38・知らないうちに街を救ってたみたいだ
それから再び馬車に揺られ、俺達は中立都市シフレアに向かった。
残念ながら、あれから特に面白いことは起こらなかった。
リョベザーの森を突っ切ったおかげだろうか。
中立都市へは予定よりも一日早い到着となった。
「クルトのおかげで余裕が出来たよ」
用意されていた宿屋に着いて、エリカ先生はうーんと背伸びしながら言った。
「帝国の……ディスアリア魔法学園との話し合いは三日後ですよね」
「そうだ」
「ちょっと街中ぶらついてきていいですか?」
「もちろんだ」
三日間、なにもせずに宿で寝てるのも退屈だからな。
「クルトも行くんだったら、わたしも付いていくー!」
「わ、私も行きますからねっ。ララ、抜け駆けはいけませんから!」
「んー、せっかくクルトとデート出来ると思ったのに……」
ララとマリーズが俺の両脇にピタリと引っ付いてきた。
「好きにしてくれ」
どちらにせよやることは変わらない。
俺達は宿屋を出て、中立都市シフレアの冒険者ギルドに向かった。
なんか面白そうな話がないか……ということと、途中で倒したヒュドラ換金のためだ。
幸いギルドは街の中央にあるらしく、すんなりと辿り着くことが出来た。
「早速入りましょう」
「待て。マリーズ」
気軽に入ろうとするマリーズを声で制する。
「どうしました?」
「ギルドってのは基本物騒な——ああ、まあいっか」
「?」
王都のギルドを思い出した。
あれを見る限り……この世界のギルドはそこまで殺伐としていないらしいからな。
探知魔法で軽く探ってみるが、中で殺気を漏らしたり、魔法を展開するヤツはいなさそうだ。
1000年前においては、隙あらばギルドを爆裂させようとする輩もいたもんだがな。
魔法文明の衰退と同時に、世の中平和になったものだ。
ギルドに入って、奥のテーブルに行くと、
「はじめまして。今日はどのようなご用ですか?」
と美人の受付嬢がニッコリと笑った。
「実は……俺達、王都から来て魔物を換金しにきたんですが……ライセンスの作成からはじめなければいけませんか?」
少々面倒だなと思いながらも質問する。
「失礼ですが、王都では冒険者の登録はお済みですか?」
「はい」
確か学園の生徒証がライセンス代わりになる、と言っていた。
「それでしたら大丈夫です。王都のギルドとは協定を結んでいますので、一から作り直さなくても大丈夫ですよ。そちらのライセンスで十分ですから」
よかった。
無駄に時間はくいたくないからな。
「ですが、王都から来た……と言ってましたが、大丈夫でしたか?」
「なんでですか?」
「今、この街の近くで凶暴な魔物が出現しているんですよ。何人も冒険者を派遣しているんですが、相手は《災害級》ということもあって、なかなか仕留められなくって」
「へえ」
相づちを打つ。
一度戦ってみたいものだ。
「では魔物を見せてくれますか? 解体済みですか? 持ってきているようには見えませんが……」
「ええ。解体済みです。とはいっても適当なサイズに切っただけですが」
「ふうん? 取りあえず見せてください」
俺は収納魔法で収めていたヒュドラの首を、受付テーブルに置いた。
面倒だったので、血抜きをちゃんとやってない。
そのせいで血塗れではあるが。
しかしギルドなら血なんて日常茶飯事すぎて、今更驚かないはずだ。
そう思ってたら。
「…………」
「あのー、受付さん?」
「クルト。どうやら受付の方、立って気絶してるみたいです」
マリーズがつんつんと受付嬢を突く。
でも反応が返ってこなかった。
そのまま受付嬢が青白い顔をしたまま、後ろに倒れていきそうになったので急いで手を伸ばした。
そこでみんな気付いてしまった。
「うわっ! なんだこの血塗れのものは!」
「冒険者ならともかく、受付嬢がこんなの見たら驚くに決まっているだろうが! ちゃんと血抜きしてから持ってこい!」
怒られた。
「心外だ」
「ギルドの方々の反応は当然です」
「仕方ないよね」
納得していない俺の一方、マリーズとララはうんうんと頷いていた。
だが、一方俺は驚きを隠せなかった。
受付嬢が血を見慣れていないだと……?
1000年前なら、よくギルドの建物内で冒険者同士の喧嘩が起きて、腕が切り落とされている光景も見てたんだがな。
俺の想定以上に、この世界のギルドは平和すぎるみたいだ。
「ん……? 血でよく見えなかったが、この首……どっかで見たことあるような……?」
「うわっ! これってもしかしてヒュドラじゃねえか!」
しかし俺が持ってきたヒュドラの首を見て、ギルドの中が騒がしくなってきた。
「こ、これをどこで?」
「俺達、王都から来たんです。道中ついでに倒しました」
「そ、そんなついでで……」
受付嬢の代わりに来たギルド職員が呆然としていた。
「これが全部じゃないんで、他も出しましょうか? もっとも、血抜きしてないのでテーブルが汚れそうですが……」
「汚れると汚れないとかいうのはこの際どうでもいい! よくやってくれた!」
「はい?」
ギルド職員が両手で握手をしてきた。
どうした?
必要以上に目を輝かせ、興奮しているようだが……。
「このヒュドラは最近、この街の近くに出没した凶悪な魔物なんです! みんな手をこまねいていたが……まさか王都の冒険者が倒してくれるなんて!」
「えっ……? これがそうなんですか?」
「このままでは街までヒュドラが乗り込んでくる、なんて話もしてたんだ! さっき怒鳴ってしまって申し訳ございません。本当にありがとうございます……!」
どうやら知らないうちに、街を救ってたみたいだ。
「そんな気はしてたけどね」
「《災害級》なんて何体も出るもんじゃありませんからね」
ララとマリーズはいい加減慣れているようであった。
俺と長く過ごしてたからだろう。
そのままギルドの様子を見ながら、俺は順番にヒュドラの首……体を出していく。
収納魔法でまた驚かれたが、そこは大体王都の時と同じようだった。
俺も前の反省を活かして「普通の魔法です」なんてことは言わず、ただ黙って見ていた。
「えーっと、大体どれくらいになりそうですか?」
「ヒュドラには金貨800枚の懸賞がかけられていました! 当初五十人単位のパーティーで討伐することを想定していましたが……まさか三人で倒すなんて!」
金貨800枚か……。
前のベヒモスの時に学んだが、本当にこの世界ではお金に困りそうにないな。
「よかったな。ララ、マリーズ。お金は山分けにしようか」
「そ、そんなの受け取れないよ!」
「そうですよ! それに三人じゃなくて、クルト一人で倒したじゃないですか!」
二人に断られた。
こんなにいらないんだけどな。
まあいい。
これで将来的にもっと強い武器を作るための資金にさせてもらうか。
騒然としているギルドの中、俺は査定が終わるのを待っていると……。
「た、大変だ!」
突然、ギルドに男が入ってきて息を切らしながら叫んだのだ。