66・秘匿された道筋
「クルト? 先ほど最下層と聞こえましたが?」
そう質問するマリーズの声が震えている。
「聞き間違いじゃないぞ」
「しょ、正気ですかっ? 《宝物迷宮》の最下層といったら、未だ誰も辿り着いたことのない地です。そんなところに行くとは……」
早口で捲し立てるようにしてマリーズは俺を止めようとしたが、途中でなにかに気付いたのか、
「……まあクルトだったら、出来そうですね」
と息を吐いたのだった。
「そうだよ、マリーズちゃん。だってクルトだよ?」
「クルトに不可能はない」
ララとシンシアは元から分かっているような態度である。
「……いくら不可能に見えても、クルトですからね。なんとかなりそうな気がしてきました」
「うむ。俺には不可能はないし、マリーズが分かってくれているのはいいことなんだが……なんだろう? この釈然としない気持ちは」
「もちろん、私達も付いてきますからねっ」
「当たり前だ。それに……かなり小規模なものとはいえ、地下迷宮の最下層に行く経験は計り知れないものになるだろう」
「《宝物迷宮》を小規模だなんて……」
マリーズが口をパクパクさせている。
俺の見立てでは、もうララとマリーズ、それにシンシアも《宝物迷宮》の上層では敵なし、といったくらいのレベルにはなっている。
ララとマリーズにいたっては、二人で力を合わせてダークデーモンを倒せるまでになったのだ。
普通の経路では、十分な経験が出来ない。
ならば最下層まで付いてきてもらう、というのは二人のことを考えたら妥当な判断だろう。
「それで……いつお行きになるつもりですか? 準備もしないと……」
「今日だ」
「今日……?」
マリーズの表情が固まる。
「それでもっと言うと、最下層までは今日中に辿り着こうと思う」
「……それは本気で言ってますか?」
「本気だ」
腕を組んで、俺はマリーズに断定する。
また「無茶ですよ!」なんて言って、反対されるんだろうか?
……と身構えていたら、マリーズは溜息を吐いてこう続けた。
「……分かりましたよ。クルトが出来るって言うなら、出来るんでしょう」
「信じてくれてなによりだ」
でもなんだろう。
さっきから、この呑み込めないような感情は。
◆ ◆
俺はララ、マリーズとシンシアの三人を連れて、放課後に早速《宝物迷宮》に潜った。
「最初から変だと思ってたんだ」
三層までスムーズに到着して、クルッと三人の方を振り返って、俺はそんな切り出しで話をはじめた。
「変……? この三層がってこと?」
ララが首をかしげる。
「ああ。三層っていうと、帝国との交流戦の範囲にも入っていたほどだ。危険は下層に比べて少ないものだと思うし、今まで何人もの生徒が足を踏み入れてきた」
正直ここに来るまで、まともなトラップも設置されていないし、リザードマンやといったかなり弱い魔物しか出てこなかった。
それは三層も同じことである。
だが……三層で明らかに異質な存在が一つだけあった。
「それなのに……どうしてベヒモスなんていう魔物が出るんだ?」
そうなのだ。
俺達が最初に《宝物迷宮》の三層に足を踏み入れた時。
《災害級》に指定されているらしいベヒモスに遭遇した。
1000年前においては、ベヒモスなど子どもが練習用に狩るような弱い魔物だから気が付くのが遅れてしまった。
この時代においては、例えベヒモスは一体であっても、村や町に甚大な被害を及ぼす。
だからこそ《災害級》なんて指定がなされているのだ。
「あの時は偶然だと思っていた。そもそも俺にとったら、下級魔物のエビルバードもベヒモスも似たようなものだったので、あまり気にしてなかった」
だが、あれから何度も《宝物迷宮》に潜った際。
かなり少ない頻度であったが……ベヒモスには何回か遭遇していた。
よくよく考えれば、これはおかしい。
どうして《災害級》として恐れられている魔物が、たかが三層で出現するんだ?
三層に現れる魔物からして、ベヒモスは明らかに逸脱した存在だ。
そこに俺は《宝物迷宮》攻略のヒントが隠されていると読んだ。
「まず……三人は迷宮というのは、ショートカット出来る隠し通路のようなものが存在出来ることを知っているか?」
「「「え?」」」
三人が声を揃える。
「隠し通路……と言ったら道を思い浮かべるかもしれないがな。しかし一概にはそうじゃなくて、次元と次元が繋がっている転移装置みたいなものがあるんだ。それで違う層を一瞬で転移することが出来る」
「ク、クルト! それは本当のことなのっ?」
初耳だったのか、ララが目を丸くする。
まあ仕方ない。
1000年前に、俺は世の中の地下迷宮と呼ばれるものに、この隠し通路が存在していることを見つけた。
それは冒険者にとって革命的なものであったが、有効に利用できる者は少なかった。
何故なら。
「迷宮に俺達の力を示さなければならない」
「というと?」
「例えば一層から三十層まで転移出来る場所を見つけようとする。だったら三十層なんて軽く踏破出来る実力を、迷宮に示す必要がある」
「まるで迷宮が冒険者を試しているようですね」
「マリーズ。それは言い得て妙だな」
実際、隠し通路の存在は知っていたが、どうしてこんなものが用意されているのかは分からない。
マリーズの言った通り、迷宮が冒険者に対して試練を出している……というのは、今まで俺が考察した中でしっくりした考えだ。
別に迷宮というものは、誰もが最下層を目指す必要はない。
そこに至るまでに、魔物の素材や落ちているアイテムを拾うことも出来るのだ。
しかし……最下層に早く到達したい、という事情があるなら、これを利用しない手はないだろう。
「その隠し通路のことを、俺は《秘匿された道筋》と呼んでいる。今回はその《秘匿された道筋》を通って、迷宮を大幅にショートカットしたいと思う」
「クルトの言いたいことは分かりました。でも……それはどこにあるんでしょうか?」
「それを今から試す」
俺はそう言いながら、胸元からとある魔導具を取り出した。
「あっ」
それを見て、真っ先に声を上げるシンシア。
「シンシアは気付いたようだな。そうだ、これは《四大賢者》のメイナードが持っていた魔導具だ」
メイナードはこれを利用して、魔物を王都に誘き寄せていた。
あれから俺はこの魔導具を拾い上げて、なんとか利用出来ないかと分析を続けていたのだ。
「とはいっても、使い方なら10分で理解したんだがな」
一見、ネックレスのようにも見える魔導具を弄って、装置を起動させる。
すると魔導具から超音波にも似た魔力が、迷宮内に拡散していったのだ。
「本当に利用したの?」
「ああ。ララ達にはまだ感知することが出来んかもしれんが」
1000年前から、本当に強い魔物ほど俺から逃げてしまうので、なかなか戦えないことが悩みの種だった。
しかしこの装置があれば……。
「うわっ! ベヒモスがこっちに来るよ!」
「しかも一体……二体……いえ、三体もです!」
地響きを上げて、地平線の向こうからベヒモスが駆けてくるのが見えた。
「よし……今からベヒモスを四人で狩るぞ」
「わ、私達がですか?」
マリーズの表情が強ばる。
「そうだ。目標は取りあえず三十体だな」
「さ、三十体っ? 正気ですか?」
「ああ。大丈夫。一応今回は俺も手伝うけど、三人の実力なら、十分ベヒモスの二十体や三十体倒せるはずだ
「で、ですが……《災害級》を相手に」
「俺がマリーズ達の実力を保証しているんだ。信頼出来ないか?」
最初は怖がっていた三人であったが、俺がそう言うと目の色を変えた。
「そうですね。あなたが出来ると言っているなら、可能なのでしょう」
「私とマリーズちゃんで、前は百体もの魔物を倒したんだからねっ! それを思えば三十体なら楽勝に思えてきたよ」
「……シンシアも頑張る」
ふむ。頼もしい。
ララとマリーズにいたっては、かなりの成長速度だ。
シンシアはまだ落印魔力の使い方を完全に理解していないが……俺達と一緒にいたら、すぐに実力が追いついてくるはずだった。
「よし……! 一気に畳みかけるぞ!」
その後、俺達は力を合わせてベヒモスを狩っていった。
見る見るうちに、ベヒモスが倒され数を減らしていく。
だが、魔導具に釣られて次から次へとベヒモスが押し寄せてきた。
正直ベヒモスごときなら、俺一人でもなんとかなるんだが……三人の経験値稼ぎと思って、積極的には手を出さなかった。
そして三十分もすれば……。
「はあっ、はあっ。本当に私達、ベヒモスを三十体も倒しちゃった……!」
ベヒモス三十体分の死体が、目の前に積み重なっていたのだ。
「さて……ここからだが」
俺の思った通りだったら、これで《秘匿された道筋》が発動するはずだった。
そう思った矢先。
「ベ、ベヒモスの死体が光り出しました!」
マリーズの言った通り、山のように積み重なっていたベヒモスから眩い光が放ちはじめたのだ。
よし!
思惑通り、どうやら当たりだったみたいだ。
「やはり……ベヒモスを大量に倒すことが、《秘匿された道筋》の鍵となっていたか」
俺はそう口にする。
ベヒモスからの光は徐々に大きなボールサイズへと変わっていった。
魔力を解析するに……ここに飛び込めば、五十七層までは一瞬で転移出来そうだった。
「でもどうして、ベヒモスを倒すだけでこんなものが現れるんだろう?」
「言っただろ、これは迷宮からの試練だって。俺達はベヒモスを大量に倒すことによって、迷宮に力を示したんだ」
迷宮や層によって、《秘匿された道筋》を出現させるための条件は多岐に渡る。
それを見つけるためには、ただ力があるだけではなく知恵もなければダメだ。
今回は他の魔物から考えて、明らかに逸脱したベヒモスの存在があった。そこに気づけるかどうか、が《秘匿された道筋》出現の鍵だったのだ。
「よし……早速ここに入って、五十七層まで行くぞ」
そして俺の読みでは、五十七層にまた《秘匿された道筋》が存在する可能性が高い。
地下迷宮というものは相応の実力があれば、最下層まで《秘匿された道筋》を通してすぐに到着出来る仕組みになっているのだ。
またそれを見つけることが出来るよう、頭を回転させておかなければならない。
「だ、大丈夫かなっ。五十七層なんてなにがあるか分からないし……」
「なあに、ララ。大丈夫だ。だってこれが現れるということは、五十七層なんて簡単に攻略出来る、と迷宮からお墨付きをもらっているようなものだ。自信を持てばいいだろう」
俺がそう言うと、三人は力強く頷くのであった。