15.お知り合い
「それだけだから、今日はお弁当とか持ってきてないの。期待させたりしてたらごめんね。」
「そんな気にしないでください。」
音が出るほど大仰に柊さんは首を振るった。
「でも、それでしたら、私がパンを持ってきてるので……もしよかったら、一緒に食べませんか?」
「あー……ごめん、お弁当は教室にあるから。」
「そ、そうですよね。お弁当はありますよね。」
「う、うん。でも、そうだ。」
ふと思い出して、僅かばかりに緊張しながら、ずっと柊さんに言おうと思っていたことを口にする。
「柊さんってスマホにメッセージアプリ入れてる?LINEとかさ。」
「えっ……あ……。」
軽い調子で言葉に出してみたけれど、柊さんの顔が僅かに曇るのがわかった。柚木さんのメッセージアプリにも回されていた中学の時の動画が原因だろうと理由は察せられて、慌てて言葉を取り繕っていく。
「いや、ほら、一緒に帰る時間とか連絡とりたいし。二人だけのグループで。」
「あ……また一緒に帰れるんですか?」
うつむき加減になっていた柊さんの顔が上がって、少しだけ緩んだ表情になっていく。
「柊さんが良いのなら。」
「ぜ、全然大丈夫ですっ。あの……それでしたら。」
それでも、ちょっと緊張した面持ちで柊さんはスカートのポケットの中からスマートフォンを取り出す。自分も取り出したスマホを差し出してアプリを起動させる。お互いに緩くスマホを振るうと、アカウントの交換が成功した明るい調子の電子音が鳴った。その音を聞いて、柊さんはふっと口角を緩ませていた。
「そうだ。もし、ここにいるときにさ。昨日みたいに体調が悪くなったら連絡してね。迎えに行くから。」
「あっ、ありがとうございます。やっぱり……心配してくださったから、アドレス交換してくれたんですね。」
体調が悪くなったこと云々は、本当に今思いついただけだったが、そう言うことにしておこうと言葉を合わせることにした。
「えっと……うん、そう言う意味もあるかな。じゃあ、また後で帰る時間のこととか連絡するね。」
ちょっと慌てながら捲し立てると、柊さんの返事もまともに聞かずに部屋のドアを開いた。
「じゃ、じゃあね。」
「あっ、木槿さん。」
「う、うん?」
「あの、ありがとうございます。その、わざわざ来てくださって……。」
ぎゅっと手を握りしめながら言う、柊さんの頬は赤く染まっているようで、せめてもと言うように見せてくれていた笑顔は、彼女の過去を知っているせいだったからなのか、なぜだか儚げに見えた。
「ううん、気にしないで。本当に……。」
口から出る声が震えているのを感じながら、部屋の扉を閉めていく。きいっと蝶番の軋む特有の音を鳴らしながら扉と壁との隙間から見える柊さんの姿は狭まっていき、かちゃりと金属音を響かせて完全に閉じた。
途端、私は廊下を走り出して階段へと向かっていた。あふれ出てきそうな涙を堪えるために唇を僅かに噛みながら、階段を駆け下りていくと、すれ違う人達は怪訝そうな顔で視線を向けてきたけれど、それよりも柊さんの顔が見れたことと、彼女とアカウントを交換できたことに、痛いと感じるほどに心臓が高鳴ってしまって、とてもじゃないけれど、ゆっくりと歩くことはできなかった。
あっという間に、自分の教室まで辿りついてしまう。中をのぞき込むと、クラスメイト達は、すでに机をくっつけて弁当へと箸を伸ばしていた。
「あ、戻ってきた。」
クラスメイトの一人が自分が教室に入ってくることに気が付いて、のほほんとした緩い調子の声をかけてくる。そのいつもの雰囲気に、少しだけ気持ちが落ち着いていく。柚木さんもこちらへと顔を向けて、手招きしてくる。
「お弁当残してたから、戻ってくると思って机くっつけておいたけど。」
「うん、ありがとう。」
礼を言いながら席へと腰を下ろした。鞄の中から弁当を取り出して、残った昼休みの時間で早く食べてしまわないとと箸をとると、クラスメイトの一人が、興味深そうにこちらの顔色を窺っていることに気が付いた。彼女の口にしようとしていることは直ぐに分かった。昼食の間の会話のネタがほしいんだろう。
「どこ行ってたの?」
「えっと、別のクラスの友達のところ。」
「本当?」
「本当?ってなに?どういうこと?」
ちょっとぎくりとしながら尋ね返す。
「いやー、みんなで、葵ちゃんに恋人でもできたんじゃないかって話してた所でさ。」
柚木さんが横から口をはさんできて、その言葉に苦笑いしてしまう。
「そんなの、欠片もないよ。」
曖昧に笑いながら返事をすると、他のクラスメイトもくすくすと笑って頷いた。
「だよね。知ってる。」
「だよねって言われるのも腹立つわ。」
わざとらしく、やれやれとため息をついて肩をすくめて見せて、弁当の中から卵焼きを一つとって口にすると、からからとクラスメイト達は笑った。その笑い声に、自分も曖昧な笑顔を浮かべながら、小さく溜息をついてしまう。
「そう言えば、2組の足立がさ、三浦と付き合い始めたんだって。」
「うそ。まじで。」
すぐにクラスメイト達の話題は私のことから外れて、より興味の話へと流れていく。助かった気持ちをしながら、弁当箱からミートボールを取って口へと運びながら、そう言えばと思い出して、ポケットの中からスマートフォンを取り出すと、さっき交換して作ったグループへとメッセージを書き込んでいく。
『今日も一緒に帰らない?』
そう書き込んで送信すると、ちょっと間の空いて、すぐにぶるっとスマートフォンが震えた。画面にはポンッと跳ねるような動作で新しいメッセージが現れる。
『よろしくお願いします。』
たった、それだけの簡素な返事だけが返ってきた。
それも、なんか柊さんらしいと思っていると、隣のクラスメイトが肩を小突いて来た。
「なにスマホ見て、にやけてんの。やっぱり恋人出来た?」
「出来てないって。」
何度も肩を小突いて来る手を払って、嫌そうに言いながらも、その時自分が口がにやけてしまっているのは、なんとなく分かった。