72・大賢者アヴリル
「ク、クルト! やっと追いついたよっ」
向こうの方からララがやってきた。
その先にはマリーズやシンシアの姿も見える。
ほんの少しとはいえ、本気を出した俺を見失わないとはな。
彼女達も成長したものだ。
「だ、だから早く離せー! この鬼畜ー!」
それはともかく、俺の両手で幼女は手足をばたつかせていた。
「それはこっちの質問に答えてからだ。お前はアヴリルか?」
「アヴリルだ、アヴリル! 私が正真正銘のアヴリルだ! だから早く離せ!」
「ほい」
幼女……アヴリルと分かったところで、手を離す。
するとアヴリルは猫のようにクルリと回転しながら、両足を地面に着地させた。
「はあっ、はあっ……いきなりこんなことをされるとは思わなかったぞ」
肩で息をしているアヴリル。
それを見て、ララは自分の膝に両手を付き、アヴリルと視線を合わせた。
「こんなちっちゃい子が大賢者様?」
「私が嘘を吐いていると思っているのか?」
「うーん……でも、どう見ても子どもだし……」
ララがアヴリルに対して、疑惑の視線を向けた。
だが、俺はララをたしなめるようにしてこう口を開く。
「まだまだだな、ララ」
「え?」
「人を見た目だけで判断しているようでは、まだまだ修行が足りない……ということだ」
「クルトは疑わないの?」
「ああ。少なくても、あの小屋に結界魔法を張ったり、トラップを仕掛けたのはこの女性で間違いないだろう」
実際、アヴリルの内部からはかなり絶大で強力な魔力が感じられる。
それは1000年前の平均的な魔法使いと比べても、遜色のないほどだ。
そりゃあ、俺だって大賢者と呼ばれている人間が、(本当に幼いかはともかくとして)幼女の見た目だったことに驚きだ。
しかし……「まあそんなこともあるか」といったくらいである。
だが、三十年前に《宝物迷宮》を攻略したと言っていたが……実年齢は何歳なのだろう?
俺がそんなことを疑問に思っていると、アヴリルは「ふ、ふふふ」と腰に手を当て笑い、
「わ、分かっているではないか。私を見た目で見くびらないとはな! なかなか見る目のある男らしい!」
ご機嫌そうに言った。
「それにしてもどうしていきなり逃げるんだ? 俺はただ話し合いをしたかっただけだが……」
俺がそう問いかけると、アヴリルは「ハッ!」とした顔になって、
「逃げるに決まっているだろうが! いきなり家に張っている結界が破壊されるわ、毒ガスのトラップが発動したにも関わらずノックし続けるわ、勝手に魔法の施錠を解くわ……そんなことされて、話し合いとか言われても信じるわけないだろう!」
うむ。
強引すぎたようだ。
「当たり前だよね……だってメチャクチャだもん」
後ろでララがぼそりと呟いた。
アヴリルは怒ったような口調のまま続ける。
「極めつけは、こんな簡単に私が追いつかれるとはな……? 一体お主、何者だ。そもそも人間なのか? 魔族の類か?」
アヴリルの顔がより一層険しくなる。
「魔族? 俺があんな弱っちい存在だと思っているのか? 正真正銘人間だ」
「魔族を弱い……と言うだと?」
怪訝そうな顔になるアヴリル。
実際、確かに魔族は初期ステータス的なものを見る限り、人間より魔力も身体能力も優れている。さらに他の魔物と違って、知性もある。
しかしいくら知性があるとしても、所詮は魔族だ。
文明を築き上げた人間には勝てない。
1000年前、俺が魔法革命を起こす前は人類も劣勢だったと聞くが、革命後はずっと人間の方が強かった。
だからこそ、俺の中で「魔族が人間よりも強い」という認識はないのだ。
「やっぱりお主は変だ」
「これで信頼してくれたか?」
「するわけないだろうが!」
声を荒げるアヴリル。
困った。どうやったら警戒を解くことが出来るのだろうか。
……そうだ。
「これに見覚えはないか?」
と俺が言って取り出したのは、校長から受け取った古代文字で書かれた地図である。
「!? ……こ、これは!」
それを見てアヴリルはわなわなと震えながら、地図を受け取った。
「三十年前私が《宝物迷宮》を攻略した時に、あの校長に渡した地図ではないか!」
「そうだ」
「これをお主が持っているということは……まさか《宝物迷宮》を踏破したというのか?」
それに対して、俺は黙って頷いた。
「むう……まさか私以外で迷宮の最下層に辿り着く者がいるとはな。いや……私の結界やトラップを突破したお主だったら、それもあり得るか……ん、これは?」
なにやらぶつぶつと呟きながらも、アヴリルは地図と同封していた手紙を広げる。
「うむ……なになに。あの校長からの書状か。『この者は少々常識を知らないところがあるが、実力は保証する』……か。少々どころではない気がするがな」
アヴリルはジト目を俺に向けながら、手紙を折りたたんだ。
「……あの校長は魔法使いとしてヘボだが、人柄だけは信頼出来る。お主が賊かなにかの類ではなく、《宝物迷宮》を攻略した冒険者ということで信頼しよう」
「ありがとう」
礼を言う。
しかし……冒険者とはどういうことだ?
「あのー、アヴリルさん」
「なんだ?」
ララが申し訳なさそうに手を挙げて、それにアヴリルが答える。
「クルト……ってかわたし達、冒険者じゃないんですけど……」
「ん? それじゃあなんなんだ。王都の魔法騎士団にでも所属しているのか?」
「ただの学生です」
「……は? 学生だと!?」
またもアヴリルが驚いたように目を見開く。
そして呆れたように溜息を吐いて、
「まあそこはどうでもいいことか。世の中にはとんでもない学生がいるものだな」
と口にしたのであった。
ふむ。
どちらにせよ、アヴリルに実力を認められた……ということなのか?
だったら早速本題に入らせてもらおう。
「それで……《宝物迷宮》の最下層のアイテム、アヴリルが取ったんだな?」
「そうだ」
「校長から聞いた話だと、アヴリルが認める相手ならそれを譲ってもいい……ということだった。頂くかどうかはともかくとして、どんなアイテムなのか見せてもらいたいんだが」
地下迷宮のアイテムは早いもの勝ち。
いくらなんでも、俺達よりも早く《宝物迷宮》の最下層に辿り着いた者から、強奪する気にはなれん。
だが……最下層にはどんなアイテムがあったのか。
興味があるのだ。
……まあそれが良いものなら、欲しいことには変わりないが。
「うむ……」
アヴリルは少し考え込むような素振りを取って、
「私はお主に興味が湧いたよ。よし、決まった。私が今からお主達に試練を授ける。その試練に見事合格することが出来れば、《宝物迷宮》の最下層にあったアイテムを譲ってもいい」
と続けた。
試練か……やはり今日は《秘匿された道筋》のこともあるが、試されることが多い日だ。
しかし大賢者とも呼ばれた彼女が、どんな試練を出すのかにも気になる。
どちらにせよ、どんなアイテムか興味もあるしな。
「その試練。受けよう」
なのでアヴリルに対して、俺はそう返答するのであった。