9・的は意外にもろかった
「ここではマッド人形に魔法をぶつけてもらいます。いわば『的当て』の試験ですね」
校庭に俺を含む受験生が集められ、試験官の人がそう告げた。
俺達から少し離れた場所では、泥で出来た複数の人形が右に左に動いている。
どうやら魔法で制御されているらしかった。
だが、内蔵されている魔法式を読んでみる限り、どうやらあまり上質なものではないらしい。
一定距離右に移動したら、左に……それも終わったら同じように右に……と単純に往復するだけ人形のようだ。
お粗末なものだが、魔導具らしきものをはじめて見たな。
「マッド人形……! さすが王都の魔法学園だな」
「確かあれって、高級なんでしょう?」
「ああ。一体で金貨十枚以上はくだらないと言われている」
動いているマッド人形を見て、周囲の受験生がぼそぼそと話をしていた。
「では試験の内容をもう少し細かく話します。あなた達にはこの線のところに立ってもらいます」
足下を見ると、一本の白線が引かれていた。
「この線から出ずに、基本の魔法でもあるファイアースピアを放ってもらいます。マッド人形に目掛けてね」
なるほど。
動く的を、魔法で射よという試験か。
単純だが、奥が深い。
「あのマッド人形に……?」
「あんな動き回っている的に、魔法を当てることが出来るのか……?」
周囲がざわついている。
それを見て、試験官はゆっくりとした口調で、
「安心してください。例えマッド人形に魔法を当てることが出来なくても、ファイアースピアの構築の早さや強さによって、試験の点数が決められます。つまり当てることが出来なくても、〇点ということはないので存分に力を振るってくださいね——ということです」
聞いて、周りの受験生は安堵の息を吐いていた。
ふむ。
当てることが出来なくてもいい、とは言っている。
だが、これ程度の的に当てることが出来ない魔法使いは、将来苦労することになるだろう。
最初から『当てる』という選択肢以外に考えられないな。
「では受験番号1番からお願いします——」
こうして的当ての試験が開始された。
順番に受験生が白線の前に立って、魔法を放っていく。
「この手に集まりたまえ炎よ。槍となって敵を貫き灼け」
シリルもぼそぼそ呟いていたような気はするが、その恥ずかしい言葉はなんなんだ?
もしかして……詠唱なのか?
いや、それしか考えられない。
俺が起こした魔法革命以前に用いられていた方法だ。
あまりに古くさくて、使っていなかったので存在自体を忘れていた。
受験生から放たれた弱々しい炎の槍は、マッド人形に向かっていく。
しかしどうやら外れてしまったみたいだった。
「そりゃそうだ。詠唱魔法なんて使ってたら、ろくに制御なんて出来やしない」
なんせ詠唱魔法というのは、それ自体で『完成されたもの』であるからだ。
一から魔法式を構築することよりも、応用がきかない。
単純に往復するマッド人形に魔法をはずしてしまったのは、うなずけることだった。
「では次!」
次々と受験生が魔法を放っていく。
「この手に集まりたまえ炎よ。槍となって敵を貫き灼け!」
「この手に集まりたまえ炎よ。槍となって敵を貫き灼け!」
ポンポン次から次に魔法が放たれていく。
しかし……どうやらダメみたいだ。
受験生達が同時に放った炎の槍は、マッド人形に当たらず地面に着弾していた。
「次! 受験番号50番」
「はいっ!」
かわいらしい声が聞こえて、ぴょこっと人だかりから女の子が出た。
おっ。
あれは……ララといったか。
俺が昨日助けた女の子だ。
さて、お手並み拝見といったところか。
「……この手に集まりたまえ炎よ。槍となって敵を貫き灼け」
みんなと同じようにして、ララが詠唱魔法を唱える。
ん……どうやらララの魔力は赤色みたいだった。
赤色か。攻撃系統の魔法に秀でている魔力色だ。
ララの手元に炎が集まってきて、やがて他の受験生よりも一際大きい炎の槍が形成された。
「え?」
当の本人、ララが驚いたように目を丸くする。
そのまま大きい炎の槍は、ゴオオオと音を立てて突き進んでいく。
マッド人形に当てることは出来なかったが、近くの地面に着弾し、大きい音と共に爆発を起こした。
生ぬるい爆風がここまで届いた。
それをみんなが見て驚いたように、
「な、なんだ! あの攻撃魔法は!」
「本当にファイアースピアだったよな? マッド人形に当てることは出来なかったが……あれだけ強かったら敵を殲滅出来るに違いない」
「不遇魔力なのによくやったもんだよ」
と顔を見合わせて口にしている。
詠唱魔法なので追尾機能を備えることも出来なかったんだろうが、威力が他の受験生に比べて段違いだ。
「え、え? どうなってるの? わたし、こんなに強い魔法放ったことないのに……もしかしてこの指輪の効果? いやでも……買った時に試し撃ちした時はこんなんじゃなかったのに……」
ララが戸惑ったようにして、右手の指にはめられている指輪を見た。
そういえば、不良品の指輪を改良してやったんだっけな。
だが。
「ララはやっぱり良い魔法使いになれる」
魔法の質がいい。
たかだか200%だ。大した効果はない。
今はまだ詠唱魔法という効率の悪いことをしているから、マッド人形に当てることも出来ないが……一から鍛え直せば、なかなかの魔法使いになれそうだ。
「では……次! 受験番号99番!」
俺の番だ。
一歩前に出て、マッド人形を見据える。
「クルト−、頑張ってー」
後ろを振り返ると、ララがこちらに向けて手を振っている。
そうするものだから、みんながララと俺を交互に見ている。
「……恥ずかしいな」
頭を掻く。
まあでも悪い気分ではない。
よし。カッコ悪いところは見せてられないな。
マッド人形を分析しながら、魔法式を組んでいく。
人形に魔法を当てられたヤツは少しだけいたが、誰一人壊すことは出来ていない。
だから強度がどんなもんか把握しにくいが……【強度+1000%】が付与されているとしよう。
動いているマッド人形は十体ある。
……分析完了。
「こんなもんで十分か」
ファイアースピアを十本作り上げる。
無論、外さないように追尾機能も付けている。
それを一斉に発射し、十本の炎の槍は一直線にマッド人形へと向かっていった。
一つ残らず命中。
マッド人形は爆発を起こし、それが連鎖的に繋がっていった。
「うわあっ!」
「なにが起こった!」
受験生達の悲鳴交じりの声が校庭に響いた。
そして灰色の煙が収まった頃には……。
「マ、マッド人形が全部壊れているぞ!」
「それにファイアースピアが一人でに人形の方に、向かっていったように見えたが……?」
「しかもあの黄色の魔力って……欠陥魔力? いや、見間違いだよな。欠陥魔力でそんなことが出来るなんて聞いたことない」
当たり前だ。追尾機能を付けたんだからな。
だが、マッド人形はもろい素材で出来ていたらしい。
これ程度の魔法で全壊してしまうとは。
「マッド人形が潰れるところなんてはじめて見たぞ!」
「ああ、俺も一緒だ。一説によるとオリハルコンで作られた防具にも匹敵する耐久力……と聞いていたが?」
オリハルコン?
ああ、あのもろい金属か。
1000年前はそれより遙かに強い金属を見つけていたから、まさかそんなもろい素材で出来ているとは思っていなかった。
「クルト、やっぱりすごいよー!」
ララが俺のところまで駆け寄って、両手をぎゅっと握る。
「ハ、ハハ……マッド人形が全部壊れちゃった。試験どうしたらいいんだ……というか一体だけに当たればいいのに……どうして全部に当てちゃうの?」
一方、メガネがずれた試験官は壊れたマッド人形を見て、途方に暮れている。
かわいそうだったので、後でマッド人形の方は魔法で直してあげた。