36・運動がてらに《災害級》と戦った
帝国との話し合いが行われるという中立都市シフレアは、王都から馬車で五日はかかるらしい。
なので俺達は少し余裕をもって、一週間前に出発することにした。
ちなみに……この間の期間は公欠扱いにしてくれた。
ララとマリーズの同行も無事認められたので、中立都市シフレアに行くのは校長……そして《四大賢者》戦の目撃者エリカ先生。俺とララ、マリーズの五人だ。
ちなみに当初はデズモンドも行く予定ではあったが、そもそも話し合いに向かないという理由で、なくなく学園に残ることになった。
なんでも、先日の話し合いで頭に血が昇りすぎてしまい、壁を殴ったら穴が空いてしまったらしい。
……うん。それを聞いたらデズモンドが学園に残るのは、仕方のないことのように思える。
「では向かうとするか」
俺達は早朝、王都の出口で集合した。
立派そうな馬車が二台。
これに乗って、中立都市に向かうらしかった。
「馬車か……生まれ故郷から王都に来る時に、乗って以来だな」
「クルトだったら、転移魔法とか使ったら一瞬で中立都市に行けそうになのにねー」
ララが両手を後頭部に回して言った。
「ララ。いくらクルトでも転移魔法なんてもの、使えるわけありませんよ。遺失中の遺失。神話時代の神々が使ったとされる魔法なのですから……」
「だよねー。わたしも作り話の中でしか見たことないよ。冗談だよ冗談」
「使えるぞ」
「「えーっ!」」
ララとマリーズが口を大きく開けて驚いた。
「じゃ、じゃあ! それで行ったらいいじゃん!」
「だが、転移魔法には色々と欠点があってな。まず一度行ったところにしか使うことが出来ない」
1000年前においても、転移魔法なんてものはかなり難しい部類に入っていた。
しかも長距離で転移を発動させると、例え俺でも魔力の大部分を持って行かれる。
転移先にはなにがあるか分からない。
もしかしたら、命を脅かすような脅威があるかもしれないのだ。
無闇やたらに転移魔法を連発させるのは、得策ではないだろう。
「……ということだ。だから馬車で向かうのが一番いいと思う」
「相変わらずクルトって、息をするように遺失魔法を使うんだね……」
「私、クルトが本の中から飛び出してきた登場人物に見えてきました」
説明すると、ララとマリーズが唖然としていた。
もし仮に二人が1000年前の過去に行ったとしたら、驚きすぎて心臓破裂してしまうんじゃなかろうか。
「街の外には魔物もいるため、決して気を怠るんじゃないぞ」
と校長の声で場がピリッとなった気がした。
「校長……お言葉ですが、クルト一人いれば大抵の魔物はなんとかなると思います」
「それは儂だって思うが、一応言っておかなければな」
エリカ先生が口をはさみ、校長もそれに賛同しているようだった。
なにはともあれ、王都を出発。
俺、ララ、マリーズの三人が同じ馬車。校長とエリカ先生がもう一つの馬車に乗ることになった。
馬車に揺られ、周囲の風景を見ながらゆっくりと移動するのは、1000年前からそう嫌いではない。
王都を出発してから、三日くらいが経った頃だろうか。
「うん……? 遠くで魔物の反応がするな」
なにがあってもいいように、常時広範囲に探知魔法を展開させていたが……ようやく大物が引っ掛かったようだ。
「魔物? わざわざクルトが言うくらいなんだから、強いの?」
「そうでもないぞ」
ここまでの道のりでウルフとかスライムとか、どこにでもいるような魔物なら、何体も出てきた。
しかし……今回のは珍しい魔物だ。
弱いけど。
「どれくらい先にいるんですか?」
マリーズがピリッとした雰囲気になって質問を投げかけてきた。
「うーん……このままだったら、一時間後にはぶち当たりそうだな」
「一時間後? そんな先のことまで分かるの?」
「ん? ララとマリーズにだって、探知魔法を教えただろう? これくらいは出来るはずだ」
「私達はせいぜい自分から半径5ミータルくらいですよ!」
マリーズに突っ込まれた。
「じゃあ御者さんに、道を変更してもらうように伝えるべきかな?」
ララが心配そうな表情を見せ、立ち上がろうとした。
「いや……これくらいの弱い魔物だったら、それは必要ないだろう。違う道にしたら、時間もくうしな。それに体もなまってきたし、戦わせてもらいたい」
「ふーん、クルトがそう言うんだったらいいんだけど……」
「弱い魔物ですか……嫌な予感がしますね」
決まりだな。
馬車はそのまま予定通りの道のりで進んでいき、一時間くらいを経過したところで……。
「ってあれヒュドラじゃないですか!」
マリーズが馬車から降り、その大蛇を見上げて叫んだ。
「そうだな。ヒュドラだ」
「《災害級》じゃないですか! やっぱりクルトの言う弱いってアテになりませんっ。ヒュドラって分かってたならヒュドラって言ってください!」
マリーズに叱られた。
俺達……ララ、そしてもう一つの馬車に乗っていたエリカ先生と校長も外に出てくる。
「クッ……! こんなところで《災害級》に遭遇するとは運が悪い! ここは私が足止めをする! だからみんなは早く逃げて……」
「エリカ先生。その必要はありませんよ」
「クルト! 不用意に近付くなっ」
エリカ先生の言葉を無視して、ヒュドラに近付いていく。
さすがにこの距離まで来たらヒュドラも気付く。猛スピードで接近してきた。
ヒュドラは九つの頭を持ったヘビのような魔物である。
こいつは頭を切ってもすぐに再生してしまうため、ある程度早く仕留める必要があるんだが……。
「うーん……あれでいっか」
なにで仕留めるか決めかねていたら、ヒュドラがこちらに襲いかかってきた。
命知らずなヤツだ。
しかし1000年前の魔物は、俺を見たら逃げ出していたので、こういう愚かなヤツを見ると嬉しくなってくる。
俺は魔法式を組み、メテオボムを発動した。
メテオボムは複数の爆発を起こし、相手に攻撃する炎属性魔法である。
ヒュドラを中心に爆発が起き、連鎖的に広がっていく。
やがて……爆発が止んだ後には、真っ黒焦げになったヒュドラの体だけが残っていた。
「ふう。こんなものか」
パンパンと手を払う。
「エリカ先生、もう倒したんで大丈夫ですよ」
「お、おお……《災害級》が一瞬だと……? 私はなにを見ているのだ?」
ん?
もしかしてさっきの爆発に巻き込まれたんだろうか?
エリカ先生が手を頭に当てて、ふらふらしていた。
おかしいな……エリカ先生達の周囲に結界を張ったので、大丈夫だと思うが……。
「ヒュドラってこんなに簡単にやっつけられるんだ」
「ララ。勘違いしちゃいけませんよ。クルトだからやれるんですからね? 《災害級》を弱いなんて言っちゃうのクルトだけですから」
ララが黒こげのヒュドラの体をつんつんと突いて、マリーズがそれを後ろから見ていた。
「クルト……さっきの魔法は?」
「メテオボムっていう魔法だ。見た目が派手で目が覚めるから使ったんだが、いかんせん使い勝手が悪いな。巻き込まれないように、自分の周りに結界を張らないといけないし……」
「ヒュドラ一発で倒した魔法を『使い勝手が悪い』呼ばわりなんて……ホント、あなたっていう人は……」
何故だかマリーズは呆れたように溜息を吐いた。