65・聖剣
探知魔法を使って、その女の子の正体を探る。
「あ……やはり、あの方こそ運命のお方……」
女の子はもじもじしながら、そう口にして顔を赤らめていた。
それにしても……どうして、柱の影に隠れるようにしているのだろう?
身に付けている煌びやかなドレスは、貴族……いや、下手すれば王族のものと言ってもおかしくないものだが……。
「ああ……! でもダメ! クルト様は貴族でもなんでもないんでしょうし……結婚が認められるわけがありません……!」
け、結婚!?
どうしてそこまで飛躍する?
しかもなんで一人でぶつぶつ呟いているのだろうか。
摩訶不思議な女であった。
「ですが……エヴリーヌ! 諦めてはいけません! 探し求めていた運命のお方が現れたのです! ここで諦めては、民を導く王女失格ですわよ!」
と女の子は自分に言い聞かせるようにして言った。
どうやら『エヴリーヌ』というのは、他の誰かではなく、女の子自身の名前らしい。
そして彼女は、どうやら王女であるらしい。
それが本当なら、王女様がなにをしているんだか。
だが、おかげで素性を調べなくても女の子が何者なのか分かった。勝手にエヴリーヌからべらべら漏らしているだけだが。
「まあ関わり合いにならなかったらいいか……」
どちらにせよ、俺に対する敵意は一切見当たらないしな。
そうこうしている間に、国王と大臣らしき側近が二階席から降りてきた。
「クルト! どうしたのじゃ? なにやら心ここにあらずといった感じじゃが……」
「いえ、なんでもありませんよ」
開口一番、心配するようにして口にした国王を、俺は手で制す。
「さて。では……もういいですかね? これだけ力を見せれば、騎士団長とやらも認めてくれるでしょうし。今はまだ気絶しているみたいですが……」
と続けようとしたら、
「ふ、不正だ!」
いきなりガバッと騎士団長のアークが上半身を起こした。
「わ、私がこんな簡単にやられるとは有り得ない! なにかおかしなことを……や、っている、に決まっている……!」
そのままアークはふらふらと立ち上がろうとするが、足取りがおぼつかない。
死んでしまっては後々困りそうなので、背中の傷にいたっては回復魔法で治癒してやったが、他のダメージについては残っているようだ。
「不正? 俺がなにかやったと思っているのか?」
「そ、そうだ……! 私はまだ認めんぞ!」
「はあ」
溜息を吐く。
これだけやっても、まだそんな減らず口を叩けるとは。
仕方がない。
「この地面に落ちている神剣……国宝……? ってのがお前の愛剣なんだよな」
「さ、触るな! お前ごときが触っていいものではない!」
アークはすぐに剣を取り返そうとしてくるが、一人で勝手に転んでいた。
「うーん……これが神剣か」
正直、ひどいものだ。
神槍は失敗品ではあるものの、俺が1000年前に作ったもので間違いない。
しかしこの神剣と呼ばれている武器は俺が作ったものではない。
そのせいでさらに神槍よりもさらにひどい。
だって魔法がたった一つしか付与されていないんだぞ?
オリハルコンなんていうわざわざ脆い金属も使っているんだぞ?
これでは神剣の名にふさわしくない。
だから。
「……よし。こんなものか」
「お、お前! なにをした!」
地面に尻餅をつけたまま手を伸ばしてくるアークであったが、それを無視する。
そのまま神剣を地面に突き刺した。
「この剣は新たに生まれた変わった」
「はあ?」
「聖属性の魔法を五十付与した」
「お前はなにを言っている?」
「一般的に聖属性の魔法をそれだけ帯びた剣は……聖剣とも呼ばれるな」
神剣……改め聖剣の刀身は光を放っているようであった。
鍛冶系の魔法は、1000年前より引き続きあまり得意ではない。
しかしこの聖剣を使えば、光精霊を喚びだし、ダークデーモンの百体や二百体くらいなら楽に倒すことが出来るだろう。
苦手とはいえ、これくらいは出来るのだ。
ただし——使いこなせれば、の話であるが。
「ふざけた真似をするな! 五十も魔法を付与出来るはずがないだろうが! さっさと返せ!」
アークがふらふらと地面に刺さった聖剣を抜こうとする。
しかし。
「ど、どういうことだ! どうして剣が地面から抜けない!」
アークがどれだけ力を込めて抜こうとしても、聖剣はびくともしていなかった。
「当たり前だ。聖剣というのは人を選ぶ」
「人を……選ぶ……?」
「ろくに魔法も制御出来ない騎士団長ごときだったら、その聖剣を抜けないだろうな。聖剣を抜けるように……これから精進を続けるがいい」
「そ、そんなバカな!」
アークの声が訓練場に響き渡った。
髪もボサボサで、顔も汗をかいており見るからにベタベタしている。
とても騎士団長には見えず、浮浪者かなにかに見えた。
「こ、こんのっ! どうして私が剣を抜けないんだ!」
一生懸命、アークは聖剣を抜こうとする。
何度も挑戦しては尻餅をつくアークは惨めであった。
「お、おいこのクソ野郎!」
聖剣を抜くのを諦め、アークはあろうことか俺の胸ぐらをつかんできた。
「さっさとなんとかしやがれ! これ以上不遜な態度を続けるようだったら、牢屋に放り込んでやる!」
「騎士団長アーク! 見苦しい真似は止めるがいい!」
「えっ……? こ、国王陛下!」
アークの顔が恐る恐る国王の方を向く。
国王の表情からは、静かな怒りがふつふつと感じられた。
「お主は負けたのだ。それ以上なにか言うことは、この儂……国王への反逆を意味する」
「そ、そんな……国王陛下……! 私はなにも悪くありません!」
「それに……これだけお主が惨めだとは思っていなかった。実力だけではなく、心がこれほどまでに醜いとはな」
「え」
「お主の処遇も考えなければならない、ということだ。覚悟しておくがいい」
「そ、そんなあああああああ!」
アークががっくしと地面に膝をついた。
これ以上、俺には暴言を浴びせそうにない。
まあ仕方ない。
せめてその聖剣を地面から抜けるようになってから、出直してくるんだな。
「それよりもクルトよ」
アークのことはもうどうでもいいのか。
国王がクルッと俺の方を向き直す。
「どうじゃ? 考えてくれぬかよ。この者になり代わって、どうかこの国の騎士団長になってはくれぬかよ? 報酬は弾むぞ」
「国王陛下、言ったでしょう。俺は一学生です。そういう騎士団に入るうんぬんという話は止めていただきたい、と」
「う、うむ……そうじゃったな。しかし……!」
「それよりも、俺を敵に回したいんですか?」
その台詞を言った後に、少し言い過ぎな感があった。
もしかしたら、この台詞は国王への敵意だと見られるのではないか、と。
しかし国王は、
「ほっほほ。それは怖いな。クルトを敵に回すことは得策ではない」
と機嫌よく笑ってくれたのだ。
想像以上に話の分かる国王のようだ。
「あと国宝を勝手に聖剣してしまってすいません。ああでもしないと、あいつは黙りそうになかったですから……ダメだったら、すぐに戻すことも出来ますが?」
「よいよい。いくら国宝でも、聖剣なんて立派なものになったのじゃ。結果的にいいじゃろう。それよりも聖剣などというものは簡単に作れるのか? 聖剣は神話上の話だけだと思ったが……」
国王は地面に刺さった聖剣を見て、うーんと唸った。
「神話上? そんなことないですよ」
俺は最後に国王にこう言った。
「練習すれば誰でも出来るようになります」
◆ ◆
「出来るようになるわけないじゃないですか!」
学園に戻ってきてから。
ララとマリーズ、シンシアに王宮に呼び出された時のことを説明していた。
するとマリーズが真っ先に声を荒げた。
耳が痛い。
「どうして聖剣なんて簡単に作っているんですか! あなたは神かなにかですか?」
マリーズが俺に顔をぐっと近付けて、そう続けた。
「そんなことはない。それに俺は鍛冶系の魔法は苦手だからな。ちょっと練習すれば、これくらい誰でも出来るようになるはずだ」
「私はそうは思えませんが……クルトが言うなら、もしかしてと思ってしまう自分が嫌です」
とマリーズが腰に手を当て、息を吐いた。
「やっぱりクルトはすごいんだね! 王様に呼び出されただけじゃなく、聖剣なんて作っちゃうなんて」
「クルトはこの国の誇り。この国の守り神」
ララとシンシアは、手放しで賞賛してくれるようであった。
「まあともかく……今回この話をしたことは、王宮に行ったことを自慢したかっただけじゃない」
「そんなこと分かっています。あなた、王宮に行ったことも大したことじゃない……と思っている素振りありますしね」
実際思っている。
「神槍ボーニキアという、いい武器の素材も手に入ったし……」
「ツッコミどころが多々ありますが、それで?」
「どうせだから、今使っている剣じゃなくて、もっとまともな武器を作ろうと思っているんだ」
ジト目を向けてくるマリーズに向かって、俺はこう続けた。
「そのための素材集めとして、《宝物迷宮》の最下層に向かいたいと思う」
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