98・1000年でも足りないこと
魔神フォンバスクとの、1000年越しの戦いは終わった。
フォンバスクはこの1000年でフォシンド家として帝国を裏から操り、魔法文明を衰退させていったのだ。
さらには国王と女王すらも殺して、政治も完璧に掌握していた。
まあ国王と女王を殺して、棺桶の中に閉じ込めていたのはまた別の理由もありそうだがな。
どちらにせよ、フォンバスクが帝国で暴れ回り、さらには邪竜なんてものを召喚したのだ。
無論、帝国は大混乱となった。
このまま国一つ滅びてしまうかもしれない。
俺はこれ以上、相手からなにかされてこない限りは、帝国に手を出すつもりはない。
もし帝国がまだ人の絆……といったものを持ち合わせていれば、力を合わせて復興を成し遂げるだろう。
それについては経緯を見ていきたいと思う。
「まあ帝国はしぶといからな。なんだかんだで生き残りそうな気もするが」
呟く。
さて、帝国との戦いは終わったが、俺にはまだすることがある。
俺達は王都のロザンリラ魔法学園に戻ってきて。
とある放課後、俺はアヴリルを屋上に呼び出し、それをはじめようとしていた。
「フォンバスクの失敗は、アヴリルの両親を殺さなかったことだ。まああいつにとっては、どうでもいい存在だったからだと思うが……次元に閉じ込めただけだ。次元にもよるが、そこは理を外し1000年は生きるという。ならばまだアヴリルの両親は、その次元で生きているのだ」
突き抜けるような青空の下。
俺はそうアヴリルに説明をした。
「つまり……その次元から私の両親を助け出そう、ということだな?」
「そうだ」
「だが、そんな簡単に出来るのか? 別次元というものは無数にあって、無数に生まれていくものだ。その中からピンポイントに、私の両親がいる場所を探し出すとは……」
確かに。
そのような所業は、例えば大海原のたった一匹の魚をピンポイントで魔法で焼き払う……といった難易度だ。しかも一発で。
自分が閉じ込めたのならまだともかく、他人の、しかもかなり過去の出来事を引っ張り出して、次元を探し出すのは不可能だ。
しかし。
「俺の魔法でそれを可能とする」
次元魔法を展開。
無数にある次元から、その魔力を探し出す。
さすがに証拠もなにもなしで、アヴリルの両親を別次元から捜し出すことは俺でも不可能だ。
しかし、フォンバスクはあの時俺にも過去の映像を見せてきた。
皮肉にもフォンバスクの魔法は優れている。1000年前ですら突出していた。
なので過去の映像ですらも、鮮明に再生出来たのだ。
ゆえに。
俺にアヴリルの両親の魔力……それを完璧に分析することを可能とした。
「おお……光が……?」
眩しさのためか、アヴリルが腕で自分の目を覆う。
だんだんと光は二人分の人型へと収束していく。
やがて……。
「終わりだ」
次元魔法の展開を止める。
光がなくなった後には、屋上の床に二人の男女が寝そべっていたのだ。
「これが……私のお父さん、お母さん……?」
震えながら、アヴリルがその二人に近付いていった。
記憶を消されているのだ。
こうして見たとしても、アヴリルはピンときていないに違いない。
しかし。
「あれ……どうしてかな? 瞳から涙が止まらない。まるで私の『魂』がお父さんとお母さんのことを覚えているみたいだ……」
アヴリルは目を瞑っている二人のもとへしゃがむ。
そして瞳からぽろぽろと涙をこぼしながら、二人の胸へと顔をうずめたのだ。
「うむ。いくら記憶を消したとしても、親子の絆は消せなかった……ということか」
これ以上ここにいるのも無粋か。
俺はアヴリルに背を向け、屋上から出て行く。
これからはアヴリルの時間だ。
じきにあの両親も目が覚める。
今までアヴリルの時間は失われていた。
記憶を消され、他人から虐げられてきて、たった一人で魔法の腕を磨き続けていたのだ。
ならばこれからはアヴリルの中の時間が再び動き出す。
両親と大切な時間を過ごして、なくしたものを取り戻していけばいい。
それには1000年も必要ないだろう。
「さて……フォンバスクはいなくなった。この世界の衰退の理由も分かった。しかし……フォンバスクが言っていたこと、あれが全てとは思えないな」
あの時、フォンバスクは自分の知っていること、企んでいることを洗いざらい口にした。
しかしそれだけではないような気がするのだ。
いくらフォンバスクが1000年間じっくりやってきたとはいえ、ここまで魔法文明が衰退してしまうだろうか?
それだけ平和になったということだろうか?
それにフォンバスクが使おうとしていた魔法。あれも気になる。
1000年間、ひたすら研究し続けた魔法。
それは邪竜を召喚することではないだろう。あれに似たものは1000年前からあった。
フォンバスクが最初俺を倒すために使おうとしていた魔法式。
わざわざ発動させるわけにもいかないので、止めさせてもらったが……戦いの最中、分析したところ少々厄介なものらしいのだ。
融合魔法をさらに進化させた魔法、といっていいのだろうか。
かなり広範囲で強力な魔法だ。
そしてシンシアの兄、メイナード……そういったことも含めて考えるに、なかなかどうして、面白いことが裏で起こっているようだ。
俺が深くまで極めたと思っていた魔法には、どうやらまだ先がある。
そのことを考えると、思わず口元に笑みが浮かんでしまっていた。
「「「クルト!」」」
思考を続けながら、教室に戻す。
するとそこにはララとマリーズ、シンシアが残っていてくれたのだ。
先に帰っていてくれてもいい、と言ったのに。
三人は俺を見るなり、
「ねえねえ、クルト! 待ちくたびれたよーっ! 早く迷宮に行こっ。クルトがいなくても、最下層に辿り着けるように頑張りたいんだ」
「そうです。それにあのドラゴンを倒した魔法、あれはなんなんですか? クルトの独り占めになんてずるいですよ」
「シンシア……もっと魔法頑張りたい。クルトの足引っ張りたくない。クルト……ちょっと目を離したら、すぐに遠いところに行ってしまいそうだから……」
と詰め寄ってきたのだった。
……まあいい。
これからのことはゆっくり考えよう。
今は大切な仲間達と、平和な時間を過ごそうではないか。
それは1000年あっても足りないだろうから。
三章終わりです。ここまでお読みいただいた方々、ありがとうございます。
四章も引き続き頑張っていきます!