリ押すのもいいと思うけど」

「そこそこかな。手を煩わせることはないと思うよ」

「ならいいけど。言語は言語でも手話はいいんだよね?」

「手話も言語の一つだから使用禁止」


「難しいねえ・・・でも、これもお仕事だから頑張らないとね」

「うん。伝聞師たるもの、常に依頼人に寄り添え。依頼を選ぶな。投げ出すな。これは絶対順守の教訓である。今日もこの訓を心に刻み、依頼人の声と心を許した相棒と共に永久の旅路を歩き続けよ。僕はこの教訓を守り続けるから」


「流石だね。あ、見えてきたよ。あの国が・・・」

「今回の目的地である多種族共和国「サイレア」だね。ここから先はサイレアの領土だから会話禁止ね。念話で頼むよ」

「了解」


箒から降りて、二人は並んで国境に立つ

そして踏み入れる前に最後の会話を、そして仕事前にする会話をしておく

入ってからはできないから


「エリシア。今日もお仕事頑張ろう」

「カルル。今日もお仕事頑張ろうね」


そう告げた後、二人は同時にサイレアの国境に足を踏み入れる

少し変わった伝える仕事は、今日も幕を開ける

この続きは、またいつか・・・どこかで

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