69・古代文字で書かれた地図
「ク、クルト! これってどういうこと!?」
百層に着いて、ララは真っ先に声を上げた。
「なにもないよ!」
とララは辺りをキョロキョロと見渡して、慌てるようにして続けた。
ララの言った通り、せっかく百層に到着したというのに、アイテムも魔物もいる気配がない。
だだっ広いだけの部屋の中央、そこに剣の台座のような場所があるのみであった。
これは……どういうことだ?
「クルト……また私達では発見出来ないくらいのところに、アイテムが隠されているということでしょうか?」
「いや」
マリーズの問いかけに、俺は首を振った。
その可能性も考え、俺はすぐに探知魔法を使った。
しかしめぼしいものはなにも反応しない。
空になった百層の部屋は、明らかに異質なものであった。
「最下層ってこういうもの?」
今度はシンシアが問う。
俺はそれに対しても首を振り、
「そんなわけない。迷宮の最下層というのは、一番いいアイテムだったり一番強い魔物が配置されているものだ」
「だったら、もう他の誰かが取っちゃったのかな?」
ララが首をかしげる。
「……その可能性は考えられるな。しかし《宝物迷宮》の最下層には、誰も辿り着いたことがなかったんだろう?」
俺の言葉に、みんなは一様に頷いた。
俺達がここに辿り着くまでに、誰かが百層に辿り着いてアイテムを取ってしまった……というのはあり得る話だ。
しかし今までここ百層は未踏だったという話だから、おかしいことだ。
「ここで考えていても仕方ないな」
俺は頭をかいて、
「学園に戻ろう」
「戻る? まだなんにも手に入れてないのに?」
「ああ。ここにこれ以上いても、アイテムが出てくるわけでもない。このことを知ってそうな人に話を聞くんだ」
それにもう一度百層に来たければ、《秘匿された道筋》を使えばすぐに到着することが出来る。
あまり使いたくないが……一度来たところなので、転移魔法を使うことも可能であった。
「待ってください、クルト。このことを知ってそうな人って……」
俺が歩き出すと、後ろからマリーズが真っ先に追いかけてきた。
俺は振り返らず、彼女に対してこう答えたのであった。
「校長だ」
◆ ◆
「おお、クルトよ。いきなりどうしたのだ?」
校長室に行くと、彼は両手に棒のようなものを持っていて、床に視線を注いでいた。
床には小さなボールが置かれている。
『ゴドゥフ』と呼ばれる、この時代のスポーツの一つである。
校長は趣味としてゴドゥフをこよなく愛していて、勤務中にも鍛錬に勤しんでいる……という話も聞いたことはあったが、そんなこと今は重要じゃない。
「校長。《宝物迷宮》について聞きたいことがあります」
「迷宮か? クルトでも分からないことがあるんだな。いいぞ、なんでも聞くがいい」
と校長は棒を壁に立てかけて、椅子に腰掛けた。
本来は一生徒がこんな気軽に校長室に来るのは、いかがなものか……という感じはするが、俺と校長の関係だ。
校長には「困ったことがあれば、いつでも校長室に来てくれ」と予め言われている。
俺は校長が座っているところまで近付いて、こう質問を続けた。
「今日、百層に辿り着きました」
「……ん? すまんすまん、クルト。最近耳が遠くてな。もう一度言ってくれんか?」
「百層に辿り着きました」
俺が繰り返すと、一瞬校長は固まる。
しかしすぐに目を飛び出さんばかりに大きくして、
「ええええええ! ひゃ、百層に辿り着いただと!? 一人を除いて、誰も辿り着かぬ未踏の地だと思っていたが……」
「ということは、俺達以外にも百層に辿り着いた者がいる。そういうことですよね?」
俺の問いに、校長は口を閉じた。
そして神妙な声音となって、
「うむ、まさか《宝物迷宮》の最下層に辿り着く者がまた現れるとは——いや、クルトだったらあり得る話か」
「そういう話はいいんです。今日、最下層に行ったらアイテムもなにも残されていませんでした。最初に辿り着いた人が、アイテムを根こそぎ取ってしまった……そういうことですよね」
俺が問うと、校長は「うむ」素直に頷いた。
「いかにも。あれは三十年前だったか……」
校長はそんな切り出しで、最初に最下層に辿り着いた『ある者』について語りはじめた。
「三十年前もここ魔法学園の校長をしていた儂の元に、一人の女性が尋ねてきたのだ」
彼女は校長にこう言ったのだという。
『悪い。《宝物迷宮》の百層、攻略しちまった』
と。
「随分軽いね……」
「それにどうして謝ったんですか?」
ララとマリーズが相づちをうった。
「そういう人間だったのだ。それに……《宝物迷宮》は生徒の教育のためにも使われる。無関係の自分が百層まで攻略してしまったことに対して、生徒のやる気を削がないか、といったことを危惧したんだろう」
「最下層に行っても、アイテムもなにも残されていないかもしれない……と生徒が考えてしまうからですか?」
俺の問いに、校長は首を縦に動かした。
「そして彼女はこう続けたのだ。
『最下層のアイテムは頂かせてもらう。しかし……もし生徒の中で、最下層に辿り着いた者がいたとするなら……きっとその子はとてつもない才能を秘めた子だ。私も一度会ってみたいから、その時は私を訪ねてくるように言ってくれ。もし私がその子を気に入れば、最下層にあったアイテムを譲ってもいい』
とな」
うむ。なるほど。
地下迷宮のアイテムは早いもの勝ちで、遅かった者が文句を言う筋合いもない。
だから仕方ないと思っていたところだが……どうやら、まだ諦めるには早いみたいだぞ。
それにこの時代で《宝物迷宮》の最下層に辿り着く者がいるとは。
彼女に対して興味も湧いてきた。
「その人はどこにいるんですか?」
「ふむ。それなんじゃが……」
そう言って、校長は金庫からとある一枚の紙を取り出した。
「彼女にこの地図を渡された。彼女はそこに住んでいるらしい。とはいっても、三十年前の話なのだが……」
しかしそれしか現状手がかりがないので、地図を頼るしかないだろう。
校長から少し黄ばんだ地図を受け取る。
「わわわ! なんて書いてあるか分からないよ!」
「これは……古代文字でしょうか?」
「シンシアも分からない」
と横からララとマリーズ、シンシアも地図を覗き込んでくる。
「うむ……彼女いわく、これ程度も読めない者は私のところに辿り着く権利なし、と言っていたな。彼女にとって、いわば古代文字で書かれた地図は試練なのだろう」
試練か……。
《宝物迷宮》の《秘匿された道筋》も、そういう側面があるからな。
今日は試されることが多い日だな。
だが。
「古代文字なら読める。彼女はそう遠く離れていない、ソキヘマーの渓谷というところにいるはずだ」
この時代の人間が『古代文字』と呼んでいるのは、1000年前に当たり前のように使われていた言語なのだ。
俺は地図を一瞬で看破し、それをララ達に伝える。
「ク、クルト! すごいよ!」
「そういえば、あなた……以前《宝物迷宮》の一層にある古代文字も、解読していましたね……」
ララがはしゃぎ、マリーズがあんぐりと口を開けていた。
「クルトは強いだけではなく、博識なのだな! それにしても、ソキヘマーの渓谷とは……あそこは凶悪な魔物も蔓延っていると言われている。そんなところに彼女は住んでいるというのか」
と校長も驚きを隠せないでいるようだが、俺は彼女にシンパシーを感じていた。
凶悪な魔物が蔓延っている?
そんなの……最高の場所じゃないか!
寝て起きたら、すぐ隣に魔物がいる。
絶好の鍛錬場所だ。
今すぐにでも彼女に会いたくなった。
「では早速行ってみます。ララ、マリーズ……そしてシンシアも、一緒に付いてくるか?」
「あ、当たり前だよっ」
「ここまで来て抜けるなんて、有り得ないんですから!」
「シンシアもクルトに付いていく」
どうやらまだしばらく三人との旅は続きそうだ。
地図を読むに、ソキヘマーの渓谷までは一日もあれば辿り着きそうだった。
そこの一番奥に彼女は住んでいるらしい。
問題は三十年前のことなので、もしかしたらもういない可能性もあるが……その時はその時で考えればいいだろう。
「そういえば、校長。その彼女の名というのは?」
「うむ」
校長は口髭を撫でながら、彼女の名前を口にした。
「アヴリル。大賢者とも呼ばれ、その姿を見た者は少ないとも言われている。彼女に会うことが出来れば、きっとクルトの糧になるはずだ」
大賢者アヴリルか。
今から彼女ことを考えると、胸が弾むようだった。
……校長室から出て。
「そういえば、三十年前も校長って校長してるって言ってたよね」
「そうみたいだな」
「だったらあの校長、一体何歳なんだろう?」
ララの疑問に、俺も首をひねるしかなかったのであった。