48・平和的な話し合い
ヤツ等が泊まっている宿屋はもう把握している。
俺は夜の街中を駆け抜け、ヤツ等の部屋の前まで到着した。
俺達が泊まっている宿屋より、数段上のランクのように思えた。
「ほう……なかなか面倒臭い真似をするな」
扉の前に立つ。
無論、隠蔽の魔法を使っているので、仮に部屋の中に探知魔法を使える者がいたとしても察知することは不可能だろう。
廊下は電気が消えており、窓から月明かりだけが射し込む。
この扉。どうやら普通の鍵の上から、魔法で施錠させられているらしい。
さらに防音や妨害の魔法式も編み込まれているため、なんのヘンテツもない木の扉ではあるが、ファイアースピアを何発放っても壊れまい。
「まあそんな目立つようなこと、するわけないけどな」
俺は編み込まれている魔法式に介入する。
そして……変換。これによって扉は今すぐでも簡単に開くだろうし、妨害の魔法式も壊れた。
「さて、中ではどのようなことが話されているか……見させてもらうか」
同時に透視の魔法を使い、中の様子を窺う。
ぼんやりと頭の中に、部屋の映像が浮かんできた。
「……なに? 《四大賢者》のブライズがやられただと?」
中は広い部屋になっていた。
そこに五人の男達がいる。
ヤツ等は俺に聞かれていることも知らず、話し続けていた。
「はい……」
「あり得ん! いくら相手がアルノルトを倒したとはいえ、ブライズを単独で撃破するなど!」
「ですが、ブライズからの連絡が完全に途絶えています」
どうやらヤツ等にとって、ブライズには絶対の信頼を置く人物だったらしい。
なんなら、その前の暗殺者に俺がやられ、彼女の出番はない……とでも思っていた節もある。
俺のことを舐めすぎだ。
「だが……相手はこちらの正体について、なにもつかんでいないだろう?」
「なにか感づいている可能性は十分ありますが……どちらにせよ、証拠はありません。心配する必要はないかと」
「うむ……それにしても、ブライズがしくじったせいで、明日の話し合いは正攻法で挑まなければならなくなったな」
「なあに。またのらりくらりとやり過ごしましょう」
やはり俺の思っていた通りだ。
それに……どうやらあいつ等もここに到着したみたいだ。
さて、十分聞かせてもらったしそろそろ入らせてもらおう。
俺は普通にドアノブをひねり、
「面白そうだな。俺にも聞かせてくれよ」
と部屋に踏みこんだのだ。
その瞬間、部屋内の全員の視線が一斉にこちらを向いた。
「き、貴様は……クルト!」
「そういうあんたは……ディスアリア魔法学園の校長だよな? 確かデイブとか名前だったと思うが……」
部屋にいるデイブ以外は、こうやって俺が話している間にも魔法式を展開している。
発動するタイミングを見計らっているんだろう。
まあ好きにさせておけばいい。
「なかなかとんでもないことをしてくれるな? 一人の生徒を暗殺しようとする? これが王都の魔法学園……いや、王国にバレたらどうなるんだろうな?」
「ほ、ほざけ! 口封じをしようと思ったが、丁度よかった!」
デイブが椅子から立ち上がり、俺を指差す。
「ゆけ! こいつをやっちまえ!」
「「「「はっ!」」」」
デイブの護衛だろうか。
他の四人が短く返事をして、一斉に魔法を放とうとした。
だが……。
「どうした? そんなので俺を殺せるとでも思ったか?」
四人は魔法を発動したものの、それが上手くいかずに戸惑いの表情を作っていた。
背反魔法だ。
ブライズの魔法式はさすがに無理だが、こいつ等程度の力なら初見で分析をし終えることが出来る。
「ど、どういうことだっ!」
デイブが焦りの声を出した。
「俺とお前等の力が、あまりにもかけ離れているということだ」
「な、なんだとっ? ここに控えている魔法使い達は、ディスアリア魔法学園でも有数の教師陣だぞ? それが一瞬で無効化されるなんて……」
「教師ごときが俺を止められると思うな」
「く、来るな!」
俺がわざと時間をかけるようにして、ゆっくりと校長に歩み寄っていく。
「クッ……! 貴様等! 儂を守れ! 肉壁となって、あの悪魔の進行を止めろ……ど、どうした? どうして動かない?」
「拘束魔法をかけているからな」
他の四人は俺が魔法式を解かない限り、指一本動かすことが出来ない。
「ひっ……!」
俺がデイブの顎を持ち上げると、短い悲鳴が漏れた。
「は、離せ……」
「平和的な話し合いをはじめさせてもらうか。どうして俺を殺そうとした?」
とはいっても分かっていることなのだがな。
今回の目的は、こいつから喋らせることなのだ。
「…………」
「喋る気がないか? なら……」
「うおっ、指が勝手に……」
遠隔操作の魔法を使い、デイブの親指を関節とは反対側に曲げる。
ポキッ。
「ああああああああ!」
デイブの慟哭が部屋に響く。
部屋に防音の魔法が施されているせいで、これだけの悲鳴を上げても誰も助けにこない。
「これでも喋る気がないとなったら、仕方がない。一本ずつゆっくりと……」
「ま、待ってくれ! しゃ、喋るから……!」
デイブは涙や鼻水を出しながら、声を絞り出し話を続けた。
「お前は邪魔なのだ! お前がいたら……王都のバカ魔法学園との話し合いが、どうなるか分からない……」
「俺を恐れたということか?」
「なっ……! たかが小僧一人に儂が恐れるわけなかろう! だが、儂は用心深い男。念には念を入れ、貴様にご退場願おうと思っていたのだ」
「念のためという理由で、生徒一人を殺そうとするか……」
やはりこいつはクズ人間だ。
卑怯な人間が多い帝国においても、群を抜いて腐っている。
「早く離せ! さもなくば……」
「どうしてそんな偉そうな口を利いてるんだ? こっちがお前の生殺与奪権を握ってるんだぞ?」
「……!」
「だが、心を入れ替えればここでは殺さないこともない」
それを聞いて、デイブの表情が一瞬明るくなった。
「それは本当か?」
「本当だ。じゃあ聞くぞ。交流戦で不正を働き、《四大賢者》を使って俺達を始末しようとしたのは認めるか?」
「認める認める! アルノルトは少し暴走気味だったが、それを認めたのは儂だ!」
「謝罪するか?」
「謝る! だから今すぐ儂を離してくれ」
「いいだろう」
吐き捨てるようにして言って、俺はデイブの顎から手を離した。
いくら命を握られているかとはいえ、これだけ簡単に喋ってくれるとは。
俺の想像以上に小者であった。
床に下ろされたデイブは「ゴホン、ゴホン!」と大きく咳をして、苦しそうだった。
「た、助かった……命さえあれば、儂は何度でも這い上がってみせる」
「よかったな。ただ……これで終わりじゃないみたいだぞ?」
「は?」
デイブの口がだらしなく開けられる。
「デ、デイブ校長! 先ほどの話は本当のことか?」
と我がロザンリラ魔法学園の校長が現れ、そう問いを放ったのであった。
校長だけではない。
「クルト、大丈夫だったっ?」
「まさかクルトの言う通りになるなんて……」
ララやマリーズも来ている。
さらにその後ろには……うん、ちゃんと連れてきてくれたようだ。
中立都市の調停員らしき人間の姿もあった。
「こ、これは一体……! わ、儂をはめたのか?」
デイブは四つん這いになったまま、目を飛び出さんばかりに見開いた。
「やっと気付いたか」
俺はこの襲撃を予想していた。
明らかに街中に異質な魔力が存在していたからだ。
それはこの時代ではなかなか見たことのない、異質の魔力であった。
そこで俺はこの街に《四大賢者》の一人が、やって来ていると推測した。
なんのために?
話し合いのために、《四大賢者》を連れてくるか?
そうとも考えられたが……なにか仕掛けてくる、と俺は予想したのだ。
「予め、ここに来るまでララとマリーズが分かるように、俺の魔力の痕跡を残してきた。校長と調停員も連れてきてもらうようにな。二人とも、よくやったよ」
「へへへ、クルトに褒められちゃったよ」
「探知魔法のことなら、あなたに教えてもらっていますから」
ララが照れたように頬をほこらばせ、マリーズが「当然です」といったように腕を組む。
ここまで話せば分かるだろう。
わざわざデイブにことの真相を話させ、それを調停員にも見てもらって言い逃れ出来ない状況を作った。
すぐに部屋に踏みこむことも出来たが、ララとマリーズが到着するまでの時間稼ぎもやった。
そして、俺の思惑も知らないデイブはまんまと騙され、全てを洗いざらい話してくれたのだ。
「ち、違うのだ! これは……そう。こいつに騙されたのだ!」
「なにを騙されたというのだ! それに我が学園の大事な生徒を殺そうとする? 一度ならず二度までも? これは由々しき問題ですぞ! タダでは済みません、デイブ校長」
「ああ……」
デイブは諦めたように、首を項垂れた。
さすがに一校長が、俺という生徒を殺すために《四大賢者》まで引っ張ってきたのだ。
デイブは死罪となるだろう。
ここで俺がデイブを殺してしまっては、それはそれで帝国から問題視されてしまうかもしれなかった。
なら司法の手によって殺すのが、ここでは一番妥当だと判断したのだ。
「だから言っただろう?」
話し合いの終わりに。
俺はこう言い放った。
「ここでは殺さないって」
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