81・読書の時間
「なかなかキレイなところではないか」
ディスアリア魔法学園の校舎を歩き回って、中を観察する。
廊下の壁には……帝国の偉人なんだろうか? 偉そうにしている人物の絵画が飾られていた。
「うん。シンシア達の魔法学園より……キレイかも……」
「だな」
シンシアが隣を歩きながら、淡々とした口調で言った。
それにしても、高そうな壺や絵画がそこら中にあるが、肝心の結界魔法が施されていない。
これでは仮に外部から襲撃を受けたとしたら、すぐに建物が倒壊してしまうぞ。
代わりに興味深い魔法陣はそこら中にあったが……どうやらこれは、校舎を守るためのものじゃないらしい。
「クルト」
「ん?」
シンシアが足を止め、俺の服の裾を引っ張る。
視線を上げると、豪壮な扉が目の前にあった。
「なになに……『大図書館』?」
「入ってみよ、クルト」
「シンシアは本に興味があるのか?」
「本は……好き」
ならば入らない理由はないな。
中に入ると、大図書館の名にふさわしく、本棚が大量に配置されており迷路のように入り組んでいる場所であった。
「ほほお、期待してなかったが……なかなか面白いところだな」
本は俺も好きだ。
魔法の研究に役立つからである。
奥に進んでいく。
途中、ディスアリア魔法学園の生徒と何人かすれ違った。
しかし全員すれ違った瞬間にさっと視線を外して、俺と関わり合いを持ちたくないように見えた。
エリクを拘束魔法で懲らしめた話が、もう回っているのだろうか?
なんにせよ。いちゃもんを付けられるのは面倒なので助かる。
「あっ、これ」
「ん? なにか面白そうな本があったのか?」
シンシアが本棚から手に取った本の背表紙には『マジカルアリカの冒険』と書かれていた。
「子どもの頃……よく家族に隠れて読んでた」
マジカルアリカの冒険は確か児童向けに書かれた小説のはずだ。
シンシアがページをぺらぺら捲っていく。
どこかシンシアの表情には嬉しさが浮かんでいるように見えた。
「シンシア」
「…………」
シンシアは夢中でページをめくっている。
驚いたな。
シンシアのこんな姿は今まで見たことがない。
ならば邪魔するのもよくないだろう。
「さあて、俺の方も暇潰しに何冊か本を読ませてもらうか」
シンシアから少し離れ、本棚の端まで移動する。
この本棚だけで、千冊は収納されているだろう。
俺は次から次へと本を手に取っていき、流し読みしていった。
「なんだこりゃ……『詠唱魔法の確立』? まだこんな時代遅れなことを熱心に勉強しているのか」
呆れてしまう。
流し読みを続けていったが、どれも書いてあることが似通っていた。
なんというレベルの低さ。
ファイアースピアを発動するために、どうしてわざわざ五百ページも費やさなければならないのだ?
しかも書いてあることは、どれも基本的なことで、同じことを何回も繰り返してページを稼いでいるようにしか思えなかった。
ところどころ魔法式間違っているし。
「……これが帝国のレベルか」
本を棚に収める。
しかし……帝国は《四大賢者》に代表されるように、1000年前の魔法についてなにかつかんでいる。
それなのにこれだけ低レベルな内容の本が置かれているとは。
いかに、帝国自信がこの魔法学園に最早期待していないのか見せられたのだった。
「どうした少年、そのような顔をして」
聞き覚えのある声が聞こえて、反射的に振り返る。
「アヴリル……ここでなにしてるんだ?」
そこには……大賢者アヴリルが腰に手を当てて、立っていた。
見れば以前と服装が違っていて、教員達が着ているような服で身を包んでいる。
「私もこの交流合宿に参加することになったのだ。先生としてな」
「先生として?」
「ああ。帝国には気になることがあるのだ。それに……私はお主にまだまだ興味がある。お主がなにをしでかすのか、近くで見たくてな」
えへん、とアヴリルは胸を張った。
校長室から出て行く時……アヴリルがなにか話していたが、こういうことだったとは。
俺としたことが……これは予想していなかった。
「クルト……あっ、アヴリルさん……」
マジカルアリカの冒険を読み終わったのか、シンシアも俺達の方へ小走りで寄ってきた。
「おお、あの時の少女ではないか。他の二人はどうしたのだ?」
「帝国を……散歩しています……」
「はっはは、いいではないか。交流合宿を満喫しておるな」
アヴリルが顎を上げて笑った。
さて……。
「シンシア、もうここはいいか?」
「うん……もう満足」
「だったら出て行くとしよう。俺の方も十分だ」
とアヴリルに背を向け、大図書館から出て行こうとした時であった。
「待つがいい。俺の方も十分だと? お主、もしや読書が苦手だな?」
うししと歯を見せて、アヴリルが笑う。
「読書が苦手? なにを言っている。この大図書館にある本のレベルが低すぎるから、時間の無駄なだけだ」
「そんなに誤魔化さなくてもいい。そう言うなら、今から私がクイズを出してみてもいいか?」
「クイズ? なにか分からんが、俺に答えられないものはない。どんなものでも出題してみるといい」
「ククク、お主に一泡吹かせられる時がくるとはな。その言葉、後悔するのではないぞ?」
とアヴリルは心底嬉しそうにして、本棚から無造作に本を一冊取り出した。
そしてぺらぺらと一ページ目からめくっていき、
「はい」
あるところで人差し指をはさんで、本を閉じてしまったのだ。
「今、私が指をはさんでいるページ。ここにはどのような内容が書かれている? 答えよ」
「アヴリルさん……ずるいです」
それを見て、シンシアが非難の声をあげる。
「そんなの答えられるわけがありません……何ページなのかも分かりません……」
「ほほお? しかしクルトは『どんなものでも出題してみるといい』と言ったぞ? それに従って、私はクイズを出しているだけだ。さあ、答えよ!」
既にアヴリルは勝ち誇った顔をしている。
しかし相手が悪かったな。
「アヴリルの指をはさんでいるページは、102ページ103ページのところ。ライトニングアローについて言及しているところだな。魔法式が書かれていたが、あまりに非効率な組み方だった。後八カ所変えてやれば、同じ術者であっても魔法の発動を一秒も短縮出来るだろう」
「え、え?」
アヴリルが目を丸くして、すぐさまページを開く。
「なっ……! ほ、本当だ! ライトニングアローについて書かれておる! しかもなんだこの酷い魔法式は……八カ所も変更点は見つけられないが……」
本に口づけしてしまうんじゃないか、というくらいに顔を近付けアヴリルは驚愕していた。
「アタリのようだな」
「ま、まさかお主! 透視魔法かなにか使って、本を閉じていても見えるようにした? もしくは私に気付かれぬように催眠魔法を使って、お主の好きな本と好きなページを選ばせた……?」
「どれも間違いだ」
無論、どれもしようと思えばすることが出来る。
しかしこれは余興だ。そんなことをしてまで、クイズに答えるのはつまらないだろう。
「まず俺はこの本棚に収められている千冊以上の本を、全て覚えた」
「はあ?」
「三十分もかからなかったな。低レベルなものだったので、欠伸をしてでもそれくらいは可能だ」
そして単純な動体視力で、アヴリルの動きを見切っただけであった。
ただぺらぺらページを捲っているだけなのに、俺がそれを見切れないはずないだろう?
「な、なんという規格外なのだ……!」
「クルト、すごい。頭いい」
アヴリルが驚き……というよりちょっと引いており、シンシアがキラキラとした瞳を向けた。
俺は彼女らの視線を受け、こう続けるのだった。
「これくらい容易いものだ。読書は嫌いではないしな」