68・魔精霊達とかくれんぼ
「ここが九十九層か」
そこは水に囲まれた浮島のような場所であった。
地下迷宮内というのは、層ごとに風景をガラッと変える。
今回はあまり広い場所ではなく、こじんまりとした場所であった。
「百層に行くための道ってどこにあるのかな?」
「水の中じゃないでしょうか。それくらいしかありませんし……」
「探知魔法を使ったけど、出口の気配はしない」
浮島の上で、ララとマリーズ、シンシアはキョロキョロと辺りを見渡していた。
確かに百層に続く道は見当たらない。
そうなると……。
「「「来たね。おバカな、人間さん」」」
思考を巡らせていると、重なり合うようにして子どものような声が聞こえた。
視線を上げる。
すると、そこには背中に羽を生やした小人のような存在が、三人宙に浮いていたのだ。
「わっ! あれはなにっ?」
ララが声を上げる。
小人達は俺達の頭の上を、クルクルと回っていた。
「精霊……じゃないでしょうか? はじめて見ますが、文献では小さく空を飛ぶことも出来る存在……と」
「精霊、かわいい」
マリーズとシンシアが言う。
精霊には似ている。
しかし。
「二人とも、油断するな。あれは精霊じゃない。魔精霊だ」
俺は警戒心を解かず、二人にそう声を出した。
「魔精霊? 精霊とどう違うんですか?」
「魔族と精霊の間で生まれた子ども。それを魔精霊と言うんだ。普通の精霊よりも邪悪な心を持ち、人々に害をなす存在であることが多い」
魔族と精霊とでは、基本的に前者の方が魔力が多いとされる。
平和主義の精霊と違って、常に戦いの中に身をさらしている魔族がそうなるのは、ある意味当然の話であった。
それにしても魔精霊か。
なかなか珍しい存在で、転生前においても三度しかお目にかかったことがない。
魔精霊は精霊よりも魔力は多いが、神聖は少ない。
何度か見たことがあったからこそ、宙を飛ぶ小人達を魔精霊だと見抜けたのだ。
「それで……魔精霊がなんの用だ?」
「お兄さん、僕達とかくれんぼしよう」
「遊んでいる暇はないんだがな」
「ああ、安心して。ただの遊びじゃないから、きっとお兄さん達を退屈させないから。それにもし僕達とかくれんぼをしてお兄さん達が勝ったら、この先に行かせてあげるよ」
つまりこいつ等を倒すことが、百層へと続く鍵となるわけか。
改めて魔精霊を観察する。
魔精霊は帽子が赤色、青色、黄色の三人だ。
こうやって見ると、ついついほんわかとした気持ちになる者も多いと思うが、魔精霊の脅威を知っている俺は油断はしない。
魔精霊に村を滅ぼされた、という例を1000年前ではよく見ていたからだ。
しかし……こいつ等を倒さなければ、百層に行けないとするなら仕方ないだろう。
「その勝負乗った」
「ふふふ、よかったよかった。やっと遊べる」
黄色の帽子を被った魔精霊が言う。
「そうそう」
今度は青色の帽子の魔精霊。
「僕達が勝ったらね……」
最後に赤色の魔精霊がニヤリと邪悪に笑い、三人で声を揃えてこう続けた。
「「「お兄さん達の命をもらうね」」」
その瞬間。
突如黄色の魔精霊の姿がなくなったかと思えば、赤色と青色の魔精霊が魔法を発動してきたのだ。
「温いな」
魔精霊が放った魔法を、結界で防ぐ。
それと同時に俺の方もファイアースピアを放ち、魔精霊達の体を貫いた。
「ぐへっ!」
「お兄さん、強いね」
「早速僕、死んじゃったよ」
「うん、僕も」
体を貫かれた魔精霊はゆっくりと降下し、地面に倒れてしまった。
こいつ等の言う通り、本当に死んでしまった。
だが。
「どうせ蘇生するつもりだろう? さっさと甦ってこい」
俺がそう言うと「ちぇっ、驚かないなんてつまらないなあ」と言いながら、二人の魔精霊が復活し、再度魔法を放ってきたのだ。
「「どんどんいくよ!」」
火属性と氷属性、二つの魔法の槍が複数本俺達に襲いかかってきた。
それを俺は結界魔法で防ぎなら、二人の魔精霊を観察する。
「クルト、どういうこと!? こんなん全然かくれんぼじゃないじゃん!」
「一度死んだように見えましたが、そうじゃなかったんですか?」
「死んだふり? ……でも確かに生命活動を停止させたように見えた」
三人は蘇生したようにしか見えない魔精霊に戸惑っている。
「いや、確かにさっき魔精霊は俺の魔法に貫かれて死んだ」
「そうだったとするなら、どうして復活しているんですか!」
マリーズの声に焦りが出ていた。
対して、俺は三人を安心させるように冷静な声音で話す。
「どうやら、あの魔精霊は三人で一人。一人でも死なない限り、そいつが蘇生魔法を使って、残り二人を甦らせる」
蘇生魔法は1000年前において、俺も研究を続けていたが実現出来なかった分野だ。
しかし……その時から一つの可能性に気付いていた。
例えばもし二人の『魂』が一緒のものなら、魔力を同化させてもう一人を甦らせることが出来るんじゃないか、と。
とはいっても全く別人の二人の『魂』が同一など有り得ないことなので、途中で断念してしまった。
「この世の理から外れていると言われる精霊……その血を半分受け継ぐ魔精霊だったら、そういうこともあり得るのか……」
「なに感心しているんですか! だったら倒せないじゃないですか!」
「なあに、大丈夫だ。一人でも残っていれば、そいつが蘇生魔法を使う。だったら三人まとめて吹っ飛ばせば、復活させることが出来ない」
こうやって喋っている間にも、魔精霊は魔法を連発し続ける。
一度死んだことにより、魔力の消費がリセットされるようだ。
つまり相手は死なず、無尽蔵に魔法を使い続けることが出来るのだ。魔力が少なくなってくれば、自害すればいいのだから。
いくら俺でも、無尽蔵に放たれる魔法に対して、いつか結界も壊されてしまうだろう。
「ふふふ、でももう一人の僕達を見つけることが出来るかな?」
「見つけることが出来なかったら、まとめて吹っ飛ばすことも出来ないでしょう?」
魔精霊が小馬鹿にしたように言う。
『かくれんぼ』とは、そういうことだったのだ。
魔精霊達の復活を防ぐためには、もう一人の隠れた者を発見しなければならない。
しかし……俺はもう一人、この場から身を隠している魔精霊の居場所に見当が付いていた。
「どうせ、こことは違う次元に隠れているんだろう?」
「「!」」
魔精霊の動きが一瞬止まる。
「クルト、それってどういうこと?」
目を丸くさせて問うララ。
「違う次元に魔精霊の魔力を感知した。そうだな……第六十四境界といったところか。そこから二人が死ねば、蘇生魔法を使っている。そうだろう?」
俺の解答に、魔精霊は驚いたような表情になりながらも。
「……当たりだよ、お兄さん」
「でもそれが分かってもなにも出来ないよね? いくら頭が良くても、次元を超えることなんて出来ないんだから!」
より一層魔精霊から放出される魔法が激しくなっていく。
やれやれ。
次元を超えることが出来ない、だと?
よく俺を見て、そんなことが言えたもんだ。
「だが、次元を超えるなんて、そんなまどろっこしい真似も退屈だ」
俺は魔精霊に向かって手を掲げる。
同時に、俺達の周囲……ララ達も守るようにして、さらに強力な結界を張った。
これで準備万端だ。
余裕綽々の魔精霊に向かって、俺はゆっくりと魔法式を組み、
「次元ごと破壊してやる」
と続けた。
次の瞬間、この場……そして黄色の魔精霊が隠れている第六十四境界の次元に、大爆発が起こる。
次元爆破魔法ディメンション・ブラストのと呼ばれるものである。
その爆破に巻き込まれた赤色と青色……そして黄色の魔精霊も姿を現し、真っ黒焦げの状態で地面に倒れ伏せた。
「そ、そんなバカな……」
「次元ごと爆破するなんて」
「さっきの衝撃で、僕がいた次元も吹っ飛んだよ……」
息絶え絶えに魔精霊が各々口にする。
もう蘇生魔法を使う元気もないだろう。
「当たり前だ。言っただろ、次元ごと破壊してやると。次元ごと吹っ飛ばすつもりで、魔法を使ったんだからな」
「次元ごと爆破って……そんなメチャクチャな人間がいるなんて……ああ」
三人の魔精霊が光の粒子となり、空に舞い上がっていく。
するとなにもなかったはずの空間がヒビ割れ、道が現れたのだった。
「よし、三人とも。行くぞ」
「「「…………」」」
「どうした?」
「いや……次元ごと壊すなんて、クルトって相変わらずスケールが違うなーと思って」
ララが呆れ半分、驚き半分といったような風に言った。
「大丈夫だ。卒業する頃にはみんなも出来るようになっている——」
「「「出来ない!」」」
ここぞとばかりに、食い気味に三人が声を揃えた。
ふむ、本当のことなんだがな。
次元ごと破壊出来なければ、さらに強い敵とも戦えないだろうに。
「と、取りあえず百層に行くぞ。百層だったら、なにかいいアイテムもあるだろう」
基本的に迷宮の最下層というのは、いいアイテムが置かれている率がとても高い。
滅多に踏み入れる場所でもないからだ。
「わたし、一番乗り!」
「ず、ずるいですよ! ララ!」
ララが先頭で、空間がヒビ割れて出来た道を進んでいった。