3.アカリさん
「これは線は切れてないみたいですね。」
「切れてない?ブッツリなっちゃってるみたいだけど。」
「ああ、いえ。はんだの所で千切れただけみたいなんです。ほら導線の先に銀色のちっちゃい塊が付いてるの見えます?」
そう言って柊さんはコードの先を差し出してきた。言われてみると、確かに捻じれている金属色の細い線の先に、銀色の小さな滴のような金属の塊が付着しているのがわかった。
「これが……はんだ?」
「ああ、えっと。これは金属の接着剤みたいなものです。技術の時間とかに使いませんでした?」
「ええっと……どうかな?俳優でそういう名字の人がいたかなって感じだけど。」
「それとは関係ないとは思いますが……まあ、これでしたら治せると思います。」
「本当?じゃあ、お願いしちゃってもいいかな。」
よろしくというつもりで、彼女の手を握る。途端に柊さんは、体を硬直させたかと思うと、視線を何度も左右に揺らして、言葉を詰まらせる。
「あ、あ、あの。だ、大丈夫です。ま、任せてください。」
そう言って柊さんは、身を引くようにして、すっと繋いだ手から離れていく。
「明日には、お渡しできると思うので、明日、また来てください。」
「明日?直すのに1日ぐらいかかるの?」
「あ、いえ。これぐらいでしたら、多分、残りの部活の時間中には出来るとは思うんですが。お待ちいただくのもあれですし。」
「ふうん。だったら、ここで待ってていいかな。通学中にイヤホンがないと退屈だし。今日直してもらえるなら嬉しいかな。」
「あ、え……そ、その、いいですけど。良いんですか?」
「うん?もしかして迷惑だったりする?」
「い、いえ!大丈夫です!私は大丈夫ですけれど……ここは何もないところですから。」
もじもじとしてためらいがちに言う柊さんの言葉に、周囲を見渡してみる。何もないどころか、部屋いっぱいにわけのわからない機械やら荷物やら、石やら、ただのゴミにしか見えないものもあるけれど、物が溢れ返っているようにしかみえない。
「んー……なんか、色々あるようにみえるけれど。」
「あ、いえ。自分達以外の人が面白く思うようなものは何もないと言いますか……。」
「ふーん、でもなんか、おもしろそうだよ?勝手に触っちゃっても良いなら、適当に見て待ってるからさ。むしろ迷惑だったら言ってよって感じ。」
「全然、そんな。迷惑なんてないです。ただ、危ないものもあるので気をつけてください。」
「うん、ありがとう。」
言いながら、早速机の上にあった箱を開けた。中にはいくつもの小さな透明なプラスチックの箱が並んでいて、さらにそれぞれの箱の中には小さな石が入れられていた。殆どが黒い石のように見えるけれど、碧色の小さな粒や、透明な結晶があって、それが目を引いた。
僅かに視線を感じで、柊さんの方へと目を向けると、どこか心配そうにこちらを見ている。
「壊したりしないからね?」
「あ、すみません。」
それでも、柊さんはちらちらと何度もこちらへと視線を向けてきた後、ようやく机に向かって作業し始めた。ふと、なんか香ばしいようなにおいが漂い始めていた。それが柊さんの握っている道具から漂ってきているのに気が付いて、そこでようやくはんだがなんだったのかを思い出した。
「そういえば、柊さん以外に、この部活の人って居ないの?」
「えっと、今日は私一人だけなんです。本当は今日は部活休みの日なので。」
「そうなんだ……。あれ?でもそういえば……。」
この部室に来た時に、誰と誰かが会話をしていたことを想いだす。とてもじゃなくて同一人物の声ではなくて、誰かが二人いたはずだった。
「ここに来た時にさ。柊さんの他にも、誰かの人の声が聞こえた気がしたんだけど、あれは?」
「あ、それは、アカリさんです。」
「あかりさん?やっぱり他に誰かいるの?」
とはいえ、左右を見渡してみるけれど、他に人がいる気配はしなかった。そもそもこれだけ二人で話をしているのに、一切かかわってこないというのも考えづらくて、誰かがいるようには思えない。
「あ。人ではないんですけど。」
あっけらかんという、柊さんの言葉に思わず眉をひそめていた。
「人じゃない?なにそれ……。」
咄嗟に、昼休みの時にクラスメイト達が話していたことを思い出し、わずかばかり緊張して喉を鳴らしてしまう。
「もしかして……幽霊か何か?」
「あーいえ、そんなんじゃないです。」
軽く笑顔を浮かべて柊さんは首を振った。
「えーっと、ロボットとでも言えばいいのでしょうか。」
「ロボット……?あーもしかして、ペッパーくんみたいなの?」
「そうですそうです。あんな凄い体はなくて、スピーカーだけなんですけどね。」
そう言って柊さんが指さした先には、柊さんの姿を見つけた時に目に入った、黒いメッシュ生地で覆われた球形の物体だった。
「スピーカーだけなので、ロボットと言うよりスマートスピーカーに近いんですけど……。ちょっと喋ってみますか?」
「え?いいの?喋ってみたい。」
「良いですよ。このスピーカーに、『アカリさん、こんにちは』って話しかけてみてください。」
そう言って柊さんは黒い球体を手に取って差し出してくる。顔を近づけて、メッシュ部分をのぞき込んでみると確かにスピーカーが部分が見えた。このスピーカーになっている部分に声をかければ良いのだろうかと、ちょっとためらいながらも、柊さんに言われた言葉を口にしてみる。
「アカリさん、こんにちは。」
『こんにちは、ご用件は何でしょう。』
すぐに黒い球体から流暢な女の子の声が響いてきた。
「わ、ほんとだ。凄い。」
『それほどでもありません。』
ところどころ電子音を混じらせた声で球体がすぐに返事をしてくる。
無機質なロボットみたいなものが、丁寧な謙遜を言ってくるのは、どこか奇妙に感じられた。
「柊さん。これって、どこで買ったの?」
「いえ、これは自作でして……。」
「え?柊さんが作ったの?凄いじゃん。」
「そんなことないですっ。これは単純なもので……、本当のスマートスピーカーみたいなことはできないんです。簡単な会話するぐらいしかできないんですよ。」
「会話するだけでも凄いよ。ね?アカリさん。」
『肯定します。素晴らしいです。』
「きょ、恐縮です。」
褒めているけれど、むしろそれがこそばゆくて居所がないようにして、柊さんは肩身を狭くしていた。
「アカリさんは、人工知能とか言う奴なの?そういうのテレビで見たことあるけど。」
「ああ、いえ、人工知能とはいえないですね、どちらかと言えば人工無能です。」
「えーっと……?違うの?」
「アカリさんは、考えることが出来ないんですよ。話しかけた言葉を、メモリの中とか、ネットから探してきて、それっぽく言葉を返してくれるだけなんですよ。実は大分定型文なんです。」
「えっと?」