44・前夜
帝国の魔法学園との話し合いは、市長の屋敷で行われることになった。
なんでも広い会議室のような部屋もあって、話し合いには適しているらしい。
その夜。
俺達は泊まっている宿屋の部屋に集まって、明日のことについて話し合っていた。
「とうとう明日になった」
校長が告げる。
エリカ先生も緊張した面持ちだ。
「なあに、そんなに心配しなくともよい。大人の話し合いは、このロザンリラ魔法学園の校長……私に任せてもらえればいいのだからな」
校長が真剣な表情のまま話を続ける。
「しかし……もし帝国が言い逃れをしてきた時。その時はクルト……すまないが、力を借りると思う」
「はい。そのために来てますから」
丁重に返事をする。
ちなみに……この話し合いをしている最中、一応部屋には防音の結界魔法を張っている。
誰に聞かれているか分からないからだ。
「エリちゃん。帝国の方もこの……中立都市にいるの?」
ララが質問の声を上げる。
「ああ、もういるらしい。今日到着したらしいぞ。ヤツ等、私達が泊まっている部屋よりも、かなり上のランクの宿屋に泊まっているらしいな」
エリカ先生の言葉からは、腹立たしさみたいなものを感じた。
今日着いた……というのはなかなか余裕のあることだ。
移動途中でなにか起こったら、明日の話し合いに間に合わなかったかもしれないだろう。
「一つ質問いいですか? 話し合い……のジャッジは誰が下すことになるんでしょう? どちらも自分が正しいと思っていますのに、そんな簡単に決着が付くんでしょうか?」
とマリーズが手を挙げ、質問をした。
「中立都市の調停員だ。調停員は五人いて、もし話し合いがこじれた場合、その方々がジャッジを下してくれることになっている。中立都市の役割については、マリーズなら知っているだろう?」
「あ、はい……大ざっぱな覚え方なんですが、王国と帝国の仲を取り持つ役割があると聞いたことがあります」
「そうだ。だからこそ、王国……私達王都と帝都の中心位置に、中立都市が存在している。もし両国にトラブルがあった場合、よくここ中立都市で会談がもたれ、調停員がジャッジを下すのだ」
「それは公平なジャッジなんでしょうか?」
「一応両国には条約が結ばれている。調停員に干渉してはいけない……という類のな。この場合、どういう意味か分かるか?」
「……賄賂を渡したり、調停員を脅迫してはいけない、ということですか」
「そうだ。マリーズはやはり賢いな。そうやって中立的な立場があった方が、王国と帝国にとっても都合が良かったのだ。だから少なくても調停員は公正だ」
うむ。
つまり調停員という人がいて、その人達が公正的なジャッジを下すということなのだ。
この人達に帝国の悪事を認めさせれば……俺達の勝ちだ。
あいつ等、こういう追い込まれた時かなり面倒臭いからな。
調停員がいたら、話し合いもスムーズに進むだろう。
「さて……今日はもう明日に備えて早めに寝るとしようか」
校長がパンと手を叩いて、場の解散を告げる。
「うんっ」
「明日、私達……ララも同行していいんですか?」
「もちろんだ。ただ座っているだけでも、いい経験になるだろう」
ララとマリーズが部屋から出て行こうとする際、校長に問うていた。
ちなみに……というか当たり前のことであるが、ララとマリーズ達とは別の部屋である。
俺、校長で一部屋。
ララ、マリーズ、エリカ先生の女性三人衆が同じ部屋だ。
「あ、ララ、マリーズ……ちょっと待って」
マリーズが最後に扉を閉めようとした時。
俺は声をかけた。
「なに? クルト」
「頼み事があるんだ」
二人を呼び戻し、話をする。
みんな驚いた様子であった。
「それって本当なの?」
ララの問いかけに、黙って頷く。
「だから……調停員の人を……」
部屋内には防音の結界を張らせてもらっているが、万が一にでも外に漏れてはいかない。
小声でララとマリーズには頼み事をしておいた。
「わ、分かったよ」
「でもクルトは大丈夫なんですか?」
「俺か? 俺なら大丈夫」
「愚問でしたね」
さて打ち合わせも済んだ。
やはりタダで話し合いを迎えられそうになさそうだ。
取りあえず、ベッドで横になって待たせてもらうとするか。
◆ ◆
夜遅くまで、宿屋の外から人の声も聞こえてきたが、深夜になってくるとすっかり静かになった。
俺はベッドの上で目を瞑っていた。
もちろん、意識は覚醒している。
眠気はあるのだが……なあに、これくらいの我慢。1000年前、ダンジョンに潜った際に五徹した時を思えば、どうってことはない。
カサカサ——。
来た。
それは小さな物音であった。
例え起きてたとしても、一般人なら耳に入ってこないほどの小音。
俺も気を抜いてたら、聞き逃してしまうかもしれないな。
もっとも、中立都市に着いてから気を抜いたことを一度もないが。
誰かが枕元に立った。
そういや、寮の部屋でララが俺の部屋に忍び込んできたことがあったな。
探知魔法を使って、これがララでもマリーズでもないことは把握している。
そいつが短剣を俺の首筋に当てようとした時。
「来るの待ちくたびれていたぜ」
と俺は言って、相手からの返事を待たず光属性魔法のレイを放つ。
音もなく光線が相手の胸を貫き、そのまま前のめりに倒れていった。
「ふう」
俺は息を吐いて、ベッドから上半身を起こす。
横を見ると、校長はまだ気付いていない様子だ。
「さあて……長夜も退屈になってきたところだ。遊んでもらおうか」
俺はテーブルに立てかけていた剣を手に取って、そう口にした。