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茜空のアマルテア  作者: 春小麦なにがし
木槿と柊の場合
11/35

11.その選択

 自分も床に置いていたスポーツバッグを肩に抱えると、廊下を小走りでさっき昇ってきた階段へ向かう。パタパタと上履きの床を叩く足音を立てながら、階段まで駆けて、振り返ってみると後ろを柊さんがわたわたと慌てるように付いてくるのが見えた。

「急げ、急げ~。」

「は、はいっ。」

 6人ぐらいは横に並んで通れる広いの階段を一段飛ばしで、とっとっとっと降りて踊り場にたどり着いて後ろを振り返ると、柊さんは、急ぎながらもおぼつかない足取りで階段を下りてきて、べたべたべたっと大きな足音を鳴らして踊場へと追いついて来る。

「す、すみません。先に行ってください。」

 自分があまりにも遅いことに気が付いたのか、柊さんはこちらの顔を見て悲しそうに首を振る。

「大丈夫だって。柊さんのペースで良いから一緒に行こ。」

「あう……ありがとうございます。」

「気にしないでっ。」

 言いながら先に下の階まで階段を下りて、柊さんが降りてくるのを待つ。

「ねえ、柊さんってさ。」

「はっ、はい?」

 わたっわたっわたっと相変わらずに不器用に降りてきながら、柊さんは顔を上げた。

「いつもこれぐらいまで残ってるの?」

「え?いえ、今日は熱中しちゃって、時間見るの忘れちゃってたんですけど、いつもはもうちょっと早いですかね。」

「そうなんだ、私部活でそのまま帰っちゃうから、こんな時間の校舎の中って初めてで、何ていうか……。」

「……なんでしょう?」

「なんか、特別な感じがするね。」

「あ、分かります……。誰も居ない校舎って変な感じですよね。」

「うん。あ、でも、もしかしたら柊さんと一緒だからかも。」

 そう言って軽く笑ってみると、何とかかんとかと言うように3階まで必死に下りてきた柊さんは大きく首を振る。

「そんな、私なんか関係ないですよ。」

「どうかな。」

 軽く笑いながら、ちょっと恥ずかしくなって階段を2段飛ばしで降りていた。

 先に階段を下りて柊さんが追いついてくるのを待って、そんなことを繰り返してようやく玄関まで辿り着くと、それぞれの靴箱に別れて、靴を履き替える。校舎を出て見ると、目の前に広がる空はいつの間にか、少しだけ暗くなり始めていて、僅かばかり夕焼け色に染まった雲の端を烏の黒い影が横切っていくのが見えた。

 ついで柊さんが玄関から出てくると、丁度、最終下校時刻の5分前を知らせる予鈴が学校全体に鳴り響いた。

「うわ、早く校門でないと……。柊さん、走れる?」

 駆け飛ばすようにして階段を降りてきたせいなのか、俯いて、肩を揺らすほどに息を切らしながらも、柊さんは大きく頷いた。

「な……なんとか……。」

「良かったら、柊さんのリュック、私が持とうか?」

「いえ、大丈夫です。私、頑張りますから。」

 無理やりと言った調子で声を上げた柊さんは、ばっと顔を上げて、そのまま校門に向かって走り出した。遅れて走り出し、その背を追い始めるけれど、十歩もいかないうちすぐに柊さんへと追いついてしまう。柊さんは必死に走っているようだったけれど、その走り方は抱えたリュックサックをがちゃがちゃと中身の荷物が音を鳴らすほどに、上下に大きく揺れていて、あまり前には早く進めていなかった。その傍らを自分もスポーツバッグを揺らしながら並走して声をかける。

「柊さん。ガンバって。」

『マスター。ファイトです。』

 合わせたように柊さんの耳についたイヤホンからアカリさんの励ます声が響いてくる。

「は、はいぃ……。」

 二人分の励ましに、もう根を上げそうな顔をしていた柊さんは、ちょっと情けない調子で声を上げた。

 校舎からコンクリートで舗装された道を、二人でどたばたと音を立てながら駆けていくと、視線の先にようやく校門が見えてきた。幸い、まだ閉められていないようで、門は開かれていたけれど、その傍らでは女性の先生が一人腕時計を眺めながら柵に手をかけていた。体育の教師で、女子バスケ部の顧問でもあるその先生は校則や時間に厳しいことで知られていて、もしチャイムに遅れたら、バスケ部員にも拘わらずと言うことも含めて、ちょっとぐらいは小言を食らってしまうと思えた。横で走りながら顎の上がってしまっている柊さんの背中へと手をばして、支えるつもりで僅かながらに力を加えた。

「柊さん。もう少しだよ。」

「ひぃ……ひぃ……。」

 情けない声を挙げながらも、柊さんがチャイムが鳴る寸前に校門へとたどり着く。こちらが走ってきているのに気が付いていたらしい先生が苦笑いしている横を、二人で走り抜けた。

「ギリギリだな。次はもう少し帰れよ。」

 さっぱりとした声で言った先生の言葉に、息を切らしながら手を振って返事をする。

「はーい。先生さよならー。」

「気をつけて帰れよ。」

 先生が言うのと同時に、最終下校時刻を知らせるチャイムが鳴り響いた。生徒の殆ど帰ってしまった静かな校舎に寂しいげな鐘の音が鳴り響くのを背にして二人で帰り道を歩き始めていく。ただ、柊さんは息が切れ切れなようで、肩を未だに大きく上下させながら、ふうふうと呼吸を乱しきっていた。

「はぁ……疲れた。ね?」

「わ、私の足が遅いせいで……ギリギリになって、スミマセン……。」

「ぜんぜん。そんなこと気にしないでよ。」

 からからと笑ってみせるけど、柊さんは気にしているようで、どこか背の曲がって俯きながら歩いているように見えて、何か気分を変えてしまおうと会話の話題を探す。

「あー……柊さんはどこの中学だった?」

 問われて、柊さんは顔を上げた。

「わ、私ですか?私は……。」

 困ったように眉尻を下げて柊さんは言葉に困っているようだった。

『マスターの出身中学は向ヶ淵中学校です。』

 言うのに困ってる柊さんの代わりに、アカリが口を挟んできた。その言葉に、柊さんは困惑しているようだった。

「アカリさん……。」

「向ヶ淵かぁ。ちょっと遠いよね。柊さんの家があるの安小路だっけ?そこからだと逆方向じゃなかった?」

「そう……ですね。だから同じ中学の人も殆どいないです。」

「ふーん、でも、どうしてこっちに来たの?あっちにも高校あるんだよね?」

「はい。あっちにも聖林高校とかありますけど……。こっちに来たのは公立で学費が安かったからで。あとは……。」

 そこでふと言葉を詰まらせた柊さんの顔は一瞬全ての表情が消えたように固まった。

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