85・肝試し
晩ご飯を食べてから、二校間でレクリエーションが行われることになった。
交流合宿にしおりに書いてあったから、予め把握してはいたものの、敵意丸出しのディスアリア相手とそんなことをするとはな。
まあいいだろう。
せっかく遠いところからここまで来たのだ。
こういう余興があってもいいではないか。
俺達が校舎の前に集まると、
「ではレクリエーションについて説明します」
とエリクが前に立って言う。
「どうして、あの人……お腹、押さえているんだろう?」
「そうですね。顔色も悪いように見えますが……」
「ディスアリアは一流シェフの料理を食べたんじゃ……? それとも帝国の一流シェフって……大したことない……?」
ララとマリーズ、シンシアがエリクの様子を見て首をひねった。
ヤツ等の顔色が悪い理由は、俺が手に塩をかけて料理を振る舞ったからであろう。
料理はなかなか好評だったみたいで、ヤツ等は涙をボロボロとこぼしながら食べていた。
途中「ど、どうして僕達にこんな仕打ちが……」「不味い……舌が痺れる……」と口を動かしていたが。
「レクリエーションは……ずばり『肝試し』です。二人一組になって、夜のディスアリア魔法学園の校舎を歩き回ってもらいます。ですが、それだけではつまらないでしょう。七つのチェックポイントを設けています。七つのチェックポイントを取って、ここまで戻ってくる……それが出来ればゲームの終了です」
肝試しとやらがどういうゲームなのかいまいち分からなかったが、ダンジョン探索のお遊び版みたいなものか。
余興としては、なかなか面白そうではないか。
「ただ、僕達……ディスアリア側が幽霊となったりして、あなた達を驚かせますね。ロザンリラの方々は思う存分楽しんでください」
またなにか悪いことを企んでいるのだろうか。
俺は「余計なことをするなよ」という視線を、エリクに向けた。
「ひっ……そ、そんな目で見ないでください。もうなにもしませんよ……これはただ純粋にお互い楽しむためのゲームです。だからもう……あれは食べさせないで……」
エリクは肩を震わせ、俺と目を合わせようとしてくれなかった。
変なことをされたら興がそがれるからな。
あの様子だったら、大丈夫だ。
「では二人一組になってもらうため、くじを順番に引いてもらいましょう。その時に一人一枚ずつ、チェックポイントが書かれた地図も渡しますね。まずはそこの先頭に並んでいるあなたから……」
エリクの合図で、ロザンリラ側の生徒が順番にくじを引いていった。
そしてみんなが引き終わって……。
「ク、クルトと一緒ですか!?」
片手にくじを持って、そう驚いたように言ったのはマリーズであった。
「どうやらそうみたいだな。よろしく」
マリーズだったら気兼ねもしないし、戦力的にも申し分ない。
「よ、よろしくお願いしますね……ど、どどどうしましょう。まさかクルト一緒になるなんてっ、私、正気保てるでしょうか……」
「ん? なにを言ってるんだ」
「ひゃっ! な、なんでもありません!」
とマリーズはぷいっと視線を逸らしてしまった。
うむ。なんでマリーズが俺を組むことになって、そんなに慌ててるのかよく分からん。
「わあ、マリーズちゃん羨ましいなあ……」
「マリーズ、ずるい」
どうやらララはシンシアと組むことになったみたいだ。
「では早速スタートするか」
「ひゃ、ひゃいっ!」
マリーズの手を引っ張って、いざ夜の校舎へと足を踏み入れるのであった。
◆ ◆
「きゃっ!」
校舎の中を進んでいくと、突然マリーズが短い悲鳴を上げて、俺の右腕のところに抱きついてきた。
「ただ棚の上の置物が落ちただけじゃないか」
「そ、そうですね……」
そうは口では言ってみるものの、マリーズの心臓の音はまだ荒かった。
「もしかして……幽霊というものをマリーズは信じてるのか?」
「へ!?」
マリーズが頭の天辺から出してるんじゃないか、というような高い声を出した。
「そ、そそそそそんなことありませんっ。私、幽霊なんて怖がるほど、子どもじゃないんですからねっ」
「ほう? だったら、これはどうだ?」
「きゃっ!」
悪戯心が湧いてきて、マリーズの首筋をぴたっと触ってやる。
すると彼女はしゃがんで、両耳を塞いでしまったのだ。
「ははは、ごめんごめん。ちょっとやりすぎたな」
「……も、もぅ、止めてくださいよぉ」
そう言って、しゃがんだまま顔を上げるマリーズの瞳には、涙がうっすらと浮かんできた。
「お詫びに……これが終わるまで、ずっと手を繋ごう」
「え?」
「手を繋ぐことによって、もし緊急時になにがあっても、魔力を供給することが出来るんだ。これによって不測の事態があっても、すぐにマリーズを守ることが出来る」
「……そ、そうですね」
ん?
何故だかマリーズは一瞬がっかりしたような顔をしてから、俺の手をぎゅっと握った。
「……クルトは幽霊を信じていますか?」
歩きながら、マリーズが問う。
「ふむ……面白い質問だな」
幽霊。
それは死んだ人間の思念……のようなものが具現化し、時には人を襲うとされる存在である。
アンデッド系の魔物も存在するが、あいつ等とは違う。
基本的に幽霊はいかなる攻撃も受け付けず、浄化させるための祈りが必要……なんていうバカげた話もある。
「俺は幽霊なんてこの目で見たことがないから、信じてないな」
1000年前においても、だ。
「だが、『魂』はある。もしかしたら、肉体が死んだとしても、魂だけを具現化し相手に攻撃を加える……という魔法が今後開発されても、俺はおかしくないと思うな」
その一環なのが、俺が1000年前に使ったような転生魔法である。
魂だけを取り出し、1000年後に転移させる魔法だ。
俺もそれについては研究を続けているのだが、実用化出来るのはまだまだ先になるだろう。
「ふふふ」
「どうして笑う?」
「いや、クルトらしいなと思いまして。なんでも魔法に結びつけるなと」
「ロマンがないと思うか?」
「そんなことありません。安心しました」
そんなとりとめのない会話をしていると、マリーズの心音がだんだんと落ち着いていっているのが分かった。
そして俺達は第一チェックポイントである『魔法実験室』の前まで辿り着いた。
しかし。
「ん? どうやら人だかりが出来ているようだ」
「そうみたいですね」
急いでその輪の中に加わる。
耳を傾けると、
「おいおい、どういうことだ! 地図にはここがチェックポイントって書かれていたのに……」
「どうしてチェックポイント通過の証であるスタンプがない? お前がどっかに隠してんじゃねえのか?」
そんなクレームを一身に受けているのは、とある一人のディスアリアの男子生徒である。
その男子生徒はにたにたと笑いながら、
「あれえ? 本当だな、スタンプがないな。スタンプを押さないと、チェックポイントを通過したことにならない……お前等はいつまで経ってもクリア出来ないんだ!」
どうやら、この男子生徒がなにか嫌がらせを行って、スタンプを隠してしまったことは明白だ。
「クルト、どうしましょうか」
「決まっている」
スタンプを押して、チェックポイントを通過したことにしなければ、ゲームをクリアしたことにならない。
俺にクリア出来ないゲームがあるなんて、有り得ない。
「お、おう……お前か……なんだよ。た、たかが肝試しで、お前! 暴力を振るうつもりか? そんなに度量が狭いのかよ!」
近付いていく俺を見て、男子生徒が一歩後退する。
「暴力? そんなことはしない」
「……っ!」
男子生徒の頭にぽんと手を置く。
逃げようとする男子生徒であるが、恐れのためか凍ったように動けないでいる。
「……分かった。スタンプはあそこだな?」
魔法実験室……の中にあった、とある机の引き出しを開ける。前から三番目、右から五番目のところである。
すると……そこには『1』と赤く大きく刻まれたスタンプが置かれていたのだ。
「あ、あ……お、お前! どうして、スタンプの居場所が!」
「なあに、お前の記憶を読んだだけだ」
「記憶を……?」
記憶の表層にあるものは、魔法で読み取ることが出来る。
背反魔法や結界を施したり、奥の方まで記憶をしまこんでいる場合は難しいが……スタンプはついさっき隠したんだろうな。記憶の一番最前線にあり、さらにはなんの抵抗もなかった。
それなら、相手に触れさえすれば記憶を読み取ることも可能だ。
《四大賢者》みたいになんらかの対策を施せるヤツや、複雑な情報を読み取るのは難しいがな。
「今度から隠すんだったら、もっとマシなところに隠すんだな。同じ部屋の中にあるようじゃ、目も当てられんな」
唖然としている男子生徒を放って、俺は第一チェックポイント通過のスタンプを押すのであった。