64・300の斬り傷
「ふんっ……仕方ない」
五十人が一瞬でやられたのを見ても、騎士団長のアークには臆した様子がなかった。
落ち着いた様子で鞘から剣を抜く。
「もしやお前は私が弱い……と思っているのではないか? 戦いたくなかったから、まずは五十人の騎士達と戦わせたと」
「違うか?」
「ククク。そう思っているなら、滑稽だな。これでも私は騎士団長まで上り詰めた男だ。魔法などこざかしい真似が使えずとも……お前を斬り伏せる!」
そう言うアークは自信満々のご様子であった。
ん……アークの持っている剣、他のヤツ等と比べてなかなか上等なものを使っているみたいだな。
素材として使うなら、なかなかの武器を作れるに違いない。
そんな煌めく彼の剣を見て、二階席の観客からどよめき声が聞こえてきた。
「あれは……もう一つの国宝とも言われている神剣マミラ!」
「噂ではあの剣を持って、一万の軍勢を一人で相手していたというな」
うむ。
どうやら国宝として崇められているものを持っているらしい。
剣の質はどうであれ、アークの自信の源は分かった。
「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさとはじめよう。ルールはさっきと一緒でいいか?」
「この剣を見ても臆さないとはな……後悔するがいい」
アークが剣を構える。
さて……。
先ほど、アークは「魔法を使えない」と言ったな。
ならば俺の方も趣向を凝らすとするか。
「やああああああああ!」
アークが雄叫びを上げながら、剣を振りかぶって突進してきた。
俺はその様子を目にするなり、愕然としてしまった。
——そんな隙だらけで突っ込んできて、大丈夫か?
気合の一声かなにか知らないが、そんなことをすれば攻撃の始動がバレバレだ。
俺は剣で防御しようとする。
「かかったな」
アークの口角がニヤリと上がる。
瞬間、アークの剣筋が変化し、俺の腹を狙ってきたのだ。
フェイントだ。まあバレバレであったが。
しかし。
「まだまだ遅いな」
最初からフェイントは読めていた。
どんなものかと思ったが……いかんせん速度が足りない。
俺は地面を蹴って、アークの頭上へと飛んだ。
「むっ……き、消えた?」
アークがキョロキョロと辺りを見渡している。
俺の動きを目で捉えられないか……。
もういい。さっさと終わらせよう。
俺はアークの反対側に着地すると同時、その無防備な背中に剣撃を浴びせた。
「ぐああああああああ!」
アークが悲鳴を上げる。
背中を斬られたアークは、ゆっくりと地面に膝を付く。
「が、あ……そ、そんなバカな……?」
アークの手から神剣とやらがこぼれ落ちた。
なかなかのもんだったが、当たらなければ意味がない。
それを見て、二階席から歓声が巻き起こった。
「い、一体なにが起こったんだ?」
「二人の動きが速すぎて見えなかったぞ!」
「しかし……たった一撃であの騎士団長がやられるとは……どんな剛力なんだ?」
「一撃じゃない」
観客には聞こえないだろうが……俺は思わず口から言葉をこぼしてしまっていた。
アークの背中には、十七つの傷が付けられている。
そう。
他の者には一振りしたようにしか見えなかったと思うが、俺はさっきの攻撃で十七回斬りつけたのだ。
当然の結果であった。
「ぐっ……! その速度、やはり魔法か……? なんと卑怯な真似をする……」
アークがゆっくりと俺の方を振り返る。
魔法を卑怯……だなんて呼ばわりされるのは気に喰わん。
そっちが魔法を使えないのが悪いのだ。
しかし……そんないちゃもんを付けてくるとは予想出来ていたので。
「さっきは魔法を一切使っていない」
「……はあ?」
「ただ純粋に身体能力のまま攻撃しただけだ」
俺の言葉に、アークは絶句していた。
そもそもこれは戦争でもなんでもない。ただの余興だ。
実力差を思い知らせてやるためにも、同じ条件で戦ってやろうと考えたのだ。
……まあ戯れにしかならないが。
「う、嘘を吐くな! さっきの攻撃が魔法を使わずに出来るなんて……ふ、不可能だ!」
「じゃあ次は魔法を使ってみせようか?」
俺は訓練場の壁に向かって歩く。
そして壁を破壊しないくらいまで手加減をして、剣を振るった。
無論、今度はクイックムーヴといった身体強化魔法を使っている。
すると……。
「300だ」
それだけで、壁に無数の切り傷が付けられていた。
その数……丁度300。
「……そ、そんなバカな……!」
即座に壁に付けられた剣の傷を数えることが正確に出来なくても、その無数の斬り傷を見て悟ったんだろう。
『こいつは嘘を吐いてない』
とな。
「どうだ? まだやるつもりか?」
俺は剣先をアークに向ける。
するとアークは青白い顔をして、そのまま前のめりに倒れてしまった。
「……口ほどにもないな」
鞘を剣に収める。
「国王陛下。どうやら騎士団長は体調不良みたいですよ? いくらなんでもたった一撃で倒されるわけないでしょうから。でも……明らかに戦闘不能ですし、どちらが勝ったか明白でしょう?」
二階席の国王に呼びかけた。
「う、うむ……な、なにが起こったか儂には分からぬが……勝負の結果は分かる」
国王陛下は興奮した様子で、
「す、素晴らしい……! やはりクルトはこの国の宝じゃ! 問答無用でクルトの勝利じゃ!」
と俺の勝利を告げた。
同時に爆発的な歓声が巻き起こる。
「さて……と」
……勝ったのはいいのだが、さっきからちらちらと視線を感じるな。
他の者とは、どうやら種類が違う。
虫が目の前を飛んでいるようで、気にかかるのだ。
どうやら俺と同世代くらいの女の子みたいだが。
「脅威になりそうにないから放っておいたが、さすがに気になるな」
探知魔法を使って、視線の元を探った。
すると……二階席の柱の影から、縦髪ロールの女の子がちょこんと顔を出していたのを発見したのだ。