第15話「飯野屋 雅樹郎」
デリトの”権能”である”チートキラー”に貫かれたゴブリンキングは仰向けに倒れ、天井を見上げながら前世のことを思い出していた。
ゴブリンキングは仰向けになりはるか遠くにある天井を見ながら、前世のことを思い出していた。
「飯野屋本部長!報告書できました!」
「おう、林河原。見せてみろ・・・。おいおい、この数値おかしいじゃねぇか!」
「いやでも、これは実際の数値で・・・」
「だから言ってんだよ!お前らの実力はこんなもんか?こんなの取締役会で発表させるつもりじゃねぇだろうな。もっと営業かけてこい。休んでいる暇はないぞ、甘えてるんじゃない。ダメだった理由をきちんと洗い出して次に活かすんだ。」
「はい・・・申し訳ございませんでした。」
飯野屋 雅樹郎には信頼できる部下たちがいた。
特に直属の部下の一人である課長のひとり、林河原には目をかけていた。
彼はサッカーのユース日本代表にも選ばれるほどの実力を持っていたが、自分の住む国を豊かにしたいという理想のもと、国の中でも最大級の企業のひとつであるこの会社に入った。
その能力の高さや人柄から若手としては異例の課長への出世を遂げていた。
理解も早く、根性があるため、飯野屋お気に入りだったが、甘やかさないように気をつけていた。
飯野屋は自分自身にも厳しかったが、部下たちを厳しく育て、うまく組織運営をしている自信があった。
飯野屋本人も平日は遅くまで仕事、休日は取引先への接待の飲み会やゴルフと、プライベートな時間もほとんどなく過ごしていた。
離れていく者もいたが、この程度で辞めるなど根性が足りないと、残った部下たちを叱咤していた。
全ては世界に誇れる理想の会社づくりのためだった。
しかし、ある若手社員の自殺をきっかけに飯野屋のやり方は時代錯誤だと表立って反発する者たちがでてきた。
彼らは根性論ではなく、合理化や効率化を声高に叫んでいた。
それに対して飯野屋は反発する者たちの賞与を少なくし、厳しい組織体制をアピールすることで統率していた。
「何が効率化だ。そんな理想論を語っている暇があればもっと外へいって足で稼いでこい。やる気がないなら辞めろ。まぁ、この会社程度で辞めるような奴に世間は甘くないけどな。」
ノルマの達成が第一目標でついてこられないものは見捨てるだけだった。
「飯野屋本部長。内々にお話がございます。」
ある日、最も信頼する部下、林河原に呼び出された。
若手社員の自殺をきっかけに林河原も飯野屋の組織運営に対して批判的な態度を取り始めていたが、それでも飯野屋の高い理想に答えようとしていた。
「ご相談したいことがあるのですが。」
その日の林河原はいつになく暗い表情で「部下の教育や組織運営について悩みを相談したい」と言って飯野屋を呼び出していた。
「いいぞ。何でも聞け。信頼する部下の頼みだからな。だが、時間がないので手っ取り早くな。」
他の部下の話など殆ど聞かない飯野屋にしては珍しく二つ返事でOKした。
会社の小さな会議室のひとつで、就業後に飯野屋と林河原は話していた。
「だからダメなんだよ!最近の奴らは根性がないやつばかりだ。これで世界を相手に戦っていけるとでも思っているのか。だいたいな・・・。」
飯野屋はいつもどおり、部下たちの教育がなっていないと林河原を叱責していた。
「お言葉ですが、本部長のやり方は今の時代にあっていません。」
林河原が決意した様子で顔面蒼白になりながら訴えた。
「・・・なんだと?お前いつからそんな口を聞くようになった?育ててやった恩を忘れたわけじゃないだろうな。お前を課長に推薦したのも私だぞ!」
そして、飯野屋と林河原は激しい口論になった。
「ったく、林河原!お前はそんなやつじゃなかっただろ?どうしたんだ?もういい、俺はこれから取引先との会合があるからこれで失礼する。考え直せ。
いいか、いつも言っているが、うまくいかない理由をきちんと洗い出して次に活かせ。」
そう言って飯野屋はくるりと後ろを向き、会議室を出ていこうとした。
すると急激に背中に激痛が走った。
背中をおそるおそる触ると、それが刺さったナイフだと分かった。
鋭利なそのナイフは既に心臓近くに深々と刺さっていた。
なんとか首だけ後ろを振り返ると林河原が暗く、鬼のような形相をしているのが見えた。
「もう限界なんだよ。あんたは人の気持ちが分からない。」
その目は焦点があわず、口元には謎の笑みが広がっていた。
飯野屋の指示に素直に従っていたように見えた林河原も、飯野屋自身が気づいていないパワハラに参っていたのだった。
ただ、本当に林河原を追い詰めたのはそこではなかった。
「お前は知らないだろうがな。お前のせいで、他の課長や私の部下も全員参っている。
この人数で目指せる限界なんて当に超えてるんだ。
ちゃんと組織を統率できているつもりだったのか?
・・・俺は捕まってもいい。だが、信頼する部下たちを守る。この手で。敵を打ち倒すんだ。」
自分自身に言い聞かせるように言い聞かせた。
林河原は部下思いと社内でも有名だった。
若手社員の中には飯野屋よりも本部長にいるべきなのは林河原だと推すものも多かった。
そうやって信頼してくれる若手社員や自分と同じ立場の課長たちが疲弊し、精神を病んでしまっている現状に正義感の強い林河原は耐えられなくなっていた。
それが若手社員の自殺によって林河原の精神をつないでいた最後の糸が切れたのだ。
自問自答しながらずっと機会を伺っていた。
林河原は飯野屋には感謝もしていたが、それを超えるくらい数々のに恨みが募った上での凶行だった。
飯野屋はドアノブに手をかけたまま、ずりずりと音を立て倒れ込んだ。
そして、飯野屋は死んだ。
「・・・また、俺は組織を統括しているつもりになっただけだったか。」
先ほどまでゴブリンキングとして王のごとく振舞っていたゴブオはつぶやいた。
既にゾンビもゴブリン兵たちもほとんど滅びさった。
異世界転生し、ゴブリン軍を統率して人間やエルフと完全な和平を結べていたと勘違いしていたが、それができておらずこの結果を招いたのだと飯野屋自身が一番良く分かっていた。
ゴブリンによるエルフや人間の凌辱を止めるために作った娼館が、ゴブリン軍幹部の暴走により娼館そのものが他種族凌辱の温床となっていたとは。
いや、本当は娼館だけでなく軍そのものにも綻びが生じていることも、気づいていた。
それに目を背け、自分自身も肉欲におぼれていたのは間違いのないことだった。
異世界転生した時は人生をやり直す機会が与えられたと思い、ゴブリンとしての性に苦しみながらも、大義のために戦っていたはずだった。
それが今や、王が享受できる特権や快楽におぼれていた。
間違いをもとにダメだったところを洗い出し、次に活かせと前世で部下に言い続けてきたが、それができていないのは彼自身だった。
死は一度経験し、怖くないはずだったが今度は言いようのない冷たい恐怖が全身を包んでいるようだった。
「なあ、異世界転生者デリト。俺は・・・死ぬのか。もう一度。」
ゴブオは仰向けに横たわりながらデリトを見た。
「残念だが、お前は死ぬんじゃない。完全に消滅する。俺の<異世界転生殺し>は殺す”権能”というよりも存在を完全に消す道具だ。」
「完全に消滅する・・・か。」
「・・・すまない。お前に未来は永遠にやってこない。」
「そうか・・・くくく・・・まぁ、もう一度生まれ変わったところで、俺はまた同じことを繰り返す。
また、組織を統括したつもりになって・・・信頼している部下に裏切られる。それならば、もう二度と繰り返さないのが世界にとって最善だ・・・。」
「・・・・・・・。」
「それにしてもネドカイを使うとは、獅子身中の虫というわけか。」
口から大量の血を流しながらゴブリンキングはにやりと笑った。
「・・・獅子ね。ドラゴン出してたくせに獅子名乗るのか。」
「貴様は諺も知らんのか。」
「・・・冗談だよ。冗談。」
そう言いながらデリトは微塵も笑っておらずただ悲しげな顔をしているだけだった。
ネドカイはゴブリンキングの部下になったのではなく、最初から奴隷のまま抜け出せていない、ということは消え去る運命にある異世界転生者ゴブオには言わないでおくのがまだ人間らしいはずだ。
「ふん。こんな時に敵に冗談言えるとは、貴様は人間としてどこかおかしいぞ。だが、そこが面白い。異世界転生者デリト。
・・・お前に最後に言うことがある・・・。この異世界、以前、もう一人の異世界転生者がいたのだ。」
「・・・何!?そいつは今どこに・・・。」
そんなことを聞いたのは初めてだった。
異世界転生者はそれぞれの異世界に1人だけと決まっているはずだった。
それが「異世界転生の大原則」だとデリトが”異世界転生殺し”になった時にウルレカッスルに教わったのだ。
動揺するデリトを尻目にゴブリンキングは話をつづけた。
「かつて、頂点に立っていたゴブリン族を弱体化させ、ゴブリン族と他種族での戦乱が続いていたこの異世界を救ったとされる”救世のハーフエルフ王”という男がいる。
奴は私と同じく日本から異世界転生してきた男だ。まぁ、私とは違ってただの引きこもりだったがな。
”ゴブリンズスレイブ”を支配していたゴブリン族を地中へと追いやり、人間とエルフの天下を作ったが、やがて慢心し、ゴブリンのみならず人間もエルフも全て奴隷にしようとした。
”救世のハーフエルフ王”を討ち、人間やエルフとゴブリンの協定を結ぶことでこの世界に平和を取り戻す最高のゴブリンになる。
それが、私が異世界転生する時に転生の女神に言われた命題だった。」
「・・・”救世のハーフエルフ王”を倒したのはお前か。」
「もちろんだ。異世界転生者のようなチート野郎は同じくチートな異世界転生者しか倒せん。
しかし、時代は繰り返す。とは良く言ったものだ。次は私が異世界転生者に倒される番になるとは。
仕方が無いが、耄碌した私に代わってこの異世界を頼んだ。」
「・・・ゴブオ、俺もお前に言うことがある。俺はただの異世界転生者ではない。様々な異世界を周り、悪逆の限りをつくしている異世界転生者を討つ。俺は”異世界転生殺し”だ。だから貴様の意志は継げない。だが、人間族のリーダー・カロウに後は託した。」
「・・・くくく。あの小物の男にはこの異世界は平定できん。この異世界ははるか昔よりゴブリン族と人間族が互いに覇権を争ってきた異世界。戦いは、続くぞ・・・。」
言い残すことは無いと思ったのか、急激にゴブリンキングの目の光が失われてきた。
「栄子・・・空・・・林河原・・・。」
既にゴブリンキングは現世を離れていようとしていた。
栄子は飯野屋の妻、雅は娘、空は息子だった。
仕事に忙しく家族サービスもほとんどできていなかった。
そんな中、林河原という優秀な部下が息子の代わりのようになっていたのだった。
「すまん。俺が・・・悪かった・・・。すまん・・・。」
やがてゴブオの息遣いが消えた。
「・・・・・・。」
デリトは横たわったゴブオの顔を見つめていた。
既にゴブオは死んでいた。
正確にはゴブオとして転生した飯野屋の魂が完全に消滅していたのだった。
一時間後、ネドカイを埋葬し、カロウたちと別れたデリトたち3人の前に、眩い光に包まれた転生の女神ウルレカッスルが現れた。
「”異世界転生殺し”デリト。大変ご苦労でした。
今回も大変な戦いでしたね。
・・・早速ですが、あなたには次の異世界へ向かっていただきます。」
「おいおい、少し休ませてくれるようなことはないのかよ。」
デリトはやれやれとした動作で不満をもらした。
普通の人間よりもはるかにスタミナのある異世界転生者とはいえ、疲れは残る。
前世でのブラック企業を思い出した。
無理やりやらされる感じはないが、NOと言えない圧を感じる。
「・・・どうやら、他の異世界で私以外の転生の女神による動きがあるようです。
どうもそれは、私やボッチェレヌ、そしてデリト、ゾーレまでを抹殺する企みのようです。」
「抹殺だと?しかし、転生の女神は異世界転生者に力を与えることはできても、お互いに触れることはできなかったのではなかったか?」
「正確には女神の命を受けた異世界転生者があなたを狙っているのです。 」
「・・・まさか他の異世界転生者に俺が狙われる立場になるとはな。」
悪を滅ぼそうとすれば悪の刺客が現れるということか。
「今までは転生者同士の殺し合いや何かの不都合に発展する恐れがあったため、
ふつう、転生者には他の異世界があることすら伏せられていたのですが・・・。
ついに本気になったようです。彼女が。」
「彼女?」
デリトが聞き返した。
「彼女って?」
ゾーレとボッチェレヌも同時に聞いた。
「彼女は異世界を司る転生の女神たちの長です。名を・・・。」
そこでウルレカッスルは言葉を切った。
「転生女神長ユークリート。」
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