60・大いなる嘘
「教えろ。この世界の真理について、お前は他になにを知っている?」
と俺は問いかけた。
無論、答える相手は……。
「真理? 《魔王魔法》についてかい?」
メイナードだ。
メイナードの体は既に滅んでいる。
命を燃やして魔力を消費し、光による裁きをによって身を焼かれた彼の『魂』に俺は話しかけた。
もう少しでこの魂も消滅してしまう。
その前にメイナードに聞きたかった。
「……おそらく、僕が知っていることは君も知っているんだろう?」
「帝国の貴族が1000年前の《魔王魔法》を封印した。封印にはフォシンド家が関わっている。《四大賢者》に《魔王魔法》の一部が授けられた。そという情報か?」
「うん」
もう諦めているのだろうか。
メイナードはすらすらと続ける。
「僕が他に知っている情報は二つだけだ。一つは僕等《四大賢者》はただの実験体に過ぎない、ということさ」
「実験体?」
「ああ。帝国は《四大賢者》による《魔王魔法》やその理論……の実験に成功し、さらなる力を付けた。帝国を侮るのは、いくら君でも危険ということさ」
「その力とはなんだ?」
「言っただろう。僕等《四大賢者》はただの実験体。しかも僕は《失敗品》として、フォシンド家から追放されている。なにも知らされていないのさ」
メイナードの言葉からは、嘘を吐いているように見えなかった。
まだメイナード……《四大賢者》ですら氷山の一角、ということか。
しかし。
「構わん。帝国がなにを企んでいようとも、なにを仕掛けてきようとも、真正面から叩きのめすだけだ」
「ふっ。君ならそう言うと思ったよ」
メイナードが吹き出す。
その後、彼はより一層真剣な声音になって。
「そしてもう一つの情報。この世界には『嘘』が隠されている」
「嘘……だと? それはなんだ?」
「それは僕にも分からない。でもみんながその嘘を守っている。嘘を知ろうとしている人物を排除したりもする。その嘘にこそ、世界の真理が隠されている……フォシンド家の人間がそんなことを話しているのを、小さい頃に聞いたんだ。そのことを僕達は《大いなる嘘》と呼んでいるとも」
嘘……。
確かに。この時代の常識は全て嘘っぱちだ。
特に魔法に関して。
非効率な詠唱魔法が普及していたし、身体強化魔法ですらろくに使うことも出来ない。
しかしこの平和な世の中で、忌まわしいとされている《魔王魔法》を封印したためだと思っていたが……?
この様子では《大いなる嘘》とやらは、また別の部分らしい。
「それにしても、やけにベラベラ喋ってくれるんだな。死に際になって、改心したか?」
「ククク。まさか」
メイナードの笑い声。
ヤツの魂がだんだんと薄くなっていく。
完全に消滅するのも時間の問題だ。
「僕はなにも悪いことをしていない。悪いことをしたのは君の方さ」
「なにを言っている?」
「僕が死ぬ……魔力が完全に消滅したことによって、シンシアの魔力が《完成品》になる術は失われた。シンシアは一生魔力の暴走に悩み、死んでいくだけだ。君はシンシアの救済の道を奪ったということだよ?」
うむ。
なんだ、そんなことか。
「なに見当違いなことを言っている」
「はあ?」
消えゆくメイナードの魂に向かって、最後に俺はこう言い放った。
「俺に不可能なんてないさ」
◆ ◆
白い光が消滅すると同時、メイナードの魂も完全に消え去った。
「後はシンシアだな」
シンシアは屋上の片隅で、体を小さくして座っている。
俺とメイナードの戦いを、ずっとそこで見ていたんだろう。
「シンシア」
俺は彼女に近付き、話しかける。
「クルト。あの男の子は滅んだの?」
「ああ。だからお前を傷つける者はもうどこにもいないんだ」
「よかった……」
ぎゅっと手を握りしめるシンシア。
シンシアからメイナードの記憶は消え去っている。
おそらく、過去の辛い思い出に耐えるため、深層にしまいこんでしまったからだろう。
「でも……あのメイナード? って子は言っていた。シンシアとメイナードで、一つの完全な魔力になると」
「そういうことだ。生まれながらにして、シンシアとメイナードの魔力は分離されてしまっていた」
「シンシアの魔力はずっと欠けたまま? またあの痛いことが起こるの?」
一転、シンシアは不安げな表情を見せる。
俺は彼女を安心させるように、頭にポンと手を置く。
「心配するな。さて、ここでシンシアにとって幸運なことがある」
「それはなに?」
「メイナードが欠陥魔力だったことだ」
魔力色は生まれながらに決まっている。
もしどうしても変えたかったら、俺みたいに転生するしかないのだ。
「魔力色が違っていれば、俺でも難しかったんだな。ヤツの魔力……つまりシンシアの欠落した部分が、元々は欠陥魔力なら話は早い」
「クルトはなにを言いたいの?」
「今からヤツの魔力を作り出して、シンシアの魔力が欠落した部分に当てはめる」
そうなのだ。
俺は一瞬でメイナードを滅ぼすことも可能だった。
しかし途中で「余興」とかいって、我ながら舐めた行動をしていたのは、ヤツの魔力を分析したかったからに他ならない。
その結果、メイナードの魔力を完全に分析し、模造品を作り出すことが可能となった。
「そんなこと出来るの? 人の魔力を作成する……って、そんなの聞いたことがない」
「俺だったら出来るんだ」
俺は彼女の頭に手を置いたまま、
「シンシア。何度も言うようだけど、俺のことを信頼してくれるか? シンシアが俺のことを拒絶してしまえば、上手くいかないかもしれない」
「……もう今更。シンシアはあなたのことを信じる」
とシンシアは唇を噛んだ。
いい子だ。
俺は意識を集中し、シンシアの魔力を視る。
……うん。確かに魔力が欠落している。
この部分がどうやって埋められるのか……と悩みどころだったが、メイナードの魔力を分析することによって解決した。
俺はそこに当てはまるようにして、魔力を作る。
ぴったりと当てはまった。
同時に二つの魔力が混ざり合っていき、一つのものになろうと微細な変化を繰り返していった。
それにしても……どうして落印魔力と欠陥魔力が、混ざり合うのだろうか。
もしかしたら、こういうところに世界の真理……いや、《大いなる嘘》のヒントが隠されているかもいるかもしれないな。
「終わった」
俺はシンシアから手を離す。
「どういう気分だ?」
「……分からない。いつもと変わらない気もする」
「まあまだ実感出来ないかもな」
すぐには分からないだろう。
だが、ヤツの言葉を借りれば、これでシンシアの魔力は《完成品》となった。
さらにシンシアは強化され、誰にもバカにされることはなくなるだろう。
ならば。
「シンシア。いきなりだが、一つ頼みがある」
俺がそう話をはじめると、シンシアは不思議そうにして目を向けた。
「俺……いや、俺達と迷宮を攻略するパーティーを組んで欲しい。ララとマリーズには俺から言っておくから」
シンシアの落胆魔力はダンジョン内のトラップを見つけたり、解除することに長けている。
さらにシンシアの目は、魔力を分析することも得意なので、背反魔法で相手の出鼻をくじくことも出来る。
是非、パーティーの戦力にしたかったのだ。
戦いが終わってすぐに言うのも変な話だが……他の者に引き抜かれる前に、早めに手を付けておいて損はないだろう。
シンシアは一瞬驚いたような表情。
しかしすぐに嬉しそうな顔をして、
「うん。シンシア、クルトのものになる」
と微笑んでくれたのだった。