52・クラス合同授業
二人を懲らしめる方法を、それから俺は考えた。
そのためにはまずは二人の情報収集だ。
シンシアに石を投げつけていた男二人は、どうやら名のある貴族のお坊ちゃんということだ。
というか……《サード》クラスにいる生徒達は、ほとんどが貴族の子どもらしい。
そのせいで《サード》クラスだけ、やけにプライドが高いということも聞いた。
「あいつ等の名前は……サイラスとダレルというのか」
聞き込みを終えて、俺はヤツ等の顔を思い出しながら呟いた。
サイラスとダレルという二人は、どうやら《サード》クラスの中でも、優秀な生徒のようだ。
シンシアはフォシンド家……といえども、家を追い出された少女だ。
自分を優秀だと思い込んでいるサイラスとダレルは、シンシアのことを『劣等生』だと見て、頻繁に嫌がらせをしているらしい。
……いや、嫌がらせという言葉じゃ生ぬるいか。
ただのイジめだ。
「ヤツ等のプライドをへし折った上で、シンシアと関わり合いを持たせないようにする。こうするか?」
自分を優秀だと思い込んでいる人間は、精神が弱い。
ちょっと挫折させてやれば、それがなによりの屈辱となるだろう。
よし。方針は決まった。
俺はある考えを持って、エリカ先生に相談しに行くことにした。
そして翌日。
《ファースト》クラスと《サード》クラスの、合同実技授業が行われることになったのである。
俺達は校庭に集められた。
二クラス分が一気に集まると、いつもと違った感じがするな。
エリカ先生は《サード》の担任に近付いて、
「ティム先生。今日は合同実技授業の話を受けてくれて、ありがとう。感謝する」
と礼を言った。
するとティムは軽薄そうな笑みを浮かべながら、
「いえいえ、こちらこそありがとうございます。ですが……大丈夫ですかね?」
「なにがだ?」
「そちらにはクルトやララ、マリーズといった精鋭がいるのかもしれない。ですが……平均的なレベルでいうと、私達の方が上かもしれません」
「ほう?」
「《ファースト》の人達が《サード》を見て、自信を失わなければいいのですが……」
ティムの話を聞いて、エリカ先生の眉間がピクピクと動いていた。
見ると拳をギュッと握り、今にも殴りかかりそうだ。
うむ。このティムという男。
《サード》クラスにふさわしいまでの、嫌らしい男のようだな。
これだったら、例えシンシアがイジめられていると分かってても、黙認してそうだ。
「では……今日はファイアースピアの同時展開について、ですよね?」
ティムがエリカ先生に確認をする。
エリカ先生は「うむ」と頷いて、
「そうだ。我がクラスの生徒、クルトが広めた無詠唱魔法の考え方は、だんだんと学園全体に浸透してきたと思う。だから今回はちょっと難易度を上げて、ファイアスピアーを複数本発動する練習をしようと思ってな」
「そんなにクルトが自分のクラスであることを強調しなくていいですよ?」
「ははは、すまないすまない。《サード》にはクルト並の生徒はいないんだったな?」
「……っ!」
牽制を入れるエリカ先生。
ティムはニタニタとした笑い顔のままであるが、少し苛ついているようにも見えた。
「まあいいでしょう。ですが……いいんですか? もう私達のクラスではファイアースピアを三本同時に発動することが出来る生徒がいます。サイラス! ダレル! ちょっと出てきなさい!」
「「はい!」」
二人が元気よく返事をして、前に出る。
表情は輝いており、みんなの代表として出ることに誇りを感じているようであった。
「まずはサイラス。ちょっとファイアースピアを展開してみてください」
「分かりました。はああああああ!」
サイラスは両手を掲げ、声を上げながら集中する。
おいおい、なんだその展開速度の遅さは。
しかし……かなり歪な魔法式ではあったが、ファイアースピアが三本同時に出現した。
一応口だけではなかったらしい。
だが。
「おおっと!」
サイラスが声を上げる。
ファイアースピアが暴発し、俺達の生徒がいる方へと飛んできたのである。
俺は結界魔法を使い、ファイアースピアを防いだ。
「ははは! ごめんごめん。ちょっと威力もあることを見せたくてね。でもこれで僕の実力が分かったかな?」
そうは言うものの、サイラスには悪びれた様子が一切なかった。
ただ魔法式が未熟だったために、自分の手で操れないだけなのに、なに偉そうにしてるんだか。
「これが《サード》クラスの力だ。僕は《ファースト》の生徒とは違って、選ばれた人間なんだ」
「そうだそうだ。だが《サード》にもオチコボレはいるんだがなあ?」
とダレルがサイラスに同意し、チラッとシンシアの方を見た。
シンシアはその視線を受けても、下を俯くばかりである。
ああ、頭が痛くなってきた。
さっさと計画を進めさせてもらおう。
「おい」
俺は声を出し、サイラスとダレルの前に躍り出る。
「なんだ?」
「お前等、そんなので調子に乗ってるのか? そんな未熟な魔法だったら……その後ろのおとなしそうな女の子にも負けるんじゃないか?」
「はっ! なにを言う!」
「お前は知らないと思うが、こいつは落印魔力なんだぞ? 落印魔力なんかに、完全魔力のオレ達が負けるわけがない」
反論する二人。
その二人の姿が、生まれ故郷にいたシリルと重なった。
「なら一回勝負してみろよ」
「勝負?」
「ああ。その女の子とお前等、どっちの方がファイアースピアを多く出せるか……そうすれば自分の未熟さにも気付くだろう。俺の見立てでは、二人合わせてもその女の子一人に負けるぞ」
「未熟さに気付くだと? 僕がこいつに負けるわけないだろうが!」
サイラスはシンシアを指差した。
シンシアはビクッと震えて、体を小さくするばかりである。
「お前に恥をかかせてやる!」
サイラスとダレルは早速魔法式を組みだした。
それが欠伸が出るほど遅かったので、その間にシンシアに近付いてこう耳打ちをした。
「シンシア。相手の魔法式、ちゃんと見えてたか?」
「あ……う、うん」
「だったら前に教えた魔法で……」
「…………」
しかしシンシアは未だ自信なさげな様子であった。
そんな表情する必要ないと思うんだがな。
「出来た!」
「オレもだ!」
やっとのこさ、二人同時に炎の槍を出現させていた。
おお、今回は二人合わせて七本、pあるじゃないか。
「「「おおおお!」」」
主に《サード》クラスの生徒から歓声が飛んだ。
それを聞いて、二人はさらに悦に入っていった。
「どうだ! これでシンシアに勝てるはず……って、ん?」
「ファイアースピアが……消えた?」
そう。
ついさっきまで七本あったはずのファイアースピアが、ものの見事に消滅してしまっているのである。
「おいおい、どうした? さっきのは幻だったのか?」
と二人を挑発する。
「……出来た」
シンシアが心なしか少し嬉しそうな顔をして、ぼそっと呟いた。
その声は二人に聞こえていないだろう。
俺は先日からシンシアに、とある魔法を教えていたのだ。
その魔法の名とは——背反魔法。
魔法式を分析し、根本から打ち消してしまう魔法のことである。
緑色魔力は魔法で扉を施錠したり、ダンジョン内のトラップを解除するのに長けている魔力色のことだ。
その性質上、相手の魔法式を分析する背反魔法とは相性がいいのだ。
それにしても……相当な実力差がないと不可能な背反魔法を一発で決めるとはな。
欲をいえば、相手の発動前に背反魔法を完成させて欲しかったが……それは今後のお楽しみといったところか。
「今度は君の番だ。ファイアースピア出さないと、勝負に勝ったことにならない」
「う、うん。ファイアースピアみたいな魔法……使うの苦手だけど、一本くらいならすぐに出せる」
とシンシアは手を上げて、ファイアースピアを二本だけ出現させた。
本数は少ないが、魔法式が二人と違って整っている。
二人みたいに暴発することはないだろう。
「あ、あ……」
「オレ達が……負けた?」
「どうだ? お前等は〇本。対してシンシアは一本だけだが、ファイアースピアを出せた。どっちが勝ったか……一目瞭然だよな?」
俺の問いかけに、他の《サード》の生徒達は、言葉を紡ぐことが出来ない様子だった。
「サ、サイラスとダレルが……そのフォシンド家の失敗品に負けた? 落印魔力なのに……?」
《サード》の担任、ティムもわなわなと震えていた。
しかしサイラスとダレルは慌てるようにして、
「さ、さっきのはたまたま調子が悪かっただけだ!」
「そうだそうだ! もう一度やれば、シンシアなんかに負けるはずがない!」
と訴えかけていた。
こう言ってくることは、予想していたが……。
それでも二人の往生際の悪さに辟易とする。
仕方がない。
「よし。今度は俺が相手をしてやろう」
実力の差というものを思い知らせてやるか。