91・学園脱出
「クルト! こっちです!」
校舎の中を走り回っていると、突如とある部屋の前で声が聞こえた。
マリーズだ。
俺とアヴリルはドアノブをひねり、中に入ってすぐに扉を閉める。
そして同時に魔法で施錠して、外から中に入れないようにした。
「これってどうなってるの!?」
「クルト、事情を説明してくださいますか?」
「外の人達……みんなシンシア達……狙っている」
部屋に入ると、ララとマリーズ、シンシアもいた。
彼女達は俺が部屋に入るなり、そう詰め寄った。
「まずはその前に……念のために聞くが、この部屋にいる者で、帝国に来たロザンリラ魔法学園全員で間違いないか?」
俺の問いかけに、ララ達は首を縦に動かした。
どうやらここは元々ララとマリーズの寝室として、割り当てられた部屋らしい。
そこにララ達だけではなく、王都から来た三十人が集められていた。
「次に、マリーズ。状況を説明してくれるか」
「は、はい」
マリーズが冷静になろうと努めているのか、自分の髪を撫でながら話しはじめた。
「クルトに言われてから、私はすぐにまだ肝試し中のララを探しました。それはすぐに見つかったのですが……そうしていたら、地下の方から大きな音が聞こえて……それが止んだと思えば、ぞろぞろと校舎の中に人が入ってきたんです」
「念のために聞くが、ディスアリアの生徒じゃないんだよな?」
「それは確かです。見た目からして明らかに学生ではありませんし、そもそも魔力の質が違います。一人一人が相当手練れの魔法使い達のように見えました」
帝国の本隊が校舎に乗り込んできた、ということか。
丁度メサイアスのようなヤツ等だろう。
マリーズは髪で口元に隠しながら、さらに話を続ける。
「そこで何回か交戦になりました。さすがにその時にはララとシンシアもいたので、遅れを取りませんでしたが……キリがありません」
「それでみんなを集めて、この部屋に逃げ込んできたということか」
「はい。明らかに異常事態ですからね。みなさんも気付いていたようですので」
とマリーズはみんなの方を向いて言った。
「うむ、分かった。ありがとう、マリーズ。適切な判断だったと思う」
「あなたにそう言ってもらえて、一安心です」
「それに部屋にかけていた結界魔法、なかなかのものだったぞ。隠蔽魔法も丁寧に施されていたし、外にいる連中はここに人がいることも分からないに違いない」
「シンシアが……やった」
そう誇らしげにシンシアが胸を張った。
「ちょ、ちょっとーっ! わったしも! 外にいる人達と戦う時、大活躍だったんだからねー」
嫉妬したのか、ララが頬を膨らませてアピールしてきた。
彼女達を褒める意味で頭を撫でてあげた。
さて。
ここに入る際、もう一度結界を張り直させてもらった。
少々のことでは、外にいる連中ではここにマリーズ達がいることを把握することも難しいだろう。
仮に気付かれたとしても、魔法の施錠を解けず、中に入ることすら出来ない。
だが。
「ララ、マリーズ、シンシア。よく聞いてくれ」
俺は声を一段階低くして、
「この結界はじきに破られる。時間の問題で人が入ってくる可能性が高い」
「ク、クルト張った結界なのにですか!?」
「ああ」
そもそもいくら俺が結界を張ったといっても、この部屋の扉……そして壁はなんのヘンテツもないものなのである。
力尽くでこじ開けられれば、魔法の施錠ごと吹っ飛ばされてしまう可能性が高い。
とはいえ俺なら、それを含めても部屋ごと結界を張ることも出来るが……これからの戦いを考えたら、そこまで魔力を割きたくない。
結界は術者から離れれば離れるほど多量の魔力を必要とするし、制御も難しくなってくるのだ。
「帝国の目的は俺達の殲滅だ」
それが口封じのためだか、単に暴走なのかはまだ分からぬが……と続ける。
「だからララ達に問いたい。このまま部屋の中に引きこもっておくのも一つの手だろう。そうそうなことがない限り結界は破られることはない。しかしもう一つの俺からの提案としては……ここ校舎から脱出することだ」
「こ、ここからですか!?」
「そうだ。いずれあいつ等はララ達が、ここにいることをつかむだろう。その前に動き、ヤツ等の裏をかく」
帝国のヤツ等は考える。
俺はともかく、他の生徒は混乱していて校舎から出ることすら出来ないでいる……と。
探知魔法で分かっているが、校門前は封鎖されている。中から簡単に外に出られない仕組みになっている。
まあ転移魔法を使うことも考えたが、それを封じる背反魔法が至るところに施されている。魔法式が歪められ、全然違う危険なところに転移してしまう可能性もあった。
だからこそ、ヤツ等は血眼になって、ここ校舎の中を探し回っているはずだ。
「そこで校舎の外に出る。ヤツ等はそれでますます攪乱し、今から俺がしようと思っていることもやりやすくなる。それでも見つかってしまうかもしれないが……ここにいるよりかは、発見は遅れるだろう。時間を稼げれば後は俺がなんとかする。それまでにはヤツとの決着を付けてきて、ララ達を助けに行ける」
「そ、それはいいですが……校門前が封鎖されているのに、どうやってこの校舎から?」
マリーズがそう尋ねる。
それについては、俺に考えがあった。
「地下の隠し通路を使おう」
「え?」
「ここディスアリア魔法学園には地下迷路がある。さっき行って確かめてみたが、どうやら外にも繋がっているらしい」
もっと言うと、その地下迷路は広く、一つは城まで繋がっているのだ。
「クルトってなんでも知ってるんだね」
「ど、どうしてそんなことを……」
「クルト……物知り……」
ララとマリーズ、シンシアがぽかーんと口を開けた。
そう。
俺はこのことを1000年前から知っていたのだ。
1000年前においても、帝国の地下には巨大な地下迷路があることは知っていた。
それは貴族達が緊急脱出用として、魔法を使って作成した……と聞いている。
今の様子なら、ヤツ等はそれに気付いている様子はない。
いずれ気付くかもしれないが……その頃には、ララ達は学園を出て街の中に散り散りとなっているだろう。
大図書館の地下に入って、どうやらその迷路がまだ残っていることを俺は確信したのだ。
さらに俺の予想通りだったら、入り口は大図書館だけではない。他にも隠し通路の入り口はある。
それを利用すれば帝国の目を欺くことが出来る。
「……説明は全て終わった後だ。それでどうする? ここで待機しておくか。それとも俺の案に乗って、校舎から脱出するか? 決めるのはララ、マリーズ、シンシア……そしてみんなだ」
俺はみんなの方を向いて、問うた。
正直、この部屋にいるを選択する者も多いと考えた。
いくら帝国のヤツ等が気付いていない地下通路を通るとしても、まだ危険性は隠されているからだ。
しかしここで俺の予想外だったのは。
「うん……! クルトの言った通り、わたし、外に行くよ。クルトの足を引っ張りたくないしねっ」
「クルトが言うなら、そちらの方がいいんでしょうね。まあ少し怖くもありますが……」
「シンシア……クルト信じる……クルト、いつも正しかった」
みんなが思いの外、勇気があったことだ。
ララ達だけではない。
部屋にいるみんなも強く頷いた。
「誇りに思うぞ」
こんな素晴らしい友人に出会えたことに……な。
そうと決まれば、行くとしよう。
「みんな、俺も使うが各自でも隠蔽魔法を使ってくれ。そして何人かに別れて行こう。三十人全員で移動するより、そちらの方が安全だ」
地下通路のもう一つの入り口はもう見つけてある。
みんなで晩御飯をとった食堂だ。
それを食事中、俺は見つていた。
ここから近い。走れば一分もかからないと思うが、それまでに見つかってしまえば元も子もない。
「クルトはどうするの?」
ララが俺の目を真っ直ぐ見て問う。
「俺は——地下通路を通って、帝国のシェヌベイル城に向かう」
とそれに対して、俺はそう答えるのだった。