74・魔剣
「だが、例えお主でもあの剣を扱うことが出来るかな……?」
「どういうことだ?」
俺が問うと、アヴリルはくるっと背中を向け、
「付いてこい。私の住むところに、お主達が求めている剣がある」
と先ほどの小屋の方に向かって、歩き出したのだ。
ふむ……付いてこいということか。
どうやらアヴリルの口ぶりから察するに、《宝物迷宮》の最下層で得たアイテムとやらは、そこにあるようだ。
「《宝物迷宮》最下層のアイテムってどんなのかな?」
「楽しみですね」
「でも、アヴリルさんの言ってたこと、気になる」
ララ達三人も興味津々だ。
俺達はアヴリルの背中を追いかけ、小屋の前へと移動した。
「入るがいい」
アヴリルに招かれ、小屋の中へと足を踏み入れる。
「中はなかなか広くなっているんだな」
中はテーブルやベッドといった生活用品は最低限だが、ぎっしりと本が入れられている大きい本棚が目立った。
本の背表紙だけちらっと見てみると、どうやらほとんどが魔法に関する書物らしい。
いい場所だ。
主に魔法の研究や鍛錬が捗りそうである。
「それで……その剣とやらは?」
「これだ」
アヴリルは本棚の前に立ち、手を掲げた。
するとそこから青白い光が発せられる。
「わっ、本棚が動いたよ!?」
ララが驚きの一声を上げる。
彼女の言った通り、本棚がゴゴゴと音を立て、一人でに左右に分かれるようにして動き出したのだ。
そして本棚の後ろには、ぽっかりと暗い穴が空いていた。
「この奥に《宝物迷宮》最下層のアイテムは保管している。付いてくるがいい」
とアヴリルは穴の中に入って、地下に通じているように見える階段を下りだした。
俺達はアヴリルの後を追いかけ、やがて薄暗い地下室へと辿り着いた。
「この剣だ」
アヴリルが指を差す。
その部屋の片隅には、一本の禍々しい剣が置かれていた。
「ほお……なかなかのもんだな」
「お主、なにか分かるのか?」
「ああ」
俺は首を縦に動かす。
その剣はまるで封印されているかのように鎖に巻かれて、壁に固定されているようだった。
「見ているだけで、不安になってくるような剣だとは思いますが……クルトはそれ以外になにか感じるんですか?」
「禍々しい魔力を感じるな」
とマリーズの質問に対し答える。
「禍々しい?」
「所謂、『魔剣』と呼ばれるものだろう。アヴリル、そうだな?」
アヴリルの方を向くと、彼女は神妙な顔で頷いた。
「ご明察。《宝物迷宮》にとんでもない剣があったものだ。まさかこれほどの魔剣を用意しているとはな……」
魔剣。
一般的に魔剣には禍々しい魔力が膨大に込められているため、絶大なる力があると言われている。
しかし反面、一種の『呪い』が込められていることが多く、並大抵の使い手では魔剣を扱うことが出来ない。
1000年前において、握るだけで使い手を禍々しい思想に染め、正気を失わせてしまう魔剣もあった。
だからこそ畏怖の意味も込めて”魔”剣、と人は呼ぶようになったのだ。
「アヴリルでもこの魔剣を扱うことが難しいのか?」
「うむ。不甲斐ないがな」
アヴリルは悔しそうにギリっと歯ぎしりをした。
「私は《宝物迷宮》から帰還した後、この魔剣を持ち帰った。そしてずっとこの魔剣を扱える者を待っていたのだ。とはいっても、ここ三十年間……ただ一人ですら、私のところまで辿り着いてこなかったがな」
話は分かった。
無論、アヴリルがそれだけの理由で、こんな不便なところに居住を構えたとは考えられにくい。
だが、理由の一端はそれにあるんだろう。
「どうして扱うことが難しいんですか?」
マリーズが問うと、アヴリルは低いトーンの声で話しはじめた。
「この魔剣は握るだけで、使い手の体力と魔力を吸い上げてしまうのだ」
「剣が……ですか?」
「それが魔剣というものだ。私もなんとか魔剣を扱おうとした。しかし……この魔剣は恐ろしいものだ。魔力量には自信があったが、たった五秒ですら持っていられることも出来なかったよ」
アヴリルが肩をすくめる。
彼女ですらそれなのだ。
俺の見立てでは、ララ達なら魔剣を持っただけで魔力の全てを吸い上げられ、精神が崩壊してしまうかもしれない。
「さて……この魔剣。お主は扱うことが出来るかな?」
試すような目線をアヴリルが俺に向ける。
なるほど。
これがいわば最終試練といったところだろう。
しかし悩む必要はない。
俺は徐に魔剣のところまで近寄って、
「扱う? 違うな。俺はこの剣を支配するのだ」
と魔剣を手に取り、鎖を引きちぎるように引っ張った。
「なっ……!」
アヴリルが目を見開く。
魔剣を握った瞬間、脳内に謎の声が流れ込んでくる。
『喰わせろ、喰わせろ、喰わせろ、喰わせろ』
おそらく魔剣からの声であろう。
脳がぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような声であるが、
「うるさい。さえずるな」
声を一蹴し魔力を流し込むと、だんだんと小さくなっていき、やがて消滅してしまった。
「な、なんともないのか?」
震えた声でアヴリルが問う。
「大丈夫だ。なかなかの魔剣だったがな。引っ張られる魔力よりも多く、送り込んでやったら、すぐに傅いたよ。これでこいつは俺に絶対服従だ」
「魔剣がお主を認めた……というのか? そ、そんなことが……! どれだけの魔力量だったんだ!」
「そうだな…軽く王都三つ分は、吹っ飛ぶ魔法を放てるくらいの魔力量といったところか」
「王都を三つ分だと……!?」
これでも全盛期に比べたら魔力量は大したことがない。
しかし魔剣が求める魔力量など、俺に比べたら一晩寝れば全回復するようなものだ。
とはいっても僅かとはいえ、魔力を消費してしまうことには抵抗はあったが……。
それよりも、この魔剣を扱えるようになる方が、利点が多いと考えたのだ。
「試し斬りでもしたいところだな」
一度魔剣を振ってみる。
うん、軽い。
最初はワガママな剣だったものの、一度認めさせてしまえば扱うのは容易いものだ。
「ま、魔剣がクルトを主だって認めたってこと?」
「アヴリルさんでも無理だったものを……あなたの魔力量は底なしですか?」
「クルト、すごい」
ララとマリーズ、シンシアも賞賛してくれた。
「それでアヴリル。頼みが一つあるんだが……」
「言わなくても分かっておる」
アヴリルは興奮のためか、震えた声のままこう続ける。
「この魔剣はお主ものだ。強さ以外にも心の正しさを持つお主なら、魔剣も安心して任せられるというものだ。魔剣を……よろしく頼む」
有り難い。
この時代にきて、ようやくまともな剣を手に入れることが出来た。
とはいっても、俺にとってはこの魔剣はまだ完成ではない。
改良を加えることによって、まだ伸びていく余地があるのだ。
そのことを考えると、今から楽しみであった。