57・《完成品》
屋上まで転移魔法を使って、一瞬で移動する。
あまり無駄に魔力を消費したくなかったが、思うところがあって使用したのだ。
ロザンリラ魔法学園の屋上は、芝生が生えておりベンチもいくつか設置されていた。
ここだけ見ると、1000年前によくあった移動式の空中庭園にも見えた。
「——とうとう悲願が達成されようとしている」
いた。
シンシアだ。
その少し離れたところには、同じくらいの歳に見える少年がいて、なにやらぶつぶつ口にしている。
「あの魔法陣は……?」
屋上の床に魔法陣が書かれ、その中央にシンシアが座らされている。
少しの間は危険がなさそうだ。
俺は隠蔽魔法を使い、姿を隠しながら様子を見ることにした。
「なにをするの?」
シンシアが少年を見上げて問う。
それに対し、少年は心底愉快そうな表情で、
「《失敗品》を《完成品》にする儀式だ」
と唄うように言った。
「儀式?」
「ああ。十六年間……この時を待ち続けていた。今日、二つの《失敗品》は重なり合い、僕は無限の力を得る」
魔法陣を中心に魔力が徐々に高まっていく。
この時代にしては、なかなか完成度の高い魔法陣だ。
魔法陣の周りには、いくつかの魔導具も置かれている。
相当な時間を練って、準備されたものに違いない。
「なにを言っているのか分からない」
「君にはもう知る必要はない。今思えば、十六年前。神の悪戯で二つに分かれたことが問題だったのだ。しかし僕は神に逆らい、二つを融合させる術を身に付けた。いわば僕の存在こそが神の失敗品だろうね」
少年は口角を歪める。
「あっ……」
シンシアの口から声が漏れた。
だんだん魔力が吸い取られていっているのだ。
それに伴い、魔法陣がどんどんと完成に近付いていく。
このままじゃ魔法陣が機動してしまいそうだった。
「おい。そこでなにをしている」
これ以上傍観はまずいと判断し、隠蔽魔法を解いてシンシア達の前に姿を現した。
「クルト……」
シンシアの口が俺の名前を紡ぐ。
少年は突然現れた(ように見える)俺に対して、全く驚きの表情を見せずに、
「やはり来たか。君を待っていたよ」
と余裕を崩さずに言った。
「お前は……メイナードだな」
「ご名答」
少年……メイナードは頭を下げる。
《四大賢者》の一人にして、フォシンド家として生を受けた男。
俺はダークデーモンや魔物を王都に誘き寄せ、その隙にシンシアをさらった男をメイナードだと推理したのだ。
魔物を誘き寄せるのは……おそらく、魔導具かなにかの補助を得たんだろう。
結果、俺の推理は当たり、とうとうメイナードまで辿り着くことが出来た。
「その魔法陣はなんだ? 一体なにをしようとしている? ……まあ大体予想は付いているがな」
「ふんっ。余興だ。聞かせてあげるよ」
メイナードは演説するようにして続ける。
「これは二つの《失敗品》を《完成品》にする儀式だ。《四大賢者》を二人も倒し、帝国の魔法学園を壊滅させたほどの君だったら、シンシアの魔力に気が付いているだろう?」
どうやら、交流戦や中立都市で俺がやったことは、知れ渡っているらしいな。
まあメイナードが俺のことを知っていても、特段驚きはない。
「ああ。シンシアの魔力欠落についてだろ?」
「そうだ。ならばシンシアの魔力が欠落している部分は、僕の魔力。同時に僕の魔力欠落はシンシアの魔力……ということも気が付いているかい?」
俺は黙って首肯する。
するとメイナードは「ククク……さすが。聡いね」と笑いをこぼした。
「つまり僕とシンシアが合わされば、魔力は完全となる。それをするための儀式なのさ」
「なるほどな。だが、どうして今までそうしてこなかった? すぐにでもやれたんじゃ?」
「魔力を二つ融合させる術は、小さい頃の僕にはなかった。さらに……融合させるためには、シンシアの魔力が満ちる必要があったんだ」
人間は生まれながらにして魔力を備える。
それはだんだんと大人へと成長していくごとに、完成へと近付いていく。
まるで子どもが大人の体に変わっていくように、だ。
そして……魔力がある程度完成するのが十六歳くらいだと言われている。
メイナードはそれを待っていた、ということか。
「お前の言う通り、その融合魔法が上手くいったとしよう。だが、シンシアはどうなる? シンシアの魔力がお前の魔力の欠落を埋めることによって……」
「決まっている。シンシアは死ぬのさ」
とメイナードは残酷に言い放った。
それを聞いて、シンシアはさらに不安になったのか、体を小さく震わせていた。
「愚かだな。そういう方法しか思いつかないとは」
「じゃあ他になにがある? それにシンシアは死ぬ……とはいっても、ある意味では僕に吸収されるだけだ。出来損ないが《完成品》の僕の一部になれるんだ。それは『死』という名の救済なんじゃないかな?」
メイナードは本気でそう思っているのだろう。
さらに悦に入っているかのようにして続ける。
「僕らは双子で生まれた。最初、フォシンド家もなんとか僕達の魔力を融合させようとしたんだ。でもダメだった。だからこそ《失敗品》なんて名前が付けられてしまった」
——でもこいつはともかく、僕は違う。
例え欠落した状態でも、僕はフォシンド家の中で誰よりも強かった。
誰も僕に逆らうことは出来なかった。
《四大賢者》とまで言われた僕ではあるが、まだまだ満足しない。
僕はフォシンド家に復讐するんだ。
《完成品》となって、僕を《失敗品》呼ばわりしたあいつ等をね。
とメイナードは続けた。
「さあ。お喋りが過ぎた。そろそろはじめよう」
魔法陣がさらに光を放つ。
俺が動こうとすると、
「おっと。邪魔しないでね……とはいっても出来るはずもない。これは僕が十年かけて作り上げた魔法陣だ。今更君がどうしたところで、これを崩せない」
とメイナードは手で制した。
確かに……この魔法陣には、いわばメイナードの十年分が詰められているのだ。
今まで少しずつ魔力を注いでいたんだろう。
含まれる魔力も膨大なものになっていた。
「さあ! はじまるよ! 君も見ていて! そして戦おう! 《完成品》となった僕の第一号の被害者だ!」
メイナードが叫んだ。
それと同時、さらに魔法陣に光が強くなっていく。
「……?」
……しかしその光はだんだんと弱々しくなっていき、やがて。
「ああ! どういうことだ、僕の魔法陣が……壊れる?」
パリン!
ガラスが割れるような音をして、魔法陣から発せられる魔力が消滅したのだ。
それに連鎖するようにして、周囲に置かれた魔導具が次から次へと割れていく。
最終的には魔法陣は完全に無力化されてしまった。
「背反魔法だ」
魔法を発動するまでに消滅させる魔法。
「バ、バカな! いくら君が背反魔法なんていうバカげたものが使えようとも、そうさせないように複雑に魔法陣を記述したというのに……? 僕が十年かけて、それこそ迷路のように入り組ませたのに……?」
「十年? お前の十年なんぞ十秒で見切った」
なかなか完成度も高く、この時代にしては複雑な魔法陣であった。
だが、まだまだ拙い。
ダミーと思われる魔法式も、百個くらいしか仕込んでいなかったじゃないか。
たかが百個でなにが迷路だ。
こんなもん、一瞬でぶち破れる。
だからこそわざとメイナードに喋らせて、機動させようとする瞬間に無効化したのだ。
相手に分析されないようにするためには、少なくても魔法陣に十万個のダミーを仕込んでおかなければならないだろう。
「さて……と」
俺は追撃の魔法式を組みながら、こう続けた。
「見せてやろう。こんな玩具ではない、本物の魔法をな」