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55・二人の《失敗品》

「潜り込む……?」


 きょとんとした表情のマリーズに、俺は説明をする。


「過去に戻ることは、現時点では現実的ではない。だが、シンシアの記憶に潜り込み、魔力の欠落のヒントを得る……ということはそう難しいことではない」

「そ、そんなこと出来るなんてはじめて聞きましたよ!」

「ん? そうか?」


 1000年前においては、記憶に潜り込む魔法はよく使われていた。

 精神的に傷を負い、口を開けなくなってしまった者……に対して効果的だったのだ。


 しかし。


「これには一つ問題があって、シンシアが俺のことを受け入れなければならないんだ」


 魔力を介して記憶に潜り込む……ということは、他人の心の壁を突破する必要がある。

 俺なら無理矢理壁を壊し、入り込むことが出来るのだが……それをしたら、最悪の場合対象者の精神が壊れる可能性がある。

 完全に精神が壊れてしまった場合は、その者の心が迷路のように変化してしまい、精神世界から出られなくなってしまう場合もあるのだ。

 ゆえに対象者に説明をし、記憶に潜り込むことを承認してもらう必要が生じる。


「そ、そうなんですか……」

「ああ。だから嫌がるものの記憶に潜り込み、情報を引き出すなんていうなんて真似は無理だな。こういう場合、実力行使で無理矢理口を開かせるとか……ってマリーズ?」


 マリーズの体が固まっている。

 どうかしたか?


「いや……今更なんですが、そんなことも出来るなんてクルトって相変わらず出鱈目でたらめだな、と思いまして」

「なにを言う。マリーズも練習すれば出来るようになる」

「私が? 相手の記憶に潜り込むことを?」

「ああ。一年前くらいなら、過去に遡行そこうすることも可能になるだろう」

「そんなメチャクチャなこと、一生出来ませんよ!」


 マリーズに突っ込まれた。

 まあ時間魔法や記憶干渉魔法については、また追々マリーズ達にも教えていこう。


 今の問題は……。


「そういうわけでシンシア。俺を信頼して、ちょっと右手を貸してもらえるか?」

「う、うん……」


 戸惑いながらも、シンシアが恐る恐る右手を差し出す。

 その小さな手をギュッと握った。


「よし……ちょっと辛いかもしれないが、少しだけ我慢していてくれよ」


 魔力をシンシアに送り込む。

 同時に()の中にある精神を、一旦体から分離する。


 そうだな……全て切り離してしまうのは危険なので、全体の十%くらいでいいだろう。

 それだけあったら、彼女の記憶を鑑賞するのに十分だ。


 そして魔力を操作し……シンシアの記憶に見事潜り込むことが出来たのだ。




 白みがかった世界。

 ここは……お屋敷だろうか?

 かなり立派な家で、相当なお金持ちなんだろう。


「本当にお前は出来損ないだね!」


 パチッ!


 誰かの頬が叩かれる音。

 同時に人が倒れる音が聞こえ、俺はそこに視線を向けた。


『シンシアか……五歳くらいの時みたいだな』


 そこには今のシンシアをそのまま小さくしたような幼女が、頬を押さえて倒れていた。


 どうやら記憶に潜り込むことに成功したらしい。

 シンシアすらも思い出せなくなってしまった深層を、俺を今見ることが出来ているのである。


 今すぐ彼女の手を取りたかった。

 しかし近付いて、シンシアに触ろうとしてもすり抜けてしまう。

 あくまでこれはシンシアの()()を見る魔法なだけだ。

 当然、他からは俺の姿も見えないし、触ることも出来ない。


「止めて……」

「うるさいっ! フォシンド家の出来損ない!」


 シンシアが蹴られる。

 彼女に暴行を働いているのは、豪華なドレスに身を包んだ女性だ。


『フォシンド家の人間なのか? まだシンシアが家を追い出される前の記憶……ということか』


 このような辛い思い出を忘れるために、シンシアの記憶は奥深くにしまいこまれたのだろうか?


 考えていると、


「おや、なにをしているのかな」


 と言いながら、一人の少年が近寄ってきた。

 五歳くらいの男の子だ。


「——ナード」


 女性が少年の名前を呼ぶが、完全に聞き取ることが出来なかった。


「もしかしてまたシンシアをイジめてるのかい? 自分の無能さを棚に上げて?」

「ふ、ふん! あんたには関係ない!」

「おや、僕にそんな口を利いてもいいのかな? 君にもお仕置きが必要かな」


 少年が女性に向かって手を掲げる。


 魔力が外に向かって放出される。

 その魔力色を見て、俺は驚きのため前のめりになってしまった。


「ひっ……!」


 女性の顔が恐怖でひきつった。


「……ふ、ふんっ! あんたも調子に乗るんじゃないよ! なんてたって、あんたも《失敗品エラー》なんだからね!」


 負け惜しみのような言葉言って、女性はどこかへ立ち去ってしまった。


 もしかして……少年がシンシアを助けてくれたのだろうか?

 だが、その答えはすぐに裏切られることになってしまう。


「……君もあんなヤツに目を付けられてるんじゃない」


 少年がシンシアの方を見ると、彼女の肩がビクッと震えた。

 その表情は、先ほどの女性を見る時よりも恐怖で染められている。


 少年はシンシアの前髪をつかんで、無理矢理顔を上げさせた。


「いいかい? 僕と君は欠落した同士の《失敗品エラー》なんだ」


 少年の顔がシンシアに近付く。


「だけど僕の空白の部分は、君で埋めることが出来る。だが、それはまだ早い。魔力が満ちるまでの短い時間、せいぜい楽しく生きるんだな」


 そう言い残して、少年もまたシンシアから離れていった。


 ……ふむふむ。

 抽象的な言葉を使ってて、分かりにくいな。

 もっと記憶に潜り込んで、映像を見る必要があるか?


『いや……さっき少年の魔力も見られたし……事情は察した。まず間違いないだろう』


 俺は呟き、先ほどの光景からこう結論付ける。



 どうやらシンシアから欠落した魔力の部分は、少年のものであるらしい。



 少年の言葉を思い出す。


 ——僕と君は欠落した同士の《失敗品エラー》なんだ。

 ——だけど僕の空白の部分は、君で埋めることが出来る。


 欠落については少年も同じことだ。


 少年とシンシアの魔力。二人合わせて一つの完全な魔力となる。

 それを俺は少年の魔力を見た時に、気が付いたのだ。 


 少年の口から発せられた言葉は、いわば俺の出した結論を補完するものに過ぎない。


『……しかしシンシアの記憶の中ということもあって、あの少年の魔力を完全に分析しきれないな』


 シンシアの魔力欠落の原因については分かった。

 ならば、あの少年に会う必要があるらしいな。


 少年の魔力を分析することによって、事態を解決出来そうだ。

 後は少年の名前を聞くために、もう一度先ほどの記憶のところまで戻るとするか……。


「……お兄ちゃん」


 しかしその必要はなかった。

 少年が去っていった方を見て、シンシアはこう続けたからだ。


「……メイナードお兄ちゃん」




 シンシアの『記憶』との接続を切ると、視界いっぱいにララとマリーズの顔が飛び込んできた。


「ど、どうだったっ?」

「本当にシンシアの記憶を見てきたんですか?」

「ああ」


 二人の問いかけに、俺は頷く。


「それで……」

「もちろん大体シンシアの事情については分かった。シンシア、お前にはメイナードという兄がいるな?」


 俺が質問する。

 するとシンシアは困惑したような表情で、こう口を動かした。


「いた……と思う。名前を見たことあるから。だけどフォシンド家には、いっぱい兄弟がいるから。覚えていない」

「ほう?」


 シンシアの返答からは、メイナードに面識がないようだった。


 だが、確かにシンシアの記憶の中ではメイナードという男が強く現れていた。

 ならばシンシアの記憶からメイナードが消されている、ということか。いや正しくは記憶を奥深くにしまいこまれた、といったところか。


「それにしてもメイナードか……まさかこんなところで名前が出るとは」


 メイナード・フォシンド。

《四大賢者》の一人だったはずだ。


「シンシアの魔力欠落の原因については、何故だか魔力が他者と分離されてしまっているからだ」

「クルト。それはどういうことですか?」


 マリーズの問いかけに対し、俺は冷静に続ける。


「おそらく生まれながらだと思う。シンシアとメイナードは魔力が分離された状態で生まれた。だからシンシアには元々魔力の欠落があるし、それはメイナードという男も同じことだと思う」

「だったら……その分離された魔力を融合させれば?」

「端的に言うと、それで解決するだろうな」


 しかし気にかかることがある。


 シンシアの記憶の中で見たメイナードの魔力……あれは欠陥魔力だったのだ。

 俺の推測が正しければ、どうして元は同じ魔力なのに、二人の魔力色が違っているのだろうか。


 もしかしたら、1000年前においても俺が見つけられなかった魔力の性質がそこに隠されているかもしれない。

 そう思うと、胸が弾むようであった。


「とにかくそのメイナードとかいう男に……ん?」

「どうしたのー、クルト?」


 ララに応えず、俺は空を見上げた。


「ほう……なかなか面白いことをしてくれるな」

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