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茜空のアマルテア  作者: 春小麦なにがし
木槿と柊の場合
18/35

18.迷い子

 翌日の授業の合間の休み時間。昨日上手く寝付けずに、眠たくてむずむずと痒く感じる瞼を擦りながら、自分の机に突っ伏してしまっていた。窓から差し込んでくる光を眩しく感じて顔をそらすと、ちょうど目の前で桐谷さんが体をかがめて顔を覗き込ませてきた。ウェーブのかかった髪を揺らぎ、くりくりとした瞳が、こちらの目を眺めてくる。

「どうしたの?今日もなんか凄い顔してるよ。」

「うーん……昨日眠れなくってさ。眠いの。」

「なに?ゲームでもやってたの?」

「私ゲームやんない……。」

 ぽつりと呟くように返事をすると、横から急に柚木さんが体を乗り出してきて、口を開いた。

「うっそ。葵ちゃん人生損してるよ。」

 そう言って柚木さんは、慌てて机の中からスマートフォンを取り出したかと思うと、何やら液晶を何度もタップしていき、すっとアプリが起動させると、こちらへ画面を見せて来る。

「ほら、これとかやってみない?確か葵ちゃんってバスケ部だったよね。これ、バスケのアプリゲームなんだけど。かっこいい男の子がいっぱい出てくるの。あ、でもゲームなんだけどアニメとかじゃなくて、実際の男性アイドルが出てくるの。それでデートとかできたりして。」

 そのゲームらしきアプリが映る画面を指さしながら、柚木さんは早口でどんどんとそのゲームの内容を説明してくれる。何かを勧めようとしてくる人はみんな早口だ。それはきっと、どんな人でも、どういうジャンルでも同じような気がする。

「いいよ。やらないから。」

 机に突っ伏しながら説明を聞いていたけれど、さすがにもう限界と言う感じになって手を振って見せると、柚木さんは「えーっ」と不満そうに声をあげながらスマートフォンを降ろした。その態度に呆れたように桐谷さんは肩をすくめながら、そのまま、今度はこちらに心配そうな顔で視線を向けて来る。

「それで何で寝てないの?」

「んー……なんか眠れなくて。」

 眠れなかった理由は自分では分かっていたけれど、それを素直に他の人へと言うのを躊躇ってしまう。

「体調悪いの?昨日もそんな感じだったよね。」

「そういうんじゃないんだけど……。あのさ。聞きたいことがあるんだけど。」

「なに?」

 尋ねようとした桐谷さんは勿論のこと、その横からなぜだか柚木さんもこちらの顔を覗き込んでくる。まあいいやと、二人に向かって考えていたことを尋ねる。

「友達にさ。綺麗とか、可愛いとか、言われることってあるよね?」

 そう言うと、何故か二人は眉間に皺を寄せて怪訝そうに、こちらを見詰めてきた。

「なに?自慢?」

「言ってほしいの?」

 二人の言葉に、そう言う風にも感じられるかと慌てて首を振る。

「そうじゃなくて……友達同士で、そう言う風に言ったり言われたりするの、普通のことだよね?って話。」

「まあ、冗談って言うか、その場のノリ見たいので言い合ったりすることはあるかな。」

 あどけない調子で言った柚木さんの言葉に、桐谷さんはちょっと首を傾げて考えるようにしながらも、すぐに頷いた。

「まあ、あるかも。」

 二人の反応を見て、

「そうだよね」

 と、言いながら、教室の天井を仰ぐと大きく息を吐いた。

「本当にどうしたの?」

「んー……。」

 唸りながら、今考えていることを、せめて何か言葉にしようかと考えていると、教室の前扉が音を立てて開かれて、室内に先生が入ってくるのが見えた。次の授業は、厳しい国語の先生の授業で、みんな慌てて机に向かって教科書やノートの準備をし始める。桐谷さんも柚木さんも、それに合わせて自分の席へと戻ると、こちらに一度だけ視線を向けて、ごめんと言うように手を差し出してきた。

 それに手を振って「大丈夫」と小声で返事をすると、それで話は途切れてしまった。

 むしろ言わなくて良くなって、逆に助かった気持ちになりながら、自分も机の中に入っている現代文の教科書とノートを机に出していく。すぐにチャイムが鳴って、学級委員長が起立の号令をかけると、生徒全員が立ち上がり、礼と言う号令に合わせて、ぼそぼそとした「よろしくお願いします」と言う念仏のような声がして各々に席へと座っていく。先生も気にしていない様子で、すぐに生徒達に背を向けると、黒板にカリカリとチョークを軽い音を立てて文字を書き込んでいく。合わせるようにして、周囲からシャープペンシルでノートへと文字を刻む音が響いてくる。

 自分も一旦、筆箱の中からシャープペンシルを取り出すと、その頭を押して芯を出しながらも、板書に手を付けるのが億劫になって、どこか呆っとした気持ちで黒板から教科書へと目を落とした。今開いている現代詩の内容は興味がなくて、パラパラとまだ授業のやっていない先にページを開いていく。数枚捲ってみると、小説が書かれているページに行き当たって、なんとなくこれで良いやと言うように、その話へと意識を向けていた。

 話の内容は、教科書らしく途中からだったけれど、大体のあらすじは東京に出てきた青年が、その暮らしの中で、一人の女性に心惹かれて懊悩していくと言う青春みたいな内容で、それが読みやすい軽快な文章で書かれていたので、するするとページを進めていってしまう。

 そうして、ふと、読んでいた小説の一説に目が止まった。

「ストレイシープ……。」

 一人の女性に胸を煩わせる少年が、何度も頭の中に浮かばせては口にするその言葉を、自分も思わず呟いていた。迷える子と言う意味の、その英語は、何となく今の自分に一番適してる言葉の様な気がして、目を離すことが出来ずにじっと見つめてしまう。

「ストレイシープ。」

 もう一度呟きながら、教科書に印刷されたその一文を指先でなぞる。

 ふっと、溜息が漏れた。

 軽く首を振るうと、そのまま教科書を読み進めていく。幸いにも、授業で当てられることもなく小説を読んでいるうちに、授業は直ぐに終わってしまった。先生が教室から立ち去っていき、どこか安堵した雰囲気が教室中に広がっていく中で、途中までしか読めなかった教科書を閉じて机の中にしまっていく。そのまま次の授業の教科書を出してしまおうと時間割を眺めたところで、次が芸術の選択授業であることを思い出した。

 気が付けば、クラスメイト達もそれぞれの選択した教科ごとに、みんな連れ立って教室を出ていっていた。

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