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茜空のアマルテア  作者: 春小麦なにがし
木槿と柊の場合
12/35

12.硬直

「ん?」

 どうしたのだろうと声をかけると、狼狽えながらも柊さんは表情を取り戻す。

「あ……いえ……入れるところを選んだって感じです。」

「そうなんだ……。」

 言い淀む柊さんの口調に、それだけじゃない何かがあるんじゃないかと感じたけれど、あまりにも切羽詰まった雰囲気に、それ以上は強く聞けなった。

「あの……木槿さんは?」

「私?」

「はい。木槿さんの中学校は。」

「私はね。白鶴中。」

「えっと、白鶴って……たしか。」

「うん。大分遠いよ。中学からだと駅で4本ぐらい離れてるかな。」

「あの。どうしてこっちに来たのかとか。聞いても大丈夫ですか?」

「うん、別に大丈夫。私は、何ていうか馬鹿だからさ。ここぐらいしか入れるところがなくて……って、柊さんとかもそうだってわけじゃないんだろうけど。」

「いえ、私も同じようなものです。」

「うそー、だって柊さん凄い勉強できそうだよ?アカリさん作ったんだし、すごいじゃん。」

『同意します。マスターは凄いです。』

「もう。アカリさん。変なこと言わないでください。」

『事実です。』

「うん、凄いと思うよ。」

 アカリさんと二人して褒めると、柊さんは癖毛の頭をかいて恥ずかしがる。

「私は……理数系は良いんですけど、歴史とか国語が本当に苦手で……。」

「あー、なるほど。そう言うのってあるよね。私はね、国語だけなら得意だよ。」

「国語ですか?」

「意外?」

「そんなことないですけど、国語が得意って言われると、そんな感じがするかもしれません。」

「なにそれ。」

 分かるような分からないような言葉に、くすりと笑ってしまう。

「七教科以外なら、体育が得意かな。」

「あ、それは分かります。木槿さん、バスケ部ですもんね。」

「あれ?知ってた。」

「あ……すみません。部活で練習しているの見てました。」

「やっぱり。今日、こっち見てたよね?」

「はい……ごめんなさい。」

「どうして謝るの?私は別にいいけど。」

「勝手に見てるのって、なんだか失礼かなって……。」

「そんなことないよ。私は別に……もしかして、目が合った時に隠れたのも、そう言うこと?」

「あ……えっと……。」

 なんだか柊さんは頬を染めて、ちょっと言葉を詰まらせた。

「あの……そうかもしれないです。」

「ふうん。もし次、目が合っても隠れなくていいからね。ああ言うときは手を振ってくれたら嬉しいかなー。」

「は、はいっ……。」

 少しばかり言葉をこわばらせながらも、柊さんはふわりと笑顔を見せてくれた。

 そうして、話は得意教科や最近の授業のことへと戻り、そうこうと話をしているうちに、流れる雲を茜色に染めていた夕日は完全に顔を隠して、空は黒く幾つか星の見えるようになってきていた。話が私の担任の悪口になるころには、いつの間にか駅へと辿り着いてしまっていた。

 駅前のロータリーの歪な楕円を描いた歩道に差し掛かり、二人ともなんとなく足が止まった。道行は電車に乗りに向かう生徒たちやらと、駅舎から出てきて家に帰るのだろう会社員やらでごちゃごちゃと人があふれていて、ロータリーに停まっているバスが、それを吸い込んだり吐き出したりしている。

「あ、駅……に着いちゃったね。」

「着いちゃったってこともないと思いますけど。」

「着いちゃった……かな。」

 なんとなく、もう少し一緒に居たかった気がして、そんなことを言っていた。

 一緒に電車に乗ってくれないかなとか思いながらも、もう帰らなくちゃいけないのだと理解して、わざとらしく顔に笑みを浮かべる。 

「じゃあね。また明日。」

「あ、はい。じゃあ……。」

 言いかけた柊さんの顔が、ふいに酷く強張っていた。

「柊さん?」

「……あ……いえ……。」

 言葉を途切れ途切れに漏らしながら、柊さんは体を震わせて酷く狼狽えていた。

 その視線が、こちらへと向いていないことに気が付いて、顔を振り向かせる。

 そこには行きかう人々と、並木の近くで屯ろする別の高校の制服を着た女子高校生の集団が見えた。

 彼女たちの制服は、たしか駅で何個か先のところにあるはずの高校だったはずで、本来ならこんなところに何にもいるはずはなかったけれど、みんなスポーツバッグを持ってきているのが見えて、近くにある運動競技場に部活の試合に来ているのだろうと察せられた。

 みんなスマートフォンを眺めたり、雑談をしている様子で、帰る前の生徒だけのミーティングのようでもあった。

 集団の中、一人だけグループのリーダーの様なショートカットの女子がいて、その人に向かって、柊さんの揺れる視線は向けられていた。

「あ……うぁ……。」

 短髪の少女を見つめながら、柊さんは何度も小さい声を漏らして息を乱していた。

「柊さん、大丈夫?」

「だ……大丈夫です。」

 そう言いながらも、どんどんと柊さんの顔が真っ青になっていくのが分かった。

「えっと……。」

 どうにか休めるところはないかと、慌てて左右を見渡して、近くに横に長い木製のベンチがあるのを見つけた。

「とりあえず、あそこのベンチに座ろう?」

 朦朧としている柊さんを支えようと、脇から手を差し込んで体を寄せると、彼女の足はがくがくと途端に体を寄りかからせてきた。震えて立つのも覚束ない体を抱き留めながら、ベンチまでなんとか歩かせる。

 倒れ込むようにして柊さんをベンチへ座らせると、彼女はがくりと上半身を俯いてしまって、浅く早く、酷く辛そうに何度も呼吸を繰り返していく。

「ねえ、柊さん。どうしたの?」

「なん……なんでも……ないです……。」

「なんでもないことないよ。」

 ベンチの傍らに自分も腰を下ろして、今に出も倒れてしまいそうな柊さんの体を抱きとめる。

「アカリさん。柊さんどうしたの?」

 柊さんの耳元へと声をかけると、ザザッとノイズの音が走った。

『返答不能。質問が不明瞭です。』

「柊さんの、体調が悪いみたいで、顔が真っ青で、呼吸が急で、めまいをしてるみたいなんだけど。何か分からない?」

『wait...……ネットでの検索結果の第一候補は貧血です。』

「貧血?でもこんな急に……。」

『立ち眩みの他、緊張やパニックなどの精神的要因で急性に引き起こされることがあります。なお、体調不良の際には医療機関へと受診し自己判断しないことをお勧めします。』

 機械的に告げて来るアカリさんの言葉を途中から聞き流して、胸元で辛そうに呼吸している柊さんへと目を落とす。彼女の唇が紫になるほど、顔の血の気が引いていて、指先は両手ともぶるぶると震えていた。今にも体が砂となって崩れ落ちてしまいそうなほどに脆そうで、見ているだけで胸が辛くなっていく。

「精神的要因って……。」

「すみません……すみません……。」

 がくがくと震えているのに、絞り出すようにして柊さんは、そんなことを言った。

「そんな……謝らなくて良いから。」

 だから、早く元気になって欲しいと願って彼女の背中を撫でた。浅い呼吸とともに細かく上下するその背中は、想像していた以上に弱々しく館弄られて、思わず彼女の掌を握る。ひやっと感じるほどに指先は冷え切っていて、くっと唇をかむと、自分の無力感が悲しくて、覆いかぶさるようにして彼女の体を抱き寄せていた。

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