50・緑色魔力
「ロザンリラ魔法学園にもいる?」
そのことは知らなかったので、つい驚いてしまった。
俺としたことが不覚だ。
あまり興味がなかったので、他の生徒について目が行き届いていなかったのだ。
「うむ」
「どうして帝国の貴族が、王都の魔法学園に通っているんですか? ディスアリアに行ってれば……」
まさか入学試験が通らなかった、という話でもないだろう。
交流戦においてロザンリラは十連敗しているし、一般的にはディスアリアの方が上と認識しているはずだ。
仮に試験が通らなくても、それだけ力のある貴族なのだ。
生徒一人くらい無理矢理にでもねじ込めるだろう。
「複雑な家庭の事情というヤツだ」
「複雑な?」
「おっと、これ以上は私からは言えないな。もし聞きたければ、本人から聞くがいい」
プライバシーに深く関わってくる、ということか。
面白い。
帝国に乗り込む……ということも考えていたが、王都にいるなら話は早いし、なにより平和的だ。
そのフォシンド家の生徒とやらに、一度会ってみようか。
「それで……その生徒ってのはどこのクラスにいるんですか?」
「《サード》クラスだ。クルト達と同じ一年生だ」
「名前は……?」
「シンシア。シンシア・フォシンドだ。ここまで言えば十分だろう?」
「ええ。ありがとうございます」
礼を言う。
これからやることが出来た。
それから俺は馬車に揺られながら、シンシアという生徒のことを想像していた。
◆ ◆
王都に戻り、俺は早速魔法学園の校舎に向かった。
王都を離れていたのは二週間ほどであったが、随分懐かしい気分になるな。
《サード》クラスの教室は俺のいる《ファースト》の二つ隣に位置している。
「シンシアって子はどこにいるか教えてもらえるか?」
近くにいた、《サード》クラスらしき生徒に声をかけた。
「シンシア? シンシアなら……ほら。あの窓際で本を読んでいる子だよ」
その子が指差す方を見ると、確かにそれらしき生徒が見えた。
「ありがとう」
「シンシアに用なの?」
「ああ」
「忠告だけど……あんまりシンシアには関わらない方がいいと思うよ?」
生徒は声を潜めた。
「ほう? どうして?」
「なんでもない! でも直に分かると思うよ!」
と慌てるようにして、その生徒は俺から離れていった。
まあシンシア本人から聞けばいいだろう。
俺は《サード》の教室に入り、シンシアのところまで歩み寄る。
「君がシンシア?」
少女——シンシアが俺の方を向く。
小柄な少女だ。
儚げに揺れる花を思わせ、目を離してたら消えてしまいそうだ。
「あ……」
俺に話しかけられたシンシアは、二の句を繋げないようであった。
「ちょっと話を聞かせてもらいたいんだが……」
「……!」
「えっ? ちょっ……!」
俺が手を伸ばすが、シンシアはそれより早く椅子から立ち上がり、教室から逃げ去ってしまった。
まさか逃げられると思ってなかったから、反応が遅れてしまった。
「……無論。追いかけるが」
話は早いところしておいた方が、後々考える際にもスムーズだ。
俺は急いでシンシアの後を追いかけた。
シンシアの足は速く、二年生の教室がある別棟に繋がる渡り廊下まで、差し掛かろうとした。
シンシアは渡り廊下に足を踏み入れた瞬間、クルリと振り返ってガラス製の扉を閉めてしまった。
「ほお……なかなか面白いことをするな」
今、シンシアって子。
今の一瞬で扉を魔法で施錠したぞ。
かなり早い。
魔法式の中にいつかのダミーが施されており、これを解くのは普通ならなかなか難しいかもしれない。
しかも……今の一瞬で魔力色が見えた。
緑色魔力だ。
トラップを仕掛けたり解除、補助といった魔法に向いている。
この魔法学園では、はじめて見た。
しかし。
「対象に触れておかないと、魔法を発動出来ないのは減点だな」
と冷静に分析し、走りながら扉のところに到着するまでに魔法で施錠を解いた。
シンシアの魔法はかなり精度が高いが、それを実現するためには対象に触れておかなければならなそう。
上手く魔力を伝えることが出来ないのだろう。
だが、もう少し鍛えれば今のように触れずとも、走りながらでも扉を施錠することが出来るようになる。
「待て!」
走りながら呼びかける。
一瞬シンシアはこちらを振り向いて「え……?」と呟いたが、すぐに前を向いて走り続けた。
……これじゃあ、立ち止まってくれそうにないな。
仕方ない。
俺は身体強化魔法のライズパワーを発動。
一気にシンシアを追い抜き、前に躍り出た。
「きゃっ!」
急に俺が前に出てきたものだから、ビックリさせてしまったのだろうか。
シンシアは短い悲鳴を上げて、尻餅を付いてしまった。
さて、おとなしく話を聞いてもらえそうだな。
俺は彼女を見下げながら、こう続けた。
「さて、話を聞かせてもらうぞ」