77・《四大賢者》VS大賢者ご一行
シャドウは一瞬で片付けた。
このまま転移魔法で、すぐにみんなのところに戻ってもいいが……これ程度のシャドウしか作り出せない相手なら、やはりアヴリル達でも心配ないだろう。
なので俺はゆっくりとアヴリル達の方へ向かいながら、魔法を使って彼女達の様子を眺めることにした。
視覚共有の魔法を使うと、ララの目を通じてぼんやりと光景が浮かんできた。
「お主の狙いはなんだ?」
アヴリルがザームエルに問う。
「言っただろう? 汝を殺——」
「その言葉に私が騙されるとでも思ったのか? あの少年はなにも言わなかったが、私の魔力は彼のものに比べるとちっぽけなものだ。まさかそれに気付かぬほど、お主は間抜けなのか?」
鋭い視線をアヴリルは向けた。
同じくザームエルと対峙しているララとマリーズ、シンシアもいつでも戦えるように、魔法式を展開している。
アヴリルの問いかけに、ザームエルは「ククク……」と笑いをこぼし、
「さすがは偽りとはいえ『賢者』と呼ばれる女だな。ご名答だ。我の狙いは汝等とあの少年……クルトを分断することにある」
「あの少年には敵わぬと白旗を揚げているのか?」
「はっ! 笑わせるな! しかし……さすがにこの人数を我一人で相手にするのは骨が折れる、と考えたからだ。我は慎重な男。まずは汝等をゆっくりと殺してから最初の指令通り、クルトの命を貰い受けるとしよう」
ザームエルが杖を掲げた瞬間。
「気をつけろ!」
「分かってる!」
「はい!」
「クルトが来るまでに、こいつをやっつける」
アヴリルが叫び、ララ達が反応した。
ザームエルから炎属性魔法が発動。
『フレア・ラディアント』といわれる広範囲に炎を放射し、対象を焼き尽くす魔法だ。
アヴリル、そしてララ達は冷静に結界を展開し、相手の魔法を防いだ。
「ふむ。隠者だけだと思っていたが……そっちの女達も、最低限のことは出来るらしいな」
魔法を防がれながらも、ザームエルは冷静に彼女達を分析していた。
さっきのは軽い小手調べといったところか。
「少年の仲間よ! まだ名前は聞いていなかったな。少年だけだと思ったが……汝等もなかなかやるではないか!」
ザームエルに視線を外さないまま、アヴリルが声を張り上げる。
「あ、ありがとうございます……! 私、ララって言います」
「マリーズです! 遠距離からの攻撃は任せてください」
「シンシア」
「うむ。ララ、マリーズ、シンシアか。覚えておくぞ」
アヴリルの口元に笑みが浮かんでいるように見えた。
「一気にいくぞ。先ほどの様子を見るに心配ないと思うが……無詠唱魔法は使えるな?」
「「「はい!」」」
「よし。私の背中……お主達に任せた」
そう言って、アヴリルはザームエルに向かっていった。
身体強化魔法を重ね掛けしているようだ。
素早い動きで相手を攪乱しながら、ザームエルに近距離からファイアースピアを放とうとするが、
「言っただろう? 我の眼があれば、汝等の動きは全てお見通しだと」
ザームエルが結界を張り、アヴリルからの攻撃を防ぐ。
しかしそれで攻撃が終わりというわけではない。
「わたしもいるよ!」
ララが叫び、手の平からファイアースピアを放つ。
「む……」
ここでザームエルの顔色は変わった。
ヤツは後退し、ファイアースピアを回避するが、
「ホーリー・ソード!」
マリーズが魔法の追撃。
ザームエルの頭上の光の巨大な聖剣が現れ、落下する。
「舐めるな!」
だが、命中する寸前にザームエルは結界を展開する。
結界に当たったホーリー・ソードは粉々に砕けてしまった。
「邪魔をするな。我はこの偽りの賢者を相手にしているのだ」
続けて、ザームエルからメテオ・バーンが放たれる。
「くっ……!」
マリーズは攻撃に気を取られてしまったためか。
このままじゃ、マリーズはメテオ・バーンの直撃を受けてしまう。
万事休すか、そう思われた時……マリーズの前に虹色の結界が現れ、炎の隕石を完璧に防いだのだ。
「む。防がれたか。そっちの気弱そうな女も、目障りだな」
ザームエルが顔を歪めた。
メテオ・バーンがマリーズに命中しようとした矢先、シンシアが結界魔法を発動したのだ。
「ナイスです! シンシア!」
「シンシア……攻撃あまり得意じゃないから。でもみんなを守ることくらいは出来る」
マリーズが褒め、シンシアは少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「うむ。ちゃんと協力して戦えているみたいだな」
それを眺めている俺は、彼女達に成長に感心し、一人で呟く。
「むう……最近の学生というものは末恐ろしいものだな。背中どころか、お主達だけでもあのザコを倒せそうではないか」
アヴリルにいたっては、マリーズ達の方を振り向いて、驚きを隠せないようであった。
「うっとうしい」
そんな彼女達の様子を一人、忌々しげな視線を向けるものがいた。
ザームエルである。
「まずは汝等の動きを封じさせてもらおう」
「……!」
アヴリルがすぐにザームエルの魔法を止めようとするが、間に合わない。
「きゃっ!」
「な、なんですか、これは!?」
「動けない……」
ララとマリーズ、シンシアの足下に光の小剣が突き刺さる。
それによって彼女達はその場から動けず、さらには魔力を放出することも出来なくなっていった。
ザームエルは拘束魔法によって、ララ達の動きを封じたのだ。
「……なかなか面白い真似をしてくれるではないか」
と一人ギリギリのところで、ザームエルからの拘束魔法を回避したアヴリルが口を開く。
「これで三十秒はあの虫けら共の動きを止めてられる。三十秒もあれば、汝を殺すに十分だ。それからゆっくりと虫けら共を潰させてもらおう」
動き……そして魔法を封じられたララ達は、最早ザームエルの眼中にないようだ。
俺はそんなザームエルを見て、
「愚かだな」
思わずそう呟いてしまった。
何故なら……。
「一分? わたし達の動き、そんなに止められるとでも思っているの?」
ララがそんな言葉と同時、ザームエルにファイアースピアを放ったのだ。
「そ、そんなバカっ、がっ!」
油断しきっていたザームエルにファイアースピアが刺さる。
しかしそれは一発だけではなかった。
「この程度の実力で、そんなに偉そうにしないでください」
「チャンス……」
マリーズとシンシアも拘束から解かれ、ファイアースピアでザームエルを追撃した。
「がああああああああ!」
体を焼かれながらも、結界魔法を展開させようとするザームエルではあるが、そんな状況でまともに魔法式が組めるはずもない。
次々と炎の槍が突き刺さっていき、ザームエルは悶え苦しんだ。
「な、何故だ……! 拘束魔法は完全に発動したはずっ。そ、それなのに……」
「拘束魔法? ああ、ちょっと動きにくくなったなと思ったら、それを発動していたんですか」
マリーズが優雅に微笑む。
マリーズがそう言うのも無理はない。
何故なら……こんなこともあろうかと、俺が拘束魔法の解き方を予め彼女達に教えていたからだ。
その時の彼女達とのやり取りを思い出す。
『思い切り魔力を内側から放出するんだ。そうすれば拘束魔法は簡単に解ける。一度やってみようか』
『ってクルト!? ちょっと拘束がきつすぎませんか?』
『この程度の拘束解けなければ、話にならないぞ』
『最初からスパルタだよお……締め付けが強すぎて、なんだか変な気持ちに……』
『やっぱりクルトは鬼畜』
なんてやり取りをしながら、拘束魔法の解き方を教えていった。
ザームエルのものなど、俺の拘束魔法に比べれば劣悪なものだ。
「お主達だけにカッコ良い真似ばかりさせてられんな! 次は私の番だ!」
アヴリルが空に手の平を掲げる。
彼女が紡いだ魔法の名を、俺は1000年前から知っていた。
ホワイト・キャッスル。
巨大な氷の城の形をしたものが、ザームエルの頭上に現れる。
ホワイト・キャッスルという魔法は、その超重量を落とすことによって相手を圧迫。
さらには周囲を氷漬けにしてしまうという魔法である。
「ちょ、ちょっとこれって……! まるでクルトの魔法みたい!」
「そんなこと言ってる場合じゃありませんよっ、すぐに結界を張らないと!」
「ぼーっとしている場合じゃない」
ララ達がそれを見て、慌てて結界を張った。
その魔法の直撃をくらえば、さすがのララ達もタダじゃすまないが……周りにいるだけだったら、これくらいの結界でも大丈夫だろう。
「こ、この魔法は……! 《魔王魔法》の一つ……! 隠者はそのような魔法も使えたというのか!」
「とくと味わうがいい!」
アヴリルが手を振り下ろす。
すると氷の城が落下し、ザームエルを押し潰した。
「口ほどにもないヤツだ」
アヴリルがパンパンと手を払う。
ザームエルからは断末魔すらも聞こえなかった。