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87・アヴリルの謎

 マリーズと別れ、俺は真っ直ぐと大図書館へと向かった。


「さて。ここになにがあるというんだろうな」


 まあ大体察しはついているが。


 大図書館の中へと入る。

 中には人っ子一人の姿、そして気配すらも感じなかった。

 窓から月明かりが差し込んでいる。

 俺は大図書館の奥へ奥へと進んでいった。


 やがて。


「ここか」


 小さな扉の前まで辿り着いた。

 扉には『入出厳禁』と書かれたプレートが掲げられている。

 これはエリクの記憶の表層を読み取った時、浮かんできた映像だ。


 さらには扉には鎖が巻かれており、鍵がかけられている。

 その上から魔法で施錠もさせられていた。

 厳重だ。ますます中になにがあるのか気になる。


「どちらにせよ、入ってみなければ意味がない」


 俺がそっと手の平を扉に向け、施錠を解こうとしたした……その時であった。



「やっと追いついたぞ!」

 


 振り返る。

 するとそこには膝に手を当てて、息を整えているアヴリルの姿があった。


「遅かったな」

「ん? 驚かないのか……?」

「探知魔法でアヴリルが近づいていることは分かっていたからな」


 肩をすくめる。


「マリーズから話を聞いた……んだよな?」

「そ、そうだっ!」


 アヴリルはバッと顔を上げ、


「頼む。私も連れて行ってくれ」

「アヴリルを? まあアヴリルだったら、背中は任せられるので助かるが……」

「それよりも、ララやマリーズに危険が及ばないように、守っていて欲しい……そのような顔をしているな」


 そんなところだ。

 だからこそ、俺一人で十分だと考え、大図書館まで来たのだ。


「なあに、あの子達だったら大丈夫。万が一があれば、クルトなら転移魔法ですぐに彼女達のところまで転移出来るだろう?」

「まあそれはそうだが……」


 実際、マリーズ達の実力は相当なものになっている。

 ちょっとやそっとじゃ、遅れを取ることはないだろう。


「だからこれは私のワガママだ。私の謎を探るためのな」

「謎?」


 問いかける。


 するとアヴリルは神妙な顔つきになって、こう話を切り出したのだ。


「……私には小さい頃の記憶がないのだ」

「記憶がない? だったら、その魔法の力はどうやって手に入れたのだ?」

「それも分からぬ。いつの間にか、このような力を得ていた」


 それはなかなかに不思議なことだな。


 記憶はないが、魔法の知識や力がアヴリルには最初から備わっていた。

 いや、最初からじゃないかもしれない。そもそもいつが最初なのかも、アヴリルには分からないのだろう。


「そんな私を……周囲の人は不気味がったのだ」

「そうかもしれんな」


 昔から、アヴリルに今のような魔法の力があったら、『尊敬』されるというより『恐怖』を感じられるかもしれない。


 しかも本人には昔の記憶がないのだ。

 どうやって鍛錬をして、その境地に辿り着いたのか……といった当たり前の質問にも、彼女は答えることが出来ない。


「だから人の目を避けて、ずっと暮らしてきた。一人の方が楽だから。魔法を使うこと自体は楽しかったのだ。研究すればするほど、なんでも出来る魔法の奥深さに、今でも心を弾ませている。賞賛されたかったわけではない、名誉が欲しかったわけでもない、ただ私は……誰にも邪魔をされずに、魔法を極められればそれでよかったのだ」

「同感だな」


 俺がふいに口にした言葉に対して、アヴリルはきょとんとした顔になる。


「分かってくれるのか?」

「ああ。当たり前だ」


 1000年前の俺も似たようなものだった。

 一人でさらなる高みにいくため、魔法の鍛錬……研究を続けていたのだ。

 そんな俺を人々は『異端者』と呼び、煙たがっていた。


 だからなのだろうか……アヴリルの言っていることが、なんとなく分かるのだ。


「その謎というのは、アヴリルの記憶の喪失のことか?」

「そうだ。私も記憶がないことを良しとはしているわけではない。今までその謎を追いかけてきたが……どうにも分からぬ」

「それがここにあると?」

「うむ。これは直感なのだがな、どうも帝国に来てから胸がざわめくのだ」


 アヴリルの自分の胸に手を当て、


「この帝国になにかある」


 と決意を込めた声を発した。


 記憶の喪失か……本人にも分からぬことなのだ。魔法で探ってやろうにも、表層ではなく深淵に封じられているだろう。

 それにもしかしたら、記憶自体が抹消されているかもしれないのだ。

 そうなれば、アヴリル自身で探すしかない。


「ならば付いてくるがいい。アヴリルがいたとするなら、今からしようと思っている俺の作業も楽になる」


 彼女に背を向ける。

 今度こそ、扉の施錠を解錠しようとしたら……服の裾を引っ張られた。


「どうした、まだ言いたいことがあるか?」

「……お主は私を不気味がらないのか?」


 アヴリルは俯き加減でこう続けた。


「昔の記憶がないのに、これだけ魔法を使える私に。お主も他の人達と同じように、私を差別したりしないか……?」


 恐る恐るといった感じの口調である。

 相当嫌な思い出があるみたいだな。


 しかし彼女の言っていることは——



「なにを言っている。どうしてアヴリルを不気味がる必要があるんだ」



 愚問だ。


「え……?」


 アヴリルが顔を上げる。


「アヴリルは確かにすごい魔法使いだ。()()時代だったら、大賢者と呼ばれる理由も分かるだろう。しかし……俺からしたら、どれだけすごい魔法使いだろうが、全部似たようなものだ」


 なんせ『俺より強いヤツ』ではないのだからな。

 だからなにもアヴリルは恐れる必要はない。

 俺がアヴリルに『不気味』や『恐怖』といった感情を抱くことは……未来永劫ないのだから。


 と続けた。


「……ふっ。クルトらしい答えだな。そうか、クルトにとったら私もそこらへんに転がっている魔法使いと同じか。面白いことを言うものだ」


 するとアヴリルは吹き出した。


「どうだ、胸のつっかえが取れたか?」

「ああ。ありがとう」


 そう言うアヴリルの顔には、うっすらと笑みが浮かんでいた。


「さて……気を取り直して、この扉の向こうに行くとするか」


 扉の方へ向き直す。


「その奥になにかあるのか?」

「多分な」

「だが……どうやら魔法で施錠されているみたいだぞ。なかなか複雑な魔法式だ。五重にも六重にも施錠が施されている。これは解除するのに時間が……」


 パリン。


 アヴリルがなにかを言っているうちに、俺は一瞬で施錠の魔法式を解除した。


「五重にも六重にも? 俺の足を止めたければ、せめて百は魔法式を重ねておかないと足止めにもならないぞ」

「……そうだったな。それがクルトだったな」


 物理的な鎖や鍵も大した問題じゃない。

 身体強化魔法を使ってから、無理矢理引きちぎることによって、完全に扉の向こうに行けるようになったのだ。


「では行こう、アヴリル」

「うむ」

「後……言い忘れていたことが一つあった」


 俺は扉に手をかけながら、アヴリルにこう言った。


「俺はなにがあっても、アヴリルの味方だ」

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