84・手作り料理
今日の授業が終わり、俺達は帝国側が用意した宿泊部屋に通された。
どうやら校舎の中で、空いている部屋を使ってもいい、とのことである。
「ほほお。なかなかいい部屋じゃないか」
どんな酷い場所かと思ったが……なかなか広くて、寝やすそうな場所じゃないか。
ベッドやテーブルも用意してくれている。
俺はベッドに腰掛けて、しばらくリラックスしていた。
トントン。
そうしていると、部屋の扉がノックされる音。
「なんだ?」
扉を開けるそこにはララの姿があった。
「クルトっ、晩ご飯の時間だよ。早く食堂に向かおっ」
「もうそんな時間か」
二人で食堂へと向かう。
そこで晩ご飯が用意されていると聞いていたからだ。
「あれー? ご飯はどこー?」
食堂に着くなり、ララがキョロキョロと辺りを見渡した。
ロザンリラ魔法学園の生徒、三十人が食堂に集まってきたが、おかしなことに晩ご飯が用意されている様子ではない。
「どういうことだ?」
「私、ディスアリアの先生に聞いてみます。もしかして場所を間違っていたかも……」
とマリーズが言って、食堂を出て行こうとした時であった。
「あなた達の料理は用意されていません」
エリクが食堂の出口のところで待ち構えており、マリーズにそう言い放ったのだ。
よく見れば、エリクの後ろにもディスアリア側の生徒が何人かいる。
そいつ等は、ただにたにたと意地悪そうな笑みを浮かべていた。
ほお……そういうことか。
「ど、どういうことですか!? 交流合宿のしおりには確かに書かれて……」
「それはあなた達が勝手に作ったしおりでしょう? 知りませんよ、そんなの。それに一日くらい食べなくても、人間、死にませんよ」
「横暴な……」
「おっと、この校舎の正門は閉じられています。もし強引にここを突破して、外食しに行こうとしたら、それなりの厳罰が待っていると思いなさい。なあに、食堂のキッチンだけは貸してあげます。食材も少しならありますから、それで自分達で作っておいたらいいんじゃないですか?」
エリクからは有無を言わせないような雰囲気があった。
こいつ等……授業であれだけボコボコにしてやったのに、まだ刃向かう気が残っているとは。
学習能力のないヤツ等だ。今更だが。
「それではごきげんよう。僕達は一流シェフを呼んでいますので、美味しい料理を召し上がりましょう。ははは!」
エリクは高笑いしながら、生徒達を連れて食堂から出て行った。
「最初から仕組まれてた……?」
シンシアが目を丸くして、見上げてきた。
「どうだろうな」
これが教師も含んで仕組まれたことなのか、エリク一派が独断でやっていることなのか……判断がつきかねた。
それにしても、くだらない嫌がらせとはいえ、腹を満たせないのは少々堪えるな。
校舎から出てはいけない、といっても方法はある。
まず転移魔法を使えばヤツ等の目を誤魔化せる。
さらにここ食堂で懐かしいものを見つけたので、それを使ってもいいだろう。
「わたしが料理を作るよ!」
そんなことを思っていた矢先、ララが一際明るい声を食堂に響かせた。
「ララが?」
「うんっ、マリーズちゃんも……シンシアちゃんも作ろうよっ。わたし、料理のお勉強最近頑張ってるんだ」
こんな逆境の中においても、明るく振る舞うララを見て、他の女子生徒も「私も……」「こんなことでくじけていられません」「私、実は魔法よりも料理の方が得意なんです」と次々に口にし出した。
「クルトもっ、わたしの料理食べたいよね?」
「ああ。もちろんだ」
「じゃあ早速作ってあげるね!」
とララ達……ロザンリラの女子生徒は早速キッチンの方へと向かっていった。
「ふむ。たまにはこういうのもいいだろう」
折角ララが料理を振る舞ってくれる、と言っているのだ。
その思いを無碍にするのもいけないだろう。
それにしても……こういう時、場の状況を一変させるララはさすがといったところか。
俺はすぐに魔法で解決しようとするのが、1000年前から唯一の欠点だと言われていたことを思い出していた。
ララ達がとんとんと包丁の音を響かせ、ぐつぐつとなにかを沸かしている音がここからでも聞こえてきた。
それと同時に食欲のそそられる匂い。今すぐにでもキッチンに行って、なにを作っているか見たい衝動に駆られた。
「「「「お待たせ!」」」」
女子生徒達がお皿を持って、食堂に料理を並べていった。
「わたしはオムライス、作ってみたんだ」
「私は帝国プリンというものです。お昼にララと一緒に帝国の街中を散策して、発見したんですよ」
「シンシアは……グラタン。これだけは、ちっちゃい頃から好きだったら、自分で作れる……」
彼女達の料理は全て見た目もよくて、俺としたことが涎が口からこぼれてしまいそうだった。
「「「「いただきます!」」」」
みんなが手を合わせてから、一斉に料理に手を付けだしていった。
「う、旨え! うちの学校の女の子って、こんなに料理が上手かったのかよ!」
「ララちゃんのオムライス、マジ最高。卵がふんわりとしている」
「マリーズちゃんの帝国プリンも最高だぜ? 生クリームが練り込まれているっぽくって、舌がとろけそうだ」
「熱いいいいいい! しまった、シンシアちゃんのグラタン食べて火傷しちまった。でも美味しい、もぐもぐ」
みんなが彼女達の料理を絶賛しながら、口を動かしていく。
「クルト、どう?」
「帝国プリン、はじめて作ってみましたが、いかがですか?」
「クルトはグラタン苦手……?」
俺もみんなと一緒に料理を口にしていると、ララ達が近寄ってきて、そんな質問を飛ばしてきた。
「全て旨いな。帝国が用意した一流シェフとやらにも、負けていないだろう」
俺がそう言うと、三人は満面の笑みを浮かべていた。
これは本音である。
料理というものは親しいものに作ってもらえたら、一流の高級店より美味しく感じる時があるものだ。
ディスアリアのヤツ等……嫌がらせに成功したつもりだったが、残念だったな。
何故なら、お前等が下手なことをしたせいで、ララやマリーズ、シンシアのような可愛い女の子に料理を作ってもらえるのだから。
テーブルに置かれているお皿が、次から次へと空になっていき、その勢いは留まることを知らなかった。
「あれ、クルト。どこ行くの?」
そんな中、俺は立ち上がって食堂を後にしようとする。
「なあに、ちょっとトイレにな」
「あっ、そうなの。変なこと聞いてごめんね」
「気にするな」
さて。
腹もいっぱいになったことだし、そろそろ俺も料理をヤツ等に振る舞ってやるか。
◆ ◆
「おいおい、話に聞いたところによると、王都のヤツ等。女の子に料理を作ってもらって、満足しているらしいぞ!」
「な、なんとっ……それは羨まし……じゃなくて、可哀想なヤツ等だな!」
「そうですね。僕達は一流シェフの方々の料理を召し上がることが出来るんです。王都の劣等魔法使いを哀れみながら、美味しい料理に舌鼓をうとうではありませんか」
帝国の中にある、もう一つの食堂。
そこでディスアリアのヤツ等は席に着き、まだかまだかと料理を待っていた。
「おう、待たせたな」
そんな中、俺は料理が載せられている複数の皿を魔法で浮遊させながら、中に入る。
「あ、あなたは……! どうしてここに!」
エリクが驚き、席を立った。
「なあに、一流シェフとやらは、急用が出来て帰ったみたいだ。それじゃあ可哀想だから、俺が代わりに料理を振る舞ってやろうと思ってな」
「あなたはなにをバカなことを……!」
ディスアリア側の生徒達が戸惑っていたが、俺はそれを意に介さず、料理が載せられている皿を置いていった。
「さあ、召し上がるがいい」
「こ、これは……!」
「魔水入りのジュースと、ズブキノコのスープだ。魔力が増えるかもしれんぞ」
「魔水とズブキノコ!? そんなの……食べられるわけねえじゃないか!」
なにを言っている。
1000年前において、強くなりたい魔法使いはよく好んで食べていた。
ちなみに魔水もズブキノコも不味く、本来は他のものと組み合わせて、薬などのアイテムを作る時に使われるものだ。
しかし何度も食べてみれば、意外に癖となってくるものだ。
もっとも、こいつ等は食べたことがなさそうだな。
だったら、舌が麻痺するくらいの不味さを感じ、さらにしばらくは気分が悪くなり腹痛もあるはずだ。
「折角の俺からおもてなしだ。思う存分食べるがいい。一つ言っておくが、残すなんて行儀の悪いこと……まさか俺の前でやるわけないよな?」
俺がそう威圧すると、ディスアリア側の生徒は顔を青くしていた。