第6話「ゴブリンの巣窟」
ゴブリンに連れ去られたゾーレは暗くて広い洞窟で目を覚ます。あたりには人間やエルフの女性たちが裸のまま何十人も横たわりすすり泣いていた。
すると奥の扉が開き、一段と体の大きなゴブリンが出てくる。
「ん・・・」
気を失っていたゾーレは手足が縛られたままの状態で気がついた。
「いたた・・・」
ゴブリンたちに連れ去られる際に激しく抵抗したからか、ゾーレは頭を殴られていた。出血はひどく無いが乾きかけの血が後頭部にこびりついていた。
「ここは・・・」
あたりは薄暗く、状況がいまいちつかめなかったが、どうやら広めの洞窟にいるようだった。おそらく先ほどのゴブリンたちの巣だろう。
ふと、何人かの女性の泣き声が聞こえることに気づいた。
目が慣れてくるとゾーレは自分の置かれた恐ろしい状況が把握できてきた。自分の近くにいる人も含め、この辺りにいるのは全て女性でそれもみな裸か、ほとんど服を着ていないような状況だった。
「起きたのね・・・」
突然、ゾーレの後ろから女性のささやくような声がした。
びくりとして振り向くと、そこには裸で髪の毛が乱れた女性が虚ろな瞳でゾーレを静かに見つめていた。暗くてよく見えないが、長い金髪がもともと綺麗だっただろうに今では薄汚れて見る影もなかった。
「あなたは・・・」
「・・・私のことはどうだっていいの。悪いことは言わないから逃げなさい・・・」
「え、なぜ・・・?」
弱々しい声で女性は洞窟の状況をゾーレに教えてくれた。
「・・・私はネドカイ。この洞窟はゴブリンの巣よ。
知ってると思うけどゴブリンはオスしかいないの、だから、人間や別の種族のメスを攫って襲い、むりやり子供を作らせるのよ。だから・・・ここにいる人たちもゴブリンたちに連れ去られて、毎日・・・」
そこで感情が込み上げてきたのかネドカイと名乗った女性は涙を流した。
ゾーレはそれで周囲の元気のない女性たちの姿とすすり泣きに合点がいった。
周囲にいる女性たちはゴブリンたちに攫われて連れてこられ、凌辱され続けてきたのだった。
幸いにもゴブリンたちはゾーレには組み伏せた時と殴ったときくらいしか手を触れていないようで衣服の乱れもひどくなかったが、ゴブリンたちの餌食になるには時間の問題だと思われた。
「そうなんですか・・・」
手足が縛られていて女性の背中をさすることもできない歯がゆさを感じながらゾーレはそう答えるしかなかった。自分の周りに虐げられている女性がいる中では、逃げようにもこの状態では物理的にも心理的にも逃げることはできなかった。
「それにしてもあの醜悪で下劣なゴブリンのことをあなたは知らないような感じだけど、なぜ・・・・?」
ネドカイが不思議そうに尋ねる。
「えっと、それは・・・」
デリトからは何も言われていなかったが、「異世界から転移してきた」とは言ってはいけないような気がしていたため、ゾーレは返答につまった。そもそもゾーレ自身、「異世界」というものが何かもあまり理解ができていなかった。
ゾーレのいた異世界タンファージにもゴブリン族はいたが、異世界タンファージのゴブリン族にはメスもいたため、他種族のメスを襲うこともなかった。
どうやら同じ種族でも異世界ごとに違う性質や関係性があるようだった。
すると洞窟の奥がにわかに騒がしく聞こえてきた。洞窟の奥には扉があり、大きな音をたてて突然開いた。
「うっ!」
扉の奥の空間は廊下のようで、松明が煌々と掲げられていて、真っ暗な洞窟との明暗差でゾーレの敏感な視覚は少しの間奪われた。
足音でしか判断できないが、おそらくゴブリンたちが入ってきたのだろう。
「きゃぁぁ!」
あたりの女性たちが叫ぶのが聞こえゴブリンたちの声が騒がしくなった。ゴブリンたちの言葉はわからないが女性の悲鳴を聞いて喜んでいるように聞こえる。
「ああ、間に合わなかったわ!神よ!」
ネドカイが絶望の声をあげるのが聞こえた。
「どうしたの!?」
ゾーレは突然の明かりに目が開けられず叫んだが、返答はなく。あたりの女性たちの悲鳴とゴブリンたちの卑しい歓声が響いているだけだった。
「ぐぇぐぇぐぇ、マッチルカンの兄貴。コイツが新入りの女ですぜ。今となっちゃ珍しい魔族の娘でげす。」
ちかくで歯ぎしりするような音ともに喋る耳障りな甲高い声がした。おそらく先ほどの廊下から入ってきたゴブリンのうちの1匹だろう。先刻、ゾーレを連れ去ったゴブリンたちが言葉を喋れず、身振り手振りでコミュニケーションを取っていたところを見るに、今喋っているゴブリンは知能が高いのだろうと察せられた。
やっと、ゾーレは目を開けるようになったが、目の前には巨大なゴブリンが1匹立っていた。
その横にはおそらく先ほどの甲高い声の主だろうか、背の低いゴブリンがいやらしい笑みを浮かべていた。
「ゲババービ。今日はコイツにスル。」
たどたどしい言葉でマッチルカンと呼ばれた背の高いゴブリンがゾーレを指差した。その背丈は3,4mはあろうかという感じで、流々とした筋肉とでっぷりとした腹と脂肪の巨大なゴブリンだった。
「ヒッ。」
ゾーレは自分でも間抜けだと思えるくらいの小さく短な悲鳴しか出なかった。
「どうぞどうぞ。」ゲババービと呼ばれた背の低いゴブリンが恭しく物を差し出すような身振りをした。
「オウ。」
そういうや否や、マッチルカンは恐怖で固まっているゾーレの足を掴み大きな肩に軽々と載せた。
「や・・・やめて・・・」
ゾーレは恐怖でガタガタと震えていた。
周囲では女性たちが別のゴブリンたちに引きづられて廊下に連れ去られているところだった。
この後何が起こるかは明白だった。
「ゲヘヘ、良かったな魔族の女。マッチルカン様はゴブリンキングの大幹部が1人よ。人の頭など握りつぶしてしまうほどの握力と馬でさえも軽々と投げてしまうような腕力で人間どもの軍を何個も潰しておられる。そんな英雄の玩具になれるなど幸福なやつよのう。」
ゲババービがマッチルカンの肩に載せられたゾーレの耳元に囁いた。
「だ、だれか・・・」
ゾーレはかき消えるようなか細い声で助けを求めた。
「オレ、魔族の女ハジメテダ。」
マッチルカンはガハハ、と臭い息をさせながら笑っていた。どうやらマッチルカンはゲババービほど人間の言葉は話せないようだった。
3人の後には複数のゴブリンが擦りながらついてきていた。
もう終わりだと思ったその時、急にゾーレの体が浮いた、ように感じた。
廊下の奥から何者かが現れマッチルカンに飛び蹴りを行ったようだった。マッチルカンの体は宙を横切り、100m先の洞窟の壁に激突し、岩の間にめり込んだ。
「きゃぁ!」
宙に浮いた衝撃でゾーレは悲鳴を上げた。
「ぐぇ!」
浮いたのではなく、マッチルカンが蹴られたことによって吹き飛んだゾーレの体をふわふわとした綿毛のようなものが受け止めた。
「・・・んん、あ、ボッチェレヌ!」
ゾーレのお尻の下には綿毛・・・ではなくボッチェレヌが潰れていた。
「だ、だいじょうぶでやんすか・・・ゾーレ」
死にそうな声でボッチェレヌが答えた。そして、こと切れてバタリと倒れた。
「ご、ごめん、今どくね!」
しかし、ゾーレは両手足が縛られているためうまく動けず、ボッチェレヌのダメージを増やすだけだった。
「良いじゃないか。たまにはクッションとしての自覚を持ってもらわないといけないからな。良くやった、計画通りだぞボッチェレヌ。」
そう言って近づいてきたのはデリトだった。
「クッションが本業じゃないんですが・・・。あともう少し力を加減してくださいよ。」
ボッチェレヌが不満そうに良い、今いる状況を忘れ、ゾーレは吹き出してしまった。
先ほど、マッチルカンを蹴り飛ばしたのはデリトだったのだ。
マッチルカンの巨大な体は洞窟の岩壁にめり込んだまま、だらんと腕を垂れている。
「ゾーレ大丈夫か?」
ゾーレの手足の縄を解くと、デリトは無表情で手を差し伸べた。
「・・・うん。」
少し恥じらいながらゾーレはデリトの手を取った。
ゾーレに対して、デリトは表情こそほとんど変わらないほどクールだが、どこか奥の方で優しさがあるような気がしていた。
「な、なんだお前たちは!」
既に聴き慣れ始めていた甲高い声が後ろから聞こえた。ゲババービが残りのゴブリンを引き連れてデリトたちに対峙していた。
ゴブリンたちは洞窟に捕らわれた女性たちを襲うためにきたようで、武器を持たないものもいたが、護衛のためか数名が剣を構えていた。
「・・・お前がここのボスか?ウチの仲間が世話んなったようだな。」
デリトがボウガンを取り出してゲババービに狙いを構える。
「う、うるせぇ!小賢しい侵入者め!お前らやっちまえ!」
ゲババービが命令すると20匹ほどのゴブリンたちが女性たちを連れされるのをやめてデリトたちに襲いかかってきた。
「しょうがない。本当は調査を終えるまであまり目立ちたくないんだが・・・
<孤独な管理者>」
デリトが呪文を呟くと両手のボウガンに強化魔法が加わった。
デリトはボウガンの矢で素早く先頭の2匹のゴブリンの頭を撃ち抜くと、次々にゴブリンたちを一撃で仕留めていった。<孤独な管理者>は対象の攻撃力やスピードのほか、精度もあがるチート魔法だった。
その姿を見て、逃げ出そうとしたゴブリン数匹も瞬時に察知してデリトはボウガンで打ち抜いた。
「ワシもやるぞい!<聖遺の弓矢>!」
ゾーレのお尻クッションの役割をやめたボッチェレヌも呪文を唱えた。ボッチェレヌの目が光ってレーザービームが飛び出た。ボッチェレヌのレーザービームは一度に5匹ものゴブリンたちの首を切断した。
「怪我はないか?」
既に15匹以上のゴブリンを始末したデリトがゾーレを気遣って近くにきた。
「うん、でも2人ともすごく強いんだね・・・」ゾーレはロープをデリトにほどいてもらいながら礼を述べた。2人の戦う姿に驚きを覚えていた。
「ああ、オレらはウルレカッスルから<異世界転生殺し>としてチートステータスとスキルを与えられているからな。まぁ、ボッチェレヌも強いがアイツはスキルのチャージに少し時間がかかりすぎる。それに異世界の世界観に合わない攻撃は条件が揃わないとできないから・・・いや、気にするな。」
話の途中でゾーレの表情が「?」になってきたことを察して、デリトは話を打ち切った。
「・・・あれあれ?」
2人のもとに戻ってきたボッチェレヌがあたりを見回した。
「どうしたの?ボッチェレヌ。」
「いや、さっき小賢しい!って騒いでた小さいゴブリンがいたと思うんだけど、いないなと思って・・・」
「あ、それってもしかして・・・」ゾーレにはどのゴブリンのことかピンときた。
あたりを見回したが、それらしき姿や死体は見えなかった。
「くそ、なんなんじゃ、あいつら・・・」
ゲババービはよろよろとしながら洞窟から続く廊下を歩いていた。
「とんでもなく強かったな・・・魔族どもめ」
近辺を力で支配するホブゴブリン族の大幹部マッチルカンが一撃でのされたのを見て即座に実力差を悟り、他のゴブリンを身代わりにしてゲババービはしれっと逃げ出した。
ホブゴブリンはパワーと頑丈さでゴブリンのはるか上をいく存在で、特にマッチルカンは他の種族にも負け知らずだったのに・・・それが負けたことはゲババービには衝撃だった。
力が強いだけのマッチルカンを上に立てて、ゲババービはおこぼれにあずかっていた。マッチルカンに凌辱された後、弱っている女性やメスをいたぶるのが何よりも好きだった。
ゲババービは最弱たるゴブリンの中でも力が弱く、背も低かったが、知能だけは人間並みに発達し、残虐性も随一だった。
その知能で、ゴブリン族の中で頭角を現し、ついにはゴブリンたちの王、”キング”の参謀の1匹になっていた。
力だけで知能の足りないマッチルカンを大幹部にし、”キング”の信頼をより一層勝ち得ていた。
「それにしても・・・やつらめ。ふつうの人間族や魔族じゃない・・・”キング”に知らせなければ・・・!」
報告・連絡・相談・ホウレンソウが大切だ。
よく”キング”は我々ゴブリンに言っていた。頭の悪い他のゴブリンたちに通じているかは疑問だったが、その通りだとゲババービは感じていた。
「ククク・・・これを報告すればキングもお喜びになる・・・」
ゲババービの不気味な笑いは細長い洞窟に静かに響いていた。
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