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まちがって、失って  作者: 花咲
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後編

物心付いた時から、幼いリゼットとロゼットにとって両親は恐怖の対象でした。


娘達を道具としか見ておらず、気に入らなかったり失敗したときには暴力を振るいました。

甘えを許さず、産まれたら直ぐに世話を乳母に任せていました。

話せるようになってくると直ぐに教師をつけ、ほかの貴族ですらまだやらないような内容も幼いうちから詰め込ませました。

どちらかをいずれかは王妃にし、権力を握るつもりだったのです。なので、妥協は許さず、厳しく育てました。

毒に慣れさせるために、何度も毒を体内に取り込みました。苦しくても、痛くても、医者が呼ばれることはありませんでした。

痩せさせておくために、食事を抜かれることもありました。美を維持するのも、大切な事でした。


「まだ出来てないの?本当に出来の悪い子ね」

「こんな所でつまずいていてどうするんだ?」

「あら、食事のマナーがなってないわよ? ちょっとそこの使用人、片付けさせなさい」

「おい、出来るまで部屋からだすな! 勉強させろ!」


ロゼットは、一つ下のリゼットと共にこの幼少期を耐え抜いていました。使用人は両親に報告するのであてにできません。互いを信じるしか、なかったのです。


「お姉様! おはようございます!」


「お姉様、ここ、分からないのですが…」


「お姉様! 見てください、テスト、良かったんです」


「お姉様」「お姉様…」 「お姉様!」「お姉様?」


ロゼットは、自分に懐いている一つ下の妹を心から可愛がりました。リゼットが罰を受けている時に庇ったり、食事を抜かれた時にこっそり持って行ってやったりしました。

リゼットは、そんな姉をさらに大好きになり、同じように、ロゼットの叱られている時に助けたり、食事を隠し持っていったりしました。


ふたりは、とても優秀でした。毎日の努力を欠かさず、常に全力を尽くし、年不相応な程に、優秀でした。ですが、まだ両親は許しません。王妃になる道のりは、とても遠いのですから。



ある日、ロゼットとリゼットはマナーに厳しいと評判の夫人の招く私的な茶会に参加しました。ロゼットは6歳、リゼットは5歳の出来事です。

常に胸を張り、微笑を顔に張りつけ、堂々と歩き、少しも震えない声で立派に受け答えをする。そんな2人を、珍しく夫人は慈愛の笑みを浮かべながら褒めてくれました。

「2人とも、この年で素晴らしいマナーだわ。2人なら、きっと素晴らしい令嬢になるでしょうね」

そう言って頭を撫でた夫人に、2人はうっすら涙を浮かべました。優しく褒めてくれたのは、はじめてだったからです。

「……………」

しかし、夫人は見えていました。2人の背中のドレスにギリギリ隠れるところに、アザがあるのを。そして2人の目に涙が浮かんだところで、2人の母親が眉を顰めたことを。

「素晴らしい令嬢を育てましたね、グリフィース夫人」

「お褒めに預かり、光栄にございます。」

夫人には、そう言うしか出来ませんでした。そして、夫人の悪い予感は、的中してしまうのです。



「2人とも、あれほど表情を出してはいけないと言ったはずよ?」

帰るや否や、母は穏やかな微笑を引っ込めて鋭い声と眼差しで2人を責めました。

「も、申し訳、ございません」

恐怖で、声が震えた事も、母には丸わかりでした。

「変なところで言葉を切らないの。本当に物覚えの悪い、どうしようもない……はぁ。」

リゼットは、母の失望の眼差しが嫌でした。見放されたような、気がするからです。見放される……それは、リゼットがこの世の何よりも恐れる事でした。


「今日はマナーの復習をしてらっしゃい。食事は抜きよ。」

最後にそう告げた母は、静かに部屋に戻って行きました。

部屋は、リゼットとロゼットは別々です。使用人が居るので、崩れることもできません。ただ、悔しさや悲しさを全て押し殺して、使用人が出ていくのを待つばかりでした。


「…………っ…」

リゼットは、たまらず部屋で泣き崩れました。あと、少しでした。あと少しで、使用人が全員扉から出ていくところでした。ですが、見られてしまったのです。リゼットはその事に気付かず、己の身体を抱きしめながらしゃがみこみました。

「………はぁ、はぁ、はぁ…はぁ、はぁ…」

涙が溢れてきます。怒った母は、この世の何よりも怖いものでした。怒られる回数は減ったものの、些細なミスをしてしまうことがあります。


ガチャリ

急に扉が開き、冷たい声が投げかけられました。

「何を、しているの」

反射的に振り向いたリゼットに、容赦なく母は平手打ちを浴びせました。

「復習をしてなさい、と言ったでしょ!」

「申し訳ございません、今から、や、ろうと思っていたのです」

「言い訳は結構よ! 全く、少し目を離した隙に…」

手が、全身が、冷たくなっているのを感じます。また、失敗してしまったのです。母を怒らせてしまったのです。

「申し訳ございません!」

頭を下げるリゼットに、母は鞭を浴びせました。少しずつ、少しずつ、傷が刻まれていくのが分かります。

「リゼット!」

扉からロゼットが驚いたように入ってきて、リゼットとの間に入りました。

「なに、ロゼット。大きな声を上げてはしたない。さっきまで復習をしていたじゃないの」

鞭を持ったまま、母はロゼットの方を向きました。しかしその目には、まだ冷たい光が宿っています。

「おやめ下さい、リゼットは今日、少し疲れて…」

「出来ないのが悪いの。嫌ならちゃんとやらなきゃダメよ!」

ロゼットにも、鞭を浴びせる母。苦しげな呻き声が聞こえます。



「いい事、この程度、さっさとできるようにお成りなさい。学園は10歳に始まるのよ? しっかりと殿下の御相手をできるように。分かったわね?」

そう言うと、嵐のようだった母は去っていきました。部屋には使用人が入ってきて、冷やしたタオルで2人の鞭で打たれた所をひやそうとします。

きっと、声が聞こえていたのでしょう。ですが、同情でないことは知っています。いざ殿下の御相手をする時に、傷が残っていれば大変な事だと知っているからです。


「大丈夫?リゼット」

「……うん。ごめんなさい、お姉様」

「謝ることないわ。ほら、これで今日、一緒にいられる」

そう言って、抱きしめてくれる姉を、どうして嫌うことができようか。リゼットは、姉が、姉だけが支えでした。リゼットの光であり、かけがえのない存在。本当に、大好きでした。



既に痣や傷跡は、身体中に残っていました。ですが、学園は始まってしまいます。父や母は、見えにくい背中や腰、足を重点的に狙い暴力を振るうようになりました。

そんななか、王子に先に出会い、見初められたのは王子と同い年のリゼットでした。ある程度仲が深まったところで両親がそのことを知り、リゼットが婚約者になると公表はしないものの、ほぼ内定しました。リゼットが王妃のための教育を受けるのは、お城の中です。リゼットへの暴力は、両親には過程が分からないため次第に減ってゆきました。その分、監視対象が1人に減ったロゼットへの暴力は、止むことはありませんでした。

ロゼットは、隠しました。リゼットに心配をかけさせれば、リゼットの婚約に支障が出ると思ったからです。リゼットには、幸せになって欲しい。ほぼ決められていた事でも、リゼットは確かに王子に恋をしているように見えました。相思相愛な2人を、引き裂く真似は絶対にする訳には行かなかったのです。



リゼットは、王妃の教育を受ける際に初めて経済や政の事を学びました。そこで、リゼットは勘づいてしまったのです。両親の、度重なる不正のことを。

詳しく学んだ政により浮かび上がる両親への疑惑。優秀なリゼットに、その意味が分からないはずなかったのです。

まず、ロゼットに相談しました。ロゼットは、リゼットが優秀だと知っているので直ぐに受け入れました。

その際、リゼットに気づかれてしまいました。ロゼットの身に浴びる、たくさんの暴力の跡に。

「………っ! お、姉様……?」

「…………大丈夫よ。いつもの事じゃない」

姉は、痩せていっているように見えました。目に昔の慈愛はなく、ただ疲れたような印象を与えていました。


2人は、決めました。王子に協力して貰い、両親の不正を暴くことを。既に婚約者にほぼ決まったリゼットが積極的に不正を暴く手伝いをする事で、両親の断罪後も婚約を続けられる可能性があると思ったからです。

「リゼット、私のことは伏せておいて。そして、進行状況もあまり私に知らせないで」

「お姉様のことを? どうして?」

「……今の私は、心が弱いの。変に気づかれて吐かされるよりかは、知らない方がいいわ」

「でも、私じゃ……」

「大丈夫、貴方ならできるわ。2人の結婚式、見たいもの」

そうして、方針は決まりました。王子に協力して貰い、不正を暴き、国民にリゼットの無罪を主張する。ロゼットの事を途中まで隠しておくと決めましたが、リゼットはロゼットの無罪を王子に主張するつもりでした。姉にも、幸せになって欲しいのです。



リゼットは、行動を開始しました。王子は案の定食いつき、順調に事は進みます。

ロゼットの出来ることは、少しずつ家のことを探るくらいでした。表向きは何も無いように学園に通い、家ではリゼットの行動を隠すために偽装工作を繰り返す。父や母にバレそうになっても、ロゼットが適当な罪を被ることで目を逸らしてきたのです。

リゼットとロゼットが互いに会って話せない内容は、王子からのプレゼントを使いました。リゼットが王子から貰ったスカーフにメッセージカードを入れ、手紙替わりに使ったのです。


……王子が知った、ロゼットがリゼットの貰った王子からのプレゼントを壊している、というのは、そんなやり取りの1部を中途半端に知ったことが原因でした。

家で会話が少なくなったのも、互いがちゃんとコンタクトを取っているから。

こうして、グリフィース家の不正は暴かれていったのです。





来る、断罪の日。

ロゼットをリゼットの敵だと思い込んだ王子は、ロゼットも含めて全員牢に送ります。その頃には、リゼットとロゼットのやり取りしたメッセージカードは燃やしてしまいました。家の中に、ロゼットがリゼットの手伝いをしていた記録は、失われてしまっていました。

取り調べという名の拷問は、ロゼットには行われませんでした。ほんの少しの、王子からの温情です。

グリフィース家の不正が全て明るみに出たところで、処刑の日は決まりました。


「私に、見届けさせてください」

リゼットは、断罪した自分が見届けなければならないと思い、王子に頼みました。王子は了承し、リゼットは当日、涙を流しながらも気丈に見届けていました。


全ては娘達の陰謀だと叫ぶ男も


髪を振り乱し、私は関係ないと叫ぶ女も


確かに、自分たちの父と母なのです。今でも疼く身体の傷が、それを証明しているようでした。



ロゼットは、捕まってから処刑台に上がるこの日まで、涙を流しませんでした。確かに、自分は何もしていません。リゼットに言われるまで、気が付きませんでした。

ですが、何もしていない、ということが罪だと、分かっていました。リゼットに、自身の名前を伏せるように言ったあの日から、覚悟は決まっていたのです。全ては、大切な妹、リゼットを守るために。


(………リジー…)

ロゼットは、目を見開いてこちらを凝視するリゼットを見つけました。ぐっと、今までの2人の思い出が蘇ってくるようでした。

(………だめよ)

目を細めかけ、慌てて無表情に戻り、視線をそらしました。すぐそこから、リゼットの泣き叫ぶ声が聞こえてきます。


手を合わせ、跪き、神に祈ります。目の前の断頭台には、両親の遺体が、血が、残ったままです。

(……あぁ、神よ………。この日を迎えましたこと、感謝致します。)

ロゼットの考えていた、1番いい結末にたどり着くことが出来ました。愛する人と無事に結ばれるリゼットは、幸せになれるでしょう。

妬んだことは、ありません。定められていた、運命なのですから。どんな時代にも、より強く、聡明な者が最後に笑うのですから。


最後に、断頭台の前に歩み寄ります。

リゼットの声が大きくなりました。

「違うの! お姉様は、違うのぉ!」

「いや、嫌です! やめて! 誰か止めてください!いや!止めて!お姉様ーー!」

早く、止めて欲しい。ロゼットは王子に祈りました。決意が揺らぐ前に、早く。

リゼットの方を向いたロゼットは、声には出さずに告げました。聞こえなくてもいい。分からなくてもいい。でも、確かに、ロゼットはリゼットの幸せを祈りました。

『しあわせになれるよ』


断頭台に頭を入れると、あれだけ騒がしかった民衆の声も何も聞こえなくなりました。みんな、終わりを感じているのでしょう。一際響く最愛の妹の声が、ロゼットの中に留まり続けます。

(………ふふ)

初めて、聞いたのです。あれだけ感情を出さないように躾られ、完璧の仮面を被り続けたロゼットとリゼット。ロゼットは、初めてリゼットが必死に何かを訴えているところを聞きました。

いや、正確には、幼い頃以来です。おねえさま、と舌足らずな声で必死に自分を追いかけてきたリゼットは、もう居ません。そこに居るのは、王妃としての器を併せ持つ、立派な、大切な、可愛い、可愛い、ロゼットの妹です。


(幸せに、なってね…。リジー…)


空の後にリゼットの姿を捉え、視界が、暗転します。

全てが終わる、宣言が、広間に響きました。





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「……………あぁ…。」

王子……現在の王は目覚めると、1人で項垂れました。

なんて、残酷なことをしてしまったのでしょうか?

2人で、互いを支え合って生きてきた彼女達を、永遠に引き離してしまったのです。リゼットは王妃の仕事も完璧ですし、今もずっと王を愛しています。ですが、姉のことをずっと、今でも待っているのです。


「………ごめん、なさい…」

普段は王としての威厳から気軽に口に出来ない言葉が、するりと口から零れ落ちてきます。目からは涙が溢れ、たまらず手で顔を覆いました。


「………どうなさったのです?」

目覚めたリゼットは、隣で泣いている王を見て驚きました。そして、何も言わない王を抱きしめ、背中をさすり始めました。

「何か、あったのですね。大丈夫です、私がおります。大丈夫です、大丈夫です……。」

何も知らずに自身を慰めてくれるリゼットに、余計に涙が止まりませんでした。

王には、真実を語れませんでした。そんな勇気は、ありません。王にできることは、ひたすらにリゼットを愛し、その穴を埋めることだけでした。



「陛下、私、実は妊娠……しているようなのです」

はにかむリゼットは、この世の誰よりも美しいと、王は思いました。

「あぁ……! 本当か! ありがとう、リゼ!」

今日も、城には笑顔が灯ります。

そして、これからもずっと、愛し愛された王と王妃は、穏やかにこの国を守っていく事でしょう。

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