78・黒き魔の太陽
「ほう、今のも耐えるか」
戦いは終わったかのように思えたが、ザームエルから生体反応が見られる。
ザームエルは死んでない。
ザームエルは地面の砂をつかみ、憎しみに染められた表情をアヴリル達に向けた。
「ゆ、許さぬ……我を、これだけ愚弄するとは……許さぬ……」
「……! ララ、マリーズ、シンシア! 油断するな、こいつはまだ死んでな——」
とアヴリルが慌てて結界魔法を展開しようとするが、遅かった。
「黒き魔の太陽!」
アヴリルが上空に向かって手を伸ばす。
しかしなにも起こらない。
いや、なにも起こらないように見えただけだ。
「太陽が……黒く?」
それに、最初気付いたのはマリーズであった。
マリーズが見上げた先には、青空にぽっかりと浮かぶ太陽。
しかし……その白い光が消え、真っ黒な球体と化してしまっているのだ。
「がああああああああ!」
ザームエルが倒れながらも叫ぶ。
喉が張り裂け、血が出た。
瞬間、真っ黒な太陽から黒い光が放射され、アヴリル達を照らし出したのだ。
「ま、魔力が吸収される!?」
アヴリル達を囲むようにして魔法陣が現れる。
そして彼女達の魔力が、黒い太陽に引っ張られるようにして急激になくなっていった
「なにこれ……? 力が抜けていく」
「ま、魔法式を組もうにも……魔力がなくて……上手く組めません」
「このままじゃ、シンシア達死んじゃう?」
耐えていたララ達であったが、とうとう地面に膝を付いた。
すぐさま魔法陣の外に出ようとするが、それも叶わぬ。
内側から不可視の結界が張っており、魔法でぶち破りでもしない限り、外に出られない構造になっているのだ。
「くっ……まさか捨て身の魔法を、ここで放つとは……!」
アヴリルも顔を汗だらけにして屈んでしまった。
その様子を見て、ザームエルは瀕死の状態でありながらも高らかに笑う。
「はははは! どうだ! 完成したぞ! これぞ魔力吸収魔法……黒き魔の太陽だ! とうとう我が命をもって、この《魔王魔法》を大願させた!」
最早ザームエルに戦う力はない。
しかし最後の力を持って、ブラックソーラー・ドレインを発動させたということか。
このままアヴリル達が魔力を吸収され続ければ、やがては精神が崩壊し、死に至るだろう。
もっとも……。
「それを許さぬ俺ではないがな」
ザームエルに向かって言葉を吐く。
ゆっくりしすぎたか。
やっとのこさ、俺はザームエルのもとへと到着出来た。
「クルト!」
「た、助けてくださいっ」
「クルト……シンシア、死んじゃうの?」
ララ達が俺に気付き、顔をゆっくりとこちらに向けた。
既に動くことすらも辛いだろう。
しかし俺を見ることによって、瞳には希望の灯火が宿っている。
「はははは! クルトよ、遅かったな! もうブラックソーラー・ドレインが発動してしまえば手遅れだ! 汝を殺すことは出来なかったが、そこで大切なお仲間が死んでいくのを、指をくわえて眺めておくんだな?」
「ここでか?」
俺はララ達の元へと一歩踏み出す。
「こんな遠くから眺めるのも興がそがれるというものだ。もっと近寄って、見させてもらうぞ」
「なっ……! な、汝……なにを考えておる!」
ザームエルが驚愕に目を見開く。
ザームエルは離れたところで見ていろ……と言っていた。
しかし俺はララ達に近付いていき、足下に魔法陣が現れている結界の内側へと、足を踏み入れたのである。
これにより、俺もブラックソーラー・ドレインの干渉からは逃れられず、急速に魔力が吸収されていった。
「なにを考えているか分からぬが、丁度よかった! これで汝も一緒に殺せ……」
「殺す? 俺をか?」
「……は?」
ここでやっとザームエルは異変に気付いた。
ひらすら俺の魔力を吸収していた、天上に輝く黒き太陽。
それは最初、僅かな変化であった。
「ああ……! く、黒き太陽が……膨らんでいく?」
そう。
俺の魔力を吸収し続けた黒い太陽は、膨張を続けていったのだ。
「太陽ごときが俺の魔力を吸い尽くせるとは……舐められたものだな」
バン!
やがて膨張を続けて行った黒い太陽は、大きな爆発音を響かせ、内側から破裂してしまった。
とはいっても、この世から太陽がなくなったわけではない。
元の輝きを取り戻した太陽が、変わらず空に浮かんでいた。
「ブラックソーラー・ドレインは太陽の力を借りることによって、魔力を吸収する力を得る魔法だな」
太陽には魔力の元素とも呼ばれる『マナ』が宿っている。
その力を一時的に借りる。
それがブラックソーラー・ドレインのカラクリである。
「しかし……一定の魔力を吸い上げてしまったら、魔法式が内側から崩壊してしまう。黒い太陽……というか魔法式はの干渉を受けていた太陽はそれによって元通りになる、という寸法だな」
「汝は……禁じられた《魔王魔法》を、どこまで知っているのだ?」
「お前等よりは知っているだろうな」
そもそもブラックソーラー・ドレインも、元々は俺が開発した魔法である。
1000年前において、あまり多発してしまっては、太陽の輝きが薄くなってしまうというデメリットもあった。
ゆえに……禁忌魔法に指定していた忌々しい魔法……というか欠陥魔法ではあったが、まさかこんなところでお目にかかれるとはな。
「欠陥魔法ごときで偉そうにするとはな」
こいつの底も見えた。
「そろそろ終わりにするとしよう」
愕然とし言葉を失っているザームエルを放って、俺は魔法式を展開した。
黒き巨人、その姿を現す。
ザームエルの前に現れたのは、巨大なゴーレム型のシャドウである。
一個の城のごときゴーレムの重量で、足下の地面が軽く沈むほどであった。
「シャ、シャドウも使えるというのか……?」
「変な話だな」
1000年前に俺が開発したものだからだ。
先ほど、こいつは犬っころのようなシャドウしか錬成出来なかった。
しかし使うものが使えば、これだけ巨大で戦闘力を持たせたシャドウも作ることが出来るのだ。
「オオオオオオオオオ!」
ゴーレムのシャドウがゆっくりと足を上げる。
その先にはザームエルの姿が。
「答えろ。お前はこの世界の衰退について……そして大いなる嘘についてなにか知っているのか?」
こいつと同じ《四大賢者》でもあるメイナードは、この世界には大いなる嘘が隠されている、と宣った。
それはフォシンド家でもあるメイナードですら知らなかったが……ザームエルはどうだ?
「メイナードから聞かなかったか? 所詮、我らに知らされている情報はごく一部だけ。汝がメイナードから聞いているとするなら、我がこれ以上知っていることなどない。それに——我はここで終わりだというのに、そんなことをべらべら喋るほどお人好しだと思うか?」
「だろうな」
メイナードは帝国全体に影響を及ぼしているといわれる貴族……それがフォシンド家という。
彼はフォシンド家であり《四大賢者》の一人であった。
それに実力的にいうと、メイナードの方が多種多様の魔法を使い、若干こいつよりマシな気がした。
ザームエルの言う通り、これ以上の情報を得られるとは思えなかった。
「しかし……言っておこう。我を殺したとしても終わりでない。まだ汝を殺す者は、帝国から派遣されていくであろう! はははは! ガタガタと震えておくがいい!」
耳障りな笑い声。
しかしそれを俺が聞いても、
「いくらでもかかってくるがいい。どんな者が現れても、蹴散らしてやろう」
と一蹴した。
「あああああああ!」
やがて、ゴーレムが動き出し、ザームエルを虫を踏みつぶすようにして足を下ろしたのだった。