4・身体強化魔法を知らないだと?
ホワイトバイソン騒ぎがありながらも、村では平和な時間が流れていた。
俺としては退屈なのも嫌だが、平和なのは悪いことではない。
平和万歳。
こう見えて、平和主義者なのだ。あんまり信じてもらえないけど……。
「じゃあ今日も遊びに行ってくる」
「うむ。お前と同じくらいのシリルって子が引っ越ししてきたみたいだからな。友達になってあげなさい」
そんなやり取りがありながらも、今日も家を出て森に向かおうとした時であった。
「おい、欠陥魔力!」
……ああ、またこいつか。
声のする方を向くと、シリルが両手に木剣を持ってずかずかと近付いてきた。
「どうした? また欠陥魔力の魔法を見せてもらいたいのか?」
「なにを言っている! 前のは……その……まぐれだろ?」
お前こそなにを言っている。
まぐれで発動出来る魔法なんてものはない。
正確に魔法式を組んでから、魔力を注がなければならないのだ。
それくらい、シリルも魔法使いだから分かるだろ?
「だったら、一体俺になんの用なんだ?」
「今日は……お前に決闘を申し込む!」
とシリルは一本の木剣をグイと差し出してきた。
「決闘?」
「ああ! 前みたいなのはまぐれが起こってしまうかもしれないからな。一対一の闘いで、俺の強さをお前に見せつけてやる!」
そう言うシリルの表情は自信満々だ。
木剣か……。
俺はシリルからそれを受け取った。
こんなもの持つの、久しぶりだな。
まあ良いだろう。
良い運動になるに違いない。
「分かった。ルールはどうする?」
「どちらかが降参するまでだ!」
また大ざっぱなルールだな。
俺達はその後、村の広場まで向かった。
「シリル様っ? 一体どうするつもりなんだ?」
そこに行くと、前いたシリルの取り巻き連中達もいた。
「こいつと決闘するんだ。丁度良かった。見届け人になってくれ」
「でも……こいつ、前あんなでっかい魔物を倒していたぜ?」
「なんだ? 俺がこいつに負けるっていうのか?」
「でも……」
「それに前のはまぐれなだけだ! 俺がこいつなんかに負けるわけがないだろう!」
不遜な態度をとり続けるシリル。
あまり必要以上に自分を大きく見せることは感心しないんだがな。
「なあなあ、早くはじめようぜ」
「分かっている!」
と俺達は一定の距離を取って、向かい合った。
「へっへ、すぐに降参しても面白くないからな。ちょっとは俺を楽しませてくれよ」
「俺が? お前を?」
それはこっちの台詞だ。
「そういや、魔法は使っていいのか?」
「当たり前だ! 俺の本職は魔法使いなんだからな! もっとも……剣術でもお前に負けるわけがないが」
魔法使用可か……それを確かめられて良かった。
さらにこの時代の剣術を見ることも出来るし、なかなか有意義な時間を過ごせそうだ。
というかそうなってもらわないと困る。
「では——はじめるか!」
開始の合図がシリルの口から放たれた。
さて……シリルのお手並みを拝見させてもらうか。
「いくぜ。うおおおおおおおお!」
シリルが木剣を振り上げて、こちらに襲いかかってきた。
それを見て、俺は愕然とする。
——身体強化の魔法も使わずに、特攻だと?
有り得ない。
本職は魔法使いと豪語するくらいなんだから、身体強化の一つや二つ重ね掛けするのが普通だろう。
ただ愚直に突っ込んでくるとは。
いや、油断するのは止めよう。
そう思い、俺は木剣を構えながらクイックムーヴとアイサイトを重複で発動させた。
クイックムーヴは自らの動きを速くする魔法。アイサイトは相手の動きが見えやすくなる魔法だ。
「おおおおおおお! ……あれ?」
彼が木剣を振り下ろした時。
もう俺はシリルの後ろに回り込んでいた。
「どうした? それがお前の本気か?」
「——なっ!」
ポンと肩を叩いてやると、ビクッとしてシリルが振り向いた。
「い、一体なにをした!」
「なにを言っている。身体強化の魔法を二つほど重ね掛けしただけじゃないか」
「身体……強化? なにを言っている。そんな魔法なんて聞いたことがないぞ。それに二つ同時に魔法を使えることなんて有り得ない!」
身体強化魔法を知らない?
それにたかだか二つ同時でなにを驚いているんだろうか。
前世の俺は20や30重ね掛けして魔法を使うことは普通だった。
これがこの世界の『常識』というヤツだろうか。
「クッ……! 相変わらず、お前のしていることは訳が分からない!」
俺が呆然としていると、シリルはバックステップをして距離を取った。
「俺の剣術も見せてやろうと思ったが、気が変わった! 魔法で仕留めてやる!」
とあろうことかシリルは木剣を地面に放り捨てたのだ。
「おいおい、なんで木剣を手放すんだ?」
「気が散るからだ! 魔法を使うのに、木剣を握っている必要なんてないだろう?」
イライラしたご様子のシリル。
もしかして——この世界は剣術も衰退しているんだろうか?
俺の時代では剣術と魔法を組み合わせることが一般的であった。
いくら気が散るからといって、闘いの最中に剣を手放すのは無謀としか言えなかった。
「いくぜ! この手に集まりたまえ炎——」
——遅い。
そんなぶつぶつ呟いている暇があったら、さっさと魔法を放てばいいだろうに。
俺はクイックムーヴの魔法をさらに強くさせて、シリルの元へと駆けていった。
彼の元に辿り着くまで、0・0001秒もかからなかっただろう。
俺はそのまま十分の一の力で剣を振り抜いた。
シリルだって魔法使いだ。
防御魔法の一つや二つ展開しているはずだ。
振り抜いた剣はシリルに直撃して——。
「ぐぼぉっ!」
と後ろに吹っ飛んだのであった。
「え?」
驚いて、思わず声が出てしまう。
防御魔法を展開していなかっただと?
「おい、シリル」
「…………」
地面に倒れているシリルを揺すってみると、返事がこなかった。
どうやら気絶しているらしい。
よく気を失うヤツだな。
この様子では大丈夫そうだが、一応回復魔法をかけておこうか。
「シ、シリル様! 大丈夫か!」
「俺、欠陥魔力の動きが見えなかったぞ……」
取り巻き連中達がシリルの元へと駆け寄ってくる。
頭をかいて、その様子を眺める。
それにしても、俺の体力がまだ前世の頃に比べて全然だったのは助かった。
いくら十分の一の力だったとしても、防御魔法を展開していない人間に木剣を振り抜いたら、体中の骨を砕いてしまったかもしれないからな。
これもまだ俺が『子ども』だからだ。
子ども最高!