58・三人目の《四大賢者》
「だ、黙れ! 出来損ないの魔力がなくても、君くらい簡単に殺してみせる!」
「ほう? だったら見させてもらうか」
俺はホーリーソードの魔法式を展開する。
メイナードの頭上に、光り輝く巨大な一本の剣が現れた。
「まずはこれを防いでみろ。まさか結界魔法を使えないわけではないな?」
「……僕を舐めてちゃ、きっと後悔するよ?」
建物一軒分くらいの大きさになるであろう剣を見ても、メイナードの顔からは余裕の笑みが消えない。
「その言葉、慢心かどうか確かめてやる」
俺はそう宣言して、ホーリーソードをメイナードに落下させる。
しかし……ホーリーソードはメイナードに当たる直前、途中で制止してしまった。
これは……。
「だから言ったでしょ? きっと後悔するって」
メイナードが腰に携えていた剣を手に取る。
どうやら時間操作魔法のタイム・オペレーションを使っているようだ。
ホーリーソードだけではなく、俺の体も動かない……いや、周囲の風景が全て止まってしまっているようだった。
タイム・オペレーションは時を止めたり、速めたりする魔法なので、一見神の奇跡のように見えるような所業も可能なのだ。
時が止まった世界の中で。
メイナードだけが動き、煌めく剣先を向け、俺に向かってきた。
「いくら君でも……時間を止めてしまえば、なにも出来ないでしょ?」
確かに。一般的に時間が止められてしまえば、その間は相手の好き放題になってしまうだろう。
こちらの魔法の威力の方が上とか、展開速度が……といった言葉は全て無意味になる。
だが。
「時間? そんなの超越してしまえばいいだけのことだろう?」
と俺は手を上げた同時、時が止まっている世界の中でホーリーソードが再び動き出し、方向を変えメイナードに襲いかかった。
「そ、そんなバカ——ああああああああ!」
ホーリーソードの直撃をくらい、メイナードの体が宙を舞う。
しかしそこは《四大賢者》。
この一瞬で結界魔法も展開させていたらしい。
メイナードは地面に叩きつけられながらも、震える足ですぐに立ち上がった。
「ど、どういうことだ……? 確かに時間は止まっていた? それなのにどうして君……そして魔法が動き出せるんだ?」
「だから言っただろう? 時間を超越してしまえばいいと」
1000年前において。こうやって時間を止める輩はよくいた。
しかし圧倒的な魔力をもって、時間に干渉し『理』を変えてやれば、時が止まった世界で動き続けることも可能なのだ。
この手法を俺は『時間を超越する』と表現した。
「その調子だったら、時間を止められるのはせいぜい三秒未満か? せめて一日は止めてないと、話にならないぞ?」
「黙れ黙れ黙れ! 有り得ないことを言って、自分を大きく見せようとするな! この場では僕が一番偉いんだよ!」
メイナードが唾を飛ばす。
やれやれ。
このままだったらすぐに決着が着き、ヤツの魔力を分析することも出来そうにない。
仕方がない。
「遊んでやろう」
俺は足を動かさず、腕を組んだ。
「俺はここから一歩も動かない。その間にお前の好きなように魔法を放ってくれればいい。その全てをはね除けてやろう」
「勝手に無駄口を叩いておけばいい」
メイナードが手の平を俺に向ける。
その瞬間、俺の中にあった魔力がざわつくのを確認した。
「君の弱点は知っている」
メイナードは続ける。
「その圧倒的な魔力……それこそが君の弱点だ」
「ほう?」
「今、こうして扱っていることが奇跡に近いだろうね。ならばちょっとだけ、君の魔力を荒らしてやればいい。そうすれば、君の魔力は暴走する。君の魔力の溺れて死ね!」
相手の魔力を操作し、意図的に魔力暴走を起こす方法か。
確かに、あまりに強大な魔力を保ってしまえば、それを扱うだけでも至難の業。
今の俺くらいの魔力を保持していて、上手く舵取りが出来る人間はこの時代にはいないかもしれない。
しかし。
「……で、いつ魔力暴走が起きるんだ?」
ちょっと首筋が痒くなってきたな。
俺はポリポリと首を掻いて、メイナードを見据えた。
「なっ……!」
「俺がこの程度の魔力、操れないと思っていたのか? ちょっとくらい魔力が暴れても、俺にとっては子どもをあやすようなものだ」
そもそも全盛期の俺の魔力は、今の約十倍にはなるだろう。
前世ではそれを常時扱っていたので、今更保持しているこんなちっぽけな魔力を荒らされたくらいでは、虫に刺されたくらいにしか思えん。
「くっ……《聖なる炎の演舞》」
間髪入れず、メイナードは次なる魔法を発動した。
俺の四方八方に炎弾が現れ、その魔法名の通り踊るようにして襲いかかってきた。
「この程度じゃ、一緒に踊ることも出来んな」
俺は迫る来る炎弾を、首や腰を少しひねることによって回避する。
炎弾は光の速さで、俺に向かってくる。
しかし俺にとっては、虫の止まるような速度であった。
「ははは! 踊り狂え! 焼かれて死んでしまえ!」
メイナードが愉快そうに笑う。
俺の動きが速すぎて、完全に見切られていることも分からないか。
それにしても退屈だ。
「わざわざ上級魔法のフレイム・ストーム・ダンスなど使わなくても、ファイアースピアで同じことが出来るぞ?」
俺は腕を組んだまま、ファイアースピアを錬成する。
追尾機能を持たせたファイアースピアは、次々に発射していきヤツに反撃しにいった。
「結界魔法が追いつかない……っ。あああああああ!」
その数、およそ500本。
メイナードは最初結界魔法を展開していったが、俺のファイアースピア一発一発がヤツの結界を壊せるほどの威力を持つ。
ファイアースピアは、ヤツの周囲を回りながら、それこそ舞いを演じるかのように向かっていった。
「ああああああ! バ、バガなぁああああああ!」
メイナードは体中を焼かれ、床をのたうち回った。
「これで終わりか?」
床に倒れているメイナードに声をかける。
しかし、このような状況になってもメイナードは諦めず、回復魔法で体を治癒していった。
しぶといヤツだ。
しかしもう勝負は付いただろう。
俺はゆっくりとメイナードに歩み寄っていく。
「ま、待て!」
メイナードが倒れたまま震えた手を上げ、俺を制止させようとした。
その手には禍々しいネックレスのようなものが持たれている。
「これは帝国が長年かけて研究し完成した……魔物を引き寄せる魔導具だ!」
なるほど。
メイナードの手に持たれている魔導具を解析したら、魔物の意思に介入出来る音波のようなものが発せられている。
普通にしているだけでは耳で捉えられない超高音だ。
この時代にしては、なかなか面白いものを持っている。
監視魔導具なんか虫けらに見えるほどの、オーバーテクノロジーだ。
「こうしている間にも、魔物はこの王都を目指している! その数およそ百! それを止められるのはこの僕だ。君の友達を向かわせているみたいだけど……たった二人でその進撃を止められると思うかい?」
とメイナードが口角を釣り上げた。
魔物を討伐しにいったララとマリーズを、人質に取ったつもりか?
しかし残念だったな。
その交渉は成立しない。
何故なら。
「俺の教え子が、たった百の魔物の軍勢に負けるとでも思っているのか?」