90・《白き鎧》
「こいつは一体なんだったのだ……」
アヴリルがメサイアスに近寄り、手を伸ばそうとした時。
「アヴリル、油断するな」
そう言って、俺は彼女の肩をつかんだ。
「こ、これは……!?」
とアヴリルが目を大きく見開く。
メサイアスの体が黄金色に発光しだしたのだ。
「うむ、黄金色の魔力か」
どうやら何者かが、メサイアスに対して魔法を行使しているらしい。
これは……。
「さてさて、今度はなにがお出ましやら」
やがてメサイアスの『魂』と黄金魔力が混ざり合い、それは人間を形取った。
そいつは真っ白な鎧に身を包んで、重そうな甲冑で顔を隠していた。
口を開こうとしないそいつ……《白き鎧》とでも呼ぼうか……俺はこう問いを投げかける。
「お前が今回の黒幕、そうだな?」
「…………」
俺が問いかけても、《白き鎧》は声を出そうとしなかった。
「おい、クルト……! 一体どういうことなのだ? 私にも分かるように説明してくれ!」
「肝試しでエリク達を操り、さらにメサイアスに指示を出して、校舎を爆発させようとした張本人……ということだ」
警戒を崩さず、アヴリルに説明する。
それにしても……これだけ敵意を放っているというのに、《白き鎧》は一言も発しようとしない。
いや、これは……。
「ほう」
なるほど、面白い真似をしてくれる。
「ということは私達の敵だな! 先手必勝!」
俺が止める間もなく、アヴリルが牽制がてらにファイアースピアを《白き鎧》に発射した。
《白き鎧》は回避しようともせず、炎の槍が突き刺さっていった。
だが。
「さ、再生した!?」
とアヴリルが驚きの声を出す。
ファイアースピアの直撃を受け、霧散したかのように見えた《白き鎧》であったが、すぐさま元の形へと戻ったのだ。
「実体はまた別のところにある……というところだな?」
つまり《白き鎧》は魔力で作られた、ただの人形。
実体なき——シャドウなのだ。
それにしも、いやいや、なかなかどうして先日の《四大賢者》が作ったものと比べ、シャドウの質が良い。
俺としたことが、気付くのに遅れてしまった程だ。
メサイアスの『魂』をも取り込んで、このシャドウを作り出しているからだろう。
しかし……これならばまだ御するのは容易い。
「…………」
相変わらず、なにを問いかけても《白き鎧》から答えは返ってこない。
しかし俺には、それが承諾の代わりのように思えた。
「ならば一体……」
アヴリルが口を開こうとした矢先、《白き鎧》の右腕がゆっくりと上がる。
「ふんっ、アヴリル。退がってろ。少々確かめたいことがある」
《白き鎧》の体から魔法式が構築。
メテオ・サイクロンという魔法だ。
魔法が俺へと炸裂し、業火が体を包んだ。
「ク、クルト! 一体お主は……なにを!?」
メテオ・サイクロンの炎はだんだんと勢いを増していった。
ほう、なかなかの魔法だ。背反魔法で打ち消すことも出来ぬ。
真っ赤な視界の片隅では、アヴリルが俺を助けようと、水魔法で相殺させようとしていた。
しかしダメ。
このメテオ・サイクロンは、相手を焼き殺すまで消えることのない邪悪な炎である。
一度メテオ・サイクロンに体を包まれてしまえば、その地獄の牢獄から逃れる術はない。
普通ならな。
「よし……分かった。そういうことだったのか」
だが、俺はそんな中、《白き鎧》に向けて一歩前に踏み出した。
それを見て、一瞬《白き鎧》が動揺したように、体を震わせたかのように見えた。
「ク、クルト!? お主どういうことだ?」
「アヴリル、簡単だ。メテオ・サイクロンの魔法を無効化しただけだ」
「ま、まだ炎がお主を包んでおるぞ? お主……熱くないないのか?」
その物言いに少し笑いそうになった。
確かに……メテオ・サイクロンの直撃を完全に受けてしまった場合は、途中で逃れることは、さすがの俺でも骨が折れる。
なんせ焼き死ぬか、術者が魔力供給を終えるまで魔法は発動し続けるのだ。
ならば。
「焼き死ぬまでなら、自由に動けるということだろう?」
無論、それがいつになるか分からぬが。
明日、明後日……一年後、二年後なのかもしれないし、そもそもこんな涼しい炎じゃ永劫にその時は訪れないかもしれない。
「どうせ遠距離から魔法を放っているだけだ。これ以上、こいつからは情報を引き出せそうにないな」
しかし有意義なものが一つだけ分かった。
俺は魔剣を鞘から抜き、《白き鎧》を一閃する。
実体なき……魔力の塊のような存在である《白き鎧》を物理的に斬ったとしても、煙のようにまた元に戻ってしまうだけのはずだった。
だが、魔剣によって斬られた《白き鎧》は、そのまま復活せず煙のようになって消えてしまった。
「お生憎様、この魔剣で実体なきものを斬るのは二度目だ」
魔剣を収める。
それにしても……やはりこの剣はよく魔力に馴染む。
《白き鎧》の魔力がなくなったことにより連動して、俺を包んでいた炎も消化した。
「どうした、アヴリル。そのような顔をして」
「なにが起こっているのか分からないのだ……不覚にもな」
アヴリルは唖然としたように口を開いた。
「説明は後でする。しかし今は悠長なことをしている場合じゃないみたいだぞ」
「ん?」
アヴリルも気付いたのか、地上……天井を見上げた。
ド、ド、ド——。
「なんだ、これは。足音のようにも聞こえるが……? しかもかなり慌ただしい」
「帝国がついに本気を出してきたということだ」
「なぬ!?」
メサイアスが倒されたことも、もう伝わっているのだろう。
ではないと、メサイアスの『魂』を媒介にして、先ほどの《白き鎧》が現れるはずもない。
「俺の推測が当たっていれば、さっきの《白き鎧》……それを魔法で生み出したヤツが全ての黒幕だ。どうやらあいつ等は、なにかをしでかすつもりだぞ」
それは愉快な事態ではなさそうだ。
まとめよう。
あの《白き鎧》は、この事件の黒幕が遠隔から作り出した人形のようなものだ。
あれをいくつ倒しても仕方がない。
当初、あの人形の魔力を逆探知して、そいつの居場所まで転移しようかと考えた。
だが、それは不発だった。いくつもの結界魔法が施されており、さすがに転移するまでは不可能だった。
しかし……事件の黒幕がいる場所までは把握した。
「そいつは帝国の王宮にいる」
城がある方角を指差す。
《白き鎧》が王宮にいる、ということはこれは国家ぐるみの計画である可能性が高い。
「このまま城に向かってもいいが……マリーズ達が心配だ。一度戻ろう」
「ん、ああ……しかし、あの《白き鎧》とは一体何者なのだ。遠隔からあれだけのものを作り出すとは……相当の使い手なんじゃ?」
何者か……。
先ほど、あえてメテオ・サイクロンを受けてから倒したのは、《白き鎧》に込められる魔力を解析したかったからだ。
あわよくばそのまま転移しようとしたが、それは叶わなかった。
だが……代わりにあいつの正体は分かった。
俺はあいつに会ったことがある。
「さっきも言ったように説明は全て後だ。どうやら不穏な空気がだんだんと濃くなっていっている」
地上からの足音がだんだんと数を増やしていっている。
俺はララやマリーズ、シンシア……みんなのもとへと急ぎながら、あらたてこう思うのであった。
——とうとう帝国と決着を付ける時がきたようだ。