89・俺の芸術
「まだだ! まだ終わりではない!」
10年間の結晶の校舎爆発の仕掛けを潰され、失望していたメサイアス。
しかしガバッと顔を上げ、唇から血を垂らしつつもこう続けた。
「例え……この校舎のいたるところに張り巡らされた魔法陣が無効化されたとはいえ、この起爆装置自体はなくなっていません。これがあれば、何度でも魔法陣を復活させることが可能!」
部屋に張り巡らされていた魔法陣が、再び光を取り戻す。
「我が力に応じよ、神なる力の……」
「聞いてられんな」
さっと手を前に出す。
パリン!
するとガラスが割れたような音をして、描かれた魔法陣が崩壊していったのだ。
「ああ! わ、私の魔法陣が! 芸術が……っ! こんな簡単に!?」
「背反魔法だ。お前がちんたら前口上を唱えていたから、見切ってしまったぞ」
「背反魔法だと!? そんなバカな! 私の30年分の芸術を……完璧に理解したというのか!?」
「芸術は分からぬが、お前の魔法は浅すぎる。俺にしたら、子どもが浅瀬で水遊びをするようなものだ」
「わ、私の芸術を、み、水遊び呼ばわりだと……がっ!」
一瞬でメサイアスとの距離を詰め、右手で首を握りしめる。
そのまま持ち上げると、メサイアスは両足をバタバタとさせ苦しんだ。
「言え。一体お前の目的はなんだったんだ? どうしてこの校舎を爆発させようとした」
「くっ……! 私が素直に喋るとでも思いましたか!」
「だったら俺から喋ってやろう」
メサイアスの首を握って、逃げられないようにしたまま、俺は話をはじめた。
「大方、俺達ロザンリラ魔法学園の生徒を始末してしまおう……と考えたのだろう?」
「……!」
「その様子では図星のようだな」
だからこそ、自分達のフィールドに持ってくるため、毎年恒例の交流合宿を利用するつもりだった。
「しかしこの計画には欠点がある」
正しくは俺がいる時点で、計画は破綻していたんだがな。
俺はその残酷な計画の結末を続ける。
「この起爆装置を発動したら、ロザンリラ魔法学園どころか、帝国の……ディスアリアの生徒もろとも吹っ飛んでしまうということだ」
ここから導き出される答えは一つ。
メサイアスはディスアリアもろとも、ロザンリラの生徒を爆破し、殺すつもりだったのだ。
帝国は無詠唱魔法の研究が、王都よりは進んでいた。
それは帝国の犬である《四大賢者》が、無詠唱魔法を使っていたことから推測出来た。
それなのに、ここの大図書館には程度の低い書物しか置かれていない。
授業の内容もそれだ。未だに詠唱魔法が絶対だと考え、欠陥魔力を蔑んでいる。
「つまり……ディスアリアの生徒は用済みだと、帝国から捨てられた。だからこそ、それもろとも吹っ飛ばそうとしたわけだな」
「……ふんっ、例えそうだとしたらどうしますか?」
「仲間を簡単に見捨てるような真似をよく出来るな、帝国はやはり愚かだし汚いな、と感心するだけだ」
「ははは! 仲間だと? この魔法学園にいる出来損ないが? 私と同じ人種と考えないでくれますか。私こそ、選ばれた人類である『フォシンド家』。神の代理人です!」
こいつもフォシンド家か。
《四大賢者》ですら実験体として扱われている、とも言っていたしな。
結局のところ、帝国は血統主義。フォシンド家こそが全てと考えているのだ。
一体フォシンド家に、なにがあるというのだろうか。
「油断しましたね! ファイアースピア!」
そうこうしているうちに、メサイアスは先ほどからちまちまと展開していた魔法式を完成させ、攻撃をしかけてきた。
「ふん」
ファイアースピアが至近距離から放たれようとした時。
俺はメサイアスを遠くまで放り投げる。
同時に結界魔法を張り、ファイアースピアから身を防いだ。
「《四大賢者》のような失敗作を全員倒したごときで、いい気になっているおつもりですか!」
「クルト! 大丈夫かっ。私も加勢するぞ」
アヴリルが寄ってきて、魔法式を組み出した。
俺はそれを手で制して、
「大丈夫だ、アヴリル。心配するんじゃない。折角だから、少々遊んでやろうと思ってな」
こいつの実力を見極める。
「滅んでしまいなさい! 聖なる魔法、ホーリーソード!」
狭い室内の天井、光の聖剣が頭上に現れ、落下してくる。
俺はそれを片手で受け止め、同時に背反魔法を展開して消滅させた。
「ははは! どうですか! 私の魔法は! 美しいでしょう! 惚れ惚れするほどでしょう。これぞ芸術です」
「はあ……完璧に防がれて、なにいい気になっているんだ。それに……美しいだとか芸術だとか、お前はそういうのに気を遣うんだな」
「下賤な貴方には分からないのでしょう。芸術の素晴らしさが!」
分からん。
それにこいつのどこが美しいのだろうか?
まさか魔法式か?
やたら非効率に組んであって、戦闘では使いものにならない。
特殊な組み方をしているのだ。
だが、こいつの言う芸術がそれだとするならば……。
「少し試してみるか」
メサイアスに倣って、ホーリーソードの魔法式を組む。
そして一際光を放つ聖剣を、彼の真上に出現させた。
「お前が先ほど使った魔法と同じだ。お前だったら分かるだろう? どうやら魔法式を見抜く眼はいいらしいからな。俺の作った魔法式はどうだ?」
「ふんっ。貴方ごときが私の魔法式を……!」
メサイアスがホーリーソードを見上げる。
「なっ……こ、これはっ」
すると脂汗を流し、目を見開いた。
「な、なんという美しい魔法式! 一片の狂いもありません! それに複数もの魔法式を組んでおり、それが相互に干渉しあっている。まるで精巧な時計を作るかのような所業! 私であっても、その全貌は拝むことが出来ない。一体どれだけの時間を積み重ねれば、これだけの魔法式を組めるというのか!」
そう言うメサイアスは、額から汗をだらだらと流していた。
「色々言っているようだが、それを防がなければ……死ぬぞ?」
俺からしたら、無駄なものが多すぎて、あまり好かない魔法式ではあるがな。
実戦では役に立たないだろう。
「はははは! いいぞ、来るがいいでしょう! この程度の魔法なら、受け止めてみせましょう!」
とメサイアスは自分の前面に結界魔法を施す。
「お前がちまちま結界魔法を組んでいたのは、分かっていたが……」
俺がそう言うと、一本のホーリーソードが爆発し、そこからいくつもの小剣が飛び散った。
「前面を守っただけで、この魔法を防げるとでも?」
ホーリーソード(小型化)は四方八方からメサイアスに突き刺さっていった。
「バカなあああああああ!」
断末魔の悲鳴を上げるメサイアス。
飛び散る血は、まるで散っていく花弁を思わせた。
辛うじて最初の一発は結界魔法で守ることが出来たが、そんな脆いものは簡単に破壊されてしまった。
やがて悲鳴が止んだ後、メサイアスの体がゆっくりと倒れていく。
「どうだ、これが俺の芸術だ」
目を見開いたまま床に倒れているメサイアスに向けて、俺はそう言い放った。