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73・大賢者からの試練

「この先に『弱花なよはな』という花がある」


 アヴリルは()()()を指差して、そう切り出した。


「まずはその弱花を摘んでくるのだ。時間制限も付けよう。十五分以内だ。それをクリアしてみせろ」

「まずは……ということは、試練はそれだけじゃないのか?」

「うむ。これともう一つ考えている」

「なんだったら、二つ同時に言ってもらっていい。一つずつこなすのは億劫だ」

「まあ待て、そう慌てるな。それに二つ目の試練は、弱花を取ってこなければはじまらない」


 弱花……聞いたことがあるようなないような、そんな花の名だ。

 花に関しては疎いからな。

 まあアヴリルの試練がそんなに簡単なものなら、さっさと弱花を摘んでくるか。


「ねえねえ! クルト! ちょっと待ってよ」

「どうした、ララ?」

「どうやって取ってくるつもりなの?」

「ん? 普通に弱花のところまで行って戻ってくるだけだが?」

「だ、だって!」


 ララがアヴリルと同じ方向を指差して、こう叫んだ。



「大きな滝が目の前にあって、それを昇らないといけないんだよ!?」



 なんだ、そんなことか。


「そうだな。それがなにか?」

「回り道して取ってくるつもり? それだったら時間かかるよね?」


 ララの問いが続く。


 なにを言ってるんだか。

 確かに俺の目の前には、断崖絶壁に大きな滝がある。

 流れも急で魔法を使わずに昇ることは至難の業……というより、人間では無理だろう。


「クルト……またなにか企んでそうですね」

「クルトに不可能はない」


 後から、俺達のところまで追いついてきたマリーズとシンシアもそう言った。


「うむ……ルートは特に指定されていないよな?」


 と俺は試練をはじめる前に、アヴリルに質問をする。


「無論だ。ちなみに……この滝を通らない迂回ルートなら、どう短い経路を取っても三十分はかかる。現実的ではないと思うがな?」


 どうやら弱花を取ってくるには、この滝を昇らなければ間に合わないらしい。

 もちろん、俺も迂回ルートを選択するなんてまどろっこしい真似をするつもりはなかったが。


「さて……じゃあ滝を昇るか」

「だからクルト。どうするつもり?」

「まあ色々と方法があるな。具体的にいうと、()()()は思いつくな」

「お、多すぎだよ!」


 ララが驚く。


「今回はその中でも一番楽な方法を採らせてもらうか」


 滝に向かって、俺は手の平を掲げる。


「滝よ。俺を()へと持ち上げろ」


 すると……。



「た、滝が逆流した?」



 その様子を見て、ララ……そしてマリーズとシンシアも目を疑うように白黒さた。


 そうなのだ。

 水属性魔法のクリエイト・フロウを使い、水流を操作することによって滝を逆流させることに成功したのだ。

 これによって今、滝は()から()ではなく、()から()に昇っている。


「よっと」


 滝の中に突っ込む。

 すると水流に逆らわず、下から上に昇る滝の流れに任せて、俺はあっという間に弱花のところまで辿り着いたのだ。


「これが弱花か……」


 紫色をした弱々しい花だ。

 俺はそれを摘んで、今度は滝の上から飛び降りてアヴリル達のところまで戻る。


 ちなみに……ただ根っこから花を引き抜いては、後々難癖を付けられそうなので、固定魔法を同時に使っている。

 これによって、弱花は元の場所に戻せば、また元気に根を伸ばすであろう。


「よし、取ってきたぞ。これでいいんだよな」

「あ、ああ……まさかそういう方法で取ってくるとはな。私は身体強化魔法を使い、滝の流れに逆らって昇るもんだと想定していたが……」


 若干、アヴリルが引きつった顔をしていたが、文句はないはずだ。


「それで……まだ試練は続くんだろう?」

「う、うむ! そうだな!」


 気を取り直すようにして、アヴリルは腕を組む。


「その弱花には1000年前から伝わるとされる伝説がある」

「伝説?」


 俺が問うと、アヴリルは口を滑らかに話を続けた。


「昔、とある貴族一家があった。その貴族一家はいわゆる騎士一族で、強さを求めるためなら主君ですら殺すという覚悟を見せる……そんな一族であった。

 そんな貴族に二人の子どもが生まれた。二人は長男・次男としてすくすく育ち、やがて二人の剣の腕にも差が開いていった。何故だか次男の方が強く、長男の方が弱かった。さて……その貴族は長男の方をどうしたと思う?」


 人生というのは残酷なもので、端から見て長男は弱く、次男は強かった。

 それだけ強さに取り憑かれた一族だ。弱い長男を処分してしまうかもしれない。


「その貴族は弱い長男を殺してしまったらしい。弱いヤツはこの一族には必要ない! 強い次男さえ生きていれば、それでいいのだ! ということでな」


 どうやら俺の予想が、大方当たりだったらしい。

 とはいってもそれを当てることが、試練ではないようだ。


「長男は家族に殺される時、悔しさや悲しさで顔を涙で塗らした。『どうして弱いだけで殺さなければならないのか』とな。そして長男が殺された時、近くにこの花があり、彼の涙と血を浴びた。そのような逸話と弱々しい外見から、弱花なよはなと呼ばれるようになったという。

 ——さて、ここで質問だ」


 アヴリルはより一層真剣な声音になる。


「果たして、お主がもしその貴族なら、弱い長男はどうしておく? 弱いからといって殺してしまうか。それとも殺さないか。お主の意見が聞きたい」


 ふむ。

 そもそも明確な答えがあるものではないらしいな。

 道徳のような話だ。


 しかしあまりにも決まりきっている答えだったので、俺は悩まずに即答した。



「殺してしまう? そんなバカげた話などあってたまるか」



 そう。

 殺さない、という選択肢だ。


「ほう、それはどうして?」

「そもそも強さというものは絶対的な指標ではない。人によっては、違うと感じる者もいるだろう」


 俺はただ強くなりたかった。

 そのため、俺より強いヤツを求めてここ1000年後に転生したのだ。

 しかし……この考え方がおかしい、というヤツも世の中にはいるだろう。


「だから弱いからといって、殺してしまうのは早計だ。もしかしたらその長男は頭がいいかもしれないだろう? 手先が器用かもしれないだろう? 誰よりも優しいかもしれないだろう? それを見極めず、殺してしまうのはその一族の損失ともいえるだろう」


 多様な人間がいて、それでいい。

 俺の求めた強さを重視しないヤツがいても、それに口を挟むつもりは毛頭なかった。

 それに例え周りからなにを言われようとも、俺は俺自身を変えるつもりもない。


 それに……。


「もしお望みなら、俺だったらその弱い長男とやらを、次男よりも強くすることが可能だがな?」


 自分が強いと思っている次男の鼻を明かすことも、これまた一興であろう。


 俺がこう続けると、


「ははは! 参ったよ。百点満点の答えだ! 合格だ!」


 と気持ちよさそうにアヴリルは笑ったのだった。


「お主は強い。しかし強さというものは中毒性があり、それに溺れてしまう者もいる。お主が言った通り、世の中には様々な才能を持った人間がいるのだ。ただ『強さ』という一つの物差しだけで見てしまっては、あまりにも危険……私はそう言いたいのだ」

「同感だな」


 強さに溺れてしまっては……帝国の《四大賢者》のようになってしまうだろう。

 それに慢心し、向上心が働かず腐敗してしまうかもしれないしな。


「試練は合格だ。お主はただ強いだけではなく、心も正しい。私はそれが一番大切なことだと思う」


 とアヴリルは真っ直ぐな瞳をして、そう口にするのであった。

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