5・魔法学園への誘い
「ちょっといいかな……?」
頬を叩いたりして、シリルの目が覚めるのを待っていると、見知らぬ男の人の声をかけられた。
「ハロルドさん!」
シリルの取り巻き連中のヤツ等が、その男を見て声を出す。
「さっきの戦いを見せてもらったよ。君は……何者かな?」
ハロルドさんの視線は真っ直ぐ俺を結んでいる。
このハロルドという男。
一見ただの優男に見えるが、シリルなんかよりもよっぽど強いように見えるぞ。
警戒しなければ。
そんな考えが見え透いていたのか、
「ああ、ごめんごめん。警戒させちゃったね。ボクの名前はハロルド。そこで倒れているシリルの父親だよ」
シリルの父……だと?
もしかして「よくも我が子どもを倒してくれたな。次はボクが君と戦う番だ」というパターンだろうか!
それは——なんて楽しいことだろう!
今から胸が弾んでくる。
「そんな鋭い視線を向けないでくれよ。もしかして、今度はボクの番だと思っているの?」
「違うんですか? 俺、シリルのお父さんが自警団をしているって聞きましたよ」
年上には一応敬語を使っておこう。
自警団というのは、この村を守ってくれる人達のことだ。
時には魔物と戦い、時には村内での揉め事を収める。
なので人より少しは腕っ節が強いだろう。
「ははは。正直、さっきの見ていると君には勝てる気はしないよ。ボクの息子を倒したんだからね」
お?
「で、でも……お言葉ですが、このシリルって子は口だけで……」
「君に比べたら弱いかもしれないけど、ボクの息子もなかなかのものだよ? 完全魔力だし、将来はボクを超えてくれると確信している」
マジで?
「すっごい疑っているように思えるけど、同年代でボクの息子に勝てる人はなかなかいないだろうね。それを一瞬で倒した君……とてもじゃないけど、ボクなんかじゃ勝てないさ」
とハロルドさんは肩をすくめた。
シリルが強いだと?
どれだけこの世界は衰退してしまったというのだろうか。
「動きの速さが人間業じゃないように見えたけど……なにか特殊な訓練を受けているのかい?」
「魔法です」
「魔法?」
「ええ。魔法で動きを速くしたんです」
「そんな魔法があるというのかい?」
ハロルドさんは首をかしげた。
「身体強化魔法ですよ。そんなに珍しくない魔法なので、ハロルドさんも見たことがあるんじゃ?」
「遙か昔には、ボク達剣を扱うものにとってはそれこそ夢のような魔法があるとは聞いたが……まさか本当に実在していたというのかい?」
やはり……身体強化の魔法も一般的じゃないらしい。
そういえば、シリルとの戦いでも彼が身体強化の魔法を施している様子はなかった。
というか知っている様子がなかった。
魔法使い同士の戦いでは必須のものだというのに。
頭を悩ませていると、
「君だったら、例えばロザンリラ魔法学園に入学してもやっていけるかもしれないね」
「ロザンリラ魔法学園?」
今度は俺が首をかしげる番だ。
「ああ。王都にある世界一の魔法学園さ。そこでは世界中の有望な魔法使いの子ども達が集められ、日夜教育を受けている。そこを卒業した者は騎士団に入ったり、冒険者として伝説を残したり……輝かしい成果を残している。そんなところさ」
なんと。
そんな素晴らしいところがあるというのか。
『子ども』の中に俺より強いヤツがいるとは考えられにくいが……少なくても、この村よりは退屈しそうにない。
「どうだろう? 君だったら、そこでもやっていけると思う。それにここでその才能を埋もれさせておくのももったいない。ロザンリラ魔法学園への入学を考えてみては……?」
魔法学園か……。
なんとなく面白そうだ。
将来は冒険者にでもなって、世界中を飛び回ろうと思っていたが……それは魔法学園とやらを卒業してからでも、遅くないだろう。
それに前世に比べて、魔法が衰退している現状もやはり気に成る。
この時代ではどのような教育がなされているのか、について知れたらなにか分かるかもしれない。
間違った魔法の常識が、この村の中だけかもしれないしな。
王都では正しい魔法の知識が伝わっているかもしれない。
ただ他の街から引っ越してきたハロルドさんもこの調子だし、まあ考えられにくいが。
「その魔法学園にはどうやったら入ることが出来るんですか? 今すぐ入りたいです!」
「慌てないで。魔法学園には十五歳からじゃないと入学出来ない。君は見るところ、シリルと同じくらいの歳だろ?」
「十五歳か……」
後三年。
長く感じた。
「それにあそこの入学試験は難しい。君でも合格出来る保障はないんだ。だから十五歳になるまで、みっちり鍛えないとね」
肩を落としている俺に、ハロルドさんが諭すようにして言った。
これからどうしようか悩んでいたが……取りあえずの指針が出来た。
魔法学園に入る。
そしてこの世界が衰退している謎にも迫る。
そう考えると、今から胸の高鳴りが増していった。
その後、俺の両親を説得した。
説得にはハロルドさんも協力してくれた。
その結果、長期休暇にはなるべく帰ってくること……を条件に魔法学園への入学を許可される。
いや、まだ受かってないから分からないけど。
それに落ちる気はしなかった。
さらに三年間、みっちり魔法と身体を鍛え直すことにした。
体も成長していくに従って、動かしやすくなりこの調子だったら全盛期の力に追いつく……いや、追い越すのも時間の問題だ。
そして三年後。
俺はとうとう十五歳になり、魔法学園の入学試験と明日に迫ったのである。