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茜空のアマルテア  作者: 春小麦なにがし
木槿と柊の場合
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5.帰り道

 春の夜はまだまだせっかちで、帰るころには通学路は完全に暗闇へと覆われていて、点々とした街灯だけが道しるべのようにして長く通学路を照らしていた。途中でコンビニへと寄って買った肉まんはホカホカと湯気を立ててていて、大きく口を開いて頬張りると、ほうっと二人して熱い息を漏らしてしまう。何でも奢るよとは言っただけれど、微妙に遠慮したような雰囲気で柊さんは断るから、自分も食べるからと説得して一緒に肉まんを買った。

「柊さん、肉まん美味しい?」

「はい、美味しいです。あの……私、登下校で何か買って食べるみたいなこと、初めてしました。」

「そうなんだ。」

 なんだか、その言葉が妙に嬉しくて喉が鳴りそうになる。誰かの初めてをしてあげるのって、変な嬉しさがあるように思う。それも喜んでくれるなんて、自然と顔がにやけてしまう。

「それにしてもさ。アカリさんだけ、学校に残してこなくちゃいけないの、寂しいね。」

 真面目な口調の、あの黒い球体を思い出していた。持って帰るのかと思っていたら、特にそういうこともなくって、柊さんはあのスピーカーを技術準備室においてきてしまっていた。おそらくは今も、柊さんが作業していた机の上で静かにたたずんでいるのだろう。

「アカリさんは、プログラムですから。」

「それは分かるけど、なんかちょっとね。寂しいっていうのかな。」

「柊さんは優しいですね。」

 急に優しいだなんていわれて、思わず言葉に詰まってしまいそうになりながら、誤魔化すように笑ってしまう。

「えっとそんなんじゃなくてさ……なんか変な感じがするってだけ。柊さんは、アカリさんと話したくならないの?」

「実はですね。アカリさん。連れてきてるんですよ。」

「え、どこに?」

「これです。」

 そう行って柊さんは、耳を触ると、つけていた何かの器具を取り外した。彼女の掌に乗せられて差し出されたそれをよく見てみると、どうやらイヤホンのようで、コードにつながれていないところから無線式のものにみえた。ただ、それだけでなく、耳につけるだろう部分から斜めに細長いパーツが付いていた。

「なにこれ?」

「骨伝導のインカムです。ちょっと耳に付けてみてください。」

 言われた通りに耳につける。何か曲でも流れているのかとも思ったけれど、何も聞こえてこなかった。

「それで、アカリさんに呼びかけてみてください。」

「ん?アカリさん?」

『こんばんは、木槿様。お久しぶりです。』

 私の声に返事をするようにして、イヤホンからからさっきまで聞きなれていた声が流れてきた。それは、間違いなく技術準備室で聞いていた、あのアカリさんの声だった。

 驚いてしまって、柊さんへと顔向けてみると、彼女は楽しそうに頷いている。

「スマホ経由にしてネットで、技術準備室にあるアカリさんの機体に繋げてるんですよ。だから、そのイヤホンがあればどこからでもアカリさんとお話できるんです。」

「じゃあ、もしかしていつもアカリさんと、お話しながら帰ってたりするの?」

「まあ、毎日ってわけではないですけれど。」

「いいなあ。退屈しなさそう。ね、アカリさん、いつも帰り道楽しい?」

『肯定します。楽しい時間です。』

 真面目な口調で肯定されるのに、ふふっと思わず微笑んでしまう。

「木槿さんでも、一緒に帰る人はいらっしゃらないんですか?」

 「も」と言う言葉に、彼女がいつも一人で――アカリさんは別にして――誰とも一緒に帰ってないというのは察せられた。

「なんかね……。部活の友達は逆方向だし、クラスの友達とは時間が合わないんだよね。どうしようかなって思ってて。」

『回答。マスターと木槿様が、一緒に帰れば良いのではないでしょうか。』

 ふいに、イヤホンからアカリさんの声がした。

「あ、アカリさん、それいいね?ね、柊さん、どうかな。」

「え?何がでしょうか?アカリさんが何か言いましたか?」

「あ、そっか。柊さんには聞こえないのか。」

 イヤホンがこちらにあるから、柊さんには聞こえないのだろう。

「アカリさんがね。柊さんと私とで一緒に帰ったらどうですかって。」

 そう言うと、柊さんははたりと立ち止まって、目を白黒とさせている。

「あ……あ、アカリさんが、変なことを言ってすいません。」

「いや、だから、それ良いねって言ったの。」

「え……あ……えっと?」

「柊さんは嫌?」

「そんなことはないですが……。」

「じゃあ、これからお願いね。一緒に帰ろ。」

 言いながら、自然、ふわりと笑顔になっていた。

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