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ワガママ猫とありのままの毎日

作者: 速瀬 葉月




 ポリ、ポリ…とスナック菓子の音が部屋に響き渡る。

“アイツ”ワガママ猫はベッドに背を預けてマイペースにスマホの画面に夢中になっている。そして俺は気だるげにベッドに座り、壁に背中を預けて黙々と同じようにスマホの画面とにらみ合う。

――――それが“俺”と“ワガママな猫”とのいつもの日常となった光景だった。


 出会ってから一か月少し、日々変わり始めるお互いの距離感、一歩詰め寄ったかと思えば一歩引かれる、なんとも気難しい距離感を保ちながらこうして過ごすようになり始めたのはつい最近の事。

それでも互いに無言でスマホとにらめっこしてるとはいえ、同じ時間を共有してくれている事になんとも表現しがたい達成感、幸福感に包まれる。

一言で表現すれば“ワガママ猫”としか言いようがない。いつも飄々としていて、それでいてどこか寂し気で、どこか俗世から離れた雰囲気を纏っていた。


「…ん。」


 と、“ワガママ猫”がチラと“俺”の方をやや上目遣い気味にみて短く反応を示す。どうやらスナック菓子が切れたので次を催促しているらしい。

この短い意思疎通も最初はわからなかった、でも今ならわかる。その確信が“俺”にはあった。

気だるげにのそり、とベッドから降り、“ワガママ猫”の頭を撫でようとして――――


 くい、と首を僅かに動かしてあっけなく回避される。もはやこのやりとりも慣れたものだ。“ワガママ猫”と呼んでるように、コイツは本当に猫の様な性格と振る舞いで日々自由を謳歌している、それでいながらもこうして“俺”の所に来てくれるあたり、可愛げがあって、とても愛おしさを感じている。

勿論この時間が永遠に続くわけではない、けれどもこうして“俺”はなんだかんだ“ワガママ猫”を求めてしまう。


 “俺”は今日も失敗してしまったか、なんて半分自傷気味に笑いながら、新しいスナック菓子を居間へと取りに行くのだ。



 ――――これは、“俺”と“ワガママ猫”のこれといってなんともない、それでいて、“俺”にとっては幸福感を感じる日々の話である。




 新しいスナック菓子を手に取り自室へと戻ってくれば、“ワガママ猫”がベッドに背を預けてスマホを弄っていたはずなのに、何故か“俺”のベッドの上に無防備に寝転がってスマホを黙々と弄ってゲームをしていた。

やっぱり、気ままだな、なんて思いながらもローテーブルにスナック菓子を置いて、先程とは逆に“俺”がベッドの縁に背中を預ける。

数分間、部屋にはお互いのゲームをしている音、タップ音のみが部屋に響いていた。

“俺”はこういった無言で同じ時間を共有するのが好きだ。別にべたべたしていなくなって、存在を感じられればそれでいい。

…がしかし、甘えたり、同時に甘えられたりもしたいのだ。

この感情を抱くようになったのはいつになった頃だったのだろうか…、出会って間もないとは言え、“俺”の心の中でどんどん“ワガママ猫”の存在が日に日に大きくなってくる。勿論、“俺”だって健全な男子だ、勿論それなりに欲望だってある。

徐々に擦れ始める自制心と戦いながらも、ベッドの上で無防備にし続けている“ワガママ猫”を横目に見ながら、自身を落ち着けるかのようにスマホの画面に夢中になろうとする。


 が、勿論そうさせてくれるはずもなく、ちょいちょい、と“ワガママ猫”が音もなく起き上がり、“俺”の背中をつついてくるのだ。

出会った頃は彼女――――

“ワガママ猫”が何を考えているのかわからない事だらけだった、だけど、日々を過ごすうちに徐々にわかってき始めて、“俺”は“ワガママ猫”の新たな一面を見れる悦びと共に今彼女が何を欲しているのか考えを巡らせていた。


 勿論、答えはすぐに出る。きっと“ワガママ猫”の事だ、構って欲しくなったに違いない。

のそり、とのそり、と立ち上がりながらベッドの上に寝転ぶ“ワガママ猫を”見下ろせば、思いが通じたかのように彼女も起き上がり、壁に背中を預けて“俺”が座るスペースを開ける。

当たっていたらしい。この“ワガママ猫”はなんだかんだ飄々としながらも甘えん坊な一面があるのだ、きっともうちょっと近くに来て欲しい。の合図だ。


 “俺”は“ワガママ猫”の隣に腰を下ろし、互いに密着し、距離感を0にした状態で、それでいて会話という会話もなく、同じ時間を共有する。

他者からみれば時間の無駄だ、健全な男女の距離感ではない。そんな感情を抱くかもしれないが、“俺”と“ワガママ猫”の間ではこのほんの少しむず痒い距離感が一番心地よいのだ。情けないかもしれないが、触れてしまえばあっけなく消えてしまう。そんな儚げな雰囲気を彼女は纏っているのだ。


 実態は見える。触れ合うことは出来る。こうして同じ時間を共有してくれる。“俺”は彼女に愛情をを感じている。

だからこそ大切にしたい。今、この瞬間、一分一秒を長く過ごす為、記憶に刻みこむ為、それ故に“俺”はあと一歩を踏み出せずにいた。

“ワガママ猫”がどう思っているのか“俺”には未だにわからない。けれど、日に日にわからなかった事がわかってくる。それが楽しくもあり、距離を徐々に詰めれている、そんな実感があるのだ。


「んん…」


 なんて、気の抜けた声で“ワガママ猫”が俺の方に頭を預けてくる。華奢な彼女は俺の方にもたれかかれば丁度いいのだろう。

ふわり、と漂う柑橘系の香りが間近に迫りほんの少し心拍数があがる。“俺”は強がって平静を保つフリをしながら黙々とスマホのゲームに夢中になろうとする。

が、それをさせてくれないのが“ワガママ猫”、肩に頭を乗せてきたと思いきや、スマホのゲームに飽きたのか、はたまた一段落したのか弄るのをやめ、俺の頬をつんつんつついてイタズラに目覚めた子供の様な表情で“俺”の事を見上げてくるのだ。

彼女の一つ一つの仕草がとても可愛げがあり、そして愛おしい。どんどん“俺”の自制心が削れていく。


 そして、“俺”は負けず嫌いだ、こんな可愛げがあるイタズラとはいえ、やられたからにはやり返したい、そんな欲望があふれ出てくる。

思い立ったからには即行動だ、と“俺”はスマホから手を離し、両手で“イタズラ猫”の両肩を掴み、正面同士、向き合うように無理矢理身体を動かさせる。

そして徐々に徐々に顔を密着させていくのだ。焦らすように、少しでも、“俺”の想いを伝える為に、不器用な“俺”はこういう事しかできない。

勿論、言葉にして伝えた事だってある、何度だって。それでも“イタズラ猫”は飄々と躱すのだ。立ち振る舞いが本当に猫であるかのように。


 顔と顔がゼロ距離に間もなく近づくかという所、“イタズラ猫”がすっと目を閉じる。もしかしたらこの先の展開を読んだのだろうか。仮にその行為に及んでも彼女は受け入れてくれるだろうか、居なくなったりしないだろうか。そんな不安感を抱けば抱くほど、“俺”自身がどれだけ彼女を想って、溺れているのかいやでもわからされてしまう。

だが、これは彼女から先にし始めたイタズラだ。キスで済ませるつもりなんてない。

“俺”はゼロ距離になった“ワガママ猫”の額と、自身の額をこつり、とくっつけて、額越しに互いの体温を感じる。ほんのりと暖かく、表現しがたい幸福感が“俺”の心中を支配する、「あぁ、俺はこの人と一緒に入れて幸せだ」するりと逃げられたり、素直に気持ちを表現してくれない、イマイチ距離感の掴ませてくれない“ワガママ猫”。


 額と額を合わせたまま、“ワガママ猫”がうっすらと目を開ける、頬は紅潮し、目尻が下がり気味でやや物足りなさそうな、ほんの少し不機嫌そうな、表情を間地かで見せつけられる。そんな彼女すらも愛おしいと思える、これは“俺”なりの独占欲だ。この姿の彼女を他の人に見られたくない。そんな後ろめたい気持ち、自身ですら醜いと思う感情を抱いてしまう。そして、これからも色々な彼女の表情や仕草をみていきたい。彼女と共に過ごしたい。


「…それだけ?」


 “ワガママ猫”がやや不服そうに唇を尖らせながら、不機嫌そうな表情で“俺”を見てくる。どうやら逆襲は大成功の様だ、しかしこれだけでは終わらない。


「そうだよ?」


 なんて、挑発する様に返事をする“俺”、すぐ様もっと表情を変化させる“イタズラ猫”、“俺”は彼女の仕草、表情、行動、どれをとっても一つ一つが愛おしい。

日に日に彼女の存在が大きくなってくる。“俺”の理性の制御を超えてどんどん成長してくる感情を、“愛情”と呼ぶのだろうか、どれだけ悩んでもその答えは出てこない。解答は追々見つければいいだろう、そんな考えも脳裏がよぎるが、いつか答えを出して、改めて伝えなくてはならない。


 ――――君の事が好きだ。世界中の誰よりもきっと、君との時間をもっと共有したい。


 この言葉を簡単に口に出せたらどれだけ気が楽になるだろうか、彼女は受け入れてくれるだろうか、気恥ずかしさもありながら、日に日に大きくなり始める感情を必死に制御しつつも“俺”と“ワガママ猫”の時間は進むのだ。




 ふいに、どんっ!と“ワガママ猫が”俺に突進してくる。

仕事で体幹を鍛えている“俺”には余りにも軽い突進、やすやすと受け止めて、抱きとめてあげればじたばたと暴れ始めて、暫く暴れたのち急におとなしくなる。

彼女は体力があまりないのだ、すぐに力尽きて、“俺”の腕の中でおとなしくなる。先ほど以上に彼女の髪から漂う柑橘系の香りが強くなり、“俺”の理性がガリガリと削れる音がする。勢いのまま押し倒してしまったら、行ける所まで行ってしまうのだろう。けれども、本当に愛している彼女だからこそ大切にしたい。一夜を過ごすなら素敵な一夜にしたい。ノリで行っていけない。そんなクサい考えでなんとか踏みとどまる。“俺”の理性の体力は残されていない。瀕死の状態だ。


 “ワガママ猫は”諦めたかの様に俺の胸板に顔を埋めながら、「うー、うーー!!」と声にならない声を上げながら悔しそうにしている。

“俺”もそうだが“ワガママ猫”も負けず嫌いだ。やられっぱなしは相当に堪えるに違いない。

だから俺は、自分から“ワガママ猫”を抱きとめたままベッドに倒れこむ。その瞬間、ニヤリと“ワガママ猫”が不敵な笑みを浮かべた気がした。

しまった、と考える間もなく彼女は先程までの気だるげな動きとは打って変わって俊敏に動き、俺に馬乗りになってくるのだ。

まずい、これは非常にまずい。この姿勢のまま逆襲なんてされたら“俺”の理性が持たなくなってしまうかもしれない。そんな悪寒がした。

 ここで己の本能に身を任せてしまったら、いままでのすべてが台無しになってしまうかもしれない、そんな恐怖感が思考を支配する。

 

 ずい、ずい、と俺の腹の上を擦る様に身じろぎして、先程とは逆の立場になってしまい、“ワガママ猫”が上位だ。

そしてやられたらやりかえすと言わんばかりに徐々に“俺”の顔へと近づけてくる。

“俺”だって男だ、“イタズラ猫”は目を閉じたが、意地が邪魔をして閉じたくない。少しでも愛おしい彼女を脳裏に焼き付けたいのだ。

そして再び“俺”と“イタズラ猫”の顔の距離がゼロ距離になる、きっと倍以上の仕返しをしてくるに違いない、そう確信している“俺”は体力の残り少ない理性と相談しながら今後の対策を必死に脳内で考え始めていた。


 ――――が、彼女は俺の顔ではなく耳元へと自分の口を持って行って、今にも消えそうな声でこう囁くのだ。


 「…私は、キミの事がすきだよ?」


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