76・実体なきもの
「グオオオオオ!」
犬の姿をしたシャドウが雄叫びを上げる。
そして地面を蹴って、勢いよく俺に牙を向けて襲いかかってきた。
「また同じ攻撃か? 俺には二度同じ攻撃は通用しないぞ」
とはいっても、例え一度目でも通用することは有り得ないが。
俺の肩を狙って体当たりを仕掛けてくるシャドウ。
それに合わせるようにして、俺は魔剣でシャドウを真っ二つに斬った。
もしこれが普通の魔物なら、この時点で勝負は決しただろう。
しかし。
「グオオオオオオ!」
両断されていたシャドウが、一人でに元の姿へと戻っていった。
そして先ほどと変わらず、咆哮を上げ、俺に赤く光る瞳を向けてきたのだ。
「うむ……一応普通の状態での魔剣の斬れ味を試してみたかったら、やってみたが……やはり斬っても元に戻るか」
復元されているシャドウを見て、俺はそう呟いた。
シャドウというものは魔力の塊のような存在だ。
この場合、シャドウの強さは主……つまり《四大賢者》ザームエルの魔力に依存する。
魔力で制御し、シャドウの姿を留めておかなければならないからだ。
自分とは離れたところで、しかも独立した意思を持ったものを作り出さなければならないのだ。
シャドウを錬成出来るようになると戦略の幅が広がる一方、使いこなすことは難しい。
ヤツが作ったシャドウは拙い。
こんなのじゃ、シャドウ一体でドラゴンすら倒せないぞ?
しかしこの時代ならば、稚拙ながらもシャドウを作り出せるとなったら、なかなかのもんだと考えていいだろう。
「さて……ここで問題となってくるのは、魔力であるがゆえ、シャドウは実体がないということだな」
普通の剣で実体なきものを斬れるはずがない。
なのでシャドウに対抗手段としては、魔法をぶっ放し、相手の魔力を呑み込み消滅させてしまう……といった方法が有効だろう。
俺ならこの程度のシャドウ、ファイアースピアでも放てば、一発で倒すことも可能だ。
だが。
「今回は魔剣の試し斬りだ。この剣を使わず、シャドウを倒すことは仕方ないな」
「グオオオオオオ!」
俺を恐れている様子はなく、再びシャドウが地面を蹴った。
今度は疾走している最中、シャドウの体から、同じく魔力の塊のようなものである闇弾が同時に発射され、俺に襲いかかってくる。
「練習相手としてはなかなかのもんだ。俺の魔剣が、お前の全てを斬ってやろう」
迎え撃つようにして、俺は魔剣を上段に構える。
俺の命を刈り取ろうと、四方八方から闇弾が、真正面からはシャドウが襲いかかってくる。
それを俺は舞うようにしてその場で回転しながら、魔剣を振るい、今度こそシャドウを斬りつける。
さらには追撃してくる闇弾も魔剣で全て捉える。
「グオ?」
実際、シャドウも闇弾も実体なきものなので、剣で斬ったとしてもすぐに回復してしまうだろう。
しかし俺によって斬られたシャドウは原型が崩れ、立ってられるにもやっとという様子であった。
「どうした? 俺は実体がないごときで、斬れないものだと諦めないぞ?」
犬型のシャドウに向かって、挑発するようにして言う。
無論、本当になんのへんてつもない剣で実体がないシャドウを斬ることは、さすがの俺でも厳しい。
そこで魔剣に魔力を込めて、シャドウを迎え撃ったのだ。
「これで終わりか? 尻尾を巻いて、逃げるつもりか?」
「グ、グオオオオオオ!」
ふらふらになりながらも、シャドウは特攻してきた。
「よかろう。だったら、付いてくるがいい」
まだ試したいことがあるしな。
俺はわざとシャドウが追いついてこれくらいの速度で走り、やがて渓谷内にあった小さな湖へと辿り着いた。
「さて、ここで踊ろうか」
「グオオオオオ!」
俺とシャドウがほぼ同時に湖の中に飛び込む。
足が付くくらいの浅瀬とはいえ、水のせいで動きが制限されてしまう。
だが、シャドウは水の抵抗などもろともせず、先ほどの闇弾を六発放ってきたのだ。
「ははは、なかなか面白いではないか」
水の中から飛び出てきた闇弾を、魔力を込めた魔剣でいなす。
何度も言うようだが、シャドウは実体がない。魔力の塊なのである。
つまり生物が本来受けるべきである、水の抵抗を受けずに移動することも可能なのだ。
現在、シャドウはまるで地面の上を走っているかのように、水の中を動き回っていた。
「まあ、それくらいでなければ練習相手として、ふさわしくないだろう」
俺はあえて、シャドウをここへと誘い込み、あることをしようとしているのである。
すなわち水中戦の練習。
この時代にきて、水中で戦うことは少なかったからな。
どうせなら最後まで利用してやる。
「グオオオオオ!」
水の中で活路を見いだしたのか、シャドウは撹乱させるようにして動き回った。
そして同時に闇弾を発射してきたのだ。
「……うっとうしいな。そもそも水の中だったら、自分が有利だと勘違いしているのか?」
俺はそう言って魔力を込め、魔剣を思う存分に振るった。
一振りの間に、300の斬撃をシャドウ……ではなく、湖の水面に向かって放つ。
すると湖の水面が細切れに割れていく。
それを回避することが出来なかったシャドウが、今度こそ両断されたのだった。
「水くらい……この魔剣があったら斬れるぞ」
そうなのだ。
今回、俺はシャドウではなく湖を斬った。
湖を斬ったわけなのだから、水面がパックリと割れたまま元に戻っていない。
まるで割れた水面が、そのまま凍ってしまったかのような光景になっている。
それにシャドウも巻き込まれ、断末魔を響かせる暇もなく、魔力ごと消滅させたのだった。
魔力が適切に込められた剣を振るえば、このような真似も出来るのだ。
「よくよく考えれば、水中戦……というには微妙だったな」
とはいっても、斬った湖をそのままにしていては、色々と不便が生じるだろう。
指を鳴らすと同時、復元魔法を使うと湖がまた元の状態へと戻った。
「ふむ……それにしてもこの魔剣、やはりよく魔力に馴染む」
ぎゅっぎゅっと魔剣を何度か強く握ってみる。
これほどスムーズに魔撃の発動が可能だったとは。
今回は湖を斬ってみたわけだが、もう少し慣れれば山を斬ることも容易くなるだろう。
「さて、後はアヴリルの方だな」
まあさっきの様子だったら、心配しなくてもいいと思うが。
アヴリルのお手並み拝見といったところか。
俺は湖を後にし、アヴリル達の元へと向かった。