47・二人目の《四大賢者》
「いつから分かっていたの?」
「最初からだ」
それにしても驚いたな。
今回はアルノルトのように、ナメレオン・シンパシーで姿を隠してたわけではなく……。
「転移魔法が使えるとはな」
そう。
この女は今、転移魔法を使って俺の前に姿を現したのだ。
「ふふふ、驚いた?」
「転移魔法を使えたところで驚かない。それでいい気になってては先が思いやられるぞ」
その女は露出の多い扇情的な姿をしていた。
漆黒の水着……にマントを羽織っているような姿は、まるで夜に溶け込む蝙蝠にも見えた。
「そこで倒れている男達を助けないのか? 今だったら助かるかもしれないぞ」
「ふふふ。この子達だったら」
女はパチンと指を鳴らす。
すると血を流している男達が、ボワッと紫色の炎に焼かれ、なくなった後には死体もろもなくなっていた。
「もう手遅れよ」
「そうだな」
最初から助かるとは思っていないので、女が男達の体を消滅させたとしても、特段他の感情が湧いてきたりはしなかった。
「はじめまして。私は《四大賢者》の一人、ブライズ。仲良くしましょうね」
とブライズは丁重に頭を下げた。
「あなた、アルノルトを倒したらしいね」
「それがどうした? 仲間の敵討ちのつもりか?」
「ふふふ、なかなか面白いこと言うわね。アルノルトを倒しただけで、調子に乗らないでね。彼は《四大賢者》の恥。人数合わせのために入れられた老いぼれなだけなんだから」
ブライズが微笑む。
この女は嘘を吐いていない。
少なくても、魔力の貯蔵量についてはブライズの方が僅かに上であった。
「ご託はいい。お前はこの世界の衰退について、なにか知っているのか?」
「真理のこと?」
「お前等はそう呼んでいるらしいな」
「アルノルトよりはちょっとだけ知ってるかもしれないわね。だけどもし私に喋らせたければ……」
ブライズから魔力が奔流する。
「力尽くで喋らせてみれば?」
その瞬間。
ブライズから拘束魔法のバインドが発動し、見事俺にかかった。
俺が男達にかけた魔法と全く同じだ。
これだけの速度、そして魔法式の精密さ。
なるほど。やはり《四大賢者》はこの世界のレベルからしたら、なかなかのもんだ。
「ハハハ! 油断したかしら? それとも私に見とれてた? これで私が一方的にあなたに攻撃を仕掛けるのみ。豚になって、ぶーぶー鳴きながら血を流しなさい?」
ブライズは自分の肩を抱き、ぶるっと震えた。
他者を痛めつけることによって、自ら快感を得るタイプか。
「動けるものなら動いてみなさい?」
「そうか。だったら……」
俺は剣を鞘から抜きながら、一歩前に踏み出す。
「お前の言う通りにさせてもらおう」
「なっ……!」
剣に魔力を込め、なにもない空間で一閃する。魔撃だ。
それを見て、ブライズは咄嗟に結界魔法を展開する。
これだけ早く結界魔法を展開するとは……やはりアルノルトより一枚上手だ。
だが。
「そんな柔な結界で、俺の攻撃を防げるとでも思っているのか?」
「キャッ!」
彼女から小さな悲鳴。
俺から放たれた魔撃は、ブライズの結界を壊しそのまま彼女へと命中したのだ。
胸を押さえ、ガクッとブライズは跪いた。
「どういうこと? 拘束魔法は完璧にかかっていたはず……それなのに、どうして動けるの? もしや……理論だけ存在している遺失の背反魔法?」
「うむ」
俺はゆっくりブライズに近付きながら、口を動かす。
「背反魔法を使うには、まだ分析が終わってないからな。今回はただお前の使っていた拘束魔法を魔力で内側から解いただけだ」
「……はあ?」
「なかなかいい魔法式だったぞ。しかしそこに含まれる魔力が少なすぎる」
俺を倒すなんて楽勝だと見誤ったのか……ブライズはわざわざ魔力を消費して、転移魔法なんかで現れた。
アルノルトよりは上とはいえ、ブライズの魔力量は俺より十分の一以下と見た。
俺からしたら大したことのない魔力消費量でも、こいつにしては膨大になるのだ。
その結果、ただ俺が力任せで魔法式に干渉し、それ以上の魔力で押し潰し内部から爆発……のような形にしただけのことだ。
「そ、そんな破り方! 聞いたことないわよ!」
「そりゃそうだな。こんな力任せの方法。相手よりも100倍以上は魔力が必要になってくるからな」
「ひゃ、100倍っ?」
無論、俺の魔力貯蔵量はこんなもので枯渇したりしない。
こいつの魔力に対抗するためなら、一滴水を滴り落とすくらいの量で十分だった。
「クッ……! 舐めるんじゃないわよ!」
ブライズはマントの内側から短剣を取り出し、俺に襲いかかる。
彼女の振るった短剣は、俺に擦り傷をつけるのみであった。
「ハハハ! これで本当に勝負は終わりよ!」
ブライズがバックステップで距離を取りながら、高笑いをする。
「この剣には予め魔法で毒の呪いが施されている。相手に擦り傷を付けただけでも、すぐに猛毒が回り、あなたはのたうち回りながら死んでいくわ」
呪印魔法なんて使えるのか。
なるほど。
擦り傷を中心に、徐々に紫色の斑な模様が広がっていった。
「それも《魔王魔法》とやらか」
「そうよ! 封印されていた忌まわしき魔王の魔法! 1000年前の魔王はとんでもない魔法を作り出すのね。こんな残酷な魔法……!」
懐かしい。
この毒の呪いもしっかり魔法式が組まれているじゃないか。
しかし悲しいかな。
「やはり魔力量が少ない。こんなのじゃ、ウルフ一体を倒すので精一杯だぞ?」
少なくても1000年前においてはな。
俺は治癒魔法を使い、体に回ってきた毒を無効化する。
「ど、どうしてピンピンしているのよっ! もうそろそろ毒が体を回っているはず……!」
「そもそも呪印魔法なんてものは、相手に気付かれないようにするものだ。そんな手の内を明かしたら、治癒魔法で無効化すればいいだけのことじゃないか」
「なっ! 有り得ないわ! 呪いというのは、ただの毒じゃない! 1000年前においては、高位の神官しか治せなかったと言われてるのに……!」
「だったら俺がその高位の神官と同じことが出来る、だけのことだ」
1000年前は一人でダンジョンに潜っていた。
足を踏み入れただけで、毒ガスを散布するトラップにも遭遇したのだ。
そうなってもいいように、自分でも高位の神官と同じことが出来るようにならなければならなかった。
ただそれだけのことだった。
「……ふう。やっぱり《四大賢者》というのも大したことがないな」
そろそろ終幕といこう。
「えっ……! な、なにこれは……!」
ブライズが戸惑いの声を出す。
何故なら……彼女を囲むようにして黒くて指先に乗るほどの小さな虫達が、およそ千匹以上召喚されたからだ。
「ここではない、どこか別次元にいるとされる虫だ。名を闇虫と言う」
「ま、まさか召喚魔法? 有り得ない……! そんなの本物の魔王しか使えないとされているわ!」
魔王と呼ばれているのは不本意だが、同一人物だからな。
ブライズはすぐに逃げようとするが、その頃には足から小さな闇虫が這い上がってきた。
「け、汚らわしい虫が私に触れるんじゃないわよ!」
すぐにブライズは結界魔法を展開するが、そんな薄っぺらい壁じゃ闇虫の侵攻は止められない。
やがてその大量の闇虫は這い上がってきて、とうとう彼女の顔を覆い隠さんばかりとなった。
「おい」
「い、今すぐこの虫をどっかに行かせて! これは命令よ!」
「お前が知っている真理の全てを話せ」
ブライズの言葉を無視して、情報を引き出そうとする。
「わ、私が知っているのもアルノルトとほとんど変わらないわよ! ただ……」
「ただ?」
「魔王の封印に尽力した貴族がいると言われているわ。今でもその貴族の一部は、帝国内において強力な権力を振るっている」
「ほう?」
なかなかに愉快な話だ。
1000年前の魔王とやらが、俺と同一人物なら……少なくても、そいつはおおぼらふきということだな。
「その貴族の名は?」
「——フォシンド家。帝国で最も力を持ち、ありとあらゆるところにフォシンド家の人間はいて支配している。それに……私達《四大賢者》にもね」
「お前の知ってることはそれだけか?」
「そ、そうよ! だから早く……この魔法を解除しなさい! 薄汚れた豚が!」
どうやら嘘を吐いている気配はない。
それにこれ以上情報を持っているとも考えられにくかった。
こんな状況になっても、俺を罵ることが出来るのは少し褒めてやりたかったが……それで俺の気が変わるわけでもない。
「分かった」
「ゆ、許してくれるの?」
「……そう思うか?」
俺を殺そうとしてきたヤツを取り逃がすわけがない。
ここで無駄に情けをかけても、さっきみたいに後ろから襲われそうになるだけだ。
生憎様、俺はそんな甘ちゃんではない。
「キャアッ! い、痛い!」
闇虫は肉を好む。
ヤツ等にとって、ブライズの豊満な肉はさぞ美味なステーキに見えているだろう。
「ちなみに……その家の《四大賢者》とやらの名前は?」
「……メイナード! メイナード・フォシンドよ! だ、だから! 一言くらいなら謝ってあげてもいいわ。だから——キャアアアアアアアア!」
女の悲鳴が夜にこだまする。
闇虫は肉を喰らい尽くすまで、動きを止めることはないだろう。
暗殺者を退け、《四大賢者》とやらもまた一人倒した。
だが、今宵のパーティーはこれで終わりではない。
「メインディッシュはこれからだ」
屋根の上を疾走する。
もちろん、向かうべき場所は俺に暗殺者を差し向けてきた……黒幕のところだ。
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