62・国王に呼び出されて
三章開始です!
「クルト・レプラクタよ。大義であった。国民の代表として、儂が礼を言う」
この国の王……国王がそう告げた。
俺は国王の前で膝を付き、頭を下げて国王からの言葉を有り難く頂戴した。
その周りには何人かが、俺と国王との対面を見守っていた。
……本当はこんな真似したくないんだけどな。
1000年前においても、国の王の前だろうが、俺は態度は崩さなかった。
しかしわざわざ波風を立てる必要もないのだろう。
1000年経って、俺も大人になったのだ。
「それで……国王陛下。俺になんの用ですか?」
国王に問う。
立派な口髭を蓄えた国王は、その髭を撫でながら、
「うむ。そなたの話は、ロザンリラ魔法学園からよく聞いておる。今回にいたっては、王都に魔物の大群が押し寄せてきた、ということらしいではないか。それを未然に防いだその力……一度、会って感謝の意を伝えるのはなにもおかしいことではないじゃろう? なあ、魔法学園の校長よ」
「はっ!」
隣に並んで、一緒に話を聞いていた校長が短く返事をする。
俺よりも何百倍も緊張してるらしいな。
俺の方は「早く帰りたい」くらいにしか思ってないのだが。
——魔物の軍勢を、ララやマリーズの力も借りながら殲滅し、《四大賢者》のメイナードを倒した後。
俺はここ王宮に呼び出されたのだ。
当たり前の話をするが、王宮とは国王が住む城である。
その城は高くそびえ、王都のどこにいても拝むことが出来る。
面倒臭かったが……まあ仕方がない。
なんせ、今回のことは一学園の問題にしておくには、あまりにも大きくなりすぎなのだ。
国の王としては、話を聞かないわけにはいかないのだろう。
「さらに今回だけではない。色々と話は聞いておる。いわく、交流戦ではディスアリア魔法学園が不正をしてきて、中立都市で話し合いをしようと思えば、暗殺者を差し向けてきた……と」
うむ。
最近のことであるが、ひどく懐かしい記憶のような気がするな。
これも当たり前のことかもしれないが、全て国王の耳には届いていたか。
「いわく、そこにいるクルトは生徒でありながら、教師としての側面を備えておると。ロザンリラ魔法学園の生徒の力を底上げし、今回の魔物襲撃にも対応することが出来た……」
これも間違いではない。
あれから、ララやマリーズだけではなく、他の生徒にも無詠唱魔法を教えていった。
その結果、非効率な魔法の常識が少しずつ見直されていったのだ。
「いわく、クルトは大天使の恩恵を受けた神の子だと。いわく、千人の恋人が学園内にいると。いわく、その実力は時空も超えることが出来ると……」
ん?
なんか間違った情報が混ざり始めたぞ。
その中で、あながち間違っていないのは最後の方だけだが。
「その通りです、国王陛下。クルトの情報に一つも間違いはありません」
おいおい。
校長が自信に満ちたような表情で、そう言い切ったぞ。
俺もいちいち訂正するのが面倒臭かったので、口を閉じておいた。
「うむ。聞くところによると、クルトはこの国の宝……いや、勇者じゃな。今回の魔物襲撃も、クルトがいなければ戦争に発展していたじゃろう」
勇者なんて止めてくれ。
1000年前において、勇者の称号を与えられた男がいたのだが、へっぽこすぎて呆れた記憶があるのだ。
あいつの姿と重なってしまうので……どうしても苦い顔をしてしまう。
「そこでじゃ。今回の件に関して、クルトにささやかながら褒美を用意した。クルトよ、受け取ってくれるか?」
「まあ……貰えるもんなら、貰いたいですが……」
頬を掻く。
『ささやかながら』なんて言葉を使うから、あんま大したことはなさそうだな。
だから、あまり期待をせずに返事をした。
「まずは一つ目……王都から近いところに、領主不在の領地がある。そこの領地をさずけよう。ついでに『公爵』の位も授けよう」
「結構です」
即答する。
「なっ……あいつ、国王陛下からの褒美を断りやがったぞ? なにを考えてんだっ!」
「もしやこれくらいの褒美じゃ足りないと言っているのか! いや……今回やったことを思えば、足りないと感じてもおかしくないが……」
「最悪、王都が滅んでいたからな」
俺達を取り囲み、話に耳を傾けている人達がざわついている。
逆なのだ。足りないんじゃなくて、多すぎるのだ。
たかがダークデーモンの群れや、噛ませ犬の臭いがする《四大賢者》を倒したごときで、領地なんて貰ってたら、これからどうなるんだ。
最終的には国王にまでなってしまうんじゃないか。
他の余り物のの魔物は、ララとマリーズが倒したんだしな。
「……失礼ですが、俺はまだ学生の身です。領民を導けるほど立派な人間でもありません。それに勉強で忙しいですからね。またその話は学校を卒業してからにしていただけませんか?」
「う、うむ……そなたがそう言うなら、儂はそれでも構わないが……なかなか謙虚な男のようじゃな。ますます気に入ったぞ」
よかった。
どうやら国王の機嫌も損ねていないらしい。
ちなみに、立派な人間ではない……学校を卒業してから……というのは全て建前だ。
そもそも『俺より強いヤツ』を求めて1000年後に転生したのに、どうして領地経営なんてやらないといけないんだ?
俺の性に合わん。
「では国宝を授けよう」
「国宝?」
「うむ。この国に1000年前から伝わる神槍ボーリキアじゃ。とはいっても誰も使いこなすことが出来ん。そなたならこれを使いこなすことも出来るじゃろう」
なんか嫌な予感がする。
国王がそう言うと、別室から三人の騎士らしき人間が、一本の槍を運んできた。
ケースに収められていて、なかなか厳重だな。
「ああ……」
しかしそれを見て、俺は即座に「いらない」と言ってしまいそうになった。
何故なら神槍ボーリキアとやらは、1000年前に俺が作った失敗品だったからだ。
鍛冶系の魔法は、唯一あまり得意ではなかったが、戯れに作ってみようと思ったのだ。
合計で三千本は剣や槍を作ったが……これは一発目に作った槍だ。
あまりにも酷い出来だ。
なんせ三十の魔法しか付与していない。魔金属の加工も不十分だ。
ちなみに……ボーリキアってのは俺のつけた名前ではない。
こんな失敗品でどこに捨てたかも覚えていない槍に、そもそも名前などないのだ。
「どうだ? そなたなら分かるじゃろう。その槍には、とてつもない魔力が秘められている……らしいな。普通の人ならまともにその槍を手に取ることも出来ない、と聞いておるぞ」
俺がガッカリしているのを、驚いていると勘違いしているのだろうか。
国王がすらすらと続けた。
「ん……まあ、はい。この槍でいいです」
「あまり嬉しそうではないな!?」
「そんなことはありません。ただ驚いているだけですよ」
俺は神槍を手に取る。
それだけで周りから「おおお」とどよめきが起こった。
この槍の出来はひどいものであるが、魔石も何個か埋め込んでいるし、素材としては使えるだろう。
これ以上断りすぎると、キリもないし国王の心証も悪くなるだろうし……このへんで手打ちにしておこうと思ったのだ。
俺がそんなことを思っていると、
「こ、国王陛下! 本当にそんな少年に神槍を授けてしまっていいのですかっ?」
突然、国王の隣に立っていた男が声を上げた。
「騎士団長アークよ。今更なにを言っておるのじゃ?」
「し、しかし……!」
男……騎士団長のアークとやらは、未だに納得しきれていないよう。
今まで我慢していたが、俺が槍を手に取っているのを見て、とうとう感情が爆発してしまったのだろう。
アークという男だけ、俺のことを見る目に敵意があるのは最初から分かっていた。
まあ大した脅威にもならないので、放っておいたが。
「それに……私はその少年クルトの力を疑っています」
「アークよ、なにを言うのじゃ?」
「少年一人がダークデーモンの群れを倒した? 最強種とも恐れられている魔族を? そんなメチャクチャな話、あるわけないでしょう。我が騎士団でも、魔族一体とだったら多大なる犠牲を払わねばなりません」
こいつ、俺のことを疑っているみたいだな。
まあこの国を守っている騎士団からとったら、俺みたいな存在はプライドも傷つけられるし、邪魔な存在と思っていても仕方がない。
「そこで……私に名案があります」
アークは予め考えていたのだろうか。
国王の前でも臆した様子はなく、話を続けた。
「この少年の力を、今一度……騎士団の方で計らせてくれませんか?」
「な、なんじゃと? それはあまりにも騎士団長よ、失礼な話ではないか」
「なら一度クルト殿に魔法や戦い方を教授していただきたい。それほどの戦力だ。もしそれでよかったら、騎士団への入団を認めるのもいいでしょう」
騎士団?
こいつ、なに言ってんだ?
騎士団なんて入ったら、学校に通うのが難しくなるじゃないか。
それに俺は一人で自由に生きたいのだ。
騎士団なんてものに縛られるつもりはない。
「う、うむ。クルトがいいというならば……」
「どうだ、クルト殿よ? 国王陛下もこう言っておられるぞ。どう思う?」
アークはニヤリと口角を釣り上げて問うた。
困った……。
ただじゃ帰らせれてくれそうにないぞ。
しかし……この時代の騎士団の実力、というのも一度知っておきたい。
この中に『俺より強いヤツ』がいるかもしれないしな。
「……条件が一つあります。騎士団に入るうんぬんはまた別の時にしてもらいたい。何度も言うようですが、学生の身ですから……あっ、もし騎士団じゃ抑えられない敵が現れたら、一学生として力になってもいいですよ」
「ククク、自信満々だな」
アークが笑う。
「よかろう。是非、騎士団として一緒に戦ってもらいたいが……そこまで魔法学園にこだわりがあるなら、そうするがいい。それに魔法学園で他の生徒を導いた方が、将来的には国の戦力となりそうじゃ」
と国王が頷く。
どうやら国王は話が分かる男らしい。
運がいい。1000年前の経験だったら、無理矢理王室に入れようとしてくる輩もいたからな。
「では、謹んでお受けします」
いい運動くらいにはなるだろう。