99・《文化発展日》
帝国との戦いも終わった。
これで平和な学園生活が訪れたわけだが……そんなある日、やけに街中全体が慌ただしいのに気付いて、俺はララにそれを問いかけた。
「あれえ? クルト、知らないのー? 一ヵ月後に《文化発展日》が訪れるんだよ」
放課後。
ララが目を丸くして、そう答えた。
「《文化発展日》か……」
「知らないんだったら、説明してあげようか」
「いや」
さすがにこの時代に転生してきて、色々と分かってきたのだ。
記憶を紐解き、《文化発展日》についてこう続ける。
「確か500年前、王国で圧政を敷いていた愚王オーレリアンを倒し、クーデターに成功した日だったはずだな」
「うんうん」
「愚王オーレリアンは様々な愚かな政治を行っていたが、その中でも際立っていたのがすなわち『文化を消していた』ことだ。文化は政治の妨げになる。演劇や絵画といった無駄な興があるから、人々は堕落するとな。おそらく、文化によって人々が結びつき、余計なことを考えないようにした……ということもあるんだろう」
「その通りだよ」
しかし愚王の政治は長く続かなかった。
愚王には兄弟がいた。
次男は優秀な政治学者であったが、兄に危険視されていたために、国外に追放されていた。
しかし次男を支援する者達が現れ、協力し、クーデターを起こして愚王を討ったのだ。
「次男が国王となることによって、王国には文化が戻ってきた。その日を《文化発展日》と定め、王都では祝っている……とのことであったな」
「そっうだよーっ! クルト、やっぱりすっごいねー。あんまり常識とか分かってなさそうだったけど、完璧に歴史を覚えてるじゃーん! そこまで詳しいことは、わたしも分かってなかったよ」
ララがはしゃぐ。
今までの俺はどれだけ非常識だと思われていたんだ?
「クルトの故郷は《文化発展日》を祝う風習はなかったの?」
「あいにく田舎なものでな。聞いたことはったが、特段なにをするわけでもなかった」
「ふうん、そうなんだ。わたしも王都出身じゃないから、ここで《文化発展日》を迎えるのは、はじめてだけど……ずっと楽しみにしてったんだ!」
ララは両手を広げ、クルクルと回る。
「《文化発展日》を祝ってね、王都全体で『文化祭』が行われるんだ」
「ほう、祭りか」
「うん。もちろん、魔法学園でも文化祭を盛り上げるために、様々な催しものをするんだ。クラス単位で出店を出したり、学校に有名人を呼んだりって。その文化祭の準備をしているから、王都全体が慌ただしいと思うよ」
それは楽しそうなことだ。
「クルトはこういうの嫌い?」
「どうしてだ」
「なんか、戦い以外は興味なさそうに見えるから」
はは、ララはなにを言ってるんだ。
確かに文化祭なんてものは、それ自体全く戦いの役には立たないだろう。
こうやって王都全体が浮き足立っている時に、他国が攻め込んでこないとも限らない。
しかし。
「そういう風に見えないかもしれないが、俺は余興が好きだ。文化祭、楽しみだな」
——だからこそ、俺はそういったものを楽しみにしたい。
人生というのは息抜きも必要だ。
過去の功績を祝い、未来へと繋げていくことも重要だろう。
それにそもそも1000年前から俺が転生してきた理由はなんだ? 人生に飽きて、絶望したからではないか。
ゆえに文化祭といった催しを嫌うわけがない。
「よかった!」
ララがパッと笑顔になって、
「クルトとも一緒に文化祭を楽しみたかったんだーっ。一緒にお店とか回ったりしようよー」
「ああ」
「あっ、今頷いたよね? 忘れないでよね?」
「当然だ」
ララは頬をピンク色に染めて「そっかー……クルトと文化祭デート出来るのか。ふふふ」と嬉しそうに笑った。
一体なんだというのか。
「あっ、その前にクラスでも頑張らないといけないね」
「出店を出したり……と言ってたな。なにをするつもりなんだ」
「それは今から決めるんだよー。あっ、それから魔法学園では一番優秀な出し物をしたクラスには、簡単な賞品が与えられるみたいだよ。きっと最優秀賞(MVP)を取ったら、成績にも反映されるだろうし……なによりも、みんなが喜ぶよね! 頑張らないとっ」
ララが拳をぎゅっと握る。
そんなものもあるのか。
全く。ただ楽しむだけでは終わりそうにないな。
「ララ、心配しなくてもいい」
俺は文化祭当日のことを想像し、こう口にするのであった。
「俺はなにごとにも勝利を目指す。俺がこのクラスにいる限り、文化祭でも一番になるだろう」