59・光による裁きを
あらかじめ、ララとマリーズには視覚共有の魔法を使っておいた。
このおかげで、二人の視覚を通じて様子を眺めることが出来る。
戦いの最中、俺は二人の視覚に意識の一部分を接続する。
ぼんやりと二人の様子が、脳内に浮かんできた。
「クルトの言った通り、魔物の群れがこっちに向かってきている!」
ララが迫り来る百の魔物を見て、そう言葉を放った。
地響きを立てながら、ウルフやスライム……ラビットといった魔物達が王都に向かって行進している。
それに対して、ララとマリーズは原っぱの真ん中で、魔物の軍勢を迎え撃とうとしていた。
「怖くなったのですか、ララ」
マリーズが問いかける。
その表情は自信に満ちているようであった。
「まさか」
そう答えるララの口元にも、うっすらと笑みが浮かんでいた。
表情からは出会った頃の、自信なさげな彼女の面影はなかった。
「奇遇ですね。私もです。二人でこのたくさんの魔物を倒して、クルトをビックリさせてあげましょう!」
「もちろんっ」
まずはララが一歩を踏み出し、魔物の群れに疾走していった。
「ライトニングアロー!」
ララと共に、幾多もの雷の弓矢が魔物に真っ直ぐと伸びていく。
全ては命中しないものの、一発で魔物の二・三体は葬ることが出来る高位力の魔法だ。
行進していた魔物達の陣形が崩れ、一気に混乱の様子を見せていた。
「ララ! その調子です!」
マリーズが少し離れたところから、魔法式を展開する。
「あなたが足止めしている間……私が残った魔物にトドメを刺します!」
マリーズが複数もの魔法式を同時展開していることが分かった。
ほう。
どうやら、俺に言われてからマリーズは鍛錬を欠かさなかったらしい。
マリーズの周りに顕現したファイアースピアの数、およそ三十。
それらが一斉に発射され、逃げ惑う魔物達にも命中していった。
ファイアースピア一本一本に追尾機能が付けられているのだ。
「クルトは言ってました。三十本のファイアースピアの追尾機能を持たせることは、私達なら楽に出来るようになると」
魔物達が殲滅していっている光景を見て、マリーズは心なしか嬉しそうな表情を見せた。
二人による魔物殲滅はいい調子であった。
だが……。
『人間どもよ。ワレ達のじゃまずるが?』
その声と同時。
ララの背中に向けて、ファイアースピアが放たれた。
「ララ!」
しかし当たる直前、マリーズがララの背後に結界魔法を展開させ、見事に攻撃を防いだ。
ララとマリーズは空を見上げる。
「ダークデーモン……」
「まだ残党がいたということですかっ?」
二人が見上げた先には、ダークデーモンが宙に留まっていた。
『グググ……あの少年は、ワレ達の力では倒ぜぬ。しかし貴様等二人なら、ワレ一人でも勝てるぞ』
ダークデーモンがそう言って、高速で魔法式を展開する。
下位種とはいえ、相手は魔族だ。
ララとマリーズが怯んでしまうかとも思ったが……。
「マリーズちゃん。クルトが一体のダークデーモンを逃してしまった。だから私達の前に現れてると思う?」
「ララ。それは本当にそう思いますか?」
「うんうん。思わない」
ララが首を振る。
それを見て、マリーズは「ふっ」と息を吐いた。
「その通りです。クルトが魔物を取り逃がすとは思えません。ということはこれは……」
「うん。そういうことだよね」
二人が顔を見合わせて、
「「わたし(私)達でも勝てる、と思ったから、わざと残してくれたんだ」」
と声を揃えた。
『遺言はそれだげが?』
ダークデーモンからファイアースピアが発射される。
しかしララとマリーズはお互いに同じくファイアースピアを放って、それを相殺した。
「クルトは言ってた。わたし達は十分強いって!」
「そうです! クルトは私達でも十分勝てると思って、戦場に送り出しました。ということは……この戦い、自信を持って望めば勝てるということですっ!」
ララがライトニングアローをダークデーモンに放つ。
ただのライトニングアローではない。弱い魔物なら一発で倒せるほどの、高威力の魔法だ。
『クッ……! なんだ、あの少年もであったが……人間が、どうじでごんなに強い?』
ダークデーモンは結界魔法を展開させているが、ララの放つ魔法の威力を完全に防ぎ切れていない様子だった。
ダークデーモンの体がだんだんとボロボロになっていく。
それを見計らってか……。
「トドメです!」
マリーズが右手を上げ、魔法を発動する。
その魔法の名は——イフリート・フレア。
あいつ、少し見ない間にこんな魔法を練習していたというのか!
……うん。この魔法式ならちゃんと発動する。
落ち着いて魔法式を組めば、これだけ高度な魔法式も組めるようになったのだ。
それもララが前線で相手の動きを止めてくれているおかげだ。
『ワ、ワレが人間ごどぎにぃぃいいいいいいい!』
彼を中心として大爆発が起こった。
ダークデーモンが断末魔の叫びを上げる。
煙が消えた頃には……ダークデーモンは跡形もなく消滅していたのだ。
「マリーズちゃん、やった!」
「ララ! まだ油断してはいけません。ダークデーモンは倒したものの、魔物は残っているのですからっ!」
「うん、分かっている!」
二人はお互いに背中を合わせ、残り少なくなった魔物の群れに意識を集中させた。
◆ ◆
「やはり大丈夫のようだな」
接続を切る。
ここまで、ララとマリーズ達が見てきた光景を一秒に凝縮して脳内で再生したが……心配ないようだ。
ダークデーモンも俺の計算通り、きちんといい経験値稼ぎになってくれたようだ。
この戦いを通して、二人はさらなる力と自信を得ることになるだろう。
「くっ……仲間を見捨てるということか!」
メイナードがなにやら勘違いをしている。
まあ勝手に言わせておけばいい。
「次はお前の番だな」
俺はメイナードに向かって、一歩踏み出した。
その瞬間。
「ならば……僕は全魔力を注いで《魔王魔法》で、今から君を葬ってあげよう。はあああああああ!」
メイナードの体が黄金色に輝く。
こいつ……命を燃やして、魔力を限界まで引き出しているぞ?
まさに捨て身の攻撃といったところか。
「《闇による裁きを》」
メイナードがカラカラの声で、その魔法名を叫ぶ。
魔法式が展開されると同時、俺の周囲にいくつもの魔法陣が現れた。
「油断したね! これこそ、僕の最終魔法! 邪悪なる心を闇の弾丸によって、制裁する! もう君は闇の裁きから逃れられない!」
うむ。俺の開発した魔法だ。
だが、俺の知っているものとは少々魔法式が違う。
1000年もの間に、変わってしまったのだろうか。
「裁きか……」
魔法陣から闇色の弾丸が出てきて、俺の頭蓋を貫こうとした。
確かに。この魔法は一度発動してしまえば、相手を殺すまで攻撃し続ける自律魔法だ。
このままでは、俺はこいつの言った通り逃れることが出来ないが……。
「なあに、逃れる必要などない。お前の魔法は俺が支配してやる」
メイナードの魔法式に侵入し、改ざんする。
闇の弾丸は俺に命中する寸前、停止し、徐々に輝きを放ちはじめた。
「なっ……! なにが起こっているんだ!」
「裁きをお前が受ければいい」
俺の知っている魔法は、こんな邪悪なものではない。
周囲に現れていた魔法陣が、次々とメイナードに向かっていった。
「教えてやろう。この《魔王魔法》とやらは、本物ではない。本物の魔法名はこう唱える」
——《光による裁きを》。
指を鳴らす。
同時に、周囲が真っ白にならんばかりの光が魔法陣から漏れた。
光の弾丸がメイナードを攻撃していった。
「バカな……! 僕が一番強いんだあああああああああああ!」
「一番強い?」
光の裁きによって身を焼かれるメイナードに向かって。
俺はこう言葉を放つのだった。
「せめて後1000年は修行して、その言葉を吐くんだな」