70・ゴーレムの弱点
俺達は王都を出発して、大賢者アヴリルが住んでいるらしいソキヘマーの渓谷に到着した。
「でもアヴリルさんって、どこにいるんだろー?」
着くなり、ララが後頭部に両手を回して言った。
「ソキヘマーの渓谷は広大、と言われています。そこからアヴリルさんを見つけることは、なかなか難しいんじゃ……?」
マリーズも心配そうな顔をしていた。
「なあに、そんなに心配することはない。アヴリルとやらの居場所は大体つかんだ」
「え?」
「探知魔法に引っ掛かった。奥の方に、人一人が住んでいる形跡がある。真っ直ぐ行ければ、ここから一時間もすれば辿り着くだろう」
俺がマリーズにそう続けると、彼女は唖然とした表情になった。
「こ、この広いソキヘマーの渓谷全体に探知魔法を使ったんですか?」
「ん……そうに決まっているが」
「あなたの探知魔法の範囲は、どれだけあるんですか」
「本気を出したら、王都全体は把握出来るな」
「王都……全体……」
「しかも三つ分くらいだ」
俺が答えると、ふらあとマリーズは貧血を起こしたみたいに後ろに倒れそうになった。
なにを驚いているんだか。
これくらい出来るようにならないと、五十キロ先から敵が魔法を放ってきたとしても、気づけないだろう?
「シンシアも……頑張ってみたけど、そんな反応見つからない」
「シンシアでも無理だったか。まあ仕方がない。その人一人が住んでいる痕跡には、隠蔽の結界が張られているからな」
「探知魔法に引っ掛かりにくいようにしている?」
「ああ。魔法を使えないヤツなら、そこが目の前にあったとしても、結界が邪魔をして視認出来ないだろうな」
それにしても……自分だけをいわば透明化し、他者から見えなくする魔法はそれほど難しくはない。
しかし他のもの、さらに居住場所を丸ごと見えなくする魔法はそれだけ難易度が高くなる。
俺の中で大賢者アヴリルとやらに、期待が膨らんだ。
「取りあえず、さっさと向かうか。逃げられても困るしな」
「あっ、クルト! 置いてかないでよ!」
その後、俺達はでこぼこした地形を、アヴリルのところへと向かって歩きはじめた。
道中。
「そういえば、みんなはアヴリルのことを知っていたのか?」
と俺は彼女達三人に質問した。
なんでも相手は大賢者と呼ばれ、《宝物迷宮》を最下層まで攻略したなかなかの魔法使いらしいのだ。
名を馳せていてもおかしくはない。
しかしララとシンシアが首を振り、
「聞いたことないね……」
「シンシアも」
と言った。
「マリーズでも知らないのか?」
「ええ……ただ隠者と呼ばれる魔法使いがおられる、とは聞いたことがあります」
「隠者? 賢者じゃないのか?」
「その隠者という方は世界中を飛び回っている。名前もその地によってコロコロと変わっている。隠者は絶大なる魔法の力がある……と。ただの噂で信じていませんでしたが……もしかしたら、その隠者という方がアヴリルさんだったかもしれませんね」
なかなか謎の多い人物らしいな。
しかしその魔法の力を、ただの富や名声に使わないことには好感を持てる。
1000年前において、魔法の力を使って世界を支配しようとした帝国のことが頭をちらつくからだ。
俺もただ強くなることにしか興味がなかったので、そういったものには疎かった。
ますます大賢者アヴリルに会いたく——
「グオオオオオオ!」
と考えていたら、突如地面を震わすような慟哭が聞こえ、みんなの足が止まった。
「わっ、わっ、なになに?」
「ゴーレムのようだな」
その魔物は周囲の岩と同化していたのか、地面からゆっくりと顔を現した。
岩の塊のような、巨大な魔物である。
そいつは固そうな腕を振り回し、俺達を見据えていた。
「大きい……」
いつも無表情のシンシアの顔が、少し強ばっていくように見えた。
「怯んでいる暇はありませんっ。攻撃あるのみです!」
マリーズがそう意気込み、即座にファイアースピアでゴーレムを攻撃した。
しかし。
「グオオオオオオ!」
「き、聞いてない!?」
マリーズが愕然とする。
彼女が放ったファイアースピアはゴーレムの厚い装甲に阻まれ、命中したところでポスンと間抜けな音を立てて消滅してしまったのだ。
「うむ。さすがゴーレムだな。マリーズの攻撃なんてもろともしないか」
ゴーレムは防御力が他の魔物と比べて高い。
ただバカ正直に魔法を放ったとしても、今みたいに全くダメージを与えることが出来ないだろう。
そうこうしているうちに。
「グオオオオオオ!」
ゴーレムが腕を振り回し、俺達に攻撃を仕掛けてきた。
「じ、地面に穴が空いたよ!」
「一発でも当たれば、タダで済みそうにありませんねっ」
「大きい……強い……固い」
だが、鈍い動きだったので、俺を含む三人は難なく回避するが、その攻撃を見てより一層三人の表情が締まっていった。
「クルト。どうやって、ゴーレムを倒せばいいのっ?」
「まあ、色々とあるが……ララ達にも出来そうなのは、ゴーレムの眼点を攻撃することか」
「眼点? そんなのどこにあるの?」
「探知魔法をよく使ってみて」
このゴーレムという魔物、眼点……と呼ばれる魔力が集中した部分がある。
そこに命中させることが出来れば、これだけ厚い装甲のゴーレムを一発で倒すことも可能なのだ。
「シンシア、眼点分かる……よ?」
やはり落印魔力は魔力の探知や分析に長けている。
真っ先にツボを見つけたのは、シンシアであった。
「でも……とってもちっちゃくて、戦いの最中に命中させるなんて、シンシアには無理……どうすればいいの?」
「だったらまずは俺が手本を見せるか」
俺はファイアースピアの魔法式を組み、ゴーレムに放った。
シンシアの言う通り、ゴーレムの眼点はかなり小さい。糸を針に通すようなものだろう。
追尾機能を持たせれば簡単に当てることが出来るが、今のララ達には難易度が少々高いか。
俺の魔法は見事、一発でゴーレムのツボに命中した。
するとゴーレムは下半身からガタガタと崩れ去り、その体を構成した岩がバラバラになったのだ。
「まあこんなもんだな」
パンパンと手を払う。
ん?
みんなが俺を見て、絶句している。
『意外に簡単じゃん! 私達にも出来そう!』
なんてはしゃぐかと思ったが、三人は何故だか暗そうに俯いていた。
自信を失わせてしまったか?
だが。
「心配しなくてもいい。どうやらまだ残っているみたいだから、もう一度手本を見せられそうだ」
「「「え?」」」
三人がそう声を揃わせた瞬間。
地震が起き、周囲から次々とゴーレム達が出現したのだ。
その数、なんと十体。
「ど、どどどどうしよう!」
「ララ、慌てなくても大丈夫です!」
「ん。シンシア達にはクルトがいる……」
あんまり俺のことを頼りにされても困るんだがな。
今後俺のいない時に、ゴーレムと遭遇しないとも限らない。
「まあ丁度いい。俺がゴーレムと戦う様をよく見ていて」
俺は足を踏み出し、ゴーレムの十体に向かっていった。
そして十本のファイアースピアを錬成。
発射。
十本のファイアースピアは真っ直ぐとゴーレムに向かっていき、見事にツボを突いた。
「よしっ、最低限の魔力で済んだな」
十体のゴーレム達がさっきのヤツと同じようにして、ガタガタと崩れていった。
ゴーレムは倒し方さえ分かっていれば、こうやって魔力の消費を節約することが出来るから、個人的にはザコだと思っている。
「ん? 三人ともどうしたんだ?」
「いや……やっぱりクルトってとんでもないな、って改めて思って……」
「いつになったらクルトの領域に辿り着くんでしょうか?」
「クルト……すごい。でもシンシア……自信なくなるかも」
さらに三人が暗い顔をしていた。
まあここで「すぐに出来るようになるよ」とフォローしたら、また突っ込まれそうだ。
今回は自粛しておこう、と思ったのであった。
「じゃあ先を急ぐぞ。アヴリルのいるところまでもう少しだ」