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95・さあ悲劇は終わりにしよう

「結界魔法、プリズム・サンクチュアリ」


 ファイアースピアを放ち続けている最中、魔神フォンバスクがその魔法を紡いだ。


 するとフォンバスクの周りに、不可視の結界が現れる。

 次から次へと突き刺さっていく炎の槍が、結界に吸い込まれていき消滅していった。


「どうした、もうギブアップか? 案外すぐに根を上げたものだな」


 こうなってしまってはファイアースピアで結界を壊すのは難しいな。


 俺はファイアースピアの連発を止め、息絶え絶えのフォンバスクを見据えた。


「これ以上付き合うわけがなかろうが」


 顔を歪め、フォンバスクがそう言う。

 余裕そうに見えているが、相当苛ついているようだな。

 フォンバスクが治癒魔法で、体中の傷を癒していく。


「そうか、では次はどのような手段で俺を楽しませてくれるのだ? まさかこれで終わりではないだろうな?」

「愚弄するな——ん?」


 突然アヴリルの方に、フォンバスクは視線を移した。

 そして高笑いしながら、


「はははははは! そういうことか! 貴様、あの時のあいつか! 異端者に気を遣っていて、気付くのが遅れたぞ!」

「私のことか……?」


 アヴリルが自分を指差す。


「貴様、どうやらまだ生きていたようだな。いやはや、世界というものは狭いものだ。まさかこんなところで会うとはな」

「なにを言っているのだ、お主は。クルトにやられて頭がおかしくなったのか?」

「頭がおかしく? はっ、そんなわけなかろう! 1000年の時を過ごし私にとっては、異端者の魔法など涼しいものだ」


 随分大口を叩くものだ。


 溜息も吐きたくなる。

 フォンバスクの魔法、魔力を分析するために加減してやっているというのに。


 しかし治癒魔法のおかげか、フォンバスクの体はほぼほぼ修復されていた。

 元々、魔神ということで再生能力も人間と比べて高いのだろう。


「やはり貴様は異端者であった。そのような者と行動を共にしているとはな」

「なにを言っている、お前は。アヴリルのことを知っているのか?」


 アヴリルは幼い頃からの記憶がないという。

 気付いた時には高難易度な魔法も労せず放ててた、とも言っていた。

 フォンバスクは心底愉快そうな声音で、こう真実を告げた。



「その者は……魔族と人間の間に生まれた子だ!」



 玉座の間にフォンバスクの声が響く。


「わ、私が半分魔族だと……? あのような忌まわしい存在に? おい、魔神とやら! う、嘘を吐くではない。私の両親はちゃんとした……」

「ほう? 面白いことを言う。両親のことを覚えているのか?」

「それは……」


 フォンバスクの問いかけに、アヴリルが言葉に詰まった。


「貴様の記憶が私が封じ込めたのだ。あの出来事以前の記憶を、貴様は持っていないだろう」


 フォンバスクが手を掲げる。


「よかろう、見せてやろう。真実をな。異端者も見るがいい。汚らわしいそいつと行動を共にした、貴様の愚かさを嘆くといいだろう!」


 魔法式が展開する。


 魔法式が徐々に拡散していき、アヴリルと俺に絡みついていった。

 セピア色をした映像が頭に浮かんでくる——


 ◆ ◆


「その子を殺せ」


 フォンバスクの声だ。


 フォンバスクの前には、一人の男……そしてその傍らには赤ん坊を抱えた一人の魔族がいた。


「そんなこと出来るわけがない! これはオレとアリカの間の大切な子どもなんだ。愛の結晶なんだ。いくらお前が殺戮の神だったとしても、命令を聞く筋合いはない!」


 フォンバスクの命令に、男は力強い言葉で反抗する。


 一方……(おそらくアリカという名前なのだろう)魔族はぎゅっと赤ん坊を胸に押し当てた。

 その身をもって、フォンバスクから赤ん坊を守ろうとしているようだった。


「つまらぬ情だな。いや、人間はそれを『愛』と呼ぶのか? くだらぬ感情だ」


 フォンバスクは腕を広げ、演技がかった口調で続ける。


「ああ! なんということだ! 魔族と人間が交わった……というだけですら鳥肌が立つようなことなのに、それだけでは飽きたらず『愛の結晶』だとか戯れ言を言って、私に刃向かうとは!」


 クイッとフォンバスクは人差し指を動かす。


「がっ……!」


 すると突如男が苦しそうに首を押さえた。

 フォンバスクが魔法にて、男の首を締め上げているのだ。


「あ、あなた……!」

「そのような子を持ち、私に逆らうような貴様等には、死よりも辛いことを贈ってやろうではないか」


 フォンバスクがぎゅっと拳を握りしめると、男の姿が消滅した。


 死んだ?


 ……いや、これは違う。


「聞け、魔族でありながら人と交わった者よ。男は死んでいない。次元の彼方へと消し去っただけだ」


 その言葉がどういう意味か。

 魔族の女は分かったのか、見る見るうちに顔が青ざめた。


「カッカカ、魔族の貴様なら私の言った意味が分かるようだな。そうだ、男は一生なにもない次元で彷徨うのだ。魂が消滅するのは何年先になるだろうな? 100年、200年? いやそんなものでは聞かぬ。別の次元へ行った肉体と魂は、ことわりを超越し1000年は生き長らえるだろう!」


 魔族の女は憎しみを超えた目で、フォンバスクを睨みつける。


 しかしぐっと堪える。

 ここで立ち向かっては、赤ん坊もろとも殺されてしまうと理解しているからだ。

 魔族の女は悔しさと悲しみのためか、噛みしめた歯からは血が出ていた。


「どうして……! 私はあの人のことを好きになった。それだけではダメだったの? 誰かに迷惑をかけた? 一体私のなにがいけなかったの?」

「それが分からぬなら、なお一層愚かなことだな」


 再びフォンバスクは魔法を発動する。

 今度は魔族の女が苦しみだした。


「いいか。そのような甘いことを考えているから、本当の幸福というものが分からぬのだ」

「あ、あなたには一生分からないでしょう……寂しいわね、魔神よ」


 精一杯の力で魔族の女は挑発する。

 それに対して、フォンバスクは呆れたように嘆息した。


「よかろう。私にそんなことを言うは、なかなか面白い女だ。プレゼントとして旦那と一緒のところに送ってやろう! なにもない次元で1000年彷徨え!」


 フォンバスクがそう言うと、女の体も消滅した。


「うええええええん!」


 地面には赤ん坊だけが取り残される。

 大きな泣き声が響き渡った。


 フォンバスクはそれに近寄って、


「カッカカ。ここで貴様を殺してしまうのが道理なんだがな。しかし……貴様にも両親と同じく、死ぬよりも辛い現実というものを与えてやろう」


 フォンバスクが赤ん坊の頭に手を置く。

 記憶封印の魔法をかけているのだ。


「貴様は所詮半分魔族、半分人間だ。魔族にも人間にも歓迎されない。人間離れした魔力を保持する貴様を、人間は歓迎しないだろう。だからといって魔族もダメだ。見た目や魔力の波長は、人間そのものなのだからな」


 カッカカ——!

 フォンバスクの耳障りな笑い声。


 そうして赤ん坊……アヴリルは幼い頃に両親を失い、一人で生きていくことになった。

 両親の記憶すら持たず、たった一人、孤独の道を。


 ◆ ◆


「うわああああああ!」


 映像が終わったと同時、アヴリルが頭を抱えてしゃがむ。


「わ、私は魔族なのか? いや魔族ですらない……人間でもない……お父さん、お母さん……」

「カッカカ! そうだ! そんな顔が見たかった! だからこそ、私は貴様を殺さなかったのだ!」


 フォンバスクが彼女を見下し、気持ちよさそうに笑った。


「お、お主はどうして私の両親を殺した!? なにも殺さなくてよかったじゃないか。それほど、忌み子の私が目障りだったのか?」

「そうだ。だが今となっては理由などどうでもいいことだ」

「どうでもいいだと!?」


 アヴリルはすぐ怒りのまま、フォンバスクに襲いかかろうとする。


 しかしそれは出来ない。

 アヴリル自身、一人ではフォンバスクに勝てないと悟っているからだろう。

 ゆえに歯を噛みしめ、ぐっと耐える。


「私はただ退屈だったから、貴様の両親を次元に追いやったのっだ。1000年も異端者を待っているのは、退屈に殺されそうだったからな。貴様の両親はいいショーを私に見せてくれたよ。あの悲鳴を思い出すと、今でも最高の気分になる」

「くっ……!」


 フォンバスクは愉悦の表情を浮かべている。

 一方、アヴリルの表情は悔しさで滲んでいた。


 アヴリルは生まれながらにして、特殊だったのだ。

 フォンバスクは自分勝手な思いで、彼女の両親を別次元へと追いやった。

 別次元と理から外された人間は、1000年はなにもない空間で彷徨う。

 アヴリルの痛みが伝わっているかのようだった。


 しかし、俺はそのような光景を見て



「フォンバスクよ、やはりお前は愚か者だ。そのようなつまらぬことをしているとはな」



 指を鳴らす。

 ファイアースピアが再度出現し、フォンバスクへと向かっていった。


「無駄だ無駄だ! 聖域によって守られた私には、そのような下級魔法は通らない! 魔力の無駄撃ちを……がっ!」


 ドゴォォォオオオオンッ!


 しかし炎の槍は結界をすり抜け、フォンバスクの腹に突き刺さった。


「いくら下級魔法であっても、お前の作った結界はりぼてくらい素通り出来るぞ?」

「あああああああああ!」


 体を焼かれ、フォンバスクがよろよろと後退する。


 俺はその隙に、アヴリルのところまで歩み寄って、その小さな体を抱きしめた。


「さ、触らないでくれ……私は半分魔族なんだ。お主も私を忌み嫌うだろう……?」

「それがどうした」

「え?」


 胸の内で、アヴリルが涙が浮かんだ瞳を俺に向けたる。


「アヴリルが魔族だろうが、人間だろうが俺にとっては関係がない。俺は……アヴリル自身が気に入ったんだからな」


 アヴリルを抱えたまま、フォンバスクから距離を取る。

 そして地面に彼女を下ろし、こう続けた。


「それに……アヴリルよ、心配するな。お前の両親はまだ生きている」

「し、しかし……どこにあるかも分からない次元に?」

「どこにあるか分からない? どうしてそう決めつける。アヴリルの前にいるのは、誰だと思っているんだ?」


 先ほどフォンバスクが、わざわざ俺にも過去の映像を見せたことが、ヤツの運の尽きだったな。


「アヴリルの両親の居場所は()()()()()。アヴリルが望むなら、もう一度、会わせることも可能だろう」

「そ、それは本当か!?」

「ああ」


 頷く。


 そうしているうちに、フォンバスクの体が再生していく。

 相変わらず生命力だけはたくましいものだ。これくらいではまだ倒せないか。


「しかし……両親と感動の再会の前に、まずはあの騒がしいヤツを消さないとな」

「許さん、許さんぞおおおおおお!」


 徐々にフォンバスクを包んでいた炎がなくなっていく。


 悪魔のような形相となって、ヤツはこちらに一歩ずつ近付いてきた。

 その姿は最早魔神というより死神。

 俺への復讐心に取り憑かれ、心を失ってしまった愚かな亡霊であった。


「さあ悲劇は終わりにしよう」

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